2021年03月04日

三上於菟吉顕彰碑(2月日録)

2月1日
曇り。いっとき雪降る。多摩センターからさと子さんの友人来る。娘さんの大学入試試験のためだ。うちの娘も来たので鍋焼きうどん取る。郵便局から、鹿児島のМさんにレターパック送り、古書店に送金。盛厚三さんの家に『三上於菟吉再発見』を20冊届ける。盛さんのお宅に上がって、話す。帰ると、さと子さんの友だちは帰っていた。ビーフシチュー作り、娘の買ってきた生食パンを食べる。ミャンマーで軍事クーデター。ミャンマーの人々が「今どきクーデターなんて」と困惑するほど時代遅れなのだ。野良猫のはなが現れ、きのう「はなもすずも、ロシアンもちびはなも現れなくなって、みんな冬を乗り越えられなかったか」と話していたので歓喜す。録画で山口百恵最後のコンサート見る。有名なマイクをステージの床に置くシーンもはじめて見た。かつて中国大連で仕事をしていた時、日本土産は何がいいかと尋ねると若い中国人スタッフの何人かが百恵のこれを上げたが、見つからず、CD版を土産にした覚えがある。これ、見せたら喜んだろうなあ。
2月2日
朝方まで雨、晴れたり曇ったり。節分がきょうになるのは、地球の公転と暦のズレからだそうで(わからん)、124年ぶりとか。さと子さんと散歩。郵便局から宮崎の古書店に本代、文藝家協会に送金。墓参、花を換える。珈琲を飲み、マルエツで恵方巻をたくさん買う。テレビで俳優の中尾彬が「あれは京都の色町の風習で、コンビニの陰謀だから、おれは食わない」と言っていた。まあ、正解ではあろうけれど、お祭り事は多いに越したことはない。セイムスに寄って買い物、帰って昼寝。さと子さんとすみつかれを作る。娘も来てさと子さんと豆まき。恵方巻で夕食。盛厚三さん、江畑哲男さんからメール。川柳業界で権威ある賞をもらうことになったという。『文藝家協会ニュース』来る。
2月3日
晴れ。洗濯する。学校休みの娘が来てうちでテストの丸点けをする。歌人の小林登紀さん、神鳥さん、江畑さんほか3人に於菟吉を郵送、古書店に送金。江畑さん、川口さん、大多和伴彦さんにメール。夕方、江畑さんから電話あり。雛人形を出したので赤飯を炊き、供え、夕食。セイムスにビール、蕃爽麗茶など買い物に。
2月4日
晴れ。10時前に車で川口さんが来る、盛さんも現れ、みんなで酔香園で中華、ぼくはビール。郷土資料館、大川さん宅、新井さん宅、庄和町図書館と回って、三上於菟吉再発見をお披露目し積んであった箱2箱を置いてゆく。一ノ割駅に帰り、養老乃瀧で慰労会。後から勤め帰りのさと子さんも来て、蛍の光が流れる8時まで。宮崎の古書店から『葉山嘉樹日記』(筑摩書房)届く。宇佐見りん『かか』(河出書房新社)も。
2月5日
晴れ。福島県いわき市の阿武隈書房から『葉山嘉樹全集』(筑摩書房)6冊届く。市役所に行き、多額の税金滞納による利息を払った。金がドンとなくなると元気も失われる。ララガーデンのリブロで立ち読み。ぐぅぐの減量ご飯を買って帰宅し、昼寝。マルエツに散歩がてら買い物に。天ぷら弁当など買って来る。菅義偉が息子の接待について「長男とは別人格」と撥ねつけたそうで、何歳になっても事があれば親に来る日本独特の風土への批判にもなっている。赤軍派の山荘立て籠りに親を呼ぶ、親の責任をいう世間的非難を煽る、そんな大事でなくても高校のストライキに親を呼ばれた経験が甦ってムカムカした。
2月6日
晴れ、暖かい。富島健夫の命日。洗濯す。昨夜の弁当の残りで朝ごはん。セブンイレブンで花を買い、一ノ割霊園。業務用スーパー。集団就職文学論のために『土俵を走る殺意』読み返す。『葉山嘉樹日記』読む。さと子さんがプレゼントしてくれたDVD「島倉千代子ベスト30」来る。うれしい。さっそく見る。喉をコロコロ転がすような島倉節。ひばりより島倉が下のように扱われるのは不当だ。レンタル映画「お帰り寅さん」見る。上手く作るもんだ。
2月7日
晴れ。暖かい。さと子さんとツタヤにビデオ返却に。映画8本借りる。書店で立ち読み。さと子さんは雑誌、文庫など買う。パシオスに寄り、セーターを探すももう春物に代わって薄手でいいものなし。はま寿司でビール、寿司をたらふく食う。娘に土産の寿司も。帰って昼寝。「Fukushima50」(若松節朗)見る。東電側に沿った、民主党政権の狼狽、無策を嘲った、原発プロパガンダ映画。若死にした吉田所長はじめ職業に忠実に行動した人々がいなければ原発はどうなったか。暴れだしたら制止できない怪物を日本全国に張り巡らせた自民党歴代政権の責任は不問で、基本クソみたいな映画である。『土俵を走る殺意』筋を追う。ツイッターで知ったが、売り出し中の荒木優太さんが文芸時評の一部削除をめぐって揉めているらし。編集部が(商業的に)困るなら削ってやればいいのに。彼は文芸雑誌も商業誌だということを忘れているのではないか。
2月8日
曇り。ゴミ捨てのあと、集団就職文学ノート原稿少し。早船ちよの著作、山口覚『集団就職とは何であったか』(ミネルヴァ書房)読む。山口は完全に学術書。集団就職が戦前からあったことを知ったが、戦前も戦中も若年労働力の戦争使用、戦後も高度成長を低賃金労働で下支えしたことで、どちらも子どもの労働を国策に利用したことには変わりがない。あるもので夕食。映画「糸」(瀬々敬久)を見る。むかしの歌謡映画に比べれば手が込んでいる。しかし何度聞いても名曲「ファイト」の歌詞は分からない。どうして階段から女に突き落とされた人と目撃した私と、傷ついた魚たちの群れに関連性があるのか。中島みゆきのこの分かりにくさは中島の個人史に関わっているからだろうが。
2月9日
晴れ。同志鍵田和子の20回めの命日。またネコたちの毛で鼻がもぞもぞしだしたので毛布干す。カーペットも毎晩コロコロを掛けるのだ。朝から『集団就職とは何であったか』読みつつ、執筆。「集団就職者の描き方の例」をマンガから引用しなければならないほど、1950年、60、70年代の文芸作品は集団就職に無関心だったということだ。マルエツに買い物に行き、すぐ帰ってくるとみるくとぐぅぐの出迎えをうける。命日なので、手巻き寿司。娘も来て食す。娘はなぜ今夜手巻き寿司なのか知らない。
2月10日
晴れ。洗濯す。風もなく暖かい。菊地慶一『黄色い川―北海道戦後開拓・離農農民誌』(書肆 山住)読む。戦中、食糧増産のため国策として北海道集団移住が行われ、農業に素人が苦労したことなど、たぶん満洲・朝鮮に移住した人々もこのような苦労を舐めたことであろう。ビデオをツタヤに返却し、セイムスで外ネコの餌、みるくとぐぅぐのご飯と砂。『女人藝術』復刻版を発行順に調べていて、三木澄子の本名での詩を発見。念のため尾形明子さんに問い合わせのメールをした。同姓同名ということもないではないので、しかし詩のタッチは三木のもの。昨日の残り物がたくさんあったのでそれで夕食。三上於菟吉顕彰会からメール。
2月11日
晴れ。さと子さん休み。尾形明子さんからメール。尾形さんは三木澄子を知らなかったが、女人藝術をすべて調べてくれたもようで、掲載誌の写真も添付されている。深水澄子が三木澄子であり、女人藝術に詩と短歌を発表していることが判明した。お礼の返信メール。さと子さん休みなので、朝はローソンのサンドイッチ、キングサイズのカフェオレ、サラダで。食べていると、娘がアサカベーカリーのパンを持参して、現れいっしょに。映画「阿弥陀堂だより」(小泉堯史)再見。「ソワレ」(外山文治)は娘に性的虐待をつづけていた父親が出所後娘のところへ戻り、襲いかかり、助けようとした役者志望の男ともみ合いになり娘が父親を刺し、ふたりで逃亡する。夜はさと子さん、娘と養老乃瀧。
2月12日
晴れ。9時、川口さん車で来る。盛さんと同乗して春日部高校へ。校舎の庭に三上於菟吉の記念碑(看板)を工事の業者が立てるのを見る。校内の同窓会事務所に案内される。於菟吉コーナー、豊田三郎コーナー、北村薫コーナーなどが並び、本棚には卒業生作品が卒業年次を記載して並べられていて、それは壮観であった。文学、経済、サイエンス、実用書にいたるまで春日部高校出身の人たちの作品を見ていくと、関口安義、折原一の名も。昼食は新井さんも交えて校門前の和食「しず」で食べ、2本のビールを3人で飲む。みなとうちに帰り、お茶で過ごす。
2月13日
晴れ。洗濯。チョコ。マルエツ、古本市場で単行本文庫2冊。従業員からやめたい電話があり、困ったことになったと思う。大きな長い揺れの地震あり。みるく逃げ、棚の本落ちる。みるくは押入れの奥で大きな目をひらいていて、おずおずと出てきてからも天井を仰いでいた。ぐぅぐはキッチンに坐り、食うものをよこせと鳴いていて、さすがはノラ出身、腹が坐っている。テレビは一斉に地震のニュース。
2月14日
日曜。晴れ、セーター1枚で寒くない。さと子さん休み。朝はローソンのサンドイッチにカフェオレ。映画「思い、思われ、ふり、ふられ」(三木孝浩)見る。娘とさと子さんからチョコもらう。公園でゆーちゃんと遊ぶ。そのままマンションに行き、遊びに付き合う。ご飯炊いてあるもので。映画「半世界」(阪本順治)は、港町に帰郷した元自衛隊員と炭焼きを営む一家の物語。主婦役で池脇千鶴が出ているので。「ひとよ」(白石和彌)は家庭で子どもたちを虐待する父親を、母親が車で轢き殺し、刑期を終え15年後に戻ってくる話。ろくでもない父親の話をつづけて見た。
2月15日
雨。どしゃ降り。夕方になって上がって虹が出たという。あいにく外に出なかったのでわからず。千代田区のシルバーセンターに派遣を頼む電話。ある材料だけでカレー作る。小さいアライグマ来る。みんな生きがたい世を生きているのだ。
2月16日
晴れ。暖かい。さと子さん休みなので、墓参り、花を換える。そのまま野田線で南桜井に行き、ミスターマックスで買い物。アップルパイの美味しいドッケンに寄るとコロナ禍に長く閉店していたが開いていた。春日部に戻り、酔香園で中華料理で生ビール飲む。背中のリュックに苺ほかたくさん積めていたのでタクシー帰宅。昼寝。川本三郎『わたしの東京町歩き』(ちくま文庫)読む。
2月17日
晴れ。一昨日大雨だったので出すのを断念した大ゴミを出したり、新聞回収日で外にだしたり忙しく動いたあと、集団就職原稿少し進ませる。ツタヤにビデオ返却しに行き、ツタヤ書店で盛田隆二『焼け跡のハイヒール』(祥伝社文庫)買う。単行本はもっているが、文庫のほうが調べやすいので。うちの従業員から怪我をしたと電話。とにかく歩けるということで一安心、精密検査まで数日休むことになる。泣きっ面に蜂。有るもので夕食。川本三郎『林芙美子の昭和』(新書館)拾い読み。菊田一夫、林芙美子の繋がりにつき新発見あり。
2月18日
晴れ。書棚を使いやすいように少し入れ替え。『林芙美子の昭和』を参照しつつ三木澄子。夕食は残り物をあつめて、けっこう賑やかになった食卓でビール。
2月19日
晴れ。まず朝風呂に。ゴミを集め、洗濯する。会社の請求書を作り、投函。墓参りに行き、鳥の糞を取り除き、ほっとして帰ってくる。これで午前中は終わり、落ち着いて『林芙美子の昭和』を拾い読みしていて、気がつくと2時を回り、ゴミ出しに行くがパッカー車はすでに港を離れて、置いてきぼりにされる。ホタテご飯を炊く。
2月20日
晴れ。『集団就職とは何であったか』『林芙美子の昭和』『土俵を走る殺意』など読む。きのうの残り物などで夕食。
2月21日
日曜。晴れ。野菜スープを作り、さと子さんとサンドイッチで食事。入間の岡本書店からきのう注文した『戦争文学全集』(毎日新聞社)7巻届く。おどろくことに、3分の2は既読だった。戦後派、第三の新人の作品が多いせいか。石原慎太郎まで入っていておどろく。お墓に行き、セイムスで買い物。しばらくして、娘のマンションに行って、ゆーちゃんと娘と「スイッチ」で遊ぶ。ぼくは見ているだけ。夕方、ドラゴンに代わってオープンした台湾料理の店で食事、生ビール。盛さんから近況メール。大宮まで本の散策に行って収穫があったと。会社の仕事。暗くなって、明日のゴミ当番の網を張りに行く。
2月22日
晴れ。5時に起き、『小説菊田一夫』。菊田一夫と三木澄子とサトウ・ハチローが夢に出てきて、原稿の書き出しを暗示される。ゴミ当番。パッカー車を待ちながら、三木澄子、集団就職の稿進む。暖かいのでマルエツまで散歩。
2月23日
晴れ。何の祝日かわからぬが祝日。朝から集団就職。昼に娘が来て、ララガーデンにぐぅぐのご飯を買いに。ミスドでドーナツを買って帰る。小平麻衣子編『文芸雑誌「若草」私たちは文芸を愛好している』(翰林書房)届く。さっそくざっと目を通したが、雑誌『若草』の概要はわかったもののこちらの調べたいことはわからず。三木澄子は昭和2年ころから宝文館『令女界』『若草』の常連執筆者になっていた。帯の「アイドルはいるが作家は生まれない、<二流>の文芸投稿雑誌『若草』」のコピーの巧みさに感心したが、内容は硬い紀要論文の編集。知っている名は滝口明祥だけ。
2月24日
晴れ。風が冷たい。三木澄子。『若草』、森まゆみ『断髪のモダンガール』(文藝春秋)読む。桃を外に直植えした。マルエツに買い物、雛人形に供える花を買った。青梅の古書店から渡辺考『戦場で書く―火野葦平と従軍作家たち』(NHK出版)届く。ビーフシチュー作った。野良のはなが現れた。
2月25日
晴れ。寒い。三木澄子。ララガーデンまでぐぅぐの減量ご飯を買いに行く。帰って少し『若草』『戦場で書く』を読みつつ珈琲。ローソンで本代払い、一ノ割郵便局でも本の支払い2件。セブンで花と栃木産苺を買って、墓参り。花を入れ替える。
2月26日
曇り。さと子さんと春日部に。〆日。何故か混み合う銀行を2軒廻り、支払い完了。今月は1か所60万以上の支払いがあったので心配したが何とか。社長給与どころかマイナス30万ほど。ま、トータルで利益を出しているからそういう月があっても仕方ない。半年以上来なかった磯丸水産で昼食、ビール、ハイボール、ホッピー。百均とマルヤで買い物をして徒歩で帰る。昼寝。清張ドラマ「地方紙を買う女」見る。内田有紀はいい。夜、小腹が空いたので買い置きのスパゲティ。松本鶴雄『深沢七郎―民衆とは何か』(林道舎)読む。緊急事態宣言はたぶん来月7日まで、さらに延長されるだろう。
2月27日
晴れ、北風。川口さんからメール、明日の件。盛さんに電話して、明日の件。ヤフオクで買った高橋和己、汚い本(経年劣化というより保存状態がきわめて悪い)だが6冊来る。うち所持していない本5冊。三木澄子、大幅に進む。集団就職少し進む。
2月28日
朝早く電車で八木崎の春日部高校に。三上於菟吉顕彰碑の除幕式である。さと子さん受付を一人で担当し、検温と記帳を。大講堂にかなり席を空けて観客が座ったが、それでもかなり参加者、報道関係者が占めた。北村薫さん、槍田良枝さん、尾形明子さんらがつぎつぎに挨拶。顕彰会の役員も挨拶に立つが、一様に数年の努力が実って感慨深げだった。春日部高校の庭で除幕式。分散して出席者の記念撮影。その間、北村さんは冊子『三上於菟吉再発見』の表紙掲げたまま不動の姿勢であった。同校の教員時代にきっと集合写真になれていたのだろう。近所にある料亭山の月に槍田さん、尾形さんを誘って、川口さん、盛さん、新井於菟吉会会長、さと子さんと宴会。店は万全のコロナ対策で飛沫除け、間隔、追跡調査のための記帳、完璧なものであった。久しぶりに楽しい時間を過ごす。来ていた報道陣は朝日新聞、毎日新聞、埼玉新聞、コミュニティ新聞、テレビ埼玉など。




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2021年02月03日

2Мのキャットタワー建つ(1月日録)

1月1日
晴れ。金曜。賀状40枚ほど。半世紀もつづいた新年会はコロナで中止となり、静かな正月である。さと子さんは仕事に行く。病院の仕事に休みなし。みるくと転がってテレビを見ながら、うたた寝。2時半に浦和にいる弟が来て、酒盛りとなる。途中、山梨にいる三弟に電話して挨拶。夕方、娘が来て、みんなで恒例のカラオケマックで2時間過ごす。駅まで弟を送る。
1月2日
晴れ。さと子さん、4日まで休み。洗濯す。買ったばかりのセーターにマグロのシミがついたので。買ってまだ1か月もたたないセーターはネコたちがじゃれてまるで着古したように毛玉が。セーター受難。恒例の府中の新年会も中止。ご飯を炊いて、刺身など正月料理で食べる。賀状4枚ほど投函。香取神社、呑龍さんに初詣し、墓に参る。夕方、近くの高級回転寿司、銚子丸に行くがテイクアウトのみということで、はま寿司に行き、焼酎のお湯割り、たらふく寿司を食べる。1都3県の首長が政府に緊急事態宣言を要請したが、飲食店に限定する緊急事態で、効果疑わしい。
1月3日
晴れ。賀状4枚。不要不急の外出を控えて、テレビを見て過ごす。うたた寝も。夕飯は、ズンドウブ作り、あるもので。冷蔵庫、倉庫に一か月は籠城できる食料を持っている。坂本幸四郎『井上劍花坊・鶴彬 川柳革新の旗手たち』(リブロポート)読む。
1月4日
晴れ、暖かい。さと子さんと散歩、大池親水公園で水鳥たちにパンを上げる。パンは古くなったものを捨てずにとっておいてある。それからスーパーに寄り、コメダ珈琲で休憩して帰る。帰って、昼寝。録画しておいた「沖縄コザ暴動50年」を見る。巻き寿司を食べる。賀状3枚。
1月5日
曇り、のち晴れ。洗濯もの干す。みるくとぐぅぐは、ほんとうに寒いのか、ホットカーペットの上のテーブルに毛布を掛けただけの簡易炬燵に潜って眠る。賀状2枚。『井上劍花坊・鶴彬』読む。次女からメール賀状。
1月6日
曇り。ゴミを捨てに行くが、寒い。『井上劍花坊・鶴彬』読む。つまらなくて頁がすすまない。ハンバーグで夕食、さと子さんが買ってきた梅林堂のあんみつ。網走から便り。東京1591人。たまたま目に入った荒木優太さんのツイッターを読む。岩波の『有島武郎』も拾い読みで投げ出したけど、これまたわけがわからん。清掃業に従事しているらしいが、書くものはかなり観念的でめんどくさい。在野が売り物だけど、在野もアカデミズムもほとんど見わけがつかない。別の思考回路に生きている人のようだ。うちの娘たちより下なので、息子の年齢で、娘たちのことがわからないのと同様、わからなくていいのだと諦める。賀状4枚。アメリカで連邦議会議事堂が数千人のトランプ派によって占拠され、死亡者が出ているという。トランプのツイッターによる扇動があったという。アメリカの民主主義もあんがい底が浅い。
1月7日
晴れ。松飾り取る。朝風呂に入る。鼻炎の症状が出たが、このご時世ではいやがられるので鼻炎薬を嚥む。娘の運転でララガーデンにぐぅぐの肥満防止ごはん、マルエツ、セイムスに買い物。墓に参り、花を換える。早々に帰ってきて、昼寝。『井上劍花坊・鶴彬』読む。七草粥セットを買ってきて、粥を作った。緊急事態宣言前日で、テレビはいっせいにこれを伝える。1ケ月では、まず効果はないであろう。飲み屋を営む具体的な人々の顔が浮かぶ、みなさん苦労しているだろう。本日、都内は2047人。夕方になって強風吹く。
1月8日
晴れ、緊急事態宣言再発令。2月7日まで。ところがテレビの映し出す都心の電車はラッシュ。密の最たるもの。三木原稿。オール電化の点検あり。チャリで春日部、銀行から厚生年金基金に振り込み、ヨーカ堂に行き、地下の食料品売り場で小一時間買い物をして過ごす。数日分の献立を考えたつもりだが、まとまりのない買い物。帰って、昼寝。みるく、横に。エビ、マグロの刺身に、ホタテの炊き込みご飯。『井上劍花坊・鶴彬』、『林芙美子詩集』(思潮社)読む。
1月9日
晴れ。さと子さん、きょうから3日間休み。毛布干す。原稿。完全に巣籠りす。川口さんに電話して、原稿は直しなしと伝える。さと子さんが織田哲郎のライブ配信を見終わって、夕飯。カツオ刺し、エビの焼いたもの、エビと野菜のアヒージョでビール。深夜までドラマ「当確師」見る。BSで小柳ルミ子を特集した歌番組を見たが、本人が出ているのにほとんど歌わせず、中央に坐らせて、別の歌手たちがヒット曲を歌い、本人は何故か泣いている。なんだかずいぶんやつれたように見えて、心配になった。
1月10日
晴れ。自家製サンドイッチで朝食。盛さんからメールと電話、三上於菟吉記念誌のカバーの件。『女人藝術』6冊の表紙と目次をさと子さんにスキャンしてもらう。『女人藝術』読む。岩橋邦枝『評伝長谷川時雨』再読。娘が小学4年になるゆーちゃんと来たのでお年玉。さと子さんにももらっていた。セイムスに買い物に行き、帰り、娘のマンションでゆーちゃんと任天堂のスイッチで遊ぶ。夕飯は戴いた金沢のゴーゴーカレー食す。真っ黒いカレーで、富山で食べたブラックラーメンを思わせ、北陸の人々はしょっぱいものが好きなのか。しかし後をひく。旨いことはうまい。
1月11日
成人の日。曇り。外の水撒きホースが凍った。清張のドラマ「西郷札」、有村架純のドラマ「海に降る」全6話見る。セイムスで7000円ほど買い物。まだ必要な物があったが、持てないので、明日に回す。
1月12日
曇り、午後は初雪になるやもというので、セイムスにネコ砂、ぐぅぐのご飯などまとめ買いに。少し雨が降る。東京に初雪が降ったというので、あるいは雪まじりだったか。小谷野敦『片思いの発見』(新潮社)読了。「マイナンバーカード交付申請書」なる封書が来る。地方公共団体情報システム機構という第三セクター(どうせ天下りと人材派遣会社)から。こんなつまらぬものに金をかける余裕があるなら、8万人を超えたという貧窮者救済に使え。税金を吸い上げるだけでは足りず、国民情報まで吸い上げようとしている。ネコちゃんのオシッコ、ウンチにまぶして開封せぬまま捨てた。冷蔵庫の、厚揚げ、茸、サヤエンドウで煮物を作り、夕飯。キャットタワー届く。半藤一利が亡くなる。『ソ連が満洲に侵攻した夏』『ノモンハンの夏』など10冊ほど読んでいる。享年90。
1月13日
晴れ、洗濯す。ぜんぶの部屋に掃除機を掛ける。原稿、少し。緊急事態宣言11都府県に拡大し、菅が、感染拡大を「1ケ月で絶対阻止する」と宣言。相変わらずの決意主義、精神主義でコロナに対抗するか。セブンで花二つ。一ノ割霊園に行って花を換え、マルエツに買い物、弁当3つ買う。帰って、小谷野敦『性と愛の日本史』(ちくま新書)読む。みるくと昼寝。さと子さん帰ってきて、弁当で早々に夕食終わらせ、2階でネコタワー組む。40キロ以上の重量に耐える、195センチの高さのキャットタワーはまさにネコのタワーマンション。
1月14日
晴れ。原稿。3月の陽気とか。すでに三寒四温がはじまっているという。暖かいので、古本市場に行き単行本2冊、文庫6冊。ベルクに行き、刺身など買って帰る。娘のリクエストで手巻き寿司。
1月15日
曇り。雨戸を開けて外気を取り入れ、2階の雨戸をあけてネコたちが取り散らかした部屋を片付けて階下に降り、階段脇の本棚にあった柴崎友香『春の庭』(文藝春秋)を手に取っているうち読んでいなかったことに気づき、立ったまま読みはじめ、読了。最終になって突然一人称と三人称が入り混じる。そう言や昔、気になって仕方なかった家があったなと思い出した。中の造作が見たかった家が。みるく、キャットタワーの頂上に登った。
1月16日
晴れ、ぽかぽか。霊園に行き、マックで朝食。そのままダイソーまで散歩。暑いので、青挑に寄ってビール、牡蠣のアヒージョつまむ。帰って昼寝。
1月17日
日曜。曇って寒い。妻の命日である。次女から命日を気にかけての電話。マルエツまで徒歩で買い物に。おはぎ、和菓子など供える。帰って、外ネコの餌を買いにセイムス。鹿児島のKさんから小包来る。随筆の原稿の束と、焼酎と、手作りの大蒜の漬物、大根のお新香など。鍋の残りととろろなどで夕食。
1月18日
曇りがちだが、晴れ間もあり。エアコン、ストーブ点けていても寒い。Kさんの妹のTに電話、ずいひつ原稿の添削はちょっと遅れると伝えてもらう。ゴミ当番。録画で裕次郎映画「夜霧よ今夜もありがとう」見る。1967年の映画で、ぼくはこれを荒川区町屋の封切館で親戚のお兄さん(都電通りに親戚がたくさんいた)につれられて見た。劇中歌の「粋な別れ」のほうが好きである。鍋で食事。
1月19日
晴れ、北風吹く。三木澄子。外出せず。みるくと昼寝、ぐうぐも毛布に乗ってきた。さと子さんが和幸のトンカツを買ってきたので、久々にキャベツたっぷりトンカツでご飯。
1月20日
晴れ。大寒である。古紙回収日なので、ダンボール、新聞・雑誌など出す。会社関係の請求書など投函。あるもので食す。トランプ正式に退任し、バイデン就任。アメリカにとって悪夢のような4年間。芥川、直木賞の発表。芥川賞は宇佐見りんという大学生で、中上健司を敬愛しているようなので気になって、本を2冊注文する。川口則弘さんにメール。
1月21日
晴れ。さと子さん休み。ローソンのサンドイッチ、サラダ、カフェオレで朝食。霊園に墓参して、春日部に電車で出る。初電車。ララガーデンでぐぅぐの肥満防止のご飯。書店を2軒廻り、立ち読み。中華料理の酔香園でちょい飲みセット。麻婆豆腐、木耳と野菜の炒め物、春巻き、小籠包で飲む。ホッピーも。「いつもありがとうございます」と何度も言われ、杏仁豆腐をサービスしてくれる。安いのにボリュームたっぷりの弁当を作ってもらう。徒歩で帰る。夜はその中華弁当をいただく。
1月22日
晴れ。暖かいので、散歩に。古本市場で文庫1冊、桐野夏生『日没』(岩波書店)買う。桐野の小説は出たことも知らなかった。読まれた形跡もないので。桐野はエッセイで新古書店批判をしていて、それを読んだぼくは「彼女は安い本を手に入れるために古本屋を漁った経験がないのだろうか」と思った。今は資料探しの古本屋になったが、若い頃は安い文庫を手に入れるために古書店を活用したぼくは、桐野のエッセイに首をかしげた覚えがある。そんな豊かな生活をしていたのか。マルエツ、セイムスと回ってリュックをふくらませ、両手にビニル袋を下げて帰る。盛さんに電話し、近況を聞く。盛さんのブログ「北方人日記」読む。牡蠣と鱈をいっぱい入れて鍋を作り、ビール。きょうは暖かいせいか、みるくとぐぅぐはほとんど2階であそんでいて、階下に降りてくるのは排便と食事のみ。
1月23日
曇り。三木澄子。岡山の山田養蜂所のお姉さんからセールスの電話、岡山弁のお姉さんとしばらく話す。板垣美雨『老後の資金がありません』(中公文庫)読了。板垣は前に被災地の避難所の生活を描いて感心して読みはじめたのだが、中間小説の隙間を縫って売れた、スキマ産業のような作家。これは身につまされること多かった。
1月24日
日曜。さと子さん休み。雪になるかと予報されていたが、雨。石坂洋次郎の文庫、『雨の中に消えて』『若い川の流れ』など新書5冊、帯広の古書店から届く。いずれも読んだもの。雨の中、郵便局で送金、駅前マルエツ、セイムスと買い物。途中で出前のバイクに乗った大村庵のご主人とあったので、出前とることにした。鍋焼きうどんにぼくは玉子丼。娘もきた。川口さんからメール、返信メール。
1月25日
晴れ。きのう部屋干ししていた毛布など干す。『川柳マガジン』来る。古本市場で買った出久根達郎『漱石先生の手紙』『いつのまにやら本の虫』『二十歳のあとさき』(いずれも講談社文庫)読む。集団就職で上京した件には触れず。まあ出久根の場合は、いきなり月島の古書店に就職しているから例外的だが。夕飯は焼売、鮭の胡椒焼きなど。ぐぅぐ、タワーマンションの最上階に登る。
1月26日
曇り。年金事務所に電話したりして会社の仕事をする。セブンイレブンで花と苺買って、一ノ割霊園、マルヤと回る。高橋克彦『ジャーニーボーイ』(朝日文庫)読む。夕食は野菜たっぷり皿うどん。江畑哲男さんから『ぬかる道』来る。必ず付箋に書いてくる便りが楽しい。
1月27日
曇りのち晴れ。洗濯す。『小説ジュニア』をひっくり返しているうち、板坂耀子名の小説がいくつかあるのに気がつき、「ルイスの視線」(73・11)「ひとりぼっちの復讐」(74・7)「ミロワの思い出」(75・3)を読む。ついでにネットで数々の著作の、エッセイ集を。ジュニア小説でデビューした、のちに国文学者になる板坂耀子を教えてくれたのは小谷野敦さんだった。富島評伝のとき、ウィキペディアでも調べられたのに、名をなすことはあり得ないという思い込みで怠ってしまった。「ひとりぼっち」はジュニア小説初の時代小説ではなかったか。この作家はジュニア小説におけるマンガ界の岡田史子だったかもしれぬ。SNSで読んだ板坂さんのエッセイは目から鱗の面白さ。鹿児島のKさんに本と雑誌をレターパックで投函。そのまませんげん台ブックオフに行く。出たときに新刊で買うのもどうかな、と見送った、鈴木耕『私説集英社放浪記』(河出書房新社)を買う。帰って、読む。70年入社で雑誌部門を転々としているのに、富島健夫の名は一行もなく、よくよく若菜正社長以後の集英社で富島は忌避されていたのだとわかる。夕方思いついてカレーを作る。大皿に卯で卵とウインナーの茹でたのを添えてカレーを盛ると、娘が「ゴーゴーカレーで食べるみたいだ」という。大多和伴彦さんからオンライン句会の誘い。SNSがどんどん嫌いになっているぼくは、ガラケーでさえ使えなくなったら止めようとしているのに、とんでもない、めんどくさい、と思うが返事は先延ばし。
1月28日
曇り、雨。雪が降ったらしいが外にでなかったのでわからず。ストーブとエアコンつけても寒い。さと子さんが昨日、南越谷の駅で本の半額セール出店をしていて見つけ買ってきた小谷野敦『このミステリーがひどい』(飛鳥新社)をペラペラめくるうち小谷野話芸に引き込まれて読了。春日部図書館で借りて読んでいたのだが、何度読んでも面白い。桐野夏生『日没』(岩波書店)読む。さと子さんが神戸コロッケを買ってきたので、昨日のカレーと餃子を焼いて食す。鹿児島のKさんに送ったレターパックが厚さ3センチを超えていると戻ってきた。くそ。まもなく三上於菟吉記念誌が出来てくるのでそのときに送ることにする。
1月29日
晴れ、北風。さと子さん休み。〆日なので春日部まで。無事支払いがすみ、今月は社長給与も多目に出る。ヨーカ堂のサイゼリヤで朝兼昼食、アラビアータ、パエリア、ドリア、サラダなどで白ワイン250ミリデカンタを。樽生はフードロス回避(客が少ないってことだ)のため中止になっていて、一番搾りの缶がでてきておどろく。ヨーカ堂食品売り場で買い物。ツタヤに廻って映画を7本借り、コメダ珈琲に寄って、バームクーヘンにソフトクリームが乗っているやつを食べる。帰宅すると、楽天から宇佐見りん『推し、燃ゆ』(河出書房新社)が届いていた。さと子さんが新海誠の「天気の子」を見ている間に、読了。中沢けいさんのデビュー作の頃からつづく女性作家特有の感覚的な文章。感覚的に分かりにくい部分は読み飛ばして、しかし性的な用語はほぼない、清潔さがある。中上健次を尊敬しているということで読む気をおこしたのだが、初期の中上が大江健三郎に影響されていることを見てとれるほどには宇佐見りんは影響が感じられず、125、6頁の最終に至っておおっ、中上だと唸った。たぶん宇佐見さんは中上の短篇小説の愛読者なのだろうと思う。ぼくも中上健次は嫌いだがその短篇は好きで、とりわけ『化粧』『蛇淫』など、今もって好きであざやかだと思っている。届いた『推し』はすでに10版で、昨年出たのだから経歴に芥川賞はないはずだが、ちゃんと記入されていて出版元の意気込みを感じさせる。第二のサラダを狙っているな。昨日の夕刊一面に大きく紹介されていた聖マリアンナ医科大名誉教授の長谷川和夫さんと娘南高まりさんの『父と娘の認知症日記』(中央法規出版)をさと子さんはもう取り寄せて読んでいて驚いた。奈良の柿の葉寿司弁当と石狩寿司をかってきたので夕食。BSで遠藤実の特集、人形浄瑠璃を見る。
1月30日
晴れ。北風吹く。雛人形をピアノの上に出す。福岡の古書店から『昭和の尋ね人―アウトサイダー列伝』(不知火書房)届く。
1月31日
晴れ。月末の日曜。さと子さん、きょうから3日休み。三上於菟吉記念誌3箱届く。娘とゆーちゃんが来て、近くの児童公園へ。ドッチボールだの鬼ごっこだの影踏みだのと付き合わされて、娘のマンションに帰り、また遊ぶ。さと子さんと、マルエツに寿司を買いに行き、娘も来て夕食。ちょっと遊んだだけなのに筋肉疲れ。


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2020年12月31日

師走のサンチョ・パンサ(12月日録)

12月1日
快晴である。きのうと同じ真っ青な空。さと子さん休み。役所から補助の出る健康診断の期日が間もなく切れるので春日部まで歩いて行く。М医院ですぐにやってくれた。健康診断を受けるのは、たぶん13年ぶりか。当時の会社で役員をしていたので「役員が受けないのではみんなに示しがつかないからお願いだからうけてくれ」と総務部長に懇願されて行ったのが最後。8年以上勤めてこれ一回きりだった。医院は比較的空いていて、コロナの心配もなく済む。レントゲンも撮る。終わって天丼てんやに入り、一番高い天婦羅のセットでビールを。ララガーデンでぐぅぐの減量ご飯、ユニクロでヒートテック下着を買って帰宅。疲れ、しばし昼寝。江畑さんから『ぬかる道』12月号恵投。川柳文学賞の選考委員を引き受けてくれてありがとう、お互い老年になってまた別のご縁ができてうれしい、とあり。こちらこそ仕事を戴けてありがとうである。セールで買っておいたウナギを焼いて、なめこ汁を作って夕食。娘も遅く来て食す。夜、さと子さんパソコンをネットに繋ぐが、ブログなどは無理で、10時半過ぎて川口さんに電話。遅い時間にというと、「まだまだこれからですよ」という。原稿を書いている最中だったようだ。けっきょく土曜日に、春日部庄和図書館に来るのでその前に家に来てくれることになった。
12月2日
雨。三上於菟吉。セイムスでネコ砂、ネコたちのご飯など大量買いする。月蝕歌劇団から12月公演のご招待状。白永歩美さんは劇団を率いて頑張っているようだ。高取英さんが亡くなってからもいつも招待状を戴くがなかなか観劇に行けない。コロナでさらに行けなくなった。桜木紫乃『蛇行する月』(双葉文庫)未読だったので読む。尾形明子編『長谷川時雨作品集』(藤原書店)読む。残り物で食事。
12月3日
曇り。朝から三上於菟吉、電磁波で頭痛がしだしたのでやめる。外ネコの餌がなくなってセイムスに。帰ってマルエツに今晩のおかず、苺も買う。みるくと昼寝。『長谷川時雨作品集』読む。11月日録を上げた。『蛇行する月』読了。どれを読んでも、最初に読んだ『恋肌』(角川文庫は「誰もいない夜に咲く」)の感銘が得られない。すき焼き小鍋で食事。栃木産苺にミルク、砂糖たっぷりかけて食べる。
12月4日
晴れ。三上於菟吉。みるくと少し昼寝していると、盛さん来て、玄関先で庄和町図書館の三上於菟吉資料リストと『本の雑誌』19年の1年分貰う(わざわざ図書館のリサイクルからぼくのためにもらってきてくれたのだ)。盛さんそのまま図書館に本を借りに行った。精力的である。健康診断結果来る。要再検査とある。10年以上も前だが、ポリープがあるといわれ再検査とされたが放っておいた。川口さんに原稿を送る。夕飯の用意が面倒になり大村庵から出前をとる。
12月5日
雨、曇り。昼、うちのパソコンの調整のために川口さんが来てくれる。時間切れで、それから盛さん宅に行き、奥さんの車で庄和町の図書館・総合支所に。郷土資料館の実松館長も、顕彰会の新井会長も来て、資料室に。三上於菟吉・長谷川時雨資料とラベルの貼られた函に於菟吉の著書が封筒や紙に保護されてしまってあった。見切れないほどの量である。古書店から購入したものの中には、三上於菟吉の献呈本もあり、奥付の著者名の誤記「兎」を鉛筆で「菟」に直してあって可笑しかった。館長の計らいで「女人藝術」復刻版を借り出して読めることになった。また盛さんの奥さんのお迎えで帰宅し、パソコン調整のつづき。おかげでパソコンが完璧につながった。それから盛さん宅で『記念文集』の編集会議。川口さんが立派な確認用サンプル版を作ってくれたので雑誌のイメージが具体を帯びた。奥さんがおでんなど酒のあてをたくさん用意してくれ、飲みながらワイワイと。途中から勤め帰りのさと子さんも来て、10時まで過ごす。マルエツで買っておいた、ブリ弁当二つはうちの中でいちばん冷えている玄関脇に置いておく。
12月6日
晴れ。洗濯。さと子さん休み。朝、娘がゆーちゃんと来て、アサカベーカリーの調理パンをいっぱい買ってきてくれたので、それで朝ごはん。長谷川一夫、若尾文子の映画「雪之丞変化」(市川崑)を見る。まるで芝居見物のようにブリ弁当を食べながら。夜は冷凍庫の整理のため冷凍ドリア、スパゲティを食べる。川口さんにきのうのお礼メール。
12月7日
晴れ。暖かいので徒歩で墓参りに行き、駅前のマルエツで買い物して帰る。チビハナの飼い主が来て、那須の御用邸チーズケーキを土産にもらう。チビハナ用の捕獲器を持ってきた。寒くなってきたので飼い主としては何としてでも捕獲したいという。疲れたので昼寝。夕方になってチビハナが来たので捕まえようとするが失敗、素早いのだ。川口さんから返信メール。野菜たっぷりのかた焼きそばで夕食。
12月8日
晴れ。上着要らずのポカポカ陽気。毛布干す。原稿書き。郵便局へ行き、帰りはセイムスでぐぅぐのご飯。尾形明子さんに手紙書き、郵送。購入したビデオ、柳美里『JR上野駅公園口』(河出文庫)届く。早速、読む。夕飯はすいとん作る。テレビドラマ「雪之丞変化」見る。長谷川一夫には及ばないが、音楽などに工夫を凝らして現代的にはなっている。月蝕歌劇団から『エクリプス通信』来る。
12月9日
曇り。洗濯する。『JR上野駅公園口』読了。慣れるまで詩的言い回し、擬音、ト書きのような文章などが気に障るが、まあまあ。天皇とホームレスを対置させる部分はたぶんに図式的である。上野公園のホームレスについては取材しているのでリアルで、もしかすると海外で評判になったのは、オリンピック開催予定地ニッポンの裏側はこうだという興味からではないか。娘はすき焼き鍋、さと子さんは塩だれ肉鍋、冷凍保存した天ぷらに焼き豆腐で煮て食す。
12月10日
ほぼ曇り。マルエツに買い物、財布に札を入れるの忘れて千円札一枚と千円ちかい小銭で間に合うように買う。海鮮丼を作って夕食。盛さんと電話。続全共闘白書編集委員会から一斉メール。夜に外の捕獲器が閉まったので見に行くと、尾の長い黒ネコ(すずは尾が短くまるまっているが、この子は尾長で、最近現れるようになった愛嬌のある黒ネコが狂ったように暴れている。さと子さんが扉を開けると、まさしく脱兎のごとく逃げた。かわいそうなことをしたと、後味わるい。
12月11日
晴れ。ごみの担当日。10時に、郷土資料館に行く。たまたま原稿を届けにきた三上於菟吉顕彰会の新井会長と会う。実松館長と3人で立ち話をして、『女人藝術』復刻版①を借りる。ぜんぶで6セットなので、「半年掛かりますね」と館長がいう。西口に回ってララガーデンでぐぅぐのご飯など買い物して帰る。函を壊したり汚したりしてはいけないので、書棚に空きを作り収納した。みるくと昼寝。しゃけを焼き、目玉焼きサラダ添えで食べる。録画しておいたEテレ「転生する三島由紀夫」を見る。海外、国内で三島がやたら上演されているというのは、著作権切れだからだろう。盾の会元メンバーも登場している。当時オモチャの軍隊と揶揄されていたが、ニュースフイルムの中の軍服姿の三島は陶酔していて、やはり極度に違和感を覚える。隊員はみな数歳歳上である。ついでに録画「逃亡者」を見た。大がかりな撮影で渡辺謙は傷だらけだろう。
12月12日
晴れ。さと子さん休み。ローソンでサンドイッチとサラダとカフェラテ買ってきて朝食。『女人藝術』読む。南桜井のホームセンターまで買い物に。養老乃瀧に寄って飲む。
12月13日
曇り。さと子さん休み。マルエツ、墓参り。花を買って差し替える。美空ひばりの映画「競艶雪之丞変化」2巻組来る。見る。夜、娘がのり弁当を買ってきてくれた。
12月14日
晴れていたので、洗濯、毛布など干す。ゴミを出す。三木原稿。『女人藝術』読む。戸津川警部を見ながら、みるくと昼寝。雨になり、隣家の主婦に呼び鈴で起こされる。牛肉、餃子などあり合わせのもので夕食。夜、小雪降る。GoTo年末年始停止と方針転換。コロコロと方針を換えて、内閣支持率も低下。おまけに菅が8人ほどで会食をしていたと批判される。
12月15日
晴れ、風が冷たい。春日部に。郵便局で振り込み。マルエツで買い物。娘も来て手巻き寿司。
12月16日
晴れ。さと子さん休み。散歩がてらしまむらに行って、気に入った服を4枚買う。墓参りをし、カラオケマックで昼食、3時間ほど過ごす。夜は昨夜の残りで海鮮丼。東北では大雪。『女人藝術』読む。昭和初期の若い知識女性たちの元気のよさ。せき止められていた水が一気に流れ出すが如く。
12月17日
晴れ。洗濯。会社の請求書郵送。マルエツ買い物。都内で800人以上の感染者が出たというので小池が緊急の記者会見。とろろで夕食。娘が来て、今朝お墓の鏡面が凍って、水道も出なかったという。毎日早朝に墓参りしてから学校へ行っているのだ。春日部郷土資料館から女人藝術の貸出許可証来る。
12月18日
晴れ。比較的暖かいので越谷せんげん台まで行く。ブックオフに寄って、三浦雅士『石坂洋次郎の逆襲』(講談社)など4冊買う。石坂洋次郎は1月に出たばかりで、出たことすら知らなかった。新刊書店に行ってないからなあ。半値にもなっていない高い本だが、新品のようなのでちゅうちょなく買う。ぎょうざの満洲で天津飯と餃子セットを二つテイクアウトし、駅の反対側を観察に行くと、マック、モスバーガー、ケンタッキー、日高屋などファーストフードが駅前に集結していて喫茶店も飲み屋もあり、駅周辺が年寄りに便利な街だったことに改めて気がつく。セイムスに寄って、外ネコの餌、アールワンなど買い物して帰る。疲れて少し昼寝。みるくは傍らに、ぐうぐは薄い毛布を掛けた股の間に寝ていた。尾形明子さんからお礼状来る。さっそく『石坂洋次郎の逆襲』読む。さと子さんと天津飯食す。
12月19日
晴れ。三木澄子書く。『石坂洋次郎の逆襲』読む。折口信夫、宮本常一らの民俗学からの切り口、石坂愛満点の評論は新鮮で刺激されるが、少しクドイところもあって飛ばす。石坂の文庫本は古本屋で見つけると買うようにしているが(とくに中学、高校の頃手にした新潮文庫のカバー絵が懐かしくて)、なかなか見ない。ブックオフはせいぜい20年前後のものしかない。三上於菟吉顕彰会から一斉メール。川口さんにメールして、セイムスに買い物に。すると川口さんから電話が来て、これから大多和伴彦さんと最近流行りのリモートで話をしないかという。面倒臭いとちゅうちょしていたら、さと子さんが帰ってすぐセットして、鍋で晩ご飯のあと、参加する。名前を入れるさいにハンドルネームを使うのかと「サンチョ・パンサ荒川」としたら、大多和さんが笑っている。初のリモートである。さと子さんも初めてという。途中ビールを飲みつつ話す。大多和さんのお父さんの書棚、飼いネコのミントくんも登場。うちのみるくもお披露目する。久々に俳句仲間のまゆみさんとも挨拶。話が尽きなかったが、こっちのパソコンがフリーズして、終わる。川口さんにフリーズを伝えると、大多和さんから「よいお年を」と伝言ありという。
12月20日
日曜。晴れ。洗濯す。毛布も。朝から原稿書き。昼、暖かいうちにマルエツに買い物に行く。那覇の嘉藤洋至さんから新作『沖縄拝所巡礼⑧』と『グスコ城の雑記録』を恵贈される。こっちがもたもたしている間に、嘉藤さんは次々に書き上げてまとめている。『石坂洋次郎の逆襲』読む。カレーライスを作る。川口さんにメール。盛さんに電話したが留守で、夕方かかってきた。遠出して図書館に行っていたという。盛さんは雑念がなく、日々文学一筋である。『吉川英治事典』(勉誠出版)の執筆者のひとりだが、盛さんの事項は他の事典にはない知られざる人物ばかりで、よく書けるなあと驚嘆する。それもこの調べ魔的性格のしからしむるところで、真似ができない。 
12月21日
晴れ。エアコンにストーブを点けても寒い。みるくとぐぅぐも和室の電気カーペットに身体を押し付けるようにしている。毎日、一時間は換気のために窓をひらく。午後、缶チューハイ、ローストポークなど持参で盛さん現れる。「まずは二人で忘年会」と盛さん言って、乾杯。三上於菟吉、小松伸六、伊藤整、井上剣花坊のことなど話題をころころ変えつつ3時間ほど過ごして、DVD「雪之丞変化」3巻持って帰って行く。昨夜のカレーに茹で卵乗せて食事。
12月22日
晴れ。三木澄子。ぐぅぐの食餌がなくなったので、年越し準備にまとめ買いに行く。自転車屋でライトを換えてもらい(車止めバーにぶつけて壊した)、スーパーで買い物。吉野家で夕飯に牛すき鍋セットを買って帰る。イギリスでコロナに変異種が現れたという。ウィルスだって生存を賭けて毎年形を変えるのだから当然だ。『女人藝術』読む。
12月23日
晴れ。毛布干す。ララガーデンの三越で買い物。そのまま電車で東岩槻に行く。古書店で筑摩の中村光夫『明治文学史』、臼井吉見『大正文学史』、平野謙『昭和文学史』(昭和は30年までだが)3冊揃い。春日部に戻って酔香園で食事、ビール。本格中華でどれを食べても旨い。木耳と卵の炒め物、回鍋肉、焼売と春巻で。タクシーで帰宅する。次女の新しいマンションに送る荷物を作り、宅配便に出す。昼寝。夕食は残り物で。
12月24日
曇り。さと子さん6連勤明けて休み。茅ケ崎の書肆楠の木から坂本幸四郎『井上剣花坊・鶴彬 川柳革新の旗手たち』(リブロポート)来る。さと子さんと散歩がてら郵便局から本の支払い、セイムスで大量に買い物。7時、クリスマス・イヴということで予約しておいた「レストラン・ぴの」に、さと子さんと娘と行く。久しぶりのコース料理である。大きなレッドロブスターが1匹入ったグラタンにびっくり。ビールと料理で腹がふくれ、帰って太田胃酸。那覇の嘉藤洋至さんにメール。贈り物をしたが、三越から連絡あってコロナ対策による減便のためいつ着くかわからぬという。東京の感染888人! クリスマスイヴだというのに、安部元首相のサクラ釈明会見。案の定、公設第一秘書にすべての責任を押し付けた。窓際太郎に出てくる、保身第一の画に描いたような悪徳政治家ぶり。政治家の秘書というのはほぼ政治家志望なのだが、容疑者とされ汚点をつけられて、生涯賃金の大半でも面倒見てもらわないと、この秘書は合わないはずだ。人を踏み台にして平気な、こんな人間が自民党にはゴロゴロいるのだ。
12月25日
晴れ。三木澄子。暖かいので墓掃除に行き、新しい花を供える。古本市場で梓林太郎、海音寺潮五郎など文庫5冊。カネヨシでやすい伊達巻(値段相応に不味かった)、マルエツで買い物して帰宅。みるくと昼寝。足元ではぐぅぐが寝ていた。さと子さん、ショートケーキを買ってきて、刺身などで食事の後、2個食べる。次女から荷物届いたと電話、三越で買ったお菓子などを沢山詰めたので喜んでいた。川口さんから忘年会、弟から元日来訪の電話。どちらもこじんまりとやる。埼玉の自民党県議たちがホテルで40名の会食をして、批判を受けているが、親が親なら子も子だ。バカ党である。『女人藝術』読む。なかにし礼が死去。
12月26日
晴れ。三木澄子。郷土資料館に『女人藝術』貸出延長の電話。床屋。伊藤たかみ『八月の路上に捨てる』読了、自動販売機の男女補充員の話。猫々文庫に小谷野敦さんの本7冊注文。読んだが持っていたいもの、未読のもの、出ていることを知らなかったものなど。
12月27日
日曜。晴れ。セイムスにネコ砂など買いに行って7,000円。すでに正月の華やかさが溢れたマルエツに買い物に行って、弁当を買いに来た盛さんに会う。ぼくの籠を覗いて「お、もう正月用品か。うちは、まだだな」。レジを通すと1万以上になっていて驚く。那覇の嘉藤さんから23日に送った恵比寿ビールが届いたとメール。
12月28日
晴れ。さと子さん休み。午前中に猫々文庫から小谷野敦さんの本7冊届く。小谷野さんのうれしいメッセージあり。ゆうパックの宛名も小谷野さんの自筆のようで、小谷野さんの私小説が好きなさと子さんはカッターで丁寧に切り取って保存。嘉藤さんにメール。散歩がてら、墓参り。マックに寄って、グラコロバーガーで昼食。途中、盛田隆二さんがエッセイを寄せていることを思い出し、日本経済新聞12月26日版を買う。マルエツに寄って、買い物、蜜柑一箱抱えて帰宅。玄関掃除、門扉洗う。さと子さん、年賀状作りに励み、ついでにぼくの分50枚以上も印刷してくれる。夜、いろいろやりながらBSで映画「太陽の季節」見る。当時騒がれたあの場面はこう処理されたのか。これは未見だったらしい。さと子さん、玄関ドアに正月飾りを付ける。
12月29日
晴れ。午前中に年賀状に一言添えて投函。会社関係の書類。原稿。書棚を整理したが、安い本棚なので重みに耐えかねて棚が落ちる。テーブルの位置を変えた、まあ気分転換。さと子さん大荷物もって帰る。正月用品など。国産ウナギの定価落ち、といっても1400円を2つに切って焼くが、大きな長いウナギが一串サイズになり、これではご飯が食べられぬと白身魚の切り身を焼く。何だか騙された気分である。
12月30日
雨が降ったが、午後晴れ。〆日。徒歩で春日部まで出て、無事支払いを終え、今月はめでたく社長給与も出る。日高屋で野菜タンメン、餃子を食べる。ヨーカ堂で刺身など買い物してタクシーで帰宅。さと子さん、門柱に松飾りを付ける。3時過ぎ、川口則弘さん、盛厚三さん来る。生誕百三十年記念文集『三上於菟吉再発見』の編集会議を兼ねて忘年会をひらく。三上於菟吉顕彰会編となっているが、文集はほとんど川口さんが独力で、原稿を集め、校正し、何度も著者校閲を繰り返し、サンプル誌を作り、完成にこぎつけた。盛さんは講演をまとめる仕事をし、原稿を二本書いたが、ぼくは何もせず口をだすだけで、「江戸を走る復讐の焔、「雪之丞変化」参上!」なんちゅう鬼滅の刃もどきのキャッチフレーズを幾つも作り、みな却下された。楽しい宴会で時間を忘れ、10時半まで。北海道式の甘納豆赤飯を炊いて盛さんに持って行ってもらう。盛さんに「三上於菟吉ノート」という著作があったことを知る。ところが本人はそれをどこに書いたか忘れている。「盛さんにはまだまだ本人も忘れている著作がありそうだ、奥が深い」。寒風の中、川口さんを駅に送りながら話す。「今年ほど春日部に来た年はありませんよ」と分かれ際に川口さん、いう。ほんとにご苦労様でした。
12月31日
晴れだが、風が冷たい。ネコたちのために座卓に毛布を掛けて、炬燵風にする。さっそくみるくが入り、ぐぅぐが入ると、みるくが出てくる。ぐうぐ、そこで眠る。さと子さんと墓掃除に行き、正月らしい花を供える。しまむらでセーター、肌着など買って、マルエツで明日の買い物。家用の正月の花も買う。とんかつサボテンで昼飯買って帰る。食べながら「エール総集編」見る。軍歌を作って戦争協力した作曲家が、戦争の結果としての戦災孤児、原爆の歌を作るのにはそれなりの心理的曲折を経なければおかしく、そのあたりきれいに流しすぎ。それに菊田一夫はあんな長身ではなく152センチそこそこの小男であった。テレビ界にはまだ実物を知る人が生きているだろうに、これもへんだ。
これから娘たちが来て、大村庵から届く鍋焼きうどんを食べ、軽く飲みながら、紅白を見る。今は、「年忘れニッポンの歌」が掛かっているが、娘たちが来れば途中で変えられるはずだ。いやな年もあと数時間で終わる。
では、よい年をお迎えください。






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