2004年05月08日

無駄なことについて

 「人がモノを書く」ということは「その人に過剰な部分がある」ということである。「過剰な部分」とは「無駄な部分」である。「無駄なことを考える必要」がなければ、その人は「モノを書く」なんてことをしなくていい。  続きを読む
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2004年05月07日

人間関係について

 「依存」とは「他者に自分への理解を求めること」である。だから「恋」とは「依存しあうこと」だと私は考える。そして「恋」は「特定の他者に対する過剰な理解」からはじまる。  続きを読む
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2004年05月02日

失恋について

 「恋の予感」があって「相手もその予感を抱いているような気」がして、それが「恋であるかどうか」を見極めるための「確認作業」をしているうちに「相手が自分ではない誰かに恋をしていた事実」に気付く場合がある。それは「自分が依存しようとしはじめていた相手が、すでに自分ではない他の誰かに依存していた」ということである。それが「失恋」である。  続きを読む
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2004年04月30日

寂しき近代について

 私は「ムラ社会とか家族社会から離脱すること」で「日本人の近代化は達成する」なんて書いたんだけれども「遊体離脱したもう一人の自分」に「お前だって、それができなくてモンモンと考えている日本人の一人じゃないか」とか「そこまで言うなら、会社勤めなんかやめて独立したら?」なんてことを言われている。  続きを読む
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恋について

 「恋」に夢があるのは「その恋が成就する」が「あるがままの実態を過程にしているから」である。「美しい恋の成就」が「科学の夢」であって「そうでない恋」は「科学的に実現された恋」である。「科学的」が「人為による実態(理想)の達成」だから「夢がない」なのである。  続きを読む
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2004年04月27日

科学について

 「科学」という言葉に「夢」を感じるのに「科学的」という言葉になったとたん「夢」を感じなくなる。それは「これらの条件が揃わない限り、このような状態は起こり得ないという現象」に「夢」を感じるのが「科学」だとすれば「じゃあそれらの条件を人為的に揃えちゃって、その現象を実然させても同じでしょう?」とやる「科学的」には「夢」を感じないということである。  続きを読む
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2004年04月26日

希望について

 けっきょく日本はいまだ「ムラ社会」であり、同時に「家族社会」でもあって、そこから離脱しなければ日本人に「近代化」は訪れないと私は言っている。「ムラ社会」や「家族社会」に「そこから離脱できる手段」があるということは「近代化を実現できる環境がある」ということである。だから「そこから離脱」して「自分自身で政府なり秩序なりをつくる」が「近代化を実現すること」である。しかし「それが容易にできない矛盾した環境」が日本にはある。だから日本には近代化は訪れない。日本はやっぱり堂々回りの「幸楽」である。  続きを読む
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2004年04月25日

家族社会について

 「渡る世間は鬼ばかり」の「幸楽」の家族に「今の日本」を重ねてしまう。祖母が「いまだ残る日本の前近代」の象徴で、母親が「子供の自由に理解を示す日本の親」の象徴で、孫が「その親に育てられる日本の子供」の象徴、そして父親が「日本政府」の象徴である。  続きを読む
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2004年04月18日

日テレの新番組「ワールド☆レコーズ」について

 日テレの「特命リサーチ200X II」がいつのまにか終わっていて「ワールド☆レコーズ」という、これまた「日テレならでは」の新番組がはじまった。この「日テレならでは」の新番組に不思議な懐かしさを感じながら、私はこの日テレの番組編成の変化になにか感じるものがあった。  続きを読む
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2004年04月17日

ムラ社会について

 解放された3人の人質を見て「みんなに迷惑をかけてけしからん」とか「日本の恥をさらしやがって」とか「この場に及んでまだイラクで活動したいとは信じがたい」というふうに思ってしまうのは、日本にはあいかわらず「ムラ社会」の思想が深く根をはっているからだ。  続きを読む
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2004年04月15日

今の日本の状態について

 会社の方針は決まっていて、しかしどうしてもやりたい企画を持つ社員がそれを実行して問題を起こしてしまった。それに対して「なぜ社員が勝手にしたことの責任を会社がとらなければいけないんだ」という会社と、今の日本政府の本音は似ている。  続きを読む
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2004年04月12日

「イラク日本人人質事件について」を書くまでに

 「イラク日本人人質事件について」を書くまでに、私は自分の考えをまとめたり結論づけることが、すぐには出来なかった。そんな状態でブログ等を見てまわって感じたことは「世の中のひとは、なんて自分の考えを瞬発的にまとめ発表することができるのだろう」だった。「自分にとって何が良くて何が悪いかを瞬発的にまとめる能力」があることは、なんてうらやましいんだろう。私はそんなふうに、その能力がない自分の非力さを嘆いていた。  続きを読む
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2004年04月11日

イラク日本人人質事件について

 まだ人質の解放が確認されていない今、こんなことを書くには早いとは思うが、もし無事に解放されたとしたら、三人の人質は評価されるべき体験・行動をしたと思う。それまで犯行側にとっての情報というものは、おそらく「その国の政府が親米か反米か」というものだけで、それはその国の国民すべてをひとくくりにするものだったのに対して「日本政府はこうだけれども、そうでない日本人もいる」という情報の入り方はなかったのではないかと思う。個人レベルの考え方の情報が国境を越えるという意味で、それはインターネット的だと思う。つまりメディアが報じる情報にはない部分の情報が犯行側に伝わったということに、私は非常に意義を感じている。  続きを読む
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2004年04月05日

リストカットについて

 少し前に、進学校の教師だったかがDJを勤めるラジオ番組を聞いていました。進学とか青春についての悩み相談にアドバイスするような番組だったと思いますが、番組の最後に彼はこのようなことを言っていました。「みんなからたくさんのお便り募集してるけどさあ、リストカットしたなんてこと書いて送ってくるんじゃねえぞ」。かなりうろ覚えですが、正確な内容はどうであれ「そういう意味」の言葉を聞いたことは確かです。  続きを読む
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2004年04月04日

公務員の副業・アルバイトについて

 少し前に、女性教師が牛丼店でアルバイトし地方公務員法に違反したとされる件があった。女性教師の言い分は「禁止されているのは分かっていたが、接客をやりたかった」。  続きを読む
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2004年04月03日

東北高校敗退に見た、ゆとり教育

 教育の場は、生徒が常に確実な成功を目的にしなければならない場というよりも、社会に出るまでの通過点として失敗を経験できる唯一の場であるとすれば、東北高校の若生監督の采配は教育者としてあるべき姿だったと思う。若生監督がまるで進学塾の教師のように、生徒の志望校合格を確実にすることを教育者の義務と考える人だったら、あのとき真壁投手を降板させていただろう。  続きを読む
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2004年04月02日

女らしさと日本らしさ

 アディダスのCM。モハメド・アリの過去のファイトシーンに、彼の娘が彼と対戦しているかのようなシーンを高度な画像合成技術で表現されている。「不可能なんて、ありえない」というキャッチフレーズに沿った、心をひきつける娘のナレーション。「女のくせにボクシング?と言われたら?・・・私は戦う」と結ぶ。啓蒙じみたわかりやすいメッセージ。さいきん多く感じられるこの手のメッセージ、こんな「啓蒙じみたわかりやすいメッセージ」を聞いてふと思うことがあった。「女は女であることに、いまだに劣等感を抱いているのだろうか」。  続きを読む
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2004年03月31日

教科書よりも大切な

 「あたらしい教科書」が、その時その時の子供の教育のされ方を決めているらしい。昭和50年代前半、自分が子供の頃もそうだったのだろうか。  続きを読む
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2004年03月27日

六本木ヒルズ回転扉死亡事故について

 「実際そういうこと」が起きなければ気づかない「無意識」というのはあって、それは日本人の問題点と思う。なぜなら、そういう類の「無意識」が存在する理由は、日本の近代化(西洋化)がいまだ未熟であると考えるからである。  続きを読む
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2004年03月25日

リセットされる?消費税

 すでに「本体価格と税込み価格」の表示をしてる小売店のチラシを見て、その情報量の増加ぶりに戸惑った。「わかりやすくなるはずが、その逆になった」。そう感じた人は、私だけではない気がするがいかがだろう。もしそう感じる人が今後多くなれば「税込み価格表示のみ」が主流になっていくんじゃないだろうか?と考えて、はっと気付くことがあった。  続きを読む
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