2004年04月17日

ムラ社会について

 解放された3人の人質を見て「みんなに迷惑をかけてけしからん」とか「日本の恥をさらしやがって」とか「この場に及んでまだイラクで活動したいとは信じがたい」というふうに思ってしまうのは、日本にはあいかわらず「ムラ社会」の思想が深く根をはっているからだ。
 日本には「回転自動ドア」なんてものを安易に受け入れる近代化はあるのに、そのくせ「思想の近代化」はまだ訪れていない。「リストラ」という近代化は受け入れるが、それは「会社」という「ムラ社会」にとって都合がいいからだ。日本は「ムラ社会」にとって都合のいい近代化は受け入れるが「ムラ社会」をやめて「新しい社会のあり方」を目指すこと、つまり「思想の近代化」はしない。

 「出る杭を打たれるのは嫌だな」と思いながら「出る杭を打っている」のは本人であることに気付かない。あるいは気付かないふりをして自分も出る杭にならない。そうしないと成り立たないのが「ムラ社会」。「ムラ社会」が嫌になった人はムラを去り都会に行く。地方の人が東京に行くように、スポーツ選手がアメリカやヨーロッパに活動の場を移すように。

 ムラに残る人はそれを見て「いいな」と思う。でも「自分には無理だな」と思いムラで暮らす。なぜ無理かと言えば「自分はムラ社会じゃないと生きていけないから」。だから「ムラ社会」は守るべきものとなる。

 解放された3人の人質が「ムラ社会」に住む我々にとって「ヘン」に見えるのは、彼らがしたことが「ムラ社会」の常識にないからである。「大リーグに活動の場を移す」が日本のプロ野球の常識になかったように。少し前だったら「日本人選手が大リーグに活動の場を移す」は十分に「ヘン」なことであっただろう。

 日本には思想の近代化は訪れていない。だから日本人には西洋に対する羨望・コンプレックスがある。しかし大リーグに活動の場を移した日本人は「思想の近代化」をはたしたかもしれない。だから「思想の近代化」をはたしてしまったかもしれない解放された3人の人質は、いまだ「思想の近代化」をはたしていない「ムラ社会」の日本に戻ってきても、今は居場所がなくて気の毒だなと「ムラ社会」に住む私は思う。

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