IMG_2042

530日、新型コロナ禍による緊急事態宣言が解除され、利用が再開された小林一三記念館(大阪府池田市)を訪問しました。

「逸翁」と呼ばれる小林は、阪急電鉄創業者で、宝塚歌劇団の創始者、阪急百貨店の創業者。映画配給会社、東宝の創業者でもあり、100年前に始まったこれらの仕事は、今日知らない人がないくらいに我々の日常に浸透しています。

これだけ多岐にわたる仕事がどうして1人の人物によって可能だったのか。その背後には、銀行出身者としての経営への深い造詣、人々の生活を豊かにしたいという高い理想、そして人の心の機微への豊かな感性がありました。

小林が晩年を過ごした住まいと庭園を鑑賞しながら、小林が後世に伝えた仕事を仙海義之館長から解説してもらいました。

日本監督士協会刊「リーダーシップ7月号」の「新・改善改革探訪記」で詳述します。写真は小林一三記念館の正面の長屋門。


小説三井高利

413日、愛知県東海市に「小説三井高利」の著者、羽佐田直道氏を訪ねました。三井高利(16221694)は、後に三井財閥となる三井越後屋の創始者で、呉服の店頭販売、現金正価販売を始めた人です。それまでの呉服の販売は、商人が大名や旗本の屋敷に出向き、反物をひろげて見せながら、その場のやり取りの中で値段が決まりました。代金はすべて盆と暮の2回の掛け売り。高利はこれを店頭での現金正価販売に改め、さらに要望に応じて切り売りにも応じました。自分の手持ちのお金で買える範囲で呉服を選べる。これによって富裕層のためのものだった呉服が庶民の手の届くものになり、三井越後屋は大きく発展しました。羽佐田氏はこのことから、高利は権力におもねることのない庶民の味方だったといいます。

日本監督士協会刊「リーダーシップ」6月号の「新・改善改革探訪記」で詳述します。

写真は羽佐田直道著「小説三井高利」。

片野店外観野口社長と片野店の社員たち

33日(火)、北九州市のガソリンスタンド、有限会社野口石油を取材しました。1991年から非行歴のある少年少女を雇用してきた会社です。現在33人の社員のうち半数以上に非行歴があり、これまでに150人を雇用してきたといいます。野口義弘社長は普通だったら十分な愛情を与えられて大きくなっていくそんな子供時代を経験していないから、子供たちは非行に走るのだといいます。そんな子供たちを抱きしめ、何度も裏切られながら、それでも受け入れてきました。世間がそのことを知り、それが評価され、そのためにこのガソリンスタンドを選ぶお客さんが少なくないそうです。

非行少年少女を受け入れるようになったいきさつ、苦労談、喜びを、日本監督士協会刊「リーダーシップ6月号」の「新・改善改革探訪記」で詳述します。写真は野口石油片野店前の野口社長と社員たち。


↑このページのトップヘ