とくし丸002
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27日、東京・大崎のオイシックス・ラ・大地­事務所に㈱とくし丸代表の住友達也さんを訪ねました。徳島県のタウン誌「あわわ」を23歳で創刊。23年にわたって育てたその会社を14年前、M&Aで譲り渡した人です。その後、故郷の母が車に乗れなくなり、買い物難民となって困っているのを見て、とくし丸のビジネスプランを思いついたといいます。

「とくし丸」という名の軽トラックの移動スーパーがいま全国に340台走っています。生鮮食品や日用品を載せ、買い物難民となったお年寄りを訪問。自宅前で買物して貰うのです。

「販売パートナー」と呼ばれる個人事業主が販売を担当し、商品は地元の中小スーパーから委託されたもの。売上の17%が販売パートナーの収入になり、さらにすべての商品に10円上乗せして販売パートナーとスーパーとで折半します。とくし丸本部はスーパーから移動スーパー1台について3万円のロイヤリティを徴収。それによってシステムを維持管理しています。

この仕組みはお年寄りたちに商品を届けるだけでなく、お年寄りたちの見守りにもなる。

住友さんは、徳島県内のスーパーマーケット1軒1軒に協力を求め、自ら移動スーパーに乗り込み、販売パートナーに手を挙げる人が出て来てからは、彼らと一緒に販売しながら、賛同者を増やしていき、その輪は徳島県外、そして全国へと広がりつつあります。

とくし丸が何を生み出すのか、何が住友さんを突き動かしてきたのか、その過程の苦労談とともに日本監督士協会刊「リーダーシップ」12月号の「新・改善改革探訪記」で詳述します。図は販売パートナー募集の案内チラシ。

旭日単光章叙勲祝賀会にて-2

927日、昭和精機の藤浪芳子会長を、神戸市西区の本社に訪ねました。1981年から社長を務められていましたが、今は代表権のない会長となり、経済団体や大学などで講演し、女性経営者として自身の体験を後進に伝える活動をしておられます。

もともとは専業主婦だったそうです。しかし、ある日突然、会社の中枢を担っていた夫が出奔。残された2人の子供と社員の生活を支えるために、自ら社長を引き受け、業界事情も、ビジネスの基礎知識も、自社製品についての知識もなかった女性経営者が必死の努力を重ねて、後はないと思われていた会社を立て直し、下請けから脱却。海外展開を図り、会社を安定成長軌道に乗せました。

そう聞くだけで頭が下がる思いがするのですが、藤浪さんは、エラぶったところのない、ごく普通の、控え目にさえ見える女性でした。

藤浪さんが辿った道のりと、なぜここまで頑張り抜くことができたのかを、日本監督士協会編「リーダーシップ」11月号で詳述します。写真は旭日単光章叙勲祝賀会の藤浪会長(左から2人目)。


http://www.souisha.com/tanbouki/tanbouki209.html

8月30日、兵庫県三木市の㈱基陽を取材しました。
安全ベルト、工具入れバッグ、ラチェットレンチなどを製造販売している会社です。藤田尊子社長と山下典子常務は創業者、藤田基宏氏の長女と次女にあたり、藤田家は三木の地で代々鋸などの金物を作ってきた金物職人の家系。姉妹の曾祖父にあたる藤田友治郎氏は鋸を作る傍ら、晩年刀剣の製作に打ち込み、国家鎮護を記念する刀を伊勢神宮や熱田神宮に奉納した人だといいます。
そんな先人への敬慕の念から、同社製品にはKHというロゴがつけられています。Kは光剣、Hは鉾からきているそうです。
そうした伝統を重んじる心と同時に、同社製品には女性らしい細やかな心遣いがあふれています。グッドデザイン賞に輝いた安全帯のフックはつかみやすく、ひっかけやすい形状を追求すると同時に、安全への祈願をこめて龍などの五獣がデザインされています。革や帆布製の袋から始まった工具バッグは、工具を入れても投げ入れても破れない頑丈さと同時にファッション性を追求しており、最近ではキティちゃんのキャラクターが入った工具袋が、建設女子のほか、ネイリストなど美容関係者にも好評を博しているそうです。
同社は社員を大切にする企業としても知られ、社員38人の7割は女性。女性の9割は子育て中で、育児と両立させながら働いています。
この会社の成り立ちと経営戦略を、藤田尊子社長と山下典子常務から取材しました。一般社団法人日本監督士協会刊「リーダーシップ」10月号で詳述します。写真は安全帯製品の数々。

http://www.souisha.com/tanbouki/tanbouki208.html

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