山崎蒸溜所
樽貯蔵庫

9月28日(水)京都の南、天王山の麓にあるサントリー山崎蒸溜所を見学しました。
今から100年前のこと。サントリーの創業者、鳥井信治郎は、スコットランドでウィスキーづくりを学んだ竹鶴正孝を招いて国産ウィスキーづくりへの支援を依頼しました。竹鶴は当初、北海道が適地だと進言したが、それでは消費地から遠すぎ、輸送コストがかかりすぎるとして改めて調査し、選ばれたのが良質の水の湧き出る山崎の地だったそうです。
ウィスキーの原料は水と大麦。大麦を発芽、乾燥させて麦芽をつくり、それを砕き、水を加えて麦汁を作ります。これに酵母を加えて発酵させ、蒸留。樽に詰め、長期間熟成させてウィスキーができあがります。
ウィスキーづくりに生涯をかけた鳥井信二郎の人と仕事を「リーダーシップ11月号・新改善改革探訪記」で概説します。写真は山崎蒸溜所の全景と熟成中の樽の貯蔵庫。


④小鈴谷盛田家本家
⑤盛田昭夫塾のエントランス

8月29日、愛知県常滑市の酒造メーカー、盛田が運営する鈴渓資料館と盛田昭夫塾を取材しました。盛田家は江戸時代はじめからつづく酒造メーカーで、幕末から明治にかけての第11代当主、命祺翁は鈴渓義塾という私塾を営み、地域に多くの逸材を輩出。鈴渓資料館はその足取りを伝えています。
そして、15代当主、盛田昭夫翁(1921-1999)は若くして物理学に魅せられ、東京で井深大氏とともにソニー(株)を創業した人物。その昭夫翁と翁を支えた良子夫人の足跡を伝えているのが盛田昭夫塾を、塾の館長で昭夫夫妻の長女、盛田直子さんに案内していただきました。

写真上は小鈴谷の盛田本家。左に鈴渓資料館、右に盛田昭夫塾がある。写真下は盛田昭夫塾のエントランス。日本監督士協会刊「リーダーシップ10月号」で詳述の予定です。


盛田昭夫翁事績|改善改革探訪記|仕事の事典 (souisha.com)


⑤鴻池新田会所
⑥本屋の大竈
⑦農耕具

■8月10日、東大阪市にある史跡で重要文化財の「鴻池新田会所」を取材しました。1704(宝永02)年の大和川付替工事によって、それまで川が流れていた1000ヘクタールの土地は、幕府によって大坂の豪商たちに売却され、50カ所の新田開発が行われました。そのうちの最大の200ヘクタールの面積を持つ鴻池新田は、鴻池家の3代目、善右衛門宗利が引き受け、自ら地主となって新田開発を行いました。120戸、男女750人がここに移住、そのほかに360戸が入作したと言われます。

■鴻池家は鴻池新田会所を建て、新田支配人たちがここを拠点に、農民たちの管理、年貢の徴収、農耕具類の貸し出し、新田内の家屋や道路橋の管理補修、などを行いました。

■「リーダーシップ9月号」で詳述の予定です。写真は鴻池新田開所の正面、本屋内部、道具蔵の農工具。

鴻池新右衛門・善右衛門翁事績|改善改革探訪記|仕事の事典 (souisha.com)



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