2010年11月09日

ブログ再開

ご無沙汰でございます、M破門中です。。
日々の出来事についてはB面ブログに預けるとして、このブログはA面としてもう少し出来事とは別の観点からマゾヒズムを覗き見たいと思います。。よろしくお願いします。。。

蓮の花



ya20063 at 17:01コメント(1)トラックバック(0) 

2010年08月25日

「執事たるもの」

■ 何よりもご主人様が第一義です。
何よりもというのはご主人様以外のことすべてあり、それは自分のことも含みます。 

そのためにはいつでもご主人様のお役にたてるよう24時間待機します。
 しかし自らのやるべきことを疎かにしません、それは逆にご主人様のご迷惑に繋がるからです。 

けっして、前面に出るようなことは致しません。
あくまでご主人様という存在があって初めて執事はなりたちます。
例えご主人様のために良かれと思ったことでも、自分で判断をして行動するようなことがあってはなりません。
結果の良否は常にご主人様が判断されます。 

そのためには、自らかがご主人様のために起こす行動については、必ず、ご主人様に事前にご報告し判断を仰ぎます。 

そうして執事としての自らの行いに対して見返り・対価を求めません。
ご主人様に喜んでいただけることがすべてなのです。
 

最後に、他の奴隷や下僕にけっして嫉妬いたしません。
執事というのは他の奴隷や下僕より以上のご主人様の信頼を得て初めて仰せつかる役であります。
奴隷・下僕としてこれ以上の幸せはないものであります。
そのことを何よりも念頭に置き切磋琢磨しご主人様にお使えしなければなりません、嫉妬という自分の感情に流されるようなことはあっては勤まる役ではないのです。                      


                     -以上-







ya20063 at 08:35コメント(0)トラックバック(0) 

2010年07月12日

(メモ)変容していく僕のマゾビズム4

 そんな欲望を安価に解消してくれる場所があった、それは、所謂「ハッテン場」として有名な「ホモ向け映画館」で、駅をすぐのところにそれはあった。

 最近、専ら、その映画館に足を運んでは、何とも、異様な形での僕の性欲動の解消を行っていたのだった。「男に抱かれる」、そしてそれは、「女として男に抱かれる」というのではなく、明らかに、「男として男に抱かれる」そんな感じ、といっても、この僕は「ホモ」なのかというと、けっしてそんな自覚はないのだった。

 それは不思議な感覚だった、女装して女性として男に犯されることで快楽を得るということではなく、男として男に甚振られたり、或いは、男のものを握らされたりすることで何とも言えない快楽を得ているのだった。そこでも、やはり、マゾヒズムが健在で、男に乳首や男性器を弄られて快楽の声をあげ、男から、その声を「もっといらやしく」上げるように強要され、次第にエスカレートして映画館の中で上半身裸にされ、下半身までもズボンを足のくるぶしまで男に下ろされ、男に身を預け、男の手で逝かされることに快楽を求めているのでした。時には男の固く漲ったものを口に咥えさせられそうになりますが、病気を恐れ(ご主人様に病気をうつすわけにはいかない)、そのときはゴムを嵌めてもらったうえで、男のものを口にし咥え舐めあげるのでした、その場限りの男のものを。

 そしてそれは回を重ねるごとに、どんどん、淫乱になっていくのだった。

 こうして、僕は自らの性欲動を解消しマゾヒズムを解消したのだ。

 しかし、ご主人様に対して、例え相手が男であったとしても性欲動を求め解消して快楽を得ていることに対して、やはり、どこかで、自分の二面性を恥じ申し訳ない気持ちでいるのでした。だからこの性欲動の解消方法はご主人様に対して常に後ろめたさを伴う。それでも僕は肉欲のために映画館に通ったのだった。



ya20063 at 10:33コメント(2)トラックバック(0)考 察 

2010年07月08日

(メモ)変容していく僕のマゾビズム3

 ところが冒頭にも触れたとおり、この僕の自らの中で肉体的な性欲動は、いまなお健在なのだ。

そのことは、本当に道徳的に正しいことなのであろうか、間違った欲望なのではなかろうか。自分に問いただして見る。しかし、やはり、この僕の身体の中に悶々とした性欲動は存在しているのである。

ただ、既に肉体的なマゾヒズムを経験してしまった以上、普通の性欲動ではないことは確かだった。普通にセックスがしたいのかというと全くそうではないのだ。女性と性交をしてその中で快感を得ようとは一向に思えないのである。

 そしてそれは実に歪んだ性欲動に違いないのであった。

 女性とのセックスを介することはなく、また、ご主人様以外の女王様とプレイすることはない、この僕の性欲動の解消を解決する方法が唯一あった。それはこの僕の性欲動の対象を男性に向けることにあったのだった。男性だと、女性ではないということでご主人様を裏切っているような自責の念に余り駆られることなく、ただただ、自らの肉体的な性欲動を解消するのには都合がいいのだった。



ya20063 at 16:30コメント(0)トラックバック(0)考 察 

2010年07月07日

(メモ)変容していく僕のマゾビズム2

 ご主人様と初めて出会ったとき、それは僕にとって初めての肉体的マゾヒズムの連続であった。雑誌などでは見たことがあるけれど初めての鞭打ち(バラ鞭)から始まって、蝋燭、縛り、アナルバイブ、浣腸、そしてお聖水と、段階的に調教して頂いたのだった。

 一本鞭に至っては、200本くらいは受けられる身体に調教されていた、あの、苦痛から逃れようと泣き叫び嗚咽し、身体一杯に鞭痕が残る、あのなんともいえない喜び。。。

そして、緊縛された状態での吊りの拘束感と無重力感。。。それはいまでも受けらけれれば喜んで身体を差し出すであろう。

 ところが、僕のご主人様はおひとりである以上、他の女王様からそういった調教を受ける気にはならないのだ、というより、そういった考えも及ばない。僕にとってご主人様以外に女王様はいないのだから。そのご主人様からはそういった肉体的なマゾヒズムを享受するなぞ、失礼なことであり滅相もないことなのでした。

そうなると、この僕の肉体的性欲動は、どう、解消すべきなのだろうか、否、そもそも、信頼関係に基づいた主従関係が構築され、精神的マゾヒズムが自らの中で醸成されているのにも関わらず肉体的な性欲動が本当に必要なのだろうか、必要とすること自体、おかしくはないか。もし、存在するとなるとそれはどう解消すべきなのか、解消することはできるのだろうか。



ya20063 at 15:24コメント(0)トラックバック(0)考 察 

2010年07月06日

(メモ)変容していく僕のマゾビズム1

 

いつからだろう、そう、ご主人様からこの僕のことを執事や爺やと呼ばれるようになってから、全く、ブレイらしいブレイをしなくなった、というよりも皆無だ。

ご主人様からのほうから求めるわけではなく、この僕自身もプレイを希望すること自体恥ずかしいそんな気持ちになっている。もうプレイっていう段階ではない、そんな気持ちが手伝っている。

それはこの僕が一番望んでいた信頼関係に裏打された主従の関係としてのご主人様と奴隷の関係に近づいたせいだからだと思う、精神的な深い絆を拠り所にしている主従関係である。

 精神的な快楽というよりはそれは精神的な安堵、安らぎといったものだ。そこには性欲動の発露はない。むしろ、性欲動とは相容れない類のものである。しかし、その精神的な安らぎは何者にも変えられない充足感を伴う一過性でないもの、正確ではないけれど、人として生まれて初めて経験できるもの、そんなもののような気がする。

 ただ、その精神的充足感ですべてが満足されうるかというと、これは悲しいかな、そういうわけにはいかない。

 やはり、どこかで肉欲的な性の欲動の解消を求めている。

 それは一体どういうことなのだろうか。。。振り返ってみたい、そう思うのです。



ya20063 at 13:05コメント(0)トラックバック(0)考 察 

2010年04月02日

沼 正三「ある夢想家の手帖から」第四巻「奴隷の歓喜『第百六章奴隷の喜び』」4/4

 Wから軽装の服を貰って着替えて、もう一度この部屋に入ったときは、通訳はもう居なかった。(引用)
 室の中央に立つ夫人に人差指で示されて床の絨毯の上に正座した。もう一方の手に鞭が......と気付いた瞬間、頬にビシリと一発当てられた。
今でもこのときのことを思うと身体中が煮えくり返るほど昂奮して来るのである。(引用)

 これが沼先生にとっての初めての鞭の味なのでしょう、沼先生はその鞭の味を熱く語ります。

 白人から鞭うたれたのからなのか、女性から鞭打たれたからか、本物の乗馬鞭で鞭打たれたからか、捕虜として征服者に鞭打たれたからか、.....初めての条件が輻輳するので、そのどれであるかは分らない。おそらくそのいずれでもあったろうし、また彼女自身に特殊の魔力があったのかもしれぬ。(引用)

 このとき私は、やけつくような顔の痛みと同時に、かって味わったことのない一種の陶酔感に囚われた。
全く抵抗する力なしにこの女の鞭を受けねばならない。
何の為に与えられる鞭かも知れぬ。
唯この自分の体は今後この女の自由にされる.....(引用)
 涅槃というのがこんな気持ちかも知れない。
自分の主体性がゼロになってしまった、と言う恍惚感、エーリッヒ・フロムのいわゆる「マゾヒズムの主旋律としての無力感」これを感じたのだった。これが私のマゾヒストとしての誕生である。(引用)


ya20063 at 08:42コメント(0)トラックバック(0)ある夢想家の手帖から 

2010年04月01日

Museum of FEMDOM art/Lounge

またまた、見つけちゃいました。。

Museum of FEMDOM art/Lounge

リンク設定しています。。

ya20063 at 14:44コメント(0)トラックバック(0)絵画 

2010年03月29日

沼 正三「ある夢想家の手帖から」第四巻「奴隷の歓喜『第百六章奴隷の喜び』」3

しかし死にたくなかった。復員したかった。
その気持ちを察するように、部隊長の説明したところでは、Kの殺された理由は命令不服従ということだが、実際には司令官夫人に怪しからん行動にでも出たらしく、それが理由で夫人に射殺された。
と召使が通訳に話したそうだ。
こちらが慎んでおれば心配はいらん、多少無理を言われても逆らわず、部隊のためにもお前のためにも服従第一で行くんじゃ、こういう説示があった。(引用)
 まず司令官に行って、老司令官に申告した。通訳を通じて「すぐ自宅に行け(中略)」と言われた。
 通訳が本宅まで送って来て、夫人に新しい当番兵として私を紹介してくれた。(引用)
「お前は私の用をすることになっている。
この前のKのあとを継ぐのだ。
この命じたことだけすればいいから、余計なことをするな。
無駄口をきくな。分らぬことを尋ねるときはWに訊け。服を替えて来い」(引用)


ya20063 at 07:22コメント(0)トラックバック(0)ある夢想家の手帖から 

2010年03月24日

Mistress Fantasy

いいブログ見つけました、こういうのを探していたんですっ。。


http://mistressfantasy.blogspot.com/


他にご存知ならば教えてくださいね。。。



ya20063 at 15:04コメント(0)トラックバック(0)絵画 
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