2010年01月

2010年01月29日

沼 正三「ある夢想家の手帖から」第四巻「奴隷の歓喜『第百五章わがドミナの便り』」2

(1)こうした基礎知識を得た上で、妾は、お前にどんな行為をさせようかと、夢想を繰り返したことだ。
お前は家畜として取り扱われたいと望んでいるけど、かりにお前がそう希望しなかったとしても、お前が醜悪なる黄色人種であるということだけでも、お前を家畜扱いするのには充分な理由なんだよ。(引用)

(2)妾がいつか絵に描いたサーカスの場面(のように、お前を犬にして芸をさせること)は、いちばん妾の気に入ってるけど、見物人がたくさん居ないんじゃつまらない。
もっともサーカスでの衣裳というものには、妾はたいへん興味を持っているわ。
お前は、一人のスターに名声を得させる為に、彼女が美しい衣裳をつけて舞台で演ずる間彼女の微笑にもかかわらず、苦痛と叱責の中で、浅ましい姿を見せ続けなければならないだよ。微笑は人間この為に、鞭と足蹴とはお前の為に。

(3)妾はこの手紙を女友達の部屋で書いている。妾はもう人間たちの処に帰らねばならない.........(引用)


そうしてその手紙は最後に「お前の調教師たるD・Q」と締めくくられているのでした。


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2010年01月28日

沼 正三「ある夢想家の手帖から」第四巻「奴隷の歓喜『第百五章わがドミナの便り』」1

ドミナの手紙












この章は沼先生がある職業女主人ではない英伊混血の白人女性に、英語で奴隷としての手紙を2、3通差し上げ、暫くして届いたお返事の手紙の紹介です。

 「妾のヌマよ」でその手紙ははじまります。

 「妾のヌマよ、(中略)言うまでもないことだけど、妾の頭の中にあるお前の幻影は、決して完全な人間の像じゃない。
それは正しくマラルメの詠った半獣人の虜囚の姿なんだよ。
妾は、自分から求める立場には居らず、何であるよりも先に圧制者である。このことを、間違えないようにおし。(引用)
お前の希望は、鞭撻や足蹴を受けることよりも、精神的に屈辱的な立場に置かれるにあること、そしてお前は妾の踏台になりたいと願っていること、更に、お前の関心がトイレットに、特に汚物に存すること、こういうことを妾は知った。(引用)


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2010年01月25日

沼 正三「ある夢想家の手帖から」第四巻「奴隷の歓喜『第九十九章 準三者関係』」3/3

 「あるドミナのところへやって来て臣従する。
すかりそのつもりでいると、今度はドミナの命令で他の女にも仕えなければならなくなる。
この感じを出すためには、本来はドミナ同士の連絡があればよいのだが、客の秘密とか顧客の独占とか言った障碍があって、一のドミナから他のドミナに廻されることはできない。
そこで、その代りに自分のところに女友達を住まわせておくドミナが出て来たのである。
これなら客の秘密も守れるし、また、美人なら、それに奉仕するような客を強制しても、失望させることなく、顧客としてつなぎとめることができる」(全文引用)と言うのです。
 最後にマゾッホの小説の紹介があってこの章は終わります。


 こういうふうに違う女王様に仕えることのニーズがあるんだなぁと感じなから、前回の章「ドミナの友達」でも感じたように、ご主人様のご命令で違う女主人に仕えることについては奴隷として当然の行為であり、そのことでご主人様のお喜びになるお顔を拝見できるならそれは奴隷にとって幸せの極みだと想うのですが、やはり処分されたり捨てられるのだけはごめん蒙りたいと切に願うのでした。


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2010年01月22日

沼 正三「ある夢想家の手帖から」第四巻「奴隷の歓喜『第九十九章 準三者関係』」2

「処分されるもの」としての意識が、女主人の持物たるにふさわしい奴隷らしい自覚を生じる。
ここに他の方法からは容易に味わえぬ特殊なマゾ的感興があるのである。
これが準三者関係のマゾ的意義である」(引用)。
それから準三者関係のいろんな例をあげたうえで、沼先生はひとつのことに着目します。
 それは、職業的女主人は女性と同棲するケースが多くしかもその女性と同性愛関係になっていることが多いことです。
 沼先生はこのことに対してある推論を展開します、
「客に準三者関係を味わわせるためではないか」(引用)と。

 その推論をここに全文引用してご紹介します。

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2010年01月21日

沼 正三「ある夢想家の手帖から」第四巻「奴隷の歓喜『第九十九章 準三者関係』」1

準三社関係










二人の男と一人の女の構成を三者関係とすると、二人の女と一人の男の関係を準三者関係と称し、この章ではこの「準三者関係」のことが述べられています。前回ご紹介した「ドミナの友達」もこれに当たります。

 女主人に処分されたり複数の女主人の奴隷としてつかえるという観念は、独特のマゾ的昂奮を惹起せしめるものとして、例えば「前例では売却贈与という女主人の交替であり後例では賃貸関係であって女友達の参加という形になるが、いずれにせよ、各自女主人たりうる人相互間に男の処分が行われるのである」(引用)。

 「マゾ的奴隷関係の心理的基礎は特定の女主人に対する男の愛情なので、女主人は唯一のものであるべきである。
然るに女主人からは、彼の愛情など顧慮に値せず、彼は代りの得られる奴隷と考えられる故に、他に処分されることになり、彼は自分の意思に反して新しい奴隷関係に入らねばならなくなる。


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2010年01月18日

沼 正三「ある夢想家の手帖から」第四巻「奴隷の歓喜『第百章 ドミナの友達』」4/4

つまり人間便器は女主人専用であることを内心は願っている。
しかし便器一般は無生物で受動的に使用されるものであり、自ら使用主の選択はなし得ない。
そこで人間便器は、右(上)のような内心の願望にもかかわらず、女主人から便器らしく扱われたい。
彼女としては自分の同格の者に便器の共同使用を許すこと、あるいは便器の使用権を譲歩することは少しも差し支えない筈である。
即ち準三者関係において女主人の交替が行われることは、専用関係を否定する点で最も便器らしく取り扱われたことになる。
人間便器たる幸福感は準三者関係におかれることによって極まるのである」(全文引用)。


 『本来ドミナに対する強い愛情を前提にし、彼女のものなるが故に、という心理構造をとるからである。
つまり人間便器は女主人専用であることを内心は願っている』と言う下りは痛いほど理解できるのでした、でも、そこで、ふと思ったのですが、無差別便器になれませんが、もしももしも、ご主人様から女友達の便器になれとご命令頂いたたり、友達の便器になることをご主人様が望まれているとするならば、僕は喜んで女友達の便器になることはできるだろうと.......

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2010年01月11日

沼 正三「ある夢想家の手帖から」第四巻「奴隷の歓喜『第百章 ドミナの友達』」3

   こうしてこのドミナは同棲しているアンナという女友達に自分の奴隷を譲り、便器してまで調教したその奴隷をアンナに便器として貸したりするわけですがこのお二人を同性愛関係があると沼先生は推測します。

 それは女性ひとりが性愛的奉仕をその奴隷から受けながら、一方でもう一人の女性は鞭を握って男の尻を打ちサディズムを満足させるという関係は、介在する奴隷を完全に性具化することにより、二人がお互いに相互奉仕をしていることに他ならないといえるからなのだというのです(一部引用)。
これはマゾヒストにとっても奉仕と鞭撻との両性感の結合として大変喜ばしいことだとして(引用)。 


  最後に、この手紙の後半にもある人間便器について言及しています。

 ここも、全文引用したいと想います。

 「準三者関係は、人間便器思想を最も深く味あわせるものである。
そもそも排泄物という汚ならしいものに対する嫌悪感が克服できるのは、本来ドミナに対する強い愛情を前提にし、彼女のものなるが故に、という心理構造をとるからである。

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2010年01月07日

沼 正三「ある夢想家の手帖から」第四巻「奴隷の歓喜『第百章 ドミナの友達』」2

もしお前のクリニンクトゥス奉仕の具合がこの前より巧くなかったら、いっそうひどくお尻を撲ってやる。
二十五くらいじゃ問題にならない、そんなのは妾は撲ったと言えるとは思ってない。
鞭に飽いたら目先を変えて、今度は笞を持って裸のお尻を可愛がってやる。これもずいぶん面白いだろう。
撲った痕がみみずばれに腫れ上がって、お前が痛さでヒーヒー泣くまで撲ちのめしてやる。
そうやって前からも後からも上手に舐めて奉仕するんだよ。そうしたらご褒美には美味しいお酒をあげるよ。
だけど受け損って横に引っ掛けさせたりしたら、さあ今度こそ本格的に、腿だの足の裏だのを棒で撲る、したたかな打擲を覚悟するがいい。
その後でお前の口の中へお酒を注いでやる。
分かったかい、奴隷犬め。
アンナはそれをしたくてウズウズしている。
お前はおしっこをお酒と思ってじかに飲むんだよ」(全文引用)。


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2010年01月05日

沼 正三「ある夢想家の手帖から」第四巻「奴隷の歓喜『第百章 ドミナの友達』」1

三角関係1










 この章では、アンナという同棲している友達をもつドミナとその一人のドミナの奴隷としてのマゾヒストとの三者関係が論じられています。

 まず、その一人のドミナが奴隷に宛て手紙が冒頭記されていますが、この手紙だけでもマゾの血を沸々とさせるに充分な内容なので、この章に記されている全文をご紹介したいと想います。

 「明日午後三時に私のところにおいで。
妾から貰う鞭打ちを楽しみにしていていいよ。
とてもよく撓う(原文ママ)籐鞭を用意してある。
アンナも新しい白樺の笞を束ねた。妾と一緒にやりたいそうだ。
この前の時、後庭(アヌス)に奉仕させる味を覚えて以来、彼女は夢中なんだよ。
今度やらせてみて、この前みたいに巧くできなかったら、本式に引っぱたいてやるんだ、と今から言っているよ。
たっぷり打擲してやる。
お前が長いこと妾のところにこなかった罰として、鞭で二十五、いいかい、スベイン鞭で二十五、お前のお尻を剥いてゆっくり撲ってやる。
お尻が赤か青の色とりどりになって膨れ上るのが分かるのだろうよ。


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