ご存じ「伏線」というのは漫画や小説、映画などで、序盤のちょっとした場面や設定、セリフなどで、後で思わぬ意味を持ってくるようなやつですね。これが緻密に張られていて、終盤で鮮やかに回収される作品はとても面白い。よくできた物語だったなあ…と感心します。でも伏線のアイデアは使っていてもうまく表現しきれないと残念な作品になるし、伏線というものは読者や観客もそれなりの頭がないと気付けません。むしろ作者に試されているようなところもあります。物語をつくる側の人は一生懸命考えて伏線もつくるわけですから、もう頭のいい人ばかりです。

一方、現実の世界というものはすべて原因と結果の積み重ねでできていますから、現在から過去を振り返れば全部伏線みたいなものです。賢くなくても考えて作らなくてもすべて伏線をまかれた物語の中にすでに生きているのです。幼少期のちょっとした体験が今の性格のもとになってるとか、過去にちょっと出会っただけの人と思わぬシチュエーションで再会し、自分にとって重要な存在になるとか、現実だってドラマチック。このブログももう10年ほどやってますが、その間にも過去の伏線を回収したように思えることがいろいろありました。

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2012年に「パイナップルの芯」なんて曲をつくりましたが、発端はその前々年の記事「パイナップルの芯は食べてはいけない。」。学生時代にパイナップルの芯を食って口中血まみれにした事件が20数年の時を経てひとつの曲にまでなったわけで、あれはこれをやるための伏線だったのか!…と思ったわけですね。

2019年には「硝煙のスノウホワイト」なんて漫画を発表したわけですが、これももとは学生時代の冗談ネタ。まさか30年後にこれを漫画のストーリーとして完成させるなどとは考えもしなかった。あれはこれをやるための伏線だったのか!

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表紙カラーsnow-white-duel

ブログを始めて以来、過去にやった無茶なこともアホなこともネタとして発表して「若いころになんでもやっておいてよかったなあ」とか「人生に無駄はないなあ」とか言ってるわけですが、伏線も何も、過去のネタで遊んでいるだけのことですわw。こうして自分の過去を掘り返してネタとして食いつぶしてゆくのを「人生の伏線回収」と呼んでみたら面白いんじゃないか、とまあ、ぶっちゃけそういうお話。