家賃減額裁判

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こんにちは。ご訪問、ありがとうございます。

 PVで解説させていただいた事件は、現在、東京高裁で争っているものです。私は、控訴人(地裁では原告。控訴したので控訴人)の妻です。訴訟に関係する書類は、すべて私が担当しています。控訴人は、データ分析、計算等と、法廷に出ることを担当しています。
 この訴訟は、元々は「うちの家賃って高いんじゃねえ???」と訴訟を起こした、私たちだけの家賃を安くしたいというものでした。その訴訟が、なぜ、「現在の日本の都市の家賃は違法状態によるものなんじゃねえ???」という話になっていったのでしょうか。

 まず、そのことをご説明します。

 私たち夫婦は、子供二人を持つ、四人家族の、ごく普通のサラリーマン一家です。普通の家族として、あまり一般的じゃないところがあるとすれば、結婚以来、同じ賃貸マンションに住み続けてきた、というところです。そして、私たちは、PVでお知らせした訴訟の前に、家主に立ち退けという訴訟を起こされて、勝っています。
 地上げをした新家主にいきなり訴えられたときには、絵に描いたような平穏な小市民であった私たち夫婦は、自分達は訴訟などとは一生無縁の人生だと信じきっていて、当然、法律というものを読んだこともありませんでした。けれども、私は、年間300冊ほどの本、ノンフィクションまたは社会科学、各種学問についての評論などを図書館で借りては読むという、学問大好き人間であり、夫は、海外の特許文書を読み込むのが日常の普通の仕事の一部という、精密機械の研究開発職だったので、法の世界も裁判の世界も、新たにチャレンジするのが難しいものではありませんでした。
 
 その時には、不思議と出て行け交渉に来ないなあ、と思っていたら、裁判所から「2週間後に出廷せよ」という書類が届き、「詐欺にかけるために裁判所を利用する手口がある(訴訟によって、でっちあげの債権を確定させる)っていうけど、こういう使い方もあったんだなあ」と感心したものです。法的に勝てるかどうかよりも、相手が裁判の手間や出費に耐えられなくて白旗を上げるだろうと狙った裁判を「恫喝訴訟」というそうです。相手がビビッて降参すれば、「安い、早い、うまい、地上げには裁判所」というところです。

 この立ち退け事件で、私たちは、初めて「借地借家法」というものを知ったのです。

 その中には、「家主に出て行けと言われても、出て行くことはない」ということだけではなく、「住み続けている間に家賃が不相応になったら、裁判で新しい家賃を決めることが出来る」ということが書いてありました。
 びっくりでした。
 「家主に追い出されても出て行かなくていい」ことも、「家主も借家人も同じように家賃を決める権利があって、強制力がある家賃は裁判でしか決まらない」ということも、マンションの賃貸借契約書には書いていないばかりか、まったく逆のことばかりが書かれていました。私たちは、借地借家法を読んでみるまで、その契約書に書いてあることを、当然のことであり合法なものだと信じていたのです。

 私たちが、賃料減額訴訟をしようと考えたのは、立ち退きを求められた裁判の中で、家主が持っていた「家賃の価格表」という資料が出てきたからです。13件もある価格表の中の居住用物件の賃料の中で、私たちが住んでいる物件が、とびぬけて高い価格となっていました。この資料を見た時に、私が、逆上して泣き出したいくらい腹立たしかった理由は、それまで何度も、家主さんに「減額のお願い(法律上の権利を知らなかったので、ひたすらお願い)」をしては、管理会社から、「お宅の家賃が他より高いわけではない」と言われてきたことです。
 私たちの家賃が高くない、というのは、嘘だったわけです。
 裁判というものに、まったく無知だった私は、法廷で家賃価格表が出された翌日、担当の書記官に電話をして、「家賃減額で家主を訴えたい。同じ裁判でできるのではないか」と食い下がりました。けれども、書記官の方が丁寧に説明してくださった答えは、「立ち退きと家賃減額は、まったく内容の違う訴訟なので、当事者が同じでも別の裁判になる」ということでした。
 そこで、私たちは、まずは立ち退き裁判で勝訴し、疲れを癒してから、家賃減額裁判をすることにしました。
 
 この、立ち退き裁判については、私が相談した相手の方々は皆さま、都のボランティア相談員の方から無料法律相談の先生方まで、「補償金をもらって出て行くことになる」とお答えになっていました。相手方の弁護士さんは、初回の法廷の後に、「必ず勝てます」と、どこかにお電話なさっていました。けれども、私は、正直なところ、自分たちが勝てるということを一瞬も疑っていませんでした。なぜなら、司法は、法律と判例によるものであり、法律と判例によれば、私たちが勝つ確率が100%近いとわかっていたからです。
 専門家という人たちに、必ずいつも本当に専門の知識があるものか、私は疑問に思います。そのことを、まず、このサイトにご訪問くださった方々に疑問に思っていただきたいです。
 なぜなら、「専門か、そうでないか」という見方だけで見れば、主婦でしかない私の書くことには、初めから何の意味も無いことになってしまうからです。でも、私たちは、専門家ではありませんが、地上げをした大企業にも、大事務所の弁護士にも、裁判で勝っています。人間の能力を、肩書きだけで判断するのは間違いです。

 私が法と判例を研究していた頃、「ゼロゼロ物件」だの、「脱法物件」だのの家賃を一日滞納した借家人が追い出された、みたいな話が世間で話題になっていました。けれども、借地借家法を読み込んだ私には、そういう賃貸住居の商売が違法だということがわかっていました。まともに法文(法律の文章)を読める人だったら、誰でもわかることです。なのに、報道している人たちは、誰も、そのやり方が単純に違法だということがわかっていないようでしたし、法学者や専門らしい人たちの発言もありませんでした。

 社会で、違法なことが当たり前になってしまっていて、被害者が出ている世間を見て、私は、「ゼロゼロ物件が<脱法>というのは間違いで、本当は単純に<違法>なのだ」ということを教えてあげたかったのですが、主婦でしかない私が、どこで何を言おうと、世間に聞く耳を持たれるわけがありません。ウェブで解説をすれば、誰かが読んで、必要な人に教えてあげてくれるのではないか、と、「ゼロゼロ物件だの、施設利用だのと言っている賃貸マンションの追い出しは違法だ」と解説したブログを作ってみましたが、一日のアクセスが一人か二人、という状況でした。違法に寒空に追い出される人たちの苦難のストーリーを耳にしながら、私は、我慢するしか仕方ありませんでした。

 立ち退き裁判で勝訴した私達は、今度は、賃料減額で家主を訴えました。

 「自分達には、裁判で出された家賃表という動かぬ証拠がある」と、自信満々で、家主を訴えた私達二人が、勝訴した裁判で家主が出した証拠の「同じ賃貸マンションのすべての家賃価格表」を提出したのに、それだけでは敗訴するだろうということを判事に告げられたところから、話が大きくなっていきます。

 私達のような賃借人(借家をしている人)には、家賃を、相当な金額まで減額する権利があると、法律に書いてあります。「法に書いてあることと現実の裁判が違ってはいけないのでは?」と、法律と判例を調べ始めた私達は、自分たちの「おかしい」という直感に、予測した以上の法的裏づけがあると知りました。さらに、世間の賃料の価格について、昔から社会的不正義なのではないかと思ってきたことまで、「違法状態だったせいだ」という理解が可能だということを気づくことになって、「これは自分達だけの問題じゃない。貧しい人たちが不法に扱われているという問題であり、日本全体から活力を奪っている問題なのだ」と、考えるようになったのです。

 自分の正義に、そんなに確信があるのなら、裁判だけでいいんじゃないか、人に見てもらう必要はないんじゃないか、勝訴すれば助かる人たちがいるのなら、黙ってまず勝訴しろよ、と言われそうですが、物事は、正義だけで決まるわけではないと思います。私の主張が認められると、バブル経済期以降に出された、賃料減額訴訟に対する地裁判決のほとんどが「違法」となります。その勝訴を受けて、全国で続々と賃料減額裁判が起こされることも考えられます。新規賃料にも影響するので、日本中の都市の賃料が下がってしまいます。

 世の中に変化が起こるのは、その変化で得をする人以外には、かったるいことです。司法に携わる人たちだって、大きな変化を起こす判決なんてしたくないでしょう。さらに、それよりも、「今までの地裁判決がみんな違法」だの「司法が違法な判決を出し続けたために、非正規労働者などの人たちが、真面目に働いても住むところもないことになった」などとは、言われたくないだろうと思います。
 仮に、私の主張が正しかったとして、他には誰も知らないということで済むのなら、正しいというだけで、判事の方々が、勝訴させたいと思うでしょうか? 敗訴させるほうが、どう見ても都合がいいのではないでしょうか? 判事の方々も同じ国民だといっても、判事という身分を極められた方の親戚縁者に、賃料で苦しんだり、宿無しになったりするような貧乏人がいるでしょうか?

 自分にも親戚縁者にも関係ないどころか、むしろ自分達のような資産家には不利で、面倒を引き起こすような判決を、したい判事がいるとまで、他人の正義感を信じられますか?

 私は正直、正義などというものは、社会が作り出すものだと思っています。社会のないところに、正義はありません。


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 私達の家賃を安くしたい、という訴訟だったはずのものが、日本全国の貧民のための戦い、になってしまいったのは、訴訟の過程で裁判の違法性に気がついたからです。その経過を、順を追って、ご説明します。

 家主が裁判に提出した「家賃の価格表」を、私たちの家賃が高いという明らかな証拠だと考えていたので、裁判が始まる前には、私たちは、自分達の裁判を「楽勝だ」と思っていました。

 裁判になれば私たちが楽勝すると信じきり、賃料減額訴訟の前に必ずしなければならない調停への参加を、家主が断っても、「私たちに訴訟が起こせないとでも思ってるのかな。ぶはははは」と笑いを押さえきれなかった私たちが、法廷の場で判事に告げられたのは、「不動産鑑定書を依頼しなければ、厳しい結果になる」という事実でした。厳しい結果とは、つまり敗訴です。

 裁判所からの帰り道、私達は、日比谷公園に座り込んで、途方にくれていました。

 不動産鑑定書とは、「不動産鑑定士」という資格を持つ人が書くもので、裁判所で依頼すると100万円前後かかるものです。同じ場所にあるマンションに、広さも間取りも古さもほぼ同じ13軒の部屋があって、その中で私たちの部屋だけが飛びぬけて家賃が高いという、家主が裁判で出した証拠があっても、「賃料減額裁判」には何の意味も無く、100万円かかる不動産鑑定書を依頼しなければ、家賃は1円も安くならないのです。

 私達もそうですが、同じ賃貸物件に長く住んでいる人たちには、たいてい何らかの事情があるものです。病気や老いで、もしくは、新たな保証人が立てられないから、引越し費用の工面が出来ないから、などの理由がある場合が多く、お金持ちであることなどほとんどないはずです。「状況によって、賃料が不相当になったら、減額できる」ということが、法律に書いてあるのに、その法の適用を求めるのに、家賃の1万2万が死活問題だというような人たちに向かって、そういう人たちには捻出が不可能な100万円を、裁きを受けるための当然の金額として要求するのが平気な司法って、なんなんだろう、と思いました。

 法律が弱者のために作られているのに、その法律で裁判をするのに、「必ず100万円が必要」だとすれば、それってマトモなことですか?という感じです。当然、私は、自分達の裁判が勝つの負けるのというより以前に、「これは許せないことだ。許せないことなのだから、正さなければならない」と思いました。私達夫婦は、二人とも、納得できないのに「自分に力がないから」という理由で引いた、という経験がないのです。自分達の生き方を、納得しないけど尻尾を巻く、という生き方に変える気は、ありません。私達の辞書には「尻尾を巻く」という言葉が無かったのです。

 私は、私が不正義だと感じた「法的権利を要求した貧民に100万円の鑑定書を不可欠だと宣言する法廷」に対して、同じように感じてくれる人が、けっこういるのではないかと思いました。そこで、特に正義を看板にしている新聞社(朝日、毎日、信濃毎日、東京)に、このことを説明したメールを出しました。出したときには、取り上げるかどうかはに関わらず、実際にはどういう話なのかと訊いてくる連絡があると信じ切っていましたが、一社からさえ、返信は来ませんでした。弱者のために住宅問題に取り組んでいるらしい団体にも、一通りメールをしました。何通もメールを出した結果、興味がなさそうな返信があったりなかったりでした。

 そうしているうちに、私には、「社会がどうの、弱者がどうの、ということを言っている人たちは、共産主義系の人たちで、本当は、不正そのものなんてどうでもいいんだ。そういう人たちが活動するのは、共産思想のために弱者を利用できるときだけなんだ」と思えてきたので、そういう人たちに援助を求めるのはあきらめました。

 けれども、この時点で、私達が不正義だと思っていたのは、「100万円出さなければ、法律上の権利である賃料減額が認められない」ということに対してだけです。この頃、まだ、私達は、「バブル経済以降の賃料減額裁判に対する地裁の判決のほとんどが違法」だとか、「現在の日本の都市の賃料は違法状態に基づいている」などということは思っていませんでした。

 裁判所に行くと、私達は、「せっかく来たのだから」と、毎回、傍聴するのに面白そうな裁判がないか、目録をめくりました。目録の中には、いつも、「建物明渡訴訟(立ち退き裁判)」があったのですが、私はそれを、自分達がそうだったので、地上げにあった人の裁判だとばかり思っていました。家賃を払えなくなった人を追い出すための裁判が、毎日のようにあるとは、思っていませんでした。

 100万円もする不動産鑑定書を出さなければ、法律上の権利を持てないというのは、おかしなことです。私達には、おかしなことを認めて従う気も、だからといって負ける気も、ありませんでした。そこで私は、借地借家法の法解釈と判例集を研究し、「なぜ、同じマンションの、同じような他の部屋が、すべて自分の部屋より家賃が安くても、単純に、自分の部屋の家賃が高いと判定されないのか?」、その法的根拠がどこにあるのか、研究しました。そして、説明ははぶきますが、そのカラクリがわかったので、私達は、法的に要求されているらしい条件を満たす計算書を作成し、法廷に提出しました。

 裁判の立証責任は、原告側にあります。それは、私達が条件を満たす証拠を提出できなければ、相手側は何をしなくても勝訴できるということです。裁判に関しては、「立証責任を相手に押し付けた方が勝ち」と、よく言われています。大手不動産企業であり、しょっちゅう地元住民とモメまくってきた家主企業は、弁護士がついていることもあり、訴訟になれば100万円の立証責任を果たせない私達が敗訴するだろうと余裕で、調停を踏み倒したのだろうと思います。

 私達が自然に敗訴するはずだった法廷に、手製のものとはいえ法的要件を満たすかも知れない証拠が提出されたので、家主側の不動産会社も対抗して、普段から仕事を出している下請けに作成させた鑑定書を提出しました。

 家主側から出された鑑定書には、「土地の面積に嘘を書く」ことを始めとした、おびただしい数の誤魔化しが施されていました。不動産鑑定書というものは、依頼人からお金をもらった不動産鑑定士が、依頼人の意向に沿うように作成するものなので、当然のことだと思います。私達は、その鑑定書の誤魔化しの一つ一つを、公的な書類から引いた数値によって正して計算しなおしたものを、法廷に提出しました。

 家主の身内企業の不動産鑑定士が、家主企業自身が測量して登記までした土地の面積に嘘を書いたのを始めとして、都合のいい結果を引き出すためだけの滅茶苦茶な数値を入れた鑑定書を出してきたのは、不動産鑑定書というものには、どんな嘘を書こうと罰則が無く、バレたらバレたで何も困らないものだからです。不動産鑑定書というものが、依頼人の都合のいい結果を基にして、逆算して数字を当てはめていくものだということは、裁判の世界では常識です。嘘だと思ったら、グーグルで調べてみてください。

 不動産鑑定書に使われている計算方法によって、私達は、賃料を計算しなおしました。そして、10万4000円を支払っている家賃を基に、不動産鑑定手法に従って計算すると、4万8000円が妥当な賃料だという結論になりました。私達が、「日本の都市の賃料は、消費者金融の利息が違法だったように、違法状態なのではないか」と確信したのは、法律と判例を研究し、不動産鑑定の手法によって行った、この賃料計算の過程においてです。

 けれども、東京地裁で、私達は実質敗訴しました。家主側の不動産鑑定士の意見が認められたからです。その意見は、要約すると、「世間一般の家賃水準が、バブル時代から下がっていないのだから、賃料を下げる必要は無い」というものです。

 そして、私達が控訴審で、「現在の賃料水準は違法状態だ」と主張しているのは、その、「世間一般の家賃水準が、バブル時代から下がっていない」ということに対してです。さらに、世間一般の賃料水準が下がっていないから下げる必要が無い、という判決は、法文の要件を無視した行為であり、違法だということです。法的裏づけが、あります。控訴理由書にすべて、詳しく、書いてあります。

 簡単に言うと、まず、不動産鑑定士は、借地借家法の法文を無視し、依頼人に都合のいい解釈をでっち上げますが、法文に「この要件を満たして判定しなさい」と書いてある、賃料を計算すべき要件の指定を無視した解釈は、違法です。また、家主側の不動産鑑定士ならば、必ず「採用すべき」だと主張する「差額配分法」は、完全に、明白に、それ自体が違法なものです。そして、それらの、違法な計算結果をそのまま判決とすることによる賃料額の影響を受けて決定されている、現在の賃料水準を正しいものとし、それに合わせる手法である賃貸事例比較法も、違法なものに合わせているのだから、結果として、違法です。

 消費者金融の場合を考えてみてください。世間一般の消費者金融会社が、すべて似たような利率を設定しているからといって、その利率が合法だということになったでしょうか? 世間がみんなそうだからというのは、合法である保証にはなりません。

 私達の主張の簡単な要旨は、準備書面2.3.4.5.にあります。キャンドゥのお菓子とか、東京都の水道料金を例に出しているので、この手のものとしては比較的読みやすいかと思います。どんなものだか、ちらっとでも見てみてくださると嬉しいです。私達の主張の、すべての理論構成は、控訴理由書にあります。すべて、借地借家法に基づいた主張です。

 理論がお好きな方は、ぜひ、読んでみてください。

 この訴訟を起こすより、ずっと前から、私は、「日本に活気が無いのは、家賃が高いからだ」「貧乏な人が多いのは、家賃が高いからだ」と思ってきました。家賃が高いので客が少ないとやっていけない、新しい商売が始められない、保険診療じゃ医院が成り立たない、ということで、店はなくなるわ、自営業はできないわ、病院までなくなってしまいます。貧乏な人は、給料が安いのではなく、家賃が高いんじゃないでしょうか。ただ住むだけなのに、給料の大半を取られるのなら、生活の窮乏は給料より、家賃のせいなのではないでしょうか。

 その、日本全国を苦しめている、高い家賃が、違法だとしたら? その可能性には、考えてみる価値があると、私は思います。 

 家賃が半額になったら、どれだけ都市に活気が出るか、どれだけ生活が充実する人たちがいるか、どれだけ救われる人たちがいるか、どれだけの新しい可能性があるか、想像してみてください。

 非正規雇用でも楽々と生活できるようになる人たち、失業しても店を借りて商売を始められる人たち、赤ちゃんを産めるカップル、シャッターの店など無くなった賑やかな商店街を、思い浮かべてください。

 私達の主張が正しいかもしれないと、検討する価値はあるのではないでしょうか。

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