2018年07月20日

帰ってすぐしたことは・・・

東京から戻った翌日は土曜日だったので、普段通りジョスランのマルシェに行きました。
いつも買うお店の人たちは、みんな私が日本へ行っていたのを知っています。
挨拶はまず「日本のバカンスはどうだった?」というもの。
久しぶりの顔なじみとの会話は、なんとなく楽しかったです。

それから家に戻って着手したのが、ぬか床作り!
去年、東京で糠の素を買ってきたのですが、足すための糠を買いませんでした。
作ろうとしましたが、水分が多くなってしまったら補充のしようがないので諦めました。
今年は友人がそれを聞いて、補充用の糠を持たせてくれたので即挑戦!

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美味しくできました。日を経るごとに味に丸みが出てきています。
ただしうちの住人たちにこの匂いの良さは全くわかりません。「臭い」と拒否反応です。

で、突然ですがキュウリの話です。
こちらのキュウリは直径が3、4センチもある長くて太いのが普通です。
それがうちの畑で作ると、結構日本のキュウリに近い、細くて短い美味しいものになります。
だから漬物用にと5月にキュウリの苗を3本も植えました。
帰ったらオリヴィエに「大変なんだよ。コーニッション(酢漬け用のキュウリ)が
こんなに大きくなってしまった上、こんなにできちゃって困っている」と見せられました。
え、今回コーニッションは植えてないけど、なぜ?
キュウリの苗と言って買ったのに、それがコーニッションの苗だったってこと?
確かに太くて丸みを帯びて、トゲトゲまであるではないですか。
確かにコーニッションのようだし、これをどうやって始末すべきかと、目の前が真っ暗に。
土曜日の午後、大きいのも小さいのも、とりあえず目に付いたできている実を全部取りました。

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一番下のは皮を少し剥いています。結構皮がしっかりしているのです。
取り立てはチクチク棘が痛いくらい。ずんぐりむっくりですが美味しいです。

なにしろキュウリとコーニッションは似て非なる、全く別ものです。
前者は生で食べて美味しいのですが、後者は酢漬けにするか塩漬けのどちらかになります。
しかもコーニッションを大きくしてしまうと、シャキシャキで食べるためには工夫がいり、
ここのところ成功率が低いため、漬けるのをしばらく止めているくらいなのです。
せっかくぬか漬け用にとキュウリの苗を植えたはずだったのに、なんたること。

こうして数日考えあぐねていたのですが、とにかく放っておいても駄目になってしまうので、
大きなのを切ってみました。あれ、やっぱりこれキュウリ?
そう、私が思っていた日本的なキュウリの種類ではなく、
かといってスーパーで売っている巨大なキュウリでもないマルシェで時折見ていたものでした。
そういえば、いつも苗を買っていたところとは別の場所で買ったのを思い出しました。
結局、3本の苗は正真正銘のキュウリでしたが、品種が違ったようです。
コーニッションだと思って取ってしまった小さいのは、まだ十分に熟してないものでしたが、
ぬか床の最初の捨て漬けにしました。
取らずにそのまま大きくしてやればよかったと、早とちりを少し後悔しています。



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2018年07月16日

フランスが勝ってしまいました!

まあ、パリはものすごい騒ぎになっていたようです。
そうです。
20年ぶりにフランスがサッカーのワールドカップで優勝したからです。
もちろんテレビで観戦していました。

最初の2点は少し欲求不満ではありましたが、
相手のミスを引き出すのもある意味そうした力があるのでは、と思います。
それだけ対戦相手はプレッシャーをかけられている証拠?
とは、もちろん単なる素人の直感的感想ですが。
でも、その後の2点はしっかり、さすがと思わせる素晴らしいシュートでした。
始まる前、クロアチアは決して侮れない強いチームだし、
結果はどちらに転んでもおかしくないから結構心配でした。
やはりその通りの展開で、どれだけ冷や冷やしたことか。
とにかく十分ハラハラ楽しめた試合で、結果 Vive la France!!で決着がつき、ホッ。

で、ものすごくホッとしたのは観戦していたマクロン大統領だったのではないでしょうか。
1998年の開催国でのフランスチーム優勝の時も、
当時大統領だったシラク氏の株は急上昇しました。
実際それは一時的なことだったにせよ、大方のフランス人が大喜びで、
どことなく楽観的になるのは間違いありません。
9月からはまた年金を始めいろいろな改革案が待っています。

16日はシャンゼリゼ通りで優勝パレードが行われ、どれくらいの人が押し掛けるやら。
月曜日ですが、この日ばかりは仕事どころではなく、
ここに駆け付けようという人も少なからずいるような感じです。
14日の革命記念日では、シャンゼリゼのパレードに日本とシンガポールが招待されていて、
日本からは7人の自衛官が参加と後で知りました。
実はテレビで見ていて日本の国旗を見たとき、それを知らなかったので驚きました。
でも自衛隊の参加は2008年と14年もあって、3回目だというのは意外でした。

そんな軍事パレードの翌々日はサッカー・ワールドカップ優勝パレード。
フランス人の愛国心をくすぐるには十分な状況です。
フランス代表チームの面々を見ても、様々な顔と肌の色で構成されています。
移民2世、3世が多い国で、そのすべてが国に溶け込んでいるかと言われれば、
理想と現実がかけ離れているのは否めません。
新しく難民としてくる人や、経済難民、つまり不法滞在の人も今は増えています。
サッカーでの優勝は、バックの違う俺、俺のチームが一つのまとまりを持ったゆえに
もたらされたのではないかと思います。

余談ですが、東京で五木寛之氏の「デラシネの時代」という本を買い、帰ってきて読みました。
作家はフランス語の「デラシネderacine(祖国喪失者、根無し草)」を肯定的に考えるべき
という持論を展開していました。とても納得でした。
中でフランスにも言及しており、テロの後の「私はシャルリー」の標語を挙げた
大デモの中に『そのデモの背後には、フランス国民の一体性を阻害する異邦人、移民への
反感、そして微妙に隠された半セム意識(ユダヤ人への嫌悪感)が感じられました。
フランス国民のナショナリズムの熱い波動が目覚めたように見えたのです。』とありました。
作家のデモに対する前提が『本来、体制側に批判的な市民、労働者、学生たちが行う
示威行動です。』というのだから、そう感じるのも不思議ではないかもしれません。
でも、私の友人のご主人、もちろんフランス人、は、報道の自由を阻害するテロ行為は
絶対に許せないと、家族で初めてヴァンヌ、小さな地方都市です、のデモに参加していました。
すぐ「シャルリーではない」という標語も出てきたり、多様性はあったと感じています。
今回の優勝騒ぎを作家はどう見るのか、単なるお祭り騒ぎに過ぎないのか、少々興味があります。

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2018年07月14日

ケア・ウェラのお客様

7月5,6日の1泊でしたが、
静岡にお住いのご一家が、ここケア・ウェラを訪ねてくれました。

ご一家と知り合うことになったのは、もともとY君との出会いが始まりでした。

彼はほぼ10年ほど前、プロエルメルのパン屋さんでも少しの間修業をしていました。
その頃よくここにパンを買いに行っていたので、ご主人とは顔見知りでした。
ある日ご主人からこんな申し出を受けました。
「あなたは日本人だったよね。実はうちで一人日本人の男の子が働いているんだけど、
フランス語があまりできないので、もしよかったら時々話してやってくれる」
と紹介されたのがY君でした。
それから午前中買い物に行けば、時々話すようになりました。
数か月たったころだったでしょうか。
今度は彼から「実はもうすぐここでの仕事が終わるけど、
代わりに来るのが日本人の女の子で、しばらく今のところで一緒に暮らさなくてはならない。
それはちょっと窮屈なので困っている」と。
オリヴィエとも相談し、それなら家にしばらく来ればと言って、ここでの最後の日々、
朝は4時にオリヴィエが仕事に送っていき、昼に私が迎えに行くという、
どのくらいだったでしょう、1週間もなかったと思いますが、過ごしたというわけです。
その後彼はしばらくパリにいて帰国したのだと思います。
時を置いても忘れずにハガキのやり取りがぽつりぽつりと続いていました。
今、彼はパリで修行中に知り合った同業の奥様と2人でパティセリーを営んでいます。
初志貫徹。偉いです。うれしいです。
そんな彼が、自分の家族とご両親も一緒にここに足を延ばしてくれたのでした。

夜便で早朝パリ到着後、パリのホテルに大きな荷物は置いて、
レンヌに出てモンサンミッシェルへ行き、モンで一泊した後再びレンヌに戻り、
そこからバスでプロエルメルに。
彼は家族にプロエルメルの思い出の場所を案内し、その後私が迎えに行きました。
少々強行軍だった?さすがに皆さん少しお疲れの様子でしたが、
ケア・ウェラの前にスーパーに寄ったり、あとは夕食までゆっくり休んでいただきました。
翌日は16時にプロエルメルからバスでレンヌだったので、
のんびり朝食を取っていただき、昼前に運河やジョスランの町を散策。
ケア・ウェラに戻って昼食。のんびりしてから一路パリへ、という行程でした。

それにしても本当に短い間のことだったのに忘れずにいてくれた義理堅さ。
みんなに会えて、本当にうれしく、楽しかった。
これからもずっとお付き合いしていかれたら幸せだし、いつかお店を訪ねてみたい!
数日前には皆さん無事に帰国された旨のメールが届きました。
良かったです。ありがとう。

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Y君がうちに来たのは息子の久がまだ中学に上がったばかりだったかと思います。
きっと次に会うときは彼の息子さんも大きくなっていることでしょう。

ラ・ポルトドールLa Porte d`Or/〒410-0312 静岡県沼津市原77−2 Tel 055-967-8700
               営業時間 10:30 - 18:30 水曜日、第2第4木曜日定休



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2018年07月11日

東京滞在報告ラストは・・・

東京滞在報告ラストは、やはり目的でもあったBunkamuraでの
「小さな蚤の市」と「料理教室」でしょうか。

渋谷Bunkamuraのドゥマゴパリ祭は通常7月14日を挟んだ10日間で開催されます。
7月から11月いっぱい改装のため全館閉鎖になるので今年は例外で繰り上げ開催となりました。
改装といっても内側のいろいろな設備の変更で、改装後もあまり内観は変わらないとか。
と、それは置いておいて、今季は例年とは全く違った日程のためか、
いつもなら初日はアンティーク好きの方々が並んで開店時間を待ち構えているのに、
今年は気が抜けるほど静かな開幕でした。
それでも時間が経つに従い、いつもの友人たちが駆けつけてくれ、
1年ぶりの再会を喜びつつ、お買い物をしてくれました。

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開幕前のパンフレットの配布を手伝っていただいたり、当日の売り子さんの助っ人などなど、
本当にみなさんに助けられ、なんとか今年も無事終えることができました。
フランスから直接出かけるのは、ビジネスライクに考えたらなかなか難しいのですが、
このイベントのお陰で1年に1回という贅沢な頻度で東京に行くことができるので、
オリヴィエも「東京へ行く良い口実」と認めてくれています。
せめて持ち出しにならない程度で落ち着いてくれれば、それで感謝しなければといった具合です。
来年は多分また参加させていただけると思います。
古いものとの出会いは一期一会。
気に入ったら、それが出会いです。 来年またお会いできますように。

そして東京行きが決まると毎年声をかけてくださるのがAl Salone di Sumiを主催している
古い友人の朱美さん。
サロンでは毎月彼女自身が講師となるスリランカ料理を始め、
アフタヌーンティーのお教室、薬膳やアメリカ料理、
変わったところではブラジルやウズベキスタンといった料理が体験できたり、
メイクやアロマのプログラムもあります。

今回は「フランスの田舎料理」というテーマで、
黒オリーブのタブナード、鯖のリエットのアントレ。
メインはブルゴーニュ、ちなみにブルターニュではありません、の郷土料理、
赤ワインで牛肉を煮込むブッフ・ブーギニョン。
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デザートはアーモンドケーキ。
いずれも決して難しいものではなく、誰でもお家で時間さえかければできるものです。
フランス料理というととても凝ったイメージがありますが、
家庭料理はレストランのフランス料理とは違い、比較的単純な作り方が多いのです。
ただしオーブンで焼いたり煮込む時間は1時間以上かかるものがほとんどなので、
最近は「おばあちゃんの味」として懐かしいものになりつつあるのが現実です。
ほとんどの女性が働いているお国柄、ここでも半調理されたものや冷凍食品が人気上昇中です。

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真ん中が主催者の朱美さん。あとは今回参加してくださった方々です。

昼のクラスは8人もの方が参加してくださり、夜は2人とささやかでしたが、
何とか皆さんに喜んでいただけたら幸いです。
ここもまた1年先の話になりますが、東京行きが決まればお教室もさせていただけそうです。
今からどんなメニューがいいか、やはり暑い日が続く今のうちに少し考えたほうが、
年が明けて春の寒いときではなかなか思いつかなかったりするので、いいかもしれません。
ただこちらではそれほど高い材料ではないのに、
日本だとなかなか手に入れにくく高価になってしまうものがあります。
作りやすいという面では、手間だけでなくそんな素材についても気を付ける必要があります。
野菜一つとっても日本とフランスでは違うこともあるので、
メニューを考えるのはなかなか難しくもあり、楽しくもあります。

いずれにしろどちらも年に1度の楽しみな挑戦です。
どちらも興味がありましたら、ぜひ!


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2018年07月09日

東京滞在報告、やっぱり美味しい!

東京滞在の何が楽しみといって、久々に会う友人たちとの会話のほか、
なんといっても普段はご無沙汰している日本食。
友人宅でいただく家庭料理とプロの料理が、大いなる楽しみの一つであります。

で、まずお勧めなのが銀座三越12階にある「松ふじ」。
ここは鮨フリークの友人が3日に開けず通い詰めるおすすめ店です。
去年までは別の名で六本木ヒルズにあったのですが、一度閉まってしまったのです。
それが今年の3月頃から銀座三越の12階に新たに「松ふじ」となって開店し、
六本木の店長だった方が、この「松ふじ」でも店長を務めていると友人情報。
今年もその友人を介して予約を頼み、お昼をアーティストの女友達二人と3人で堪能しました。
もう芸術的というか、味はもちろん見た目も重視した上、供されるタイミングもお見事。
滞在中唯一の贅沢。いつも紹介してくれる友人、ユキさんに大感謝です!
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今回はもう一回、贅沢なお鮨をご馳走してくれた友人がいて、こちらも大満足。
ここは横浜高島屋に入っている銀座福助という鮨処。
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この量をペロリとたいらげてしまい、我ながら少々後が心配でしたが、
やはりお寿司は美容食?翌日は押さえましたが、それほど跳ね上がることもなしに、
何が?体重です、無事乗り切ることができました。
そう、東京へ行って何が悩みかといえば、体重があっという間に跳ね上がること。
我慢すればいい話ですが、年に1回食べられるかどうかわからないのに我慢するなんて・・・
これはなかなか悩ましく、結局「欲」に負けるわけです。

そしてさらに「甘味」も日本ならではのものが目白押し。
でもさすがにこちらはそう無節制に取るわけにもいかず、チャンスを厳選して賞味しました。
千疋屋の昔から変わらない、懐かしい大好きだったプリン・アラモード。
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もう一つは銀座数寄屋橋交差点角の新しいビル、東急プラザとなっていました、
そこの地下鉄通路から入れるところにあったGinza Sabouの水まんじゅう「雫」。
水まんじゅうって何?という感じでしたが、メニューの中の写真があまりに魅力的で選びました。
「優しい甘みの米糀のエスプーマ」に生クリーム、丹波の黒豆きな粉に井ノ倉の抹茶シロップ。
本当に涼しげで、ほのかな上品な甘みに抹茶のシロップと濃いきな粉と生クリームが
口の中で交じり合い、素敵な共演を味わいました。
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どちらも日本ならではの甘味で満足でした。

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そしていつも泊めていただいている友人宅はもちろん、
訪ねた友人宅での心のこもった手料理のおいしさに感激でした。
本当にいつもいつもみんなから美味しいものをありがとう、です。



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2018年07月07日

東京滞在報告、まずは発見から

日本、といっても私の場合はいつも東京滞在になりますが、
毎年街中の何かが違っているのには驚かされます。
銀座はいつの間にか懐かしきソニービルがなくなり、
その後ろだった、というのは数寄屋橋交差点の側から見た時の話ですが、
のエルメスビルがとても目立っていました。
建設当初、建築素材、特に外壁に凝ったことが話題になっていましたが、
去年はあまり気づかぬまま通り過ぎていた気がします。が、今年は納得でした。

アーティストの友人がこのビル最上階にある美術館、現代美術の展示が主、に誘ってくれ、
この時はミルチャ・カントル展というのをやっていました。
扉を開けるとその連鎖で多くの鐘、これはどこにでもありそうな物で、
が不思議な音を奏で反響する仕掛けになっている不思議なアートでした。
彼の作品はポンピドゥー・センター(パリ)にも収蔵されているそうです。
時折のぞいてみるにはなかなか面白い場所だと思いました。
そして建物の中だと、ガラス素材の壁が一層美しく感じられました。

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次、といっても実は着いた翌日に行った東京都庭園美術館。
行きに読んだ機内誌で知ったのが、6月12日が最終日だった「鹿島茂コレクション、
フランス絵本の世界」という企画展示会だったのです。
なんでわざわざ東京でフランスの絵本、ではあったのですが、
いったいどんな絵本に興味を持たれるのかが知りたかったので思い切って行きました。
幸い梅雨のまだ涼しい1日だったので頑張れました。

でも実際の収穫は、ちょうど全修復が終わった旧朝香宮邸が全公開されていて、
アール・デコ様式の邸内をゆっくり隈なく見ることができたことでした。
もちろんフランスにはあちこちにこの手の邸宅があるし、装飾も美術館で見られますが、
これほど本格的なものが戦前の日本、1933(昭和8)年に造られたことが驚きでした。
アール・デコ様式に魅せられた朝香宮様の美意識と共に、
それを再現できる財力というのも、今からは想像もつかない別世界だと実感しました。
さらに「宮廷建築を担っていた宮内省内匠寮が手がけた邸宅」というのも意外で、
内装にはアール・デコ様式の著名な作家たちの作品が使われ、
すべてに本物を追求した姿勢に、一方ならぬかの地への憧れを垣間見た気がしました。
ちなみにご夫妻は2年半のパリ生活の後にこの邸宅を建設されたそうです。

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戦後は一時吉田茂が首相公邸として住んだり、その後は迎賓館としても利用されたと知りました。
改めて日本の歴史を見る思いでした。

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庭園の中にある茶室「光華」。日本のわびさびをそのまま映し出したような佇まいに、
アール・デコの絢爛さとはまた一味違うほっとしたものを感じたのは、やはり日本人?



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2018年07月04日

日本を応援していた息子

昨日、初めて日本チームのW杯での試合を全部まともに見ました。
フランス時間だと7月2日の20時からTF1、最もポピュラーなテレビ局で、
通常のニュース番組を19時に繰り上げての生中継。
とても良い試合だったと思いました。
最後の最後での逆転劇は残念でしたが、それが実力と言えなくもないかなとも。
それでも優勝候補とも言われるチームを相手によくあそこまで戦ったと思います。
勝敗も大切ですが、事実彼らの力一杯のプレーは賞賛されてしかるべきものでしょう。

私が東京にいる間、着いて数日の間に日本チームの最初の試合がありました。
どこが対戦相手だったか忘れましたが、ブルターニュで留守番をしている息子から電話があり、
「マモン、今日本の試合をやっているんだけど見てるでしょう」というものでした。
滞在先のいつもお世話になっている友人宅は、サッカーフリークではないので、
基本それほど関心がなく見ていませんでした。
私は疲れていたので自分の部屋で寝る準備中といった具合で、
ほとんど注意を払っていなかったのが実情。
「勝ってるよ。見なくちゃダメだよ」と言われ、テレビをつけました。
この時、あれ、息子は日本びいきなのか?と改めて思いました。

と言うのも、去年の6月、友人たちと東京へ遊びに行った時、
日本のサッカーチームのユニホームを買ってきたので、そんなにポピュラーだったっけ、
と少し驚きました。
それまで特に彼の口から日本のサッカーチームについての話が出た覚えがなかったからです。
まあ、親に何でもかんでも自分の関心事を話しているとは限りません。
しかもこの時彼は、漫画のワンピースのフィギアやポケモンセンター、子供か?と思いましたが、
で珍しいと言われているポケモンのキャラクターのぬいぐるみなどを買い込んできて、
そんなものに興味を持っていたのかと、この時も心底驚かされました。
ポケモンは彼が小さい時からの流行でしたからさもありなんでしたが、
漫画の主人公のフィギアを買うほど興味があったとは全く知らなかったからです。

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で昨日、試合が終わり日本の負けが決まった時、
彼は自分の部屋で一人それを見ていたわけですが、降りてきて、
ベルギーが嫌いになったと言ったので、これまたびっくり。
さらにその前、「へーそんなに日本チームを応援しているの?」と聞いたら、
「それは僕だって半分は日本人だからね」と言われました。
確かにそうだから、返す言葉はありません。ただ「そうだよね」と頷くだけの私でした。

今まで日本について私の方から特別に教えるようなことは一切していません。
言葉についても、まずは暮らしている国であるフランス語を第一にしてきました。
食べ物については私からのDNAのせいか、夫よりは日本食受け入れの幅が広いですが、
歴史文化については全く興味がなく、日本は他の国と同列の意味しかないのかと思っていました。
それが単に私の思い込みだったのかもしれないと感じさせられた今日日の展開。
「すぐにはくじけない」「精一杯できることを正面から真面目に取り組む」。
サッカーからでもなんでもいいから、少しは良い面の日本的精神を学んで欲しい。
そう思うのは願い過ぎでしょうか。


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2018年07月01日

美味しく冷えたスイカが待っていた

お久しぶりです。
3週間以上全く更新もせず、当然ながらアクセス数もランクも超低空飛行。
この間の東京滞在は本当に忙しく、田舎暮らしの呑気さとはかけ離れた毎日でした。
東京では弟家族や叔父家族、友人たちと会え、お世話になり、楽しく過ごすことができました。
お陰様で日本ならではの美味しいものも十分に堪能できました。ありがとうございました!

で、ようやくの思いで家にたどり着いたのは、なんと予定の28日ではなく翌日でした。
行く前から分かっていたことですが、シャルルドゴール空港に着いた日は、
3か月続いたフランス国鉄のストライキの最後の日だったのです。
航空券は5か月も前のキャンペーン中に購入していたため、
ストライキの予定を知ったのはそのずっと後。
28日はストライキ最後の最後の日だったので、夫は何とかなってるだろうとの見解だったし、
私もさすがにそこまでは、と同意したのですが、いや、ここはフランス!
結局何ともなりはしませんでした。

東京滞在中にSNCFからメールが届きました。
最初は「6月中に予約を入れてるけど列車が動くかちゃんと確認してね」というもの。
次に来たのは「あなたが予約した列車はキャンセルになりました」とのお知らせ。
えー、どうしろというのだよ、と一瞬途方に暮れたものの、何とかせねば。
家に電話をしたら、パリ・モンパルナス駅から19時56分発のレンヌ行きだけがあるというので、
やっと前日の27日に予約を取ることができました。

これでパリの真ん中まで出なければならず、面倒ではあるものの何とか帰れると思ったら、
飛行機は定刻に到着したものの、荷物のピックアップでとんだトラブル。
機械の調子が悪く、スムーズに出てこない!これで通常より30分以上ロス。
やっとモンパルナス行きのバスに乗ったものの、10分も走らないうちに渋滞の渦に。
30分経っても亀の歩み。ここで絶対に間に合わないと観念。
予想通り駅に着いたときは予定の列車はとっくに出た後。パリ1泊を余儀なくされました。

幸い駅の真ん前の三つ星ホテルで、最後の一室という120ユーロの部屋が確保でき、
重い荷物をひとまず置いて駅に翌日の切符の手配に出かけて無事ゲット。
ストさえなければ何の苦も無く空港からレンヌに帰れたのに・・・という事情からか、
このチケットは後で払い戻しを申請し、渋滞で逃した列車の切符は無条件で翌日に変更。
それでも早い列車は満席で、乗れたのは11時56分発。
レンヌに夫が迎えに来てくれ、ようやく家にたどり着いたというわけです。

東京も暑い日々が続いているようですが、ここブルターニュもいつになく30度という夏日。
オリヴィエが買っておいてくれた、冷蔵庫の中の冷えたスイカがおいしく、
ようやく人心地ついている日曜日です。
余談ですが、誰かが泣いても誰かは笑うのでしょうか、この3か月、
駅に近いホテルはスト様様だったかもしれません。

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帰ってすぐはいろいろバタバタしていますが、できる限りまじめに更新します。
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2018年06月07日

出かける前にしておきたいのに・・・

例年Bunkamuraのドゥ・マゴパリ祭は、パリ祭ですから当然7月14日の
フランスの革命記念日を挟んで10日間ほどの日程で行われていますが、
今年は先方の事情で繰り上げられ6月14日を挟んだ開催となっています。
というわけで、私も6月10日より東京へ行く予定です。

が、出発前に幾つかきちんと済ませておかなければならないことがあります。

7月だと、6月中に収穫したグロゼイユやカシスの実、
庭になったものを保存用にジャムにすることで大忙しになるのですが、
今年はまだ熟していないので、いない間それらをどう処理してもらうべきか、
留守番組にきちんと申しおきをしていかなければなりません。
私が戻るのは6月末なので、放っておけないのは確かだからです。。
グロゼイユ、カシス共に去年ほどの量はないように見受けられますが、
それでもまずまず普通といった感じでしょうか。
これらをちゃんと収穫して冷凍しておいてもらわないと、今年のジャムは半減です。
いつも色々な種類を山ほど作るので大変ですが、少ないのも寂しいです。

さらに畑もある程度整理しておかないと、と思ってこの日曜日に頑張りましたが、
やらなければいけない半分で力尽きました。
少々きついけど翌日に、と思ったら1日中雨。
その後も今週はずっとぐずついた天気で、畑仕事をするにはとても難しい状況に。
と言っても出発の日が迫ってくるばかりで、とにかく天気の回復を祈るのみ。

実はここまで火曜日の夜に書いて、残りは水曜日の午前中にと思っていたら、
というのも天気予報ではここら一帯雨の予報だったからです。
朝起きたら今にも降りそうな空模様ではあったのですが、なんとかもつかなぁとも感じたので、
朝8時半ぐらいから早速畑に出て、約2時間。雨も降らず、暑くもなく、作業ができました。
後はジャガイモを植えた半分の雑草を取って土を盛れば完了です。
これは後数日のうち、雨さえ降らなければ朝から2時間以内で完了するしょう。
というわけでブログの更新はまた遅れましたが、なんと今は週1回になっていますが、
無事終わりそうなのでホッとしています。

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畑と花壇も整理した時、雑草と一緒にニゲラなども抜いてしまい、
花がかわいそうだったので、バラと一緒に挿しました

家の生鮮食品の買い置きもある程度使い切っておかないといけません。
留守番組が・・・ただオリヴィエもいる、つまり息子だけではないので、
ある程度は料理もするはずなので大丈夫と思いますが、使いにくいものは残せません。
この辺りもすでに心ずもりをしながら毎日の食事を考える必要があります。
後の掃除、洗濯に関しては、できなくても二人でなんとかするから大丈夫。
これでほぼ心おきなく出かけられるはずです。


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2018年05月31日

初めて「ふふふ」と思った「母の日」

フランスの「母の日Fete des Meres」は、先週の日曜日、5月27日でした。

義母が元気な間は、彼女に対して「母の日」にプレゼントをしていましたが、
彼女が亡くなって久しく「母の日」は普段と変わらない、なんでもない日として過ぎていました。
夫のオリヴィエにとって私は妻であって母親ではありませんから当然としても、
ここには息子がいるのに、これまで何度催促しても無視されていました。

幼稚園や小学生の場合はいいのです。
子供達は学校でちゃんと母の日や父の日に、
手作りの可愛いプレゼントをこしらえて持ってきてくれるからです。
こういうところはフランスの幼児、小学校教育に感心します。
手書きの絵に詩や文章が書いてあったり、工作だったり、心憎い工夫が凝らされていて、
結構親のほうはどこでも気を良くしているのではないでしょうか。
ところが中学生になると、こういう情緒的な部分はばっさりと切り捨てられ、
いわゆる勉強一辺倒になります。
だから6eme(シィズィエンム=第6学年)、中学に上がったらこれまでとは全く違う、
遊んでいられませんよ、とよく言われたものです。
つまり学校からの「母の日」「父の日」のプレゼントは無くなり、
あとはそれぞれの家庭でどうするか、になります。
その後の我が家は、息子にとっては祖母に「母の日」のお祝いをしていたわけです。

それがようやくここ数年、いや、去年ぐらいでしょうか、多少「感謝」の念を
見せてくれるようになったのです。
そして今年、なんと「プレゼントは何がいい?」と聞いてくれたので、
特に欲しいものもないので「料理をしたくないから日本食レストランに行きたい」といったら、
「母の日」の翌日、本当に二人でMiyoshiさんに出かけたというわけです。
彼は今仕事をしていませんが、数日前に父親の仕事を手伝って収入が少しあったり、
失業保険をもらっていて、家賃も食費もなしですから、しばし家計より豊かなこともあるのです。
それでも実際には半信半疑でしたが、実現させてくれました。
ふふふ、こんなことは初めて?さすがにちょっと嬉しかったです。
それでちゃんと写真も撮ってこようと思ったのに、食べることに夢中になり
またもやすっかり忘れ、二人での写真や料理の写真をここにアップすることができません。
それだけが残念でした。すみません!

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庭ではバラが花盛り。たくさん咲いているので切花にしたら家の中もバラの香りが漂っています。


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