2018年10月19日

秋晴れの1日、海へ

ブルターニュには珍しく、ずっと雨が降らず、カラカラの天気が続いていました。
でも、今週はやっと1日中、雨らしい雨となりました。
それはいいのですが、その後2日ほど曇りの日が続くと、
あーやはり晴れの日がいい。カラっと太陽がさんさん輝く日がいい。
そう思いながら、何と勝手なことを考えるものだと、少し反省。
今週は南西フランス、地中海に面した地方ではひどい水害が起こり大変でした。

で先週、そんな晴れの日、オリヴィエが急に海まで行ってみようと言うので出かけました。
しかも犬連れで。
この数日は大潮でした。
それも引き潮が午前中で、正午過ぎから潮が満ち始めるタイミングだったこともあり
ペッシュpeche(「釣り」という意味)の人で大賑わい。
行ったところが、我が家と同じモルビヨン県内のダムゴンDamgan。
ヴァンヌVannesの町からは20キロほどで、大西洋に面した広い浜辺のあるところです。
もう20年近く前の話ですが、ヴァンヌのすぐわきのセネSeneで暮らしていたころ、
お向かいのおばさんが「ダムゴンで獲ってきた」という野生のカキをくれたことがあります。
そう、大潮の日のダムゴンでのペッシュは以前から人気の場所だったのです。

先に「ペッシュの人」、つまり釣りを楽しむ人が大勢いたと書きましたが、
「釣り」といっても「魚釣り」ではなく、この場合は「潮干狩り」。
この日は暖かかったのでゴム草履の人もいましたが、普通は長靴にバケツ、
大ぶりのナイフや砂をかく道具、カキを岩からはがす道具などを持ち、
砂で汚れてもよい服装、本格的にゴム製サロペットに身を包む人もいます、で沖へと行きます。
みんなカキやアサリ、コックと呼ぶ小ぶりの貝を獲るのが目的です。
平日ですから親子連れはいなくて、みんな私たちと同年代前後の人たちでした。
まだ秋休みではないし、60台前後からさらに上のリタイアー世代でなければ、
いくらフランスでもさすがに午前中からのんびり潮干狩りはできません。

私たちはたまたま海を見に行こうと決めたのが大潮の日だったというだけでしたが、
この日を目指していた人が多かったのには本当に驚きました。
キャンピングカーから普通の車まで、駐車場はもちろん、海岸沿いの道端にはずらりと車、車。
時間帯も10時過ぎから正午近くまでとちょうど良かったこともあったでしょう。
私たちが12時前に着いた時はみんなそろそろ引き上げにかかる時間でした。

ここは我が家からは車で1時間ほど。
北のコート・ド・アルモール県やフィニステール県の海だと1時間半から2時間、
同じモルビヨン県内であれば上記の時間で海に出られます。
この日も出かけたのは11時ごろで、十分楽しめました。
YUKIも、本来4月から10月いっぱいは浜辺での犬の散歩は禁止でした、
が知らなかったのでほんの少し楽しみました。

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私たちが着いた時、水は遠くに見える岬の先っぽよりさらに退いていましたが、
昼食を終えて浜辺に再度出た時は、潮も満ち、人もすっかりいなくなり、
近所の人が散歩を楽しむ静かな秋の海辺に戻っていました。



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2018年10月16日

思春期以降大人になるまで

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9月末に「その後の展開」で息子の現状を書きましたが、
それからさらに2週間の時が過ぎました。

さて、いったいどうなったかというと、今週は3日間ほど、レンヌでトライアル。
タイ料理のレストラン、といってもファーストフードに近いような、
そこで調理場?で月、木、土と働いたのち、十分できるようなら正式に…
と言われているようです。
木曜日には別のところの面接の要請が来ているようですが、どうなることか。
実際どうなるか、どうするつもりなのか、まだ不確定要素多々。
とは故、これは本人の問題ですから、私たちは一切口を出しません。
彼の報告を聞くだけです。

将来的に役立つのかどうなのか、と思わないでもありませんが、
そんなことはずっと後になってみないとわからないし、
「人生に無駄はない」、誰のフレーズか覚えていませんが、は真理だと信じています。
家にいるだけでは何も変わらない。だから何でもやってみてほしい、動いてほしい。
それが私たちの望みでしたから、とりあえずはその方向に進んでいるのは間違いなさそう。
だから見守るしかないと思っています。

子供が小さいうちは大変でも、自我がまだ強くはないから無条件で「かわいい」。
でも、だんだん大きくなり、中学生ぐらいの反抗期は、
とても「かわいい」だけでは収まりません。
それを乗り越え、何とか高校生。
日本だとこれくらいになると親とは一線を画すようになるのでしょうか。
ここフランスでは、もちろん家庭によってさまざまでしょうが、
基本的に親といることを恥ずかしがるようなことはあまりない気がしています。
親と一緒に出掛けることもあるし、もちろん食事も家族でするのが当たり前。
ただこのころから進路、将来の仕事ということを意識する年齢になり、
親も子も、多分日本よりは鷹揚だと思いますが、心配が生まれます。
子供によっては早いうちから将来のビジョンをしっかり持っている子もいますが、
全体から見たら少数?大部分は行き当たりばったりの気がします。

大人になるって、自分のことを振り返っても、いったいいつなんでしょうね。
自活することができるようになったらなのでしょうか。
「結婚」というのは昔の話で、今はそれで一人前という定義は崩れている気がします。
やはり自分の道を見つけ、自分できちんと歩いて行かれるようになった時から大人?
というように私には思えます。
親にとって、子供はいくつになっても子供感覚で心配してしまいますが、
子供はいつの間にかそれを乗り越えているのかもしれませんね。
まだまだ息子の自活までには時間がかかりそうですが、
踏み出す一歩手前であってほしいと願っています。



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2018年10月12日

子供部屋を見守るランプ・ヴェイユーズ

ある日、オリヴィエがかわいい猫のランプを見つけてきました。
あんまりかわいいので、店には出さず、私がもらうことに。
さらに店に出していた犬のランプを思い出し、この犬とペアで我が家で「飼う」ことに。

この形態のランプには、オウムや猿もあります。
オウムはこの犬や猫ほど明かりをともしても透き通った感じにはなりませんが、
もっと目の部分が大きかったような気がします。
猿は見たことがありますが、私的感覚でいうと「かわいくなかった」。
実際はほかにももっと別の動物の形もあるかもしれませんし、
犬はほかの犬種や形のものはあった気がします。
が、このうちで「飼う」ことに決めた2種類は、これまた私的感覚でいえば
「稀にみる可愛さ」で、手放せなくなりました。

時代的には1930年代のもので、
ここに写真は載せていませんが、オウムはもう少し時代が新しく50年代ごろ。
いずれも子供部屋に置かれていました。
この動物や鳥たちが、一晩中、真っ暗な部屋を少しだけ明るく照らし出し、
子供たちの不安を和らげていたわけです。

19世紀以前からずっと、フランスのブルジョア家庭では、
子供は赤ん坊の時から親とは別の部屋で寝る、つまり子供部屋があるのが普通で、
日本のように両親に挟まれて川の字に寝ることはありません。
住宅事情にも寄りますが、それは今も変わりなく、
フランスの一般家庭なら親と子の寝室が別なのは普通です。
もちろん我が家もこの方式でしたが、息子が小学生のころ、
どうしても一人で寝られなくなり、何かといっては私たちの所に彼がやってきて困りました。
しまいにはしばらく同室に彼用のマットを置いたりしていたこともありましたが、
義母から散々それは何とかしないといけないと言われたのも、今は良い思い出です。

で、話をランプに戻しますが、このランプ、フランス語で特別な名称があります。
ランプ・ヴェイユーズla Lampe Veilleuseといいます。
veilleurが男性形でveilleuseが女性形です。
フランス語の辞書を引いていただければわかりますが、
男性形だと「夜警、ホテルなどの夜勤係、哨兵」という意味になり、
女性形は少しニュアンスが変わり「一晩中つけておく終夜灯、豆ランプ、自動車の車幅灯」
さらに「ガス器具などの種火」とか「昔の豆ランプの灯芯」という意味があります。
ランプ・ヴェイユーズは女性形ですから、そう、一晩中つけておくもの。
それも小さな明かり、というわけです。
ちなみにこの動詞veillerは「徹夜する」とか「寝ずの番をする」こと。
まさにこのランプたちは、子供を優しく一晩中寝ずに守ってくれた大事なものだったのです。

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ちなみに、これをどうしても譲ってほしいという方がいらっしゃいましたらご連絡ください。
我が家にはもう小さい子がいません。かわいがってくださる方がいれば養子に出すことも・・・
お値段は各140ユーロ。送料別。



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2018年10月09日

ケア・ウェラへの行き方追記

以前「ケア・ウェラへの行き方」として、ヴァンヌVannesまでTGVというように
ご案内しましたが、そのずっと手前のレンヌRennesだと、
現在パリ・モンパルナス駅からTGVで1時間半から2時間ちょっとで来られるようになりました。
さらにパリ、レンヌ間は、ほぼ1時間おきに列車が出ています。
ヴァンヌまではレンヌからさらに1時間かかるのと、パリからの本数が半分になります。
また本数は少ないですが、シャルル・ド・ゴール空港からレンヌ直通のTGVもあります。
例えば日本から夜便でいらっしゃったら、少々空港で時間をつぶさなければなりませんが、
ターミナル2にあるSNCFの駅からすぐTGVに乗り、そのままレンヌまで来られます。

レンヌから我が家まではさらに60キロ余りの距離がありますが、
ここからポンティヴィーPontivy行きのバスで二つ目のプロエルメルPloermelまで来られます。
このバスは日曜日を除いて、パリからのTGV と時間的に接続しています。
所要時間は1時間弱。
2018年10月現在、バスが発着する長距離バルターミナルが工事中のため、
乗り換えに多少の時間的余裕を見る必要がありますが、完了後は駅とすぐ目の前で便利です。
ちなみにここからモン・サン・ミッシェル行きのバスが出ています。

旅慣れない方は、日本から旅行会社に依頼すればTGVの予約を取ってもらえるし、
プロエルメルまでTGVを含めた往復切符も取ってもらえると思います。
時間についてはメールでご相談いただければ、こちらからサジェスチョンできます。
バスまで乗り換える自信がないという方には、
有料ですがレンヌまでお迎えに上がることも可能です。
人数に関係なくレンヌ送迎は片道25ユーロになります。
ただしプロエルメルへの送迎は無料です。

またこちらではすべて日本語対応なので、語学に自信のない方でも大丈夫です。
ここからのエクスカーション、車でのご案内、は日本語でご案内いたします。
基本は1日の場合1名100ユーロ。半日は1名50ユーロになります。
モン・サン・ミッシェルのみ例外で1名200ユーロ(入場料込み)。
またご希望があれば、近所のスーパーマーケットやマルシェへのお買い物にもご案内します。

というように、なかなか自分たちだけでは味わえない暮らす感覚を、
旅慣れていらっしゃる方ならご自分たちで自由に味わっていただきたいし、
旅慣れない、語学にも自信がないという方にも、こちらのサポートで
楽しいフランスの田舎の雰囲気を味わっていただければと思っています。

いろいろな旅の形態がありますが、何がしたいのか、何を味わってみたいのか、
御面倒でも事前に詳しくメールでのやり取りは欠かせません。
ケア・ウェラは日本ではありませんから、至れり尽くせりのサービス提供はできません。
が、フランスの田舎の雰囲気を十分に味わっていただき、
パリとは違う、ディープなフランスに触れていただけることを願っています。

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2018年10月06日

ケア・ウェラ、2018秋より2019年新料金

ここブルターニュもすっかり秋の気配が濃くなってきました。
といいつつ、今日の日中は24度近くまで上がるという暑さ。
朝晩は一けた台の気温なので、その温度差ときたら凄いものがあります。

お知らせです。
以前ここケア・ウェラでの宿泊のお知らせを出しましたが、
円安、ユーロ高が続いているため、料金を改定しました。

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新料金は宿泊のみ、大人1名の場合、1泊70ユーロ。
2名からは1泊50ユーロで、大人4名まで。
どうしても5あるいは6人で、という場合はご相談ください。

食事つきをご希望の場合、基本は朝食と夕食の2食。
ミネラルウォーター、アペリティフと夕食時のグラス・ワイン込み。
大人一人の場合120ユーロ。2人200ユーロ。3人300ユーロ。4人400ユーロ。
になります。
また生ガキなど魚介類を食事にご希望の場合は別途ご相談ください。

お子さん連れの場合は年齢にもよりますので、別途ご相談ください。

洗濯機は無料でお使いいただけます。

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秋のブルターニュは紅葉がきれいです。
森の多いこのあたりでは、ピクニックも楽しいです。
運河沿いを散歩するだけでも、そんな自然の美しさを手軽に堪能できます。
都会で疲れた心を癒すにはぴったりの場所。
日本からいらっしゃるには、少々面倒な場所ではありますが、
パリと組み合わせ、フランスの田舎をちょっと味わってみるのも粋なもの。
知り合いのところに足を延ばす感覚で、ぜひ、どうぞ。



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2018年10月03日

今年のリンゴはいつにもまして不細工!

今年は我が家のプラムは一つとしてなりませんでした。
去年はもう嫌になるほどプラムをジャムにしなければならなかったのに、今年はゼロ。
家だけなのかと気になり、コーラスに行った時に聞いてみたら、
花が咲いた後急に寒い日があり、そのためどこも実がならなかったのだと教えられました。
そう言われてみれば、家のすぐ裏のごみ置き場の脇にも大きなプラムの木がありますが、
そこにも一つの実もなっていませんでした。
我が家だけではなかったとわかり、ホッとしました。

そしてこの夏はブルターニュにしては珍しく暑くて、
といっても最高気温が27から29度ぐらい、それに晴天続きの「良い夏」でした。
ブルターニュといえばフランス人のほとんどが「雨」を連想する地方なのですが、
今も続いていますが、ほとんど雨が降らないカラカラ天気。
そのせいかどうかわかりませんが、リンゴがなるにはなってくれたのですが、
普段にもまして不細工というか、表面に黒い斑点が目立って不器量この上なし。
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普通なら煮るときに、色がきれいなので皮を残したままにするのですが、
今回は皮を残すどころか、比較的厚く剥かないと実に斑点が残ってしまいます。

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写真にあるこの手提げかごに一杯、3回ほど取りました。
このリンゴの木の実、取り立てはこりこり生で食べるとおいしいのですが、
2,3日置くとサクサクになってしまい、私たちの食感には合わなくなってしまいます。
でも、調理するには適度な甘みと酸味が相まって、とても美味しいコンポートになります。
1回にジャムの瓶5本分ぐらいの保存用コンポートを3回ほど作ったでしょうか。
剥いたそばから茶色く変色してしまうので、全部剥き終わるまで塩水につけていました。
こうすると色が変わらないので、出来上がりの色が薄黄色のきれいなものになります。
そういえばこれ、去年亡くなった義父の大好物でした。

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上にあまりジャムを塗らなかったので、なんだか少し白けていますが、
リンゴのタルト。中にはコンポート、クルミと干しブドウも加えました、が入っています。
もう保存用を作るのに飽きたところ、オリヴィエのリクエストでした。
フランスの田舎で作る自家製お菓子やジャムって、庭の実のなる木の恵みを無駄にせず、
美味しくいただく方法なんだと実感しています。
それにしても「無駄にしない」というのは、なかなか大変な作業であります。


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2018年09月29日

さらにその後の展開

先週の19日に一度家に来てから、再び戻った先は友達のところでした。
その後連絡をしたのは22日の土曜日。ちょうど1週間前です。
留守電になっていて、夕方やっと連絡をしてきました。
「日曜日の夜、家に泊まってもいいか」と問われ、もちろん「了解」しました。
ただし一言、「月曜日はちゃんと家を出るのよ」と付け加えました。

フランスでは、だいたいどこでも日曜日は家族が寄り合い、一緒に昼を食べるのが習慣です。
もちろん距離的に無理な場合も多々ありますが、大丈夫な範囲ではほぼそういう感じです。
私たちも長い間、毎週日曜日の昼は彼の両親のところに行くのが習いでした。
オリヴィエも日曜日にそうすることは当然だと考えています。

帰って最初は何やらムッとしていましたが、自分の部屋へ行き、
しばらくして降りてきたとき、私はキッチンで一人だったので抱きしめてやりました。
彼もなぜ私たちがここまで厳しく?しているのかというのはわかっていました。
これは以前「戦争になるかも」といって、
私が手紙を書いて渡した時から状況はまったく変わっていませんでしたから。

で、月曜日はレンヌへ履歴書をもって出かけ、翌日はオリヴィエの友人からの依頼で、
朝4時半の待ち合わせでル・マンとパリまで日帰りをすることになったので、また家泊。
当然帰ってきたのは夜ですから、その夜も家。
26日の水曜日にまたレンヌへ行く予定だったのが、我が家のPCが先週末からエンスト。
それで履歴書の印刷ができず、翌日直ってくるまで延期。
PCは戻ってきて、彼はその日の午後からレンヌへ。
今週中は多分レンヌの友人のところに泊まるようです。

ただね、仕事を得るにはレンヌに住所があったほうが有利だからアパートも探す、という息子。
オリヴィエは仕事が決まってから住むところを探すのが順序だろうという意見。
私も夫の考え方が順当だと思うものの、とりあえずは彼が思う通りにやってみて、
現実の壁にぶち当たったとしても、それはそれで良いではないかと思うわけです。

私たちは息子に何が何でもどこかに就職して働けと言っているのではありません。
なんでもいいから「行動し」「自分が何をしたいのかを探せ」と言っているのです。
「どこかで働いてみる」のも選択の一つだと思います。
今は自分の資金ゼロですから、旅がしたいと言われても全額援助するわけにはいきません。
まず働いてある程度の資金を作ってからなら、私たちも助ける用意はあります。
でもそういうことは家でぐずぐずしていてもどうにもならない。アクションあるのみ。
最終的にはある程度自分自身の将来を見据えながら、
精神的親離れ、独立を願っているわけです。

でもね、実際に息子を見ていると、結局まだまだ甘えています。
私たちも完全に突き放すことができないという現実もあるし。
まあ、時間がかかるのは致し方ないかと。
まだ当分の間私たちの我慢は続きそうです。
親業も楽ではありませんね。



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2018年09月24日

親離れ、その後の経過はいかに

9月14日の夕方、とにかく息子は出て行きました。
翌日、彼も私たちも電話で連絡を取ることはしませんでした。
そんな夕方、オリヴィエのヴァンヌの仕事上の友人から電話がありました。
「そちらのパッケージを預かっている」と言われ、夫はすぐになんのことか理解したそうです。
日曜日に送っていこうと思うがと言われましたが、夫は即座に
「顔も見たくないからそのままでいいから」と言って、電話を切りました。

オリヴィエはそれを予想していましたが、日曜日の午後、友人が家に寄ってくれました。
そして1週間ほど預かり、彼の仕事を手伝わせ、それから連れてくる。
その後は家の別棟に独立して住まわせ、毎月家賃を取るようにすればと言われました。
私もオリヴィエも、実現は相当難しく、なし崩しになるのが目に見えるようでしたが、
とにかく一応安心はできるし、その方向で了解しました。
ところが、夜また相当に酔っぱらった友人から電話がありました。
息子は友達のところに行ってしまったとのこと。
夫はその報告を聞き、息子の選択を「バカではなかった」と密かに喜びました。
と言うのもその友人の性格を熟知しているので、とても危険な選択だと思っていたそうです。
良いとか悪い人というのではなく、一般的な物差しでは測れない、
一筋縄ではいかない複雑な人物なのは確かで、夫の危惧は当然だったかもしれません。
「オーレイの友達のところへ行った」と聞いたので、私は誰のところかすぐにわかりました。

18日の火曜日。家を出て5日目に私から息子に電話をしました。
彼が家を出る前にインターネットに載せた商品がいくつか売れ、
その発送をしなければならないこと、多少の報酬もあることを伝えるためでした。
「着替えもないし、ずっと友達のところにもいられない」と言われましたが、
「このまま家に今まで通りに帰ることはできない」とはっきり伝えました。
それで電話は切られてしまいました。

19日、彼から電話で1時間後ぐらいに家に行きたいけど良いかというものでした。
そうして彼は昼ごろやってきて、発送の用意をしました。
洗濯物をいつものカゴに入れていたので、全部洗濯機に入れて自分で洗いなさい、と言いました。
私はもともと電気メーターの取り替えがあるので14時から16時まで店に行くつもりでしが、
同時に彼のところにも14時ごろお客さんが来ると連絡があったそうで、
郵便局にも行くため彼もジョスランに来ました。
いろいろ終わって、彼に売り上げの20%を渡し、息子は再びヴァンヌへ戻って行きました。
でもその前に「ごめん、洗濯が終わらなかったのでそのまま来てしまった」といいました。
そう、私がやるのが当たり前でなく、「ごめん」が一言入りました。

この間にこれからを話し合ったわけではありませんが、
レンヌで仕事を見つけてアパートを借りるしかない、というようなことは言っていました。
「あなたがどうするか決め、どうしたいかが決まったら言って欲しい。
期間限定であれば家からレンヌに仕事を探しに行くことも可能だが、
とにかく決めるのはあなただから」と。

実は銀行からカードを止められた時、彼は使えないカードを車の中に放り出していて、
それを見つけたオリヴィエからもう始末してしまえと渡されていました。
なんとなく私はそれを机の引き出しの中に入れ、そのままにしていました。
多分息子は偶然他のものを探している時に見つけたのでしょう。
出て行ってからそのカードがどうなったかふと気になって見たら、ありませんでした。
その後本人が銀行とやり取りをしたのでしょう。
夫がマイナスを埋めていましたから、どうやらそのまま使えているようでホッとしました。

この後どこまで凹ませるかは、もう私達のあずかり知らぬこと。
もう一人の大人として責任を持つべきで、オリヴィエにも言いましたが、
ある程度見守ることは必要でも、彼が頼んでくるまで手を差し伸べる必要はない、と。
それからまた週末が過ぎていますが、特に変化はありません。
便りがないのは良い便り。しばらくこのまま静観するのが良いと思っています。
この機会を逃したら、息子のためにも、私達のためにもならない気がします。

オリヴィエは、自分の20代のことを振り返り、父親からやはり出て行けと言われたことを
「両親はどんな思いでいたのか、今になって少しはわかる」ですって。
息子にも早くわかって欲しい、だなんて、私は「図々しい」と思うと同時に、
夫のその頃の行状と比べ息子はずっとましだと正直胸をなで下ろしています。

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こちらのほうは超のんきです。あたまのなかはボールを追うことだけ。
でも、一応日々の番犬の役目は十分に果たしてくれるのが頼もしい。



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2018年09月22日

ついに爆発した父親

先週の金曜日、ついに父親であるオリヴィエが爆発し、
息子を家から追い出しました!

私たちがパリから帰った後、そこに至るまでには色々と伏線がありました。
実は彼、9月10日からパリに行き、そこで仕事を探すと決めていました。
最初の10日間はパリの兄が知り合いの空いている部屋を使わせてくれると言っていたのですが、
数日前にそれができなくなった旨のメールを受け取りました。
結局パリ行きは事実上無理に。さて次はどうするか、となりました。
安易にもまた息子が夫の商品をネットで売るとか、その仕事を継続したい、と言いだしたのです。
この話はもう2年も前から夫が繰り返し勧めていたことで、
彼はすでに息子への信頼を完全に失っていたはずなのに、受け入れました。

問題の日の朝、何かのことで夫と息子は少々言い争いをして、
息子は午前中からどこかへ出かけて行きました。
午後3時頃彼から連絡があり、店にお客さんが来ると言っているが、
自分は少し離れたところにいるのですぐには行かれない、誰か行けるか聞いてきたのでした。
店の電話、普段はオリヴィエので、この時は息子の携帯に転送されるようにしていたからです。
もちろん私が行きました。
そして家に戻ったら、ことが始まっていたのです。

オリヴィエは、息子がレンヌまで髪を切りに行き、悠々と帰ってきたのを見て爆発しました。
往復120キロにもなり、ガソリン代もバカになりません。
しかも彼はこの2週間程前、非常にバカバカしいことでお金を失っていました。
頼まれたわけではありませんが、そのままにはしておけないと夫は勝手に穴埋めをしました。
他にも色々あったわけで、もう勢いで「家から出て行けと宣言した」と言われました。
でも、まだ自分の部屋にいる、この後自分はどうしたらいいかと問われました。
私は「こうなったらそのまま通すのがいいんじゃない」と言いました。
「よし、ではもう一度行ってくる」と息子の部屋へ。
我が家には珍しい怒鳴り声とドアをバタン、バタンと開け閉めする音がひとしきり。
夫が下りてきて、私を別の部屋に呼び「このままでは出ていきそうにない。
どうしたらいいだろう」と再度意見を求められました。
確かに息子にしても銀行からカードを止められていたし、持ち金もないし、
車も使うなではどうにもならないでしょう。
そこで私たちは相談のうえ、50ユーロ、少しですが、の現金と、
一番古い義母が乗っていたクリオを使って良いから、
ホテルでも友達のところへでも何処へでも行け、と父親は息子に最終宣告を下したのでした。
そうして彼は家を出ていきました。



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2018年09月18日

レストランは自分たちの気分で選ぶ

パリへ出かける前に、夫が泊まる予定の13区のレストランを調べておけば、
というので、とりあえずいろいろ情報を引っ張り出し、いくつかメモをして行きました。

私たちの旅行中のレストラン選びも、お決まりの行き当たりばったり。
初めてのところは泊まったホテルで近くのお勧めを聞くこともありますが、
一応自分たちの感覚に合うかどうかを見ます。
お客さんの感じ、食べている料理を横目で見て、気に入ったら入るし、
違和感があれば別のところを探します。
今までそうして「酷かった」といった食事処に当たったことはほぼありません。

で、今回の13区、ここではチャイニーズを始めとしたエスニック料理を食べるのが目的で、
メモしたのもベトナム、カンボジア、タイ料理店でした。
実際そのメモ通りに行ったのは1件のカンボジア料理店とフォーの店。
どちらも一応のレベルだったし、フォーの店は大人気でした。

〇Mondol Kiri  159 avenue de Choisy 75013 Paris(カンボジア料理)
〇PHO 14   129 avenue de Choisy 75013 Paris(ヴェトナム麺)

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キリは、ほかに行こうとした途中、メモを取ったところだと気が付き入りました。
昼時で、店内はランチを楽しむフランス人で一杯でした。
お店の人の対応は良かったし、味も良くて文句のつけようはありませんでした。
が、店を出てから二人共に一抹の不満が残りました。
私たちはもっとローカルな雰囲気が欲しかったのだと、後で気が付きました。
一方のフォーの店。雰囲気はアジアの屋台風で、店の中も外もお客さんはぎっしり。
肘を張ったら隣の人に迷惑をかけるほどぎちぎちの中での素早いサービス。
大勢のお客さんを見事にさばくプロフェッショナルな店で、量は十分、味よし、安く、
人気の理由が十分に理解できました。
でもこの時のオリヴィエはもっとゆったりと夕食を楽しみたかったようで、
ぎゅうぎゅうの席と活気のある店の雰囲気がフィットしませんでした。
この日の夕食の場所は私が選ぶことになっていたので、そうしたのですが、
頭から決めてかからず、その時の気分に合った所を選べば良かったかもしれません。
別の日だったら多分、ここの店をもっと楽しめたでしょう。

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で、結果を言うと、パリに着いた日の夕食、といっても昼抜きで18時ごろの散歩の途中、
お腹がすいてなんとなく良さそうだと思った、お客さんはアジア系の人ばかり、
のベトナム料理の店で食べたカモ肉入りのラーメン風の麺が最高に美味しかった。
なんとこの店も同じショワジー通りにあったのです。
〇Pho Bom   71 avenue de Choisy
それから日曜日の朝10時半ごろ、帰り際最後にこの地区で買った北京ダックと、
小さなスーパーの中華総菜が意外な美味しさでした。
どちらの名前も場所も書き留めませんでしたが、メイン道路から入った、
凄く奥まったところにあった北京ダックの持ち帰りを頼んだレストランの中は、
香港、私は中国本土は知らない、の街角のレストランの朝食風景のようでした。
家族連れやチャイニーズのおじさん、お爺さんで賑わっていて驚きました。
なんかせっかくの13区、パリの中の異国情緒も味わってみたかった私たちなので、
実際自分の目で確かめて気に入ったところに入ったのが正解でした。


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