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■ぼく自身、待ちに待った村上春樹さんの新作。さっそく読了しました。
■以下、ネタバレもあるので、まだ読み終えていないかた、これから買うかたは以下のチェックされないことを推奨します。
■まず本作を通じて村上さんが言いたかったのは「コンドームのないところに挿入はない。それが私のモットー」ということではないでしょうか。
■ハイ、冗談です(笑)。
■で、何で天吾くんは高円寺でNHKの集金のフリして青豆さんを探しに行かなかったの?
■ハイ、冗談です(笑)。
■天吾くんと青豆さんによる2軸のストーリーが、カルト教団「さきがけ」と<リトル・ピープル/空気さなぎ>なる存在を媒介して、現実とは異なった(とはいえ、ほぼ現実の)虚構世界「1Q84」を疾走し、逡巡する作品でした。
■『ねじまき鳥クロニクル』までのデタッチメントによる世界観よりは積極的なコミットがあり、空から魚が降ってくる『海辺のカフカ』ほどの物語的な物語もない、読みやすく、言い換えれば「入りやすい」小説だと感じました。
■これまでの村上春樹さんらしい文学的ニュアンスをアンソロジー的になぞりながらも、新しい文学生成ともいうべきニュアンスも多分に含んでおり、ぼく自身すこし時間を置いてもう一度読みたいと思っています。
■作品内に出てきたバッハの「平均律クラヴィーア」ではありませんが、早書きでも書き淀んでいるわけでもない精緻な時間軸の進行には感嘆、です。そして人間の三大欲求である食欲、睡眠欲、性欲の「伸び縮み」が心地いい。食欲があったり、なかったり、眠れなかったり、よく寝たり。性欲が湧いたり、湧かなかったり。
■まぁ、偶然なのか狙っているのか、文学的に統制の取れたこの作品が、そのバッハの「平均律クラヴィーア」同様に24個のユニットから成立しており、全2巻という点でも奇妙に一致しているのが興味深いですね。
■細かいところを見てみます。まずは編集者・小松のモデルは中央公論社の安原顯さん、農業コミューンの「さきがけ(前身・タカシマ)」はヤマギシ会、「証人の会」はエホバの証人なのかなぁ、なんて思いました。安原顯さんにかんしては、村上春樹さんとどういう関係だったのか、衆知のところですね。
■その他の登場人物に目を向けると、『ねじまき鳥クロニクル』に登場してくる牛河がまた出てきたのが良かった!です。コミカルな側面と鋭利な視線。何だか微笑ましかったです。
■この作品でぼくが心に残ったのは青豆さんの最期、です。まさか、あの首都高に行って自殺を選択するとは思わなかったです。そして、探していた非常階段は見つからなかった。
■ここの部分を読んですごくこの物語の構造がぼくは気になりました。
■現実の中に「1Q84」という虚構は含まれていたり、重なり合っているものだと勝手に思っていたのです。図示するとこんな感じです。

■でも、本作を読み終えてぼくが感じたのは「1Q84」という虚構が、現実とはある一点で重なっており、その世界観、構造はメビウスの輪のように循環しており「入り込んだら戻れない」。

■ただし「入り込んだら戻れない」ものの、この作品からぼくが強烈に感じるのは「あなたはひとりではない」というメッセージです。ほぼ日のフレーズを借用するなら「Only is not Lonely(「だけ」は孤独ではない)」というところです。
■「あなたはひとりではない」そして「なぜなら、そこにはあなたがひとりではない理由が必ず在るから」。何となく、ぼくはこんなことを本作から感じました。
■だからこそ、このことを証明するために(?)高円寺の公園で道路を挟んで青豆さんと天吾くんが再会しそうになるのですが。。。このシーンが切なかった。いつだったか映画『恋する惑星』の監督ウォン=カーウァイが、インタビューの中で「会いたいひとがいるとき、会えそうな瞬間こそが一番愛おしくなる」と言っていたけれど、これに近い切なさを覚えました。
■「あなたはひとりではない」「なぜなら、そこにはあなたがひとりではない理由が必ず在るから」。何だか、ここまで書いて思ったのが、サッカーのクラブとサポーターの関係に似ているなぁ、ということです。
■リバプールやFC東京のようにゲーム前にサポーターが歌う『You'll never walk alone』。あの関係かな、と。サポーターが愛するがゆえ声が上がり、その声に呼応する型で選手はピッチでプレーを展開する。その展開したプレーにサポーターがさらに呼応する。有機的な循環をする世界観、です。
■続編が出るかどうかはまだ判別しませんが、この2冊でも充分読み応えのある作品でした。
■昨夜読み終えたので、ぼくは月は何個出ているか気になってカーテンを恐る恐る開けてみました。
■曇り空で見えませんでした(苦笑)。
■ヤナーチェクの『シンフォニエッタ』。さっそく注文しちゃいました(ミーハー!・笑)。
■ハイ、冗談です(笑)。
■で、何で天吾くんは高円寺でNHKの集金のフリして青豆さんを探しに行かなかったの?
■ハイ、冗談です(笑)。
■天吾くんと青豆さんによる2軸のストーリーが、カルト教団「さきがけ」と<リトル・ピープル/空気さなぎ>なる存在を媒介して、現実とは異なった(とはいえ、ほぼ現実の)虚構世界「1Q84」を疾走し、逡巡する作品でした。
■『ねじまき鳥クロニクル』までのデタッチメントによる世界観よりは積極的なコミットがあり、空から魚が降ってくる『海辺のカフカ』ほどの物語的な物語もない、読みやすく、言い換えれば「入りやすい」小説だと感じました。
■これまでの村上春樹さんらしい文学的ニュアンスをアンソロジー的になぞりながらも、新しい文学生成ともいうべきニュアンスも多分に含んでおり、ぼく自身すこし時間を置いてもう一度読みたいと思っています。
■作品内に出てきたバッハの「平均律クラヴィーア」ではありませんが、早書きでも書き淀んでいるわけでもない精緻な時間軸の進行には感嘆、です。そして人間の三大欲求である食欲、睡眠欲、性欲の「伸び縮み」が心地いい。食欲があったり、なかったり、眠れなかったり、よく寝たり。性欲が湧いたり、湧かなかったり。
■まぁ、偶然なのか狙っているのか、文学的に統制の取れたこの作品が、そのバッハの「平均律クラヴィーア」同様に24個のユニットから成立しており、全2巻という点でも奇妙に一致しているのが興味深いですね。
■細かいところを見てみます。まずは編集者・小松のモデルは中央公論社の安原顯さん、農業コミューンの「さきがけ(前身・タカシマ)」はヤマギシ会、「証人の会」はエホバの証人なのかなぁ、なんて思いました。安原顯さんにかんしては、村上春樹さんとどういう関係だったのか、衆知のところですね。
■その他の登場人物に目を向けると、『ねじまき鳥クロニクル』に登場してくる牛河がまた出てきたのが良かった!です。コミカルな側面と鋭利な視線。何だか微笑ましかったです。
■この作品でぼくが心に残ったのは青豆さんの最期、です。まさか、あの首都高に行って自殺を選択するとは思わなかったです。そして、探していた非常階段は見つからなかった。
■ここの部分を読んですごくこの物語の構造がぼくは気になりました。
■現実の中に「1Q84」という虚構は含まれていたり、重なり合っているものだと勝手に思っていたのです。図示するとこんな感じです。

■でも、本作を読み終えてぼくが感じたのは「1Q84」という虚構が、現実とはある一点で重なっており、その世界観、構造はメビウスの輪のように循環しており「入り込んだら戻れない」。

■ただし「入り込んだら戻れない」ものの、この作品からぼくが強烈に感じるのは「あなたはひとりではない」というメッセージです。ほぼ日のフレーズを借用するなら「Only is not Lonely(「だけ」は孤独ではない)」というところです。
■「あなたはひとりではない」そして「なぜなら、そこにはあなたがひとりではない理由が必ず在るから」。何となく、ぼくはこんなことを本作から感じました。
■だからこそ、このことを証明するために(?)高円寺の公園で道路を挟んで青豆さんと天吾くんが再会しそうになるのですが。。。このシーンが切なかった。いつだったか映画『恋する惑星』の監督ウォン=カーウァイが、インタビューの中で「会いたいひとがいるとき、会えそうな瞬間こそが一番愛おしくなる」と言っていたけれど、これに近い切なさを覚えました。
■「あなたはひとりではない」「なぜなら、そこにはあなたがひとりではない理由が必ず在るから」。何だか、ここまで書いて思ったのが、サッカーのクラブとサポーターの関係に似ているなぁ、ということです。
■リバプールやFC東京のようにゲーム前にサポーターが歌う『You'll never walk alone』。あの関係かな、と。サポーターが愛するがゆえ声が上がり、その声に呼応する型で選手はピッチでプレーを展開する。その展開したプレーにサポーターがさらに呼応する。有機的な循環をする世界観、です。
■続編が出るかどうかはまだ判別しませんが、この2冊でも充分読み応えのある作品でした。
■昨夜読み終えたので、ぼくは月は何個出ているか気になってカーテンを恐る恐る開けてみました。
■曇り空で見えませんでした(苦笑)。
■ヤナーチェクの『シンフォニエッタ』。さっそく注文しちゃいました(ミーハー!・笑)。
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コメント
コメント一覧 (8)
あのページは、わりと検索で引っかかっちゃうみたいなので、すごく奥歯に物が挟まっています。(笑)
なのでこの場をお借りして私見を述べさせてください。
まだ何巻か出ると仮定した上で、青豆さんの最期、および「現実」と「虚構」の関係性について。
青豆さんは、「虚構」である「1Q84」において死んだことで、「現実」である「1984」に戻ってくるのでは?と予想します。
天吾くんとは、その「現実」の「1984」でまた出会うのだと思います。天吾くんもまた何か違う形で「虚構」である「1Q84」から戻ってくるのだと。
yadbさんのようにうまく図には出来ないけど、その中間の、第三の図みたいなものをイメージします。
たぶんですけど、二人とも「現実」に戻ったら、二度と「1Q84」には戻れない、そういったイメージもあります。
こんばんは。
yadbです。
わたしから出し抜けにTBしておいてコメントまで頂戴し、大変恐縮です。
>青豆さんは、「虚構」である「1Q84」において死んだことで、「現実」である「1984」に戻ってくるのでは?と予想します。
ほうほう。
なるほど!
>天吾くんとは、その「現実」の「1984」でまた出会うのだと思います。天吾くんもまた何か違う形で「虚構」である「1Q84」から戻ってくるのだと。
いい輪転ってかんじですね!
この作品、当初は原稿用紙で2,000枚という噂でしたから、今回でひとまず完結。で、ねじまき鳥みたいに続編が出る、って可能性は十分にありますしね。これはこれで終わるのならば、救いはないけれども、人生の教訓みたいなものは抱えている気もします。
いわゆるドラマツルギーとしての続編があるのか、カタストロフを抱えたまま本作で終了なのか。判断が難しいですね。
>たぶんですけど、二人とも「現実」に戻ったら、二度と「1Q84」には戻れない、そういったイメージもあります。
あー、これいいわー!素敵だぁ。ひとつの見方として。
■
青豆はクロワッサンを袋から出してテーブルに並べた。
「食べないの?」
天吾がそう訊くと、初めて「チェックメイト」と口にする子どものように青豆は微笑みながら言った。
「あの時みたい」
テーブルには三日月のクロワッサンがふたつ並んでいた。
「ほうほう」とはやし役がはやした。
「ほうほう」と残りの六人が声を合わせた。
■
なぁーんてな(笑)。
また、お暇なときにいらしてくださいー♪
クロワッサン、いいですね(笑)あの二人にはほんとうに幸せになってもらいたいですね。
私の予想ですが、ヒントは「海辺のカフカ」からなんです。
怒ったナカタさんにジョニー・ウォーカーがナイフで刺される場面ありましたよね?
でも気づいたら、返り血を浴びて打ち身を作ったのはカフカくんだった。不思議な場面ですけど、あれはジョニー・ウォーカーが刺されたことで逆にカフカくんがいったん死んだんだと思います。何重にもツイストがかかって、わかりにくいですけど、たぶん象徴として。
そして「あちらの世界」で15歳の佐伯さんと出会うわけです。
同じ構造を今回の「1Q84」にも見ます。「死」を介在して異世界に足を踏み入れる。「死」がスイッチということなのです。
そして、一度現実に戻ったら、二度と異世界に戻れないっていうののヒントは「入り口の石」です。「俺っち」こと星野くんが頑張った重たい石。
カフカくんが出会うのは「あちらの世界」の佐伯さんだったから、うまくいかなかったけど、青豆さんと天吾くんは、ぜひ「こちらの世界」で仲良くなってもらいたいです。
こんばんは。
yadbです。コメントありがとうございます。
>でも気づいたら、返り血を浴びて打ち身を作ったのはカフカくんだった。…何重にもツイストがかかって、わかりにくいですけど、たぶん象徴として。
なるほど。これはわりに珍しい捉えかたですね。独自性あります。
ぼくは単純にナカタさんを媒介した父性の否定だとごく一般的にしか考えてませんでした。
巡り巡って、自分かぁ。なるほどぉ。ハイホー!
>同じ構造を今回の「1Q84」にも見ます。「死」を介在して異世界に足を踏み入れる。「死」がスイッチということなのです。
深いですねぇ。これは読み取れてなかったっす。。。
「死」がスイッチになる、たしかに村上さんの作品では頻発しますよね。
ぼく個人としては、この「死」をタームとした物語構成って、仏教が根底にあるのかなぁなんて感じてます。いわゆる輪廻転生ってやつですね。ナイト=シャマラン監督(インド生まれ)の『シックス・センス』が、日本以上に海外で大きな話題になったのは、あのラストがキリスト教を通念とする欧米において輪廻転生という概念が存在していなかったことが多いに作用した。という話を聞いたことがあります。
その意味においては、もはや日本より欧米での販売冊数の多い村上さんの作品は、れおさんのコメントから類推すると、どストライクな感慨を得ます。
>青豆さんと天吾くんは、ぜひ「こちらの世界」で仲良くなってもらいたいです
ですねー!
まぁ、ごく一般的なドラマツルギーって展開ではありますが、音階と一緒で文学に真の新しさを求めるって難しですし。その意味において、読書好きなぼくでさえ、読後に部屋のカーテンをめくって月の数をチェックさせた。という、小説の力を感じ入ったりもしましたが。
それでは!また。
新しい文学を作るって確かに難しいかもしれませんね。七つしか音はないし、運命の恋人は再び出会う。
ただ、村上さんの物語としてすごく新しいんじゃないか?ということも思います。
クミコ、緑、島本さん、佐伯さん、すみれ…
どのヒロインも、ある意味失われてきました。
青豆さんにおいて、その戒律は破られるのではないか、と期待します。
そこに村上さんの新しい文学が立ち現れるのではないでしょうか?
…としつこく私が申し上げるのは、ごく個人的な物語も関係していることをここに記させていただきます(笑)
トラックバックさせてください。
天吾と青豆は、アダム&イブやイザナギ&イザナミのように、一心同体になったのだと思います。小学校5年生のあの日、青豆が天吾の手を握った瞬間に、二人の間には分かちがたい絆が作られました。二人の絆が出来上がったときに完全なものになったのかと。直後に精通と初潮をむかえたのも、そのせいだったのではないでしょうか。
最後に、天吾が空気さなぎを見て、自分自身だと思っているのに、10才の青豆が出てきたのも、そのせいと読むとちょっと納得できます。
そして、二人が物理的に離れてしまったときに、月が二つになったのかもしれません。。。一つのはずのものが、二つに分かれたという象徴?
ふかえりのドウタが生まれた時に、月が二つになったのも、本来一人であるべきはずのふかえりが二人になってしまったから・・・とか?
ふかえりは、そのとき初潮をむかえるまえの10才だったから、17才になってもドウタと切り離されているので、生理が無いのかもしれませんね。
こんばんは。
yadbです。
>青豆さんにおいて、その戒律は破られるのではないか、と期待します。
>そこに村上さんの新しい文学が立ち現れるのではないでしょうか?
うん、その期待感を抱かせる作品であることは事実ですよね。
もう一度、ゆっくり読む時間を早く作りたいものです。
>…としつこく私が申し上げるのは、ごく個人的な物語も関係していることをここに記させていただきます(笑)
あらまぁ。。。
自分の人生は自分で書く、といったところでしょうか。
日々、悩みながら前向きにいきたいものです。
それでは。
こんばんは。
コメント&TBありがとうございました。
一定の流れに基づいた説得力あるご見解ですね。
たしかに納得してしまいました。
それにしても、このような型で読者に類推させる物語の力というか、
村上さんの小説の奥深さを感じずにはいられません。
また、何かありましたら、ぜひぜひお越しください。
それでは!