前回の【小説編】に続きまして【ノンフィクション部門】も紹介します。小説以上にノンフィクションって「これは読みたい」と根源的な読書欲を掻き立てるものだと思っています。それゆえ、歳を重ねるごとにノンフィクション本って、よく読むようになった個人的な感慨がありますね。

 さて、第5位から行ってみましょう。

第5位/VANから遠く離れて 評伝石津謙介/佐山一郎/岩波書店/平成24年/2012年
5_VANを遠く離れて

 私が敬愛する佐山一郎、渾身の一冊。岩波x二段組みの労作で、日本のメンズファッションの礎を築いたVAN石津謙介の魅力を書き尽くした本です。そういえば、東京ミッドタウンにトークイベントも行ったなぁ。

 この本でとかく主張されているのが、VANとはファッションだけでなく、ライフスタイル全体を石津謙介は提唱していたということ。以前、著者である氏と会話した際に「レディースファッションの礎を築いた小篠綾子さんがカーネーションならば、メンズファッションの礎を築いた石津謙介さんは何でしょうか?」と訊いたときに「観賞用にも実用性もある観点から、エディブルフラワーだろうね」と答えていらしたことからも婉曲的に推測できます。

 この平成時代に「佐山一郎著作コンプリート」を達成したのも思い出深いです。

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第4位/いつかの夏 名古屋闇サイト殺人事件/大崎善生/角川書店/平成28年/2016年
4_いつかの夏

 平成という時代はインターネットと密接に結びついた時代だったと思います。あらゆる事象はアナログからデジタルに変換され、物流はWEBによって恐ろしくスマートになり、持ち運べる電話というケータイはいつしか電話をしないコミュニケーション・デバイス=スマホへと変容しました。

 2007年の夏に発生した「闇サイト殺人事件」は、そのインターネットを媒介した忌まわしき事件です。闇サイトを通じて知り合った見ず知らずの男3人が、見ず知らずの女性を誘拐し、殺害した事件です。被害者ひとりの殺人事件は無期懲役という判例が一般的な日本にあって、この事件の犯人3人に対しては、死刑、死刑(2019年4月現在、上告中)、無期懲役という判決になっており、既にひとりには2015年に死刑が執行されております。

 これだけ厳しい判決になったのは、それだけ本事件が凶悪だったことに尽きます。本作は、この事件を犯人側ではなく、徹底して被害者側から書かれた点に大きなポイントがあります。これだけ日々を一生懸命に生きた女性が、家族が(父が急死し、母娘ふたり)、なぜ凶悪犯によって殺されてしまうのか。読んでいて、悔しくて涙が止まらなかったことを覚えております。
 とりわけ、亡くなった女性が最後には殺されてしまうことを覚悟し、4桁の数字「2960」をダイイングメッセージとして残します。犯人グループには解読できず、数学者だった彼女の婚約者だけが理解できた「2960」の意味とは?
 我々に眼前する日々は実は貴重な時間であることを再認識させられる名著です。

購入はこちらから→ いつかの夏 名古屋闇サイト殺人事件 (角川文庫) [ 大崎 善生 ]


第3位/アンダーグラウンド/村上春樹/講談社/平成9年/1997年
3_アンダーグラウンド

 なんだかんだ言って、この本は先見の明があった本だと思っております。言わずとしれた村上春樹による地下鉄サリン事件の被害者インタビュー集。
 「地下鉄サリン事件は被害者リストが作成されていない」「心的外傷後ストレス障害、PTSDという病気がこの世にはある」「外国人被害者はかなり早い段階からテロだとわかっている」などなど、17歳の時に読みましたが、ショッキングで約1ヶ月かけてじっくり読みました。

 この本の最大の先見の明は、できるだけ全ログ提示する方向に舵が切られている点です。ネット社会が成熟し、マスコミをはじめとして発言の切り取りなど、意識/無意識関係なく読者にとっては「いらない編集」が時おり話題となります。そこを予知したかのように、本作ではジャーナリスティックな推論や要約は存在せず、すべての判断が読者に委ねられている点が成熟したノンフィクションであるように思われます。

 オウム真理教関連本では、本作の対極にあるとも言える森達也『A3』も読みごたえあります。

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第2位/甲子園が割れた日―松井秀喜5連続敬遠の真実/中村計/新潮社/平成19年/2007年
2_甲子園が揺れた日

 野球本は50冊以上は読んだ記憶あるけれど、この本はダントツに良かったなぁ。

 今をときめく高校野球ジャーナリスト・中村計のデビュー本。何より著者はこの石川・星稜-高知・明徳義塾のゲームを観ていないと告白するところからドキュメントが始まり、一番の当事者から乾いた反応をされ、話がなかなか乗らない。しかし、話の水脈を見つけては、徐々に大河が開けていくことになる、怪物・松井秀喜と5連続敬遠の舞台裏。

 端的に言えば「高校野球とは人間形成なのか、勝ち負けなのか」という点に収斂し、考えさせられるノンフィクションです。ラストの松井秀喜が月岩に敬意を示しながらも揶揄するシーンが私は好きです。

購入はこちらから→ 甲子園が割れた日 松井秀喜5連続敬遠の真実 (新潮文庫) [ 中村計 ]


第1位/キャパの十字架/沢木耕太郎/文藝春秋/平成25年/2013年
1_キャパの十字架

 平成の最後に「けっきょく沢木耕太郎かよ」というところではありますが、やはり本作が一番面白く読めたかも。

 どういう本か? それは「ロバート・キャパのスペイン内戦を撮った名作『崩れ落ちる兵士』はイカサマであることを証明し、そこからキャパはいかにして自己回復したのか」というキャパ論を再定義した本です。とくに『崩れ落ちる兵士』はイカサマという証明は見事で、世界中のキャパ研究者はまだ反証できていない模様です。

 現代史を勉強した人間ならば、誰もが一度は目にしたことのある写真に疑義を抱き、情報を再収集して、現地に行って何度も考証を行う。本作は『崩れ落ちる兵士』を卑下するのではなく、その位置からあの『ノルマンディー上陸作戦』を撮るに至ったキャパへの共鳴にこそ主眼があります。「知りたい」というジャーナリストの欲望が、読者をぐいぐいと引っ張っていく、ノンフィクションの傑作中の傑作だと思います。

 沢木耕太郎という人は、エッセイやJ-waveのラジオを聴いていれば、きわめてアナログな人間であることがわかります。スマホですぐ調べられるご時世、一定度の正確な情報は簡単に入手できます。しかし、本当に理解するためには今も昔もアナログな情報収集を経ないと、真の理解に行き着かない場合も多くあります。
 これだけネットが普及したご時世でも、沢木耕太郎というひとはブレずに地道な私的ジャーナリズムを貫いており、そこがこのご時世でもなお有効、ということなのかも知れません。

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 以上、「この5冊」---【ノンフィクション部門】でした。