真実とは何なのか。ふとそんなことを考える読書が続いた。

私が考え込んだ真実とは「真相の核心」といった意味合いのものではなく、真実の在りようとはいったいどういうものなのか、ということになる。たとえば美味しいラーメン屋さんのスープの隠し味。隠し味の正体となる食材はトビウオのだしだった、ということに私の興味があるわけではない。なぜ、トビウオに行き着いたのか、ということに私の興味はある。事実それ自体に興味があるわけではなく、その事実に行き着いた工程。そこについて考える読書が続いた。

最初はこの本、沢木耕太郎『馬車は走る』。


「ロス疑惑の三浦和義が銀座のホテルで逮捕された時、そのホテルで直前までインタビューをしていたのは沢木耕太郎」という話は耳にしたことがあった。しかし、これだけ沢木耕太郎が好きな私なのに、なぜかそのインタビューを読みたいという感情になったことがなかった。
夏のはじめに彼のエッセイ集『246』を読んでいたら、そのインタビューが『馬車は走る』というノンフィクション集に収録されていることを知り、この本を読んだ。

今さら三浦和義論を詳述するつもりはないけれど、以前から抱いていた空疎な人物像が浮き彫りになったノンフィクションだった。強烈な個性を持ちながらも、他者に頼り、他者に支えられないと生きられないのに大きなサングラスをかけて薄い笑いを浮かべて虚勢を張る。
団鬼六監修の下、三浦和義が縛られ、SM嬢とプレイに及ぶという雑誌取材の撮影現場。沢木は休憩中のSM嬢とこんな会話を交わす。

 「捕まるのね、あの人」
 「さあ…」
 「そして、もう、戻ってこれないのね、あの人」
 「どうしてそんなことを言うんだい」
  私が訊ねると、彼女はぽつんと呟くように言った。
 「死臭がするの」


今年、鬼籍に入られた内田裕也さんメガホンを取った映画『コミック雑誌なんかいらない!』。この作品中に三浦和義が本人役で出演している。フィクションなのだから全て演技なわけだが、このクリップを観るだけでも本気なのか芝居なのか、その境界線が曖昧になってくる。この陳腐さこそ、彼が演出せざるを得なかった三浦和義像であり、真実を探られることで他者とのその接点を喜々として受け入れた寂寥感が漂う。

死臭がするの、とSM嬢が沢木に伝えてから30年後、三浦和義は自ら命を断った。



続いて読んだ本は小説、篠田節子『鏡の背面』。
DVやリストカットなど、何らかの背景から日常生活を送ることが難しくなった女性たちが共同生活を送る施設が舞台の小説。その施設が火事で焼けるシーンから物語は始まる。そしてその火事で犠牲になったのが施設を支えてきた中心人物であるマザー・テレサのような中年女性だった。しかし、のちの警察の調査によって、その火事で亡くなったのは別人であることを知らされる。

死んだのは誰なのか。そして施設長はどこに行ったのか。ミステリーは意外な方向へ流転していきます。

[商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。]

鏡の背面 [ 篠田 節子 ]
価格:2200円(税込、送料無料) (2019/10/19時点)



「あー、そういうこと」。というのがオチを知ったときの私の印象。物語を書く作家という観点から考えるに、本作で描かれているような真実は描き方、演出方法が極めて難易度が高いと思う。よく書ききったなぁ、すごいなぁ。という感想を抱くにいたった。

フィクションは我々の生きる世界のなかに、ひとつの虚構を作り、その虚構を通して眼前する世界を捉え直すことに面白さがあると思う。その意味において、人々の人生の真実とはこの物語に描かれているように、他者から見た自分の人生を投影して作り上げるのではなく、自分自身で自己投影しながら自らの物体とその影を考察していくものなのだなと感じた。

それにしても『鏡の背面』という書名のセンスの良さよ。



最後に読んだのが、ノンフィクション。後藤宏行『死の海』。
昭和30年に三重県津市で発生した「橋北中学校水難事件」。夏の絶好の海水浴日和に授業で海水浴に来ていた女子中学生が突然海に飲まれて36名もの犠牲者を出した水難事件を追った一冊です。

私はこの本を読むまで、この事件のことをまったく知りませんでしたし、昭和30年ごろまで水泳の授業は海で行われるのがザラだったことを初めて知りました。この事件以降、学校にはプールが設置されるようになったとか。

[商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。]

死の海 [ 後藤 宏行 ]
価格:1980円(税込、送料無料) (2019/10/19時点)



さて、この本での着目すべき点は、水難事故としての背景から事件の全容を時系列で読み解いていること。そしてこの事件での生存者が口にしたとされる「防空頭巾をかぶった女性に足を引っ張られた」という幽霊事件の風説がなぜ強く流布されてしまったのかを検証した点です。

本書はとくに幽霊事件の観点から考察していくパートがすごく興味深いです。そして丁寧に読み解くことで見えてくるこの説が流布せざるを得なかった合理性が浮かび上がってきます。はっきり言って今も昔も人間の考えることは同じだな、と感じた次第です。


沢木耕太郎、篠田節子、そして、後藤宏行。
いろいろと考えることの多い読書が続きました。

真実とは、ひとの在りよう。
これが今の私の結論です。