女優・八千草薫さんが亡くなりました。88歳。お悔やみ申し上げます。

私がよく指名して乗っていたタクシー運転手さんが、じつは八千草薫さんも指名している運転手であったエピソードは以前紹介しました(「昭和の女優とタクシーと」)。

この話を耳にして以来、八千草薫さんのことはメディアでお名前を見かけるたびに細かくチェックしておりました。とくに月刊『文藝春秋』で半年に一度は取材に応じたり、手記を寄せていた誌面は何度も読んだものです。

砧のお住まいのビオトープにかんして。かなり年上の旦那様と結婚されてから一心で愛し続けた半生について。そして、がんと闘うというよりも優しい気持ちで迎え入れる心境を綴った手記。そのどれもがタクシー運転手Hさんの語っていた「八千草薫像」そのもので、一度も会ったことないのに身近に感じられました。

きょうは運転手Hさんが私に教えてくれた、八千草薫さんをめぐるルーティーンの話をひとつ。

Hさんは砧の八千草さんのご自宅に迎えに上がると、すでにマネージャーさんが家の前にいるそうです。そして、タクシーが到着するのを見て、玄関のピンポンを押す。そして八千草さんが登場となるそうだ。
タクシーの後部座席には八千草薫さんとマネージャーさんのおふたり。
「Hさん、最近お仕事はどうですか?」
などと、八千草さん本人がHさんに世間話を振ってくるらしい。優しい話し方のHさんは真面目にひとつひとつ答え、和やかな時間が流れるとか。そして、しばらくすると後部座席からは声がしなくなるらしい。
ミラー越しにお顔を覗くと、安心した八千草さんは毎回すやすやと寝に入ってしまうそうだ。その寝息を聞いてから、マネージャーさんが「今日は東銀座からお願いします」と行き先を告げるのだそうだ。

早く目的地に着くためにタクシーに乗るのに、最初は世間話をし、寝に入ってからマネージャーさんが目的地を告げるというルーティーン。スマホだAIだ言ってるご時世には考えられない時間の流れであり、八千草薫さんの人となりが伝わるエピソードだなと聞いた時は深く感じ入りました。

私は自らおこなった仕事の業務改善の影響からタクシーを使わなくなって1年ほどになります。Hさんともしばらくお会いしていません。そろそろHさんを誘って食事にでも行きませんかとお誘いしないと、だな。