福島・飯舘村で7年ぶり収穫のコメ「里山のつぶ」 道の駅「までい館」で販売-河北新報

 河北新報の記事 「福島・飯舘村で7年ぶり収穫のコメ「里山のつぶ」 道の駅「までい館」で販売

 7年ぶりのお米です。以下、記事全文。

 東京電力福島第1原発事故に伴う避難指示が今年3月末に一部を除き解除された福島県飯舘村で、7年ぶりに収穫されたコメが村内の道の駅「までい館」で販売されている。避難先の二本松市から通って栽培した高橋松一さん(65)は「村のコメをアピールしたい」と期待を込める。
 コメは「里山のつぶ」で、県が中山間地向けに開発し、今年から県内で本格的な栽培が始まった新品種。高橋さんは5月に田植えをし、10月に収穫した。価格は1キロ入りが400円。
 今月中旬の販売初日にあった試食会の評判は良く、高橋さんは「『うまいよ』と言ってもらえてうれしい。飯舘のコメを買って味わってくれる人が広がってほしい」と話す。
 村によると、今年は8人が飼料用を含めて計8ヘクタールで稲作を再開した。来年は現段階で17人が栽培を予定しており、作付面積は20.5ヘクタールに拡大する見込み。

震災復興を外国語で 仙台市と被災4県、訪日旅行者向けパンフ作製-河北新報

 河北新報の記事 「震災復興を外国語で 仙台市と被災4県、訪日旅行者向けパンフ作製

 世界に向けて。以下、記事全文。

 仙台市は青森、岩手、宮城、福島の4県と連携し、東日本大震災の被災地を取り上げた外国語のパンフレットとウェブサイトを作った。主に訪日外国人旅行者(インバウンド)に利用してもらうため、各地の震災遺構や名所などを掲載し、津波で被災した沿岸部の観光復興を目指す。
 青森-福島の太平洋沿岸地域を対象に、「復興ツーリズム」として各地の遺構や施設を取り上げた。仙台市内は旧荒浜小や、せんだい3.11メモリアル交流館(ともに若林区)などが紹介されている。
 他に、「自然景観」「歴史文化」「体験・アクティビティー」をテーマに名所などを掲載。被災地観光を軸に、ニーズに応じて楽しみ方を組み合わせられるようにした。北東北と南東北をそれぞれ4泊5日で巡るモデルコースも例示した。
 ウェブサイト名は「TOHOKU Pacific Coast(東北太平洋沿岸)」。動画や写真、イラストを多用し、各地の魅力を伝える。サイトの外国人編集者3人が「エリアの楽しみ方」として、グルメや見どころを薦めるコーナーは目玉の一つだ。
 東北の観光復興を目的にした国の交付金を活用し、初めて企画した。仙台市東北連携推進室の担当者は「被災地と観光を結び付け、旅行客を増やしたい」と話す。
 観光パンフレットはA1判カラー、観音折り(A4換算で16枚分)。英語、中国語、タイ語など6言語に対応し、計2万部を印刷する予定。4県の観光案内所などで配布しているほか、仙台市で25日に開幕する国際会議「世界防災フォーラム」の会場でも配る。

福島発!ホンシメジ独自品種開発 空調使わずハウス栽培 愛称募集中-河北新報

 河北新報の記事 「福島発!ホンシメジ独自品種開発 空調使わずハウス栽培 愛称募集中

 名付け親になってみては?以下、記事全文。

 福島県はキノコ「ホンシメジ」の独自品種「福島H106号」を開発した。空調施設を使わずに栽培できる国内初の品種。東京電力福島第1原発事故で全町避難する大熊町など県内4地区の生産者が本年度からモデル的に生産、出荷する。
 ホンシメジは傘表面が銀白色、軸が白色で、最大20センチ程度に成長。1本当たり25グラムになり、うま味が強く、マツタケと並び高値で取引されることで知られる。
 県林業研究センターは2007年から品種開発に着手。県内各地からホンシメジを収集し、空調施設を使わないハウス内で栽培でき、多く収穫できる品種の選抜を繰り返した。
 難しいとされた菌床栽培は、大麦を栄養源とする培地を使うことなどで可能となった。県は昨年3月、品種登録を国に出願した。
 生産を始めた4地区の一つは、居住制限区域となっている大熊町大川原地区。生産者が避難先から通ってハウスで栽培し、11月上旬に初出荷した。
 県は栽培する地域や生産者を広げ、特産品に育てたい考え。林業振興課は「原発事故で影響を受けたキノコ栽培の再生につなげたい」と説明する。
 現在、愛称を募集している。応募は1人1点。命名理由などを記し、はがきやファクス、電子メールで申し込む。12月27日締め切り。当選者に郡山市のホテルでホンシメジの特別料理を振る舞う。連絡先は事業を受託するNPO法人素材広場0242(85)6571。

石巻・大川地区の被災2集落を500分の1模型で再現 仮施設公開-河北新報

 河北新報の記事 「石巻・大川地区の被災2集落を500分の1模型で再現 仮施設公開

 まちの記憶をとどめるために。以下、記事全文。

 東日本大震災で被災した石巻市大川地区の釜谷集落で19日、街並みを復元した模型を展示するための仮施設が公開された。住民らの古里の記憶を共有し、後世に伝える。
 住民有志が神戸大などと進める復元プロジェクトの一環。施設はプレハブ平屋で約40平方メートル。地元の一般社団法人「長面浦海人(うみびと)」が釜谷集落の民有地を借り、10月に建てた。
 展示模型は間垣、釜谷の2集落を500分の1の大きさで再現し、住民らから聞き取った思い出を記したアクリル片の旗が並べられている。施設にはこのほか、デジタルアーカイブなども用意した。
 式典で、釜谷集落の住民代表の阿部良助さん(70)は「今日がプロジェクトの新たなスタート。この地区が広く知れ渡るよう頑張りたい」と述べた。
 施設の南側には、津波で児童と教職員計84人が犠牲となった大川小の被災校舎が立つ。市は校舎を震災遺構として保存し、2019年度をめどに管理棟などを整備する方針で、模型は管理棟に移される見通し。
 プロジェクトは16年に始まり、間垣、釜谷、長面、尾崎の4集落を対象にしたワークショップには延べ3000人以上が参加した。神戸大大学院工学研究科の岡実侑さん(23)は「模型やアーカイブにはたくさんの思いが詰まっている。今後も大切にし多くの方に見てほしい」と願う。
 見学は予約が必要。連絡先は長面浦海人が運営する「はまなすカフェ」090(7330)3311。

<里浜写景>三たび復興を願う孤高の木 ど根性ポプラ-河北新報

 河北新報の記事 「<里浜写景>三たび復興を願う孤高の木 ど根性ポプラ

 松だけでなく、津波に耐えたポプラもあったのですね。以下、記事全文。

 酒屋兼呉服屋の「くまとみ」は、大船渡市三陸町越喜来(おきらい)にあった。
 「常連客でにぎわい、笑い声の絶えない店でした」と家業を継いだ熊谷隼子(はやこ)さん(87)が懐かしむ。仕事を終えた漁師らがコップ酒でも楽しんだのだろうか。
 昭和の初め、熊谷さんのお母さんが店の敷地に1本のポプラを植えた。海までわずか200メートル。昭和の三陸沖地震(1933年)とチリ地震(60年)で津波が押し寄せたが、ポプラは店と共に生き残った。
 そして6年前の東日本大震災。高さ17メートルの津波で店はすっかり流されてしまったが、ポプラはまたもや耐えた。何度も津波を乗り越えたことから、地元の人たちは驚きを込めて「ど根性ポプラ」と呼ぶ。
 熊谷さんは高台に移り、ポプラは市の所有に。周辺はいずれ多目的広場に整備される。店は失われても、ポプラは三陸の被災地に深く根を張り続け、また復興を見届けるに違いない。(文と写真 写真部・鹿野智裕)

<メモ>大船渡市によると、「ど根性ポプラ」の周辺に整備される多目的広場は約2400平方メートルで、完成は2018年度以降になる。植えられてから1世紀近くになるポプラは高さが約25メートル。倒れないよう、念のためワイヤなどで補強する予定だという。
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