先週の契約理論の授業は「不完備契約」についてでした。伝統的な契約理論では「将来起こりうる可能性についてComplete(完備な)契約を予め書くことができる」ことを想定する一方、「不完備契約」ではなんらかの事情で完備な契約が書けない場合を扱います。Grossman and Hart (1986)Hart and Moore (1988)によって不完備契約アプローチは始まり、完備契約の世界では明らかにすることができなかった「所有権」や「組織」、または契約を補完する「法律」「制度」の役割などに焦点をあてることができるようになったのが大きい特徴です。僕のアドバイザーであるボルトン先生も、不完備契約を金融契約に応用したパイオニア的な論文Aghion and Bolton (1992)を書かれています。完備契約の仮定の下で導出される最適な契約が高度に複雑で現実には見られないことが多い反面、不完備契約理論によって導出される結論が幅広いインプリケーションをもたらすことから、不完備契約アプローチは90年代を通じて大ブレークしました。しかし、その過程の中で一部の研究者から疑問視されるようになっていったのが、不完備契約の理論的な基礎付けです。
つまり、「どのような理由で契約は不完備になるのか?」「たとえ契約が不完備であったとしても、完備契約が書ける場合と同じ結果がもたらされる可能性があるのではないか?」といった問題をめぐって研究者の中で論争が起こったのです。この論争は90年代後半にピークを迎えました。Review of Economic Studiesという雑誌の66巻(1999)がこの論争の特集号になっています。

不完備契約理論でしばしば用いられる仮定は「当事者間で事後的に観察できる変数(例えばいくら投資を行うか)が、第三者である裁判所には観察できないために契約に盛り込むことができない」というものですが、Maskin and Tirole (1999)は、そのような状況でも単純なメカニズムを用いることによって、完備契約で実現される最適な結果が不完備契約の下でも同様に達成できることを示しました。つまり、たとえ完備契約が書けなくとも効率的な結果が実現されるというわけです。彼らの考えたメカニズムは、当事者間で順番に「チャレンジ」を行う機会が与えられ、チャレンジの結果に応じて裁判所に罰金を払う、というものです。変数自体は裁判所には観察できませんが、このチャレンジの結果は観察できる、というのがミソです。ちなみにこのメカニズムは、Moore and Repullo (1988)で分析されたSubgame Perfect Implementationをヒントに導かれました。
このMaskin=Tiroleのネガティブな結果に対し、再交渉が可能な場合には依然として不完備契約が非効率性をもたらすことを示したのがSegal (1999)Hart and Moore (1999)です。つまり、「再交渉を行わない」というコミットメントを事前に行うことができる場合にはMaskin=Tiroleの結果が成り立つ一方、そのようなコミットメントが不可能な場合にはSegalらの結果が成り立つ、というわけです。
しかし、話はこれだけに留まりません。なんとMaskin=Tiroleはたとえ再交渉を防ぐことができなくても、当事者がリスク回避的であれば彼らの結果が成り立つことまで明らかにしてしまいました。上で言及したメカニズムでは、「チャレンジ」によって生じる罰金を裁判所に払うことになっていましたが、これを「当事者間で確率的にお金をやりとりする」ように変更するのです。リスク回避的なケースでは、「不確実性によってお金を裁判所に渡すことなくチャレンジのコストを生み出すことができる」というのがポイントです。
以上の論争を通じ、学会ではどうやらMaskin=Tiroleに軍配が上がった、というのが共通認識のようです。つまり「ある変数が裁判所に対して立証できず契約に盛り込めない場合でも、一般には完備契約下と同じ効率的な結果をもたらすことができる」というIrrelevance Theoremが勝利した、ということです。もちろん、このIrrelevance Theoremは不完備契約アプローチ自体が無意味であることは意味しません。契約が書けない理由は立証不可能性以外にも考えられます(よく言われるのが、契約を書くこと自体にコストがかかるという限定合理性のアプローチです)。また、Maskin=Tiroleとそっくり同じメカニズムが実際の世界で用いられているわけでもありません。しかし、ひとつのベンチマークとして、Irrelevance Threoremの重要性は広く認知されるに至りました。なんでもかんでも「不完備性を入れればすぐに非効率性が発生して、再交渉に影響を与える外的要因(所有権や制度)に意味が出てくる」というナイーブな議論に対してもっと慎重になろう、というわけです。

さて、以上で言及してきた論争は非常に興味深いものの、原典にあたるとなるとかなりテクニカルです。Maskin (2002)が非常に分かり易い簡潔なサーベイになっていますので、まずはこの論文から目を通してみてください。Tirole (1999)もよく引用されるサーベイです。不完備契約の入門テキストとしては柳川(2000)がオススメです。

参考文献
柳川(2000) 『契約と組織の経済学』東洋経済出版社
Aghion and Bolton (1992) "An 'incomplete contrats' approach to financial contracting" RES 59, 473-494
Grossman and Hart (1986) "The costs and benefits of ownership: A theory of vertical and lateral integration" JPE 94, 691-719
Hart and Moore (1988) "Incomplete contracts and renegotiation" Econometrica 56, 755-785
Hart and Moore (1999) "Foundations of incomplete contracts" RES 66, 115-138
Maskin (2002) "On indescribable contingencies and incompete contracts" EER 46, 725-33
Maskin and Tirole (1999) "Unforeseen contingencies and incomplete contracts" RES 66, 83-114
Moore and Repullo (1988) "Subgame perfect implementation" Econometrica 56, 1191-1220
Segal (1999) "Complexity and renegotiation: A foundation for incomplete contracts" RES 66, 57-82
Tirole (1999) "Incomplete contracts: Where do we stand?" Econometrica 67, 741-781