今回と次回は珍しくマクロ経済学系のエントリです。

経済学で大学院まで進んだことのある方なら、まず間違いなく耳にしたことがあるであろう『ルーカス批判』。今日は現代マクロ経済学に絶大なる影響を与え、大きな転換を巻き起こしたこのルーカス批判を、一見何の関係もなさそうなバスケットの3点シュートと関連付けて説明してみようと思います。(「こんなことをやっていないで論文を進めろ!」という至極まともなツッコミが来そうですが「オークション」と「繰り返しゲーム」漬けの生活にも少し飽きたので、ご勘弁を)
さて、まずはルーカス批判について辞書的な説明を行います。以下は日経文庫の『経済学用語辞典』からの引用です。


【ルーカス批判】
ルーカスが1976年に公刊された論文"Econometric policy evaluation: a critique"で行った、それまでの伝統的なマクロ経済学における政策評価方法に対する批判。伝統的な手法では、経済主体の行動を表現した方程式を過去のデータを用いて推定し、それを用いて将来取るべき政策の評価を行っていた。
(中略)
こういった伝統的な手法にルーカスが行った批判は、現在の政策変更は将来の政策に関する人々の期待に影響を与える結果、人々の行動も変える可能性があるので、過去のデータに基づいて推計された行動を不変なものと仮定して政策評価を行うことはできない、というものである。
(中略)
このようなルーカスによる伝統的なマクロ経済学に対する批判以降、個々の経済主体の最適化を明示的に考慮するいわゆるミクロ的基礎を持ったモデルを用いたマクロ経済分析が主流になっていった。


さて、上の説明では「方程式」「最適化」「ミクロ的基礎」など、一般の方が聞くと気分が悪くなりそうな単語が並んでいますが、一番重要なポイントはシンプルで、中段で述べられている

「現在の政策変更は将来の政策に関する人々の期待に影響を与える結果、人々の行動も変える可能性がある」

という指摘でしょう。前半部分の「期待」の役割を強調した点がルーカス批判の偉大なところなのですが、期待についてはまた次回のエントリで触れることにして今日は後半部分の

「政策というルールの変更が人々の行動自体を変え得る」

という点について考えてみたいと思います。経済政策に限らずルールを代えると参加者の行動は多かれ少なかれ変わるものですが、ここではかなり根本的に参加者の行動が変わってしまうために、当初のルール変更の目論見が達成されないようなケースをイメージして下さい。
経済政策で例を挙げるならば

?「減税をしたもののほとんど消費が伸びなかった」
?「低所得者や失業者に対する優遇を手厚くしたところかえって所得の差が拡大した」
?「借家人の権利を増やしたら住宅供給が減ってしまい借家人の厚生が下がった」

などの失敗例が知られています。減税については次回詳しく述べる予定ですので、ここでは残りの二つについて簡単に解説したいと思います。
?に関しては、一見すると所得の格差が減ってめでたしめでたしのような気がしますが、ここで見落としているのは人々の働く意欲(インセンティブ)です。例えば、失業保険の額や期間を増やすと失業のメリットが増してしまうので、マジメに働く意欲が減ってしまうことが考えられます。結果として本当に失業が増えると、もともと意図した所得格差の是正には全くつながらない危険がある、というわけです。セーフティーネットや弱者保護は経済的な視点のみならず社会的・倫理的にも必要ですが、いきすぎた保護はよくない、ということをこの例は示唆しています。
?は(経済学者にとっては)悪名高い「借地借家法」に関するものです。これも、もともとの意図は「立場的に弱い借家人の権利を保障して彼らの厚生を改善する」というものだったと思われますが、あまりにも借家人を優遇しすぎたために大家さんの魅力が下がり、(借り家の)住宅供給自体が減ってしまったと言われています。結果として、家を探すコストや家賃の高騰が起きて借家人の厚生自体も下がってしまった可能性があります。日本が諸外国と比べて家族向けの賃貸物件が異常なまでに少ないのはこの法律が招いた意図せざる副作用と言えるでしょう。


さて、ここまではやや堅い経済の話をご紹介しましたが、実はスポーツ界でも「ルーカス批判」があてはまる例が知られています。それは94年にNBAで行われた「3点シュートエリアの変更」です。私はバスケットについてそこまで詳しくはないのですが、NBAは得点の増加(とそれにともなう人気アップ)を意図して94年シーズンから3点シュートの距離を短くしたらしいのです。このルール変更によって、変更前に3点シュートのエリアギリギリで2点だったシュートが3点に変わるため、当然得点は増えるような気がします。小学生でも分かるシンプルな理屈ですよね。しかし、実際には期待とは裏腹に得点が全く伸びず(むしろ減少したという話を聞いたことがありますが残念ながらデータが見つかりませんでした)、3年後にはもとの3点シュートの距離に戻すことになりました。
では、この例でNBAが見落としていたのは一体何だったのでしょうか?ここまで「ルーカス批判」に触れてきたみなさんならもうお察しのことと思いますが、実際には「3点シュートの距離が短くなることによって、選手のプレースタイルやチームの戦術が大きく変化した」らしいのです。具体的にどのように変わったのかについてはバスケット・ファンに説明を委ねたいのですが、3点ゾーン内がタイトになって通常の2点シュートが決まりにくくなったことや、3点シュートが得意でない選手まで3点シュート狙うようになったこと、などが理由として挙げられているようです。得点が伸び悩んだ原因についてはバスケットに詳しくない私にはどれが正解なのかは分かりませんが、このNBAの例は、スポーツ界において「単純な理屈に基づくルール変更が実は意図せざる結果を生んでしまう」典型的な例と言えるでしょう。


以上の例が教えてくれるポイントをまとめると

「経済政策のみならず、ルール変更がどのような結果をもたらすかをきちんと予測するためには、各人のインセンティブとそれに基づく行動の変化をきちんと予測しなければならない」

となります。
実はこの点が、現代マクロ経済学のキー・ポイントである「ミクロ的な基礎付け」に繋がってきます。一般の方には聞きなれない専門用語だと思いますが、ここで言う「ミクロ的な基礎」とは噛み砕いて言うと「参加者がどのようなインセンティブを持っているかを明示的に考慮する」ということです。
ルーカスが批判の対象とした「ケインズ経済学」と言われる当時の主流派の考え方では、この「ミクロ的な基礎」が与えられていませんでした。今でも学部時代に教えられるマクロ経済学はケインズ経済学が主体ですが、大学院へ進むと一転してこの「ミクロ的な基礎」を叩き込まれる背景には、こういった理由があります。【註】

次回は今回全く触れなかった「期待」に関して、私自身の研究アイデアを盛り込みつつご紹介したいと思います。突然「にわかマクロ経済学系ブログ」になってしまいましたが、所詮は門外漢のゲーム理論家なので間違いや不適切な箇所もあるかと思います。専門家で(やさしく)フォローしていただける方がいらっしゃると助かります。


【註】「ミクロ的基礎」があることのもう一つの大きいメリットは、政策変更によって各人がどれだけ得(あるいは損)をしたかを客観的に評価できるという点です。ミクロ経済学でおなじみの「効用」、あるいは「効用関数」を使うことによって、どの政策変更がどの程度の厚生の変化をもたらすかを評価できるようになります。