前回は「ルーカス批判」によって指摘された

「現在の政策変更は将来の政策に関する人々の期待に影響を与える結果、人々の行動も変える可能性がある」

というポイントの後半部分を中心に解説を行い、前半部分の「期待」の役割については触れませんでした。今回はこの「期待」について、しばしば引用される「減税」の例を用いながら考えていきたいと思います。
ところで、最初にみなさんに質問ですが、政府が減税を行うとどのような効果が生じると思いますか?

【回答例】
「GDPが増える」
「消費が増える」
「いや、むしろGDPも消費も減る」
「財政破綻のリスクが増してとんでもないことが起きる」
「一時的な減税か恒久的な減税かで効果が異なる」
「政府の支持率が上がる」
「金利が上がる」
「減税するなら職をくれ!」
「桶屋が儲かる」
「やってみるまで分からない」
「オレ様には興味がない」
「萌え〜」

など、いろいろな答えがありそうですね。ひとまず、金利や政治的な影響などを脇に追いやって消費とGDPに与える影響だけを考えると、当時の主流派ケインズ経済学では「GDPと消費は減税によって増える」とされています。背後にあるロジックは

【ケインズ経済学のロジック】
減税によって増えた(税引き後の)所得の何割かを家計が消費する

その消費が別の家計の所得となり、この新たに増えた所得の一部がまた消費に回る

(以下、繰り返し)

というものです。家計が「所得アップ→消費→所得アップ→・・・」と繰り返すことによって、当初の減税分を超えたプラスの効果が生じる点が興味深いですね。ちなみにこれを専門用語で「乗数効果」と呼んだりします。GDPは家計の総所得と一致しますので、上記のサイクルによって消費とGDPの両方が減税によって増加することになります。

一見するとこのケインズ経済学のストーリーは非常にもっともらしい気がしますが、(問題があるとすれば)どこに問題があるのでしょうか?「ルーカス批判」が主張するように、「将来の政策に関する人々の期待」を考慮に入れると異なった結論が出てくるのでしょうか??
以下は「ルーカス批判」の影響を受けてバロー教授が出した答えなのですが、驚くことに彼の結論は

「減税は消費にもGDPにも影響を与えない」

というものでした。彼のロジックを簡単に説明すると

【バローのロジック】
政府はいくらでも自由に借金できるわけではない(=政府にも(動学的な)予算制約がある)

よって今期の減税(とそれに伴う公債発行)は将来の増税を必然的に招く

家計がこのことを織り込むと、将来の増税に備えるため今期の消費を増やさない

消費が変わらないのでGDPも変わらない(=減税の効果がない)

となります。実はこのロジック自体はバロー教授のオリジナルではなく、経済学の巨人リカードにが大昔に主張しているものなのですが、バローによって現代風の厳密なモデルにおいて証明が与えられた点が重要です。【註】
上記のバローによる議論の中で、「ルーカス批判」で強調された「期待」が具体的にどの部分に対応するかと言うと

「将来の増税を織り込む」

という点になります。ケインズ経済学では、家計はあたかも機械のように増えた所得の一部を消費に回すと仮定されていましたが、バローのストーリーでは家計はきちんと将来の増税に備えて増えた所得を貯蓄に回す、というわけです。


さて、ここまでケインズ経済学とバローの両方のストーリーを簡単にご紹介してきましたが、みなさんはどちらの議論がしっくりくるでしょうか?私自身は、「ルーカス批判」やバローのアプローチのように、家計の「インセンティブ」や「期待」という要素を考えることは重要だと思いますが、バローの導いた結論自体はやや極端なものにうつります。この点に関して、ケインズ経済学とバローを繋ぐアイデアをちょっと考えているのですが、今回のエントリは分量が多くなってしまったので、その話はまた次回ご紹介したいと思います。


ちなみに、バローが行ったように「将来の政策に関する人々の期待」を明示的に扱うためには、モデル自体が動学的である必要があります。前回のエントリでは

「参加者のインセンティブを明示的に考慮するために「ミクロ的な基礎」が必要である」

ということを述べましたが、今回のエントリのポイントは

「将来の政策に関する人々の期待を明示的に考慮するためには「モデルの動学化」が必要である」

と言えるでしょう。大学院で学ぶマクロ経済モデルの大半は、この「ミクロ的な基礎」と「動学」の両方の要素を兼ね備えています。その代表とも言えるのが、現在最もポピュラーなモデルである「動学的一般均衡理論(Dynamic General Equilibrium Theory)」なわけです。ひとたび大学院に進学すると「猫も杓子もDGE」となる背景には、30年前の「ルーカス批判」の影響があったのですね。(ということで、DGEアレルギーの大学院生のみなさんはルーカスを恨みましょうw)


【註】そのため、この主張は「リカード=バローの中立命題」と呼ばれることもあります。モデルによる厳密な証明の他にバローの行った重要な貢献としては「将来の増税が自分の子供達の世代に行われる場合であっても、遺産動機があれば依然として中立命題が成り立つ」という点が挙げられます。


追記
本文で『「ルーカス批判」の影響を受けてバロー教授が出した答え』と書きましたが、実際にはバローの当該論文"Are government bonds net welth?"(JPE, 82) はルーカス批判以前の1974年に出版されていました。ということで、「影響を受けた」という表現は不適切かもしれません。バローのアプローチがケインズ経済学とは異なり「ルーカス批判で指摘された問題点を克服している」と解釈して下さい。