いよいよ始まったシン教授のコーポレート・ファイナンス!初回の講義は以下の論文をもとに「現実の企業のバランスシート構成がどのようになっているのか?」について学びました。

今回の授業で扱った論文
What Do We Know about Capital Structure? Some Evidence from International Data.
Raghuram G Rajan; Luigi Zingales
Journal of Finance, Vol. 50, No. 5 (December, 1995), pp. 1421-60.

1987年〜91年におけるG7各国(アメリカ・日本・ドイツ・フランス・イタリア・イギリス・カナダ)の主要企業(ただし金融機関除く)のバランス・シートを分析した実証論文なのですが、まず実際のデータを見て以下の事実に驚かされます。(実務家の皆さんは驚かれないかもしれませんが、象牙の塔の経済学者にとっては興味深いデータですw)

【資産サイド】
・流動資産(Current Assets)の割合が非常に高い:日本及び大陸ヨーロッパ諸国では全資産の6割近くを占めている。アメリカでも5割近く。
・流動資産の中でも売掛金(account receivable)の占める割合が大きい。
・固定資産(tangible assets)の割合が低く、流動資産よりも圧倒的に少ない。
【負債サイド】
・流動資産ほどではないが流動負債(Current Liabilities)の割合が高い:だいたい全負債の4割前後
・流動負債の中でも買掛金(account payable)の占める割合が大きい。
・長期負債(Long-term debt)の割合が決して高くない:買掛金と同じくらいの割合を占めるに過ぎない
・自己資本(Shareholder equity)の割合もそんなに高くはない:3割から4割くらい

伝統的なミクロ経済学で企業を生産関数として扱うことから類推できるように、多くの経済学者は企業を生産装置としてみており、企業の持つ資産と言えばその生産装置を含む「固定資産」が真っ先に頭に浮かぶことと思いますが、バランス・シートを見る限りはその「固定資産」が全体の資産占める割合は非常に低く2〜4割程に過ぎません。
資産サイド・負債サイドに共通しているのは、流動項目のシェアの大きさ、とりわけ「売掛金」と「買掛金」の多さです。これは「近い将来に受け取る(あるいは支払う)予定のキャッシュフロー」を表していますが(定義が間違っているかもしれません。会計に詳しい方フォローよろしくです!)「この項目がどのように決まるのか?」「なぜこんなに高い割合なのか?」「各国間で割合が異なるのはどういった理由が考えられるか?」などをうまく説明できる標準的な経済理論は確立されていないようです。(シン教授はこのミッシング・パートを埋める研究の重要性をかなり力強く指摘していました)

さて、彼らの論文では上記のデータを元に各国間で企業の行っているleverageがどのように異なるかを調べています。ここでleverage(=てこ)とはおおざっぱに言うと「どのくらい借り入れによって企業を経営しているか」を意味していますが、明確な定義が定まっているわけではありません。よってデータをうまく使ってよりもっともらしいleverageの指標を考えてあげる必要があるのですが、既存研究の多くは単純に(自己資本を除いた)負債と資産の比率を調べただけのものが多いようです。しかし、この指標のとり方だと先に指摘した「売掛金」&「買掛金」の影響がモロに出てきてしまうと言う欠点があります。つまり、他の項目が全て同じ2つの企業を考えた場合に、「売掛金」と「買掛金」が大きい企業の負債比率は大きく、小さい企業の負債比率は小さくなるというバイアスが生じます。

この論文ではleverageの指標のとり方に改良を加えて「売掛金」や「買掛金」の影響をできるだけ取り除くことにより、従来の研究成果とは異なる興味深い結果を導いています。

主要な結果
・Leverageの度合いは各国で似通っており、特定の国が突出して高い、あるいは低いという事実は観察されない
・特に、既存研究であたかも「stylized fact」であるかのように強調されていた「日独企業のleverageの高さ」は全く実証されない(実際にはドイツのleverageはかなり低い)
・データを虚心坦懐に見ると、今までの経済理論では説明できない点や既存理論と正反対の動きをみせている点が多々見つかる

最後に、Conclusionに書かれている著者達によるまとめの一部を載せておきます。

We find that, at an aggregate level, firm leverage is more similar across the G-7 countries than previously thought, and the differences that exist are not easily explained by institutional differences previously thought important. The factors identified by previous cross-sectional studies in the United States to be related to leverage seem similarly related in other countries as well. However, a deeper examination of the United States and foreign evidence suggests that the theoretical underpinnings of the observed correlations are still largely unresolved.

彼らの論文がパブリッシュされてから10年ちょいが経ちましたが、シン教授曰く「この論文で指摘された謎は依然として謎のまま」とのこと。まだまだコーポレート・ファイナンスも熱いかもしれませんね☆あと、これは自戒をこめてですが、理論系の論文を書く際にもなるべく現実のデータをみましょう!自分の思い込みの「現実」を説明するための理論をいくら一生懸命考えたところで、その「事実」が実証的に間違っていたら誰も読んでくれません(笑)