タイトルをみてピンときた方は十分な経済学通と言えるのではないかと思います。そう、このタイトルこそ日本が誇るトップクラスの数理経済学者、故二階堂副包(にかいどうふくかね)先生によって1960年に著された数理経済学の記念碑的テキストの題名です。



奇しくも1年前の1959年には、数理経済学の発展にもっとも偉大な貢献を残した(その貢献により1983年にノーベル経済学賞を受賞)Gerard Debreuの手によって、簡潔さ・完璧さ・美しさを全て揃えた究極のバイブル「Theory of Value」(邦訳:価値の理論)が世に送り出されたのすが、本書はそのバイブルに勝るとも劣らない内容を誇る当時最先端のテキストでした。そして、「Theory of Value」が今でも色あせない輝きを保っているのと同じく、本書も未だに現役の大学引用テキスト/参考文献として用いることのできるクオリティーを誇っております。





今回はそんな名著「現代経済学の数学的方法」から、冒頭【序論にかえて】の全文を抜粋してご紹介させて頂きたいと思います。短文ではありますが、現代経済学における数学使用の変遷や、多くの大学院生が一度は疑問に感じるであろう
「なぜ経済学の研究を志した自分が抽象的な位相幾何や集合論について学ばなければならないのか?」
という問いに対する答え(のヒント)が書かれており、大学院以上を目指す方には非常に参考になるのではないかと思います。
また、経済学説史ではその貢献の大きさに見合った評価があまりなされていない(ように私には思われる)クールノーやノイマンの貢献が(正当に)取り上げられている点も新鮮です。
それでは二階堂先生の名文をどうぞお楽しみ下さい!


【序論にかえて】

数学は、応用や実用を離れても、独立の価値をもつことはいうまでもなく、純粋数学の名のもとに、今日なお多くのすぐれた研究が生みだされつつある。しかし、その発展の過程において、数学は科学のほかの分野から豊かな素材や問題を摂取し、実り多い応用をかえし与えてきている。物理学、化学、工学などの自然科学は古くから数学の隣接領域であったが、今日ではさらに生物学や経済学のような領域が数学と密接な接触をもうようになった。

経済学に数学的方法が組織的に導入されたのはA. A. Cournot (1801-77)にはじまるが、数理経済学という研究分野に堅固な礎石をすえたのは、19世紀末葉から20世紀初頭にかけての、L. Walras (1834-1910)とV. Pareto (1848-1923)による画期的な業績である。Walrasは「わたくしは二つの学派しか認めない。一つは証明しない学派であり、他はみずからの命題を証明する学派である。この後者こそわたくしが樹立を目指して進んでいるところのものである」と述べている。そして、Walrasが証明のための武器として使用したものこそ数学であった。経済学への数学的方法の積極的導入というこの傾向は、その後、数理統計的方法とも結びついて、今日では無視できないほどの学界の主流にまで成長している。かつてはおおかたの経済学者から異端視されながら、学界の片隅ではじめられたこのような研究も、漸次その価値を認められ、経済学者自身の努力と数学者の積極的協力によって、非常に充実したものになってきている。これらには、大別して、二つの分野がある。一つはCournot, Walrasの系統をひく理論的研究、他は現実の経済からえられた数値の統計的処理に重点をおく実証的研究、いわゆる計量経済学の分野である。後者については専門の解説書にゆずり、本書における主要な関心の対象である前者について、もう一歩すすんだ検討を加えてみよう。ここでは、Cournot, Walras以来、久しい間にわたって微積分法が主要な分析用具として用いられてきた。もちろん、これらのほかに微分方程式、定差方程式、線型代数なども次第に利用されるようになったのであるが、中心となったのは微積分法の機械的適用であった。これによって経済理論が大きく進歩し、とくに、その表現や定式化に著しい厳密性が加えられたことは否定できないが、多くの成果にもかかわらず、古典的手法には大きな弱点があった。Walrasのかかやかしい功績の一つは、均衡方程式の基盤のうえに、多数財市場における価格決定の理論を建設し、これに精密な数学的表現を与えたことである。しかし、その分析方法が素朴であったために、Walrasはかれの均衡方程式が実際に解をもつことを数学的に論証するまでには至らなかった。そしてこの解の存在問題は、Walras以来約半世紀間の模索期を経て、もっと近代的な立場からの分析によって、最近漸く完全な肯定的解決をみたのである。

19世紀末から20世紀はじめにかけての数学界といえば、当時すでに複素函数論が一応の体系をととのえ、代数や幾何の領域においても多くの新風がまきおこっていた。また、それは、数学者のエスプリが、K. Weierstrass (1815-97)に代表されるように、非常に厳正で批判的なものになり、同時に、G. Cantor (1845-1918)による集合論の建設、H. Poincare (1854-1912)による位相幾何学の創始などにみられるように、今日の数学に固有の、美しさ、厳密性、抽象性などのもろもろの基調の源流となった時代であった。歴史の古い微積分法もこの例外ではなく、批判的精神の洗礼をうけて、十分に強固なものに生まれかわりつつあった。

それにもかかわらず、古典数理経済学の主要な武器は、前提や仮定を無視して、微積分法の演算を機械的に行うことであった。そして、このために、経済理論の基礎をなす中心命題の論証が回避されることが多かったのである。この欠陥は同時代の数学界の新動向からの一種の鎖国状態に起因すると思われる。

この鎖国状態を打開する先駆となったのは、1930年代における二人の数学者J. von. Neumann (1903-1957)とA. Wald (1902-1950)の業績であろう。前者はゲームの理論を創始し、von Neumannモデルといわれている一種の斉一成長モデルを研究し、後者はCassel-Waldモデルの均衡解の存在問題を研究した。いずれも、新感覚の近代数学の手法で問題を解決して、経済学における数学的分析に一つの紀元を劃した。不幸にして、これらの業績は当時の経済学界にひろく認められるまでには至らなかったが、その後漸く、von Neumannと経済学者O. Morgensternの共著「Theory of Games and Economic Behavior (初版1944)」の出版を機縁として、機械的方法に対する反省が高まり、数学の本来もっている高度の分析力、論証力を生かした研究が志向されるようになった。今日では、この方向に伴う研究は数理経済学の分野において大きなウエイトを獲得しつつあり、今後の一層の発展が期待されている。それは、古典的な研究にくらべて、単に粧いが新しくなっただけの理由からではない。新しい研究が経済現象のより深い、より本質的(intrinsic)な数学的分析を志向しているという、もっとも大切な理由によるのである。

この分野での今日までの主要な成果は、産業連関分析、線型計画法、ゲームの理論と、これらに関連する諸問題、それに前述の均衡解の存在問題、さらに、これらの成果の利用による一般均衡理論の基礎がためと再構成であろう。また、きわめて最近のものとしては、現代的な立場からの均衡の安定問題の研究がある。これらの研究において用いられる手法はかならずしも同一ではない。一つの方法に執着して柔軟性を失うことはもっとも忌むべきことである。問題の種類や性質に応じて適当な方法を用いることこそ肝要である。しかし、点集合論の僅少の知識や位相数学的取扱いの初歩が、どんなに上記の種類の問題の解決に有効であるかは、是非とも多くの若い研究者のかたがたに知っていただきたい事実である。本書は、上述のテーマのうち、均衡の安定問題をのぞく、すべての諸問題、すなわち数理経済学におけるもっとも基本的な静学の諸問題の近代数学による分析にささげられる。

太字はyyasudaが加えました)