4月から博士課程向けのミクロ経済学を教えているのですが、不思議なもので、学生時代にはほとんど興味を覚えなかった価格理論が今頃になって急に面白いと感じるようになってきました(笑)よく「教えることから学ぶことは非常に多い」と言われますが、学生として勉強していた時と比べて学問に対する感じ方も少し変わってきたのかもしれません。

さて、大学院レベルのミクロ経済学の講義は全世界的に教える内容がかなり統一されており、前半で完全競争を前提とした市場経済の分析道具である「価格理論」が、後半で不完全競争や非市場的な経済活動を分析することができる「ゲーム理論」が教えられています。両者の中間である独占、公共財、外部性、情報の経済学、、、といった(完全競争の仮定を満たさないもののゲーム理論を必ずしも必要としない)トピックは前半に入る場合もあれば後半で教えられることもあります。このへんは大学のカリキュラムや教師の好みに依存するでしょう。

現在私が教えているのは完全競争どっぷりの「価格理論」なのですが、その中身は何かというと、基本的には無味乾燥な数学の世界です。その屋台骨を形成しているのが

「消費者や企業といった経済主体が、価格に代表されるいくつかのパラメータを所与として制約条件付きの最適化問題を解いている」

という考え方です。このアイデア自体は非常にシンプルなのですが、「価格理論」の凄いところは「制約条件付きの最適化問題」という数学道具から経済的に意味のある市場の性質が次々に生み出されていく点でしょう。もう忘れてしまった方も多いかもしれませんが
包絡線定理(Envelope Theorem)を使ったシェパードの補題(Shephard's Lemma)ロイの恒等式(Roy's Identity)
双対性(Duality)を用いたスルツキー方程式(Slutsky Equation)の導出
同次関数(Homogeneous Function)の仮定の下での様々な性質
最小支出関数(Minimum Expenditure Function)凸性(Convexity)から導かれる補償需要(Compensated Demand)に関する需要法則(Law of Demand)
ヤングの定理(Young's Theorem)を用いた異なる財の間での(純)代替効果(Substitution Effect)の対称性
などなど、単なる数学道具がみるみるウチに経済の言葉へと翻訳されていくのです!きっと当時の(トップレベルの)数理経済学者達は「掘ればザクザク金が取れる魔法のつるはし(=数学)を携えて、金山(=完全競争市場)に乗り込んでいく」ような高揚感溢れる心境で研究を行っていたのではないでしょうか?

で、私も非常に遅まきながらその知的興奮の一端を感じているわけです。もっとも、学生時代には上述した金の山(数学的な市場の性質達)も覚えるのが面倒くさい「ガレキの山」としか映っていませんでしたが(苦笑)
まあ、発掘した金にどれだけ現実的な価値があるのかは議論の分かれるところでしょうから、金に価値があると盲信して数理経済学に心酔していかずに済んだという意味では、冷めた目線の当時の自分に感謝するべきかもしれません。実際に少しマジメに勉強すると分かりますが、価格理論には「現実の役に立つかどうかは置いておいて、発掘作業自体が純粋に楽しい」という魔力のようなものがかなり潜んでいる気がします。(このへんの感覚は現在で言うと、解くべき未解決問題・対象・方法論がある程度分かっていて成果が次々に生まれている理論計量経済学の先端研究に近いかもしれません。)

ところで、価格理論の学術研究は(初歩的な経済学が教える)「限界生産性の低下」が顕著な分野です。もしもこの分野の研究に進んでいたら「素手でほとんど掘りつくした金鉱を掘っていく」という悲惨な状況に陥っていた危険性が高いでしょう。やはり学生時代の自分には感謝しないといけないかもしれません(笑)


オマケ

数理経済学のテキストとしては、実は以下のハンドブックが隠れた名著かもしれません。(私もつい最近までこんなに中身が豪華だとは知りませんでした)

Handbook of Mathematical Economics Vol. II


ゾンネンシャイン、マートン、デブリュー、ハーン、ラドナー、スカーフといった超一流の執筆陣がサーベイ論文を寄稿しています!
(中身は「続きを読む」を参照)
Part 2 Mathematical Approaches to Microeconomic Theory

Ch9: Consumer Theory
by Garten and Bohm

Ch10: Producers Theory
by Nadiri

Ch11: Oligopoly Theory
by Friedman

Ch12: Duality Approaches to Microeconomic Theory
by Diewert

Ch13: On the Microeconomic Theory of Investment under Uncertainty
by Merton

Ch14: Market Demand and Excess Demand Functions
by Shafer and Sonnenschein

Part 3 Mathematical Approaches to Competitive Equilibrium

Ch15: Existence of Competitive Equilibrium
by Debreu

Ch16: Stability
by Hahn

Ch17: Regular Economies
by Dierker

Ch18: Core of Economy
by Hildenbrand

Ch19: Temporary General Equilibrium Theory
by Grandmont

Ch20: Equilibrium under Uncertainty
by Radner

Ch21: The Computation of Equilibrium Prices: An Exposition
by Scarf