先日、寡占市場がらみの内容を扱っている邦書をGRIPSの図書館で調べていたのですが、その時手に取った酒井さんによる以下の専門書が、寡占理論の産みの親であるクールノーについて興味深い議論を展開されていたのでご紹介したいと思います。



以下の引用文の中にも出てきますが、クールノーはワルラスらによる限界革命より遥か以前に精緻な数理経済モデルを駆使した、現代経済学の真のパイオニアです。微分アプローチ、極限によるラージ・マーケットの描写、クールノー均衡など今日のミクロ経済学で必要不可欠なツールが盛り込まれた主著『富の理論の数学的原理に関する研究』(残念ながら英語版・日本語版ともに現在入手困難です・・・)の出版はなんと1838年!日本は当時江戸時代で、黒船もまだ来航しておらず明治維新まであと更に30年待たなければいけなかった状況だったことを考えると、その先駆性・革新性に驚かされます。
私自身は、すぐれた経済理論家であると共に経済学説史に関しても多くの研究をされている根岸隆さんの一連の著作を通じて、上述したクールノーの偉大さを早くから認識する機会に恵まれたのですが、一般には(特に日本の経済学界?)あまりこうしたクールノー理解が広まっているとは言えない状況ではないかと思います。クールノーといっても、経済学に馴染みのない方は名前を聞いたことはないでしょうし、多くの経済学徒にとっても「ああ、あの産業組織論で均衡に名前が付いている人ね」程度の認知度しかないのではないでしょうか。今回のエントリを通じて、多くの方がクールノーの業績に関心を持って頂ければ、クールノーのいちファンである私としても非常に嬉しいです(笑)

 20世紀前半の巨人シュンペーターは、クールノーの画期的業績を十分に認識していた学者である。この点を、エピソード風に記録しておきたいと思う。
 シュンペーターがハーバード大学で教鞭をとっていたときの話である。シュンペーターは、歴史上最も偉大な4人の経済学者のうち、3人まではフランス人だといって、アメリカの学生たちをびっくりさせた。そのときの学生の1人がサミュエルソンである。この3人のエコノミストとは、1国の経済表を作成したケネー、寡占理論のクールノー、そして一般均衡理論のワルラスである。

(中略)

 前述のごとく、シュンペーターの意見によれば、クールノーは実に4大経済学者の1人である。現代経済学の展開に照らしてクールノーの業績を列挙すれば、次のごとくである。

(1) クールノーは、独占・複占・寡占など、不完全競争の経済学の元祖である。とくに、複占や寡占の理論は文字通りクールノーに始まるといってよい。

(2) クールノーは、マーシャルとともに部分均衡理論の開祖である。クールノーのモデルにおいては、消費者の行動が積極的に分析されておらず、市場需要関数として外生的に与えられている。そして、クールノーはある特定産業に焦点を当てつつ、寡占的相互依存関係に鋭利なメスを入れる。
 これに対して、ワルラスは生産者および消費者の行動をモデルの中に取りこみ、1国経済全体のワーキングを研究した。だが、ワルラスは完全競争の仮定をほぼ全面にわたって採用し、複占や寡占の分析をほとんど行っていない(ただし、クールノーの影響を受けて、独占の分析を付論的に行っている)。
 クールノー流の部分均衡分析とワルラス流の一般均衡分析とは、ともに長短補う関係にある。すなわち、両者は補完関係にあり、代替関係にあるものではない。

(3) クールノーの分析においては、一種独特の均衡概念が採用されている。例えば、複占企業がその最適生産量を決定する場合、他企業の生産量は不変であろうと予想するものとされる。この予想が当たったとき、クールノーの複占均衡が成立する。したがって、均衡状態にある各企業は、あえて別行動をとろうとすべきインセンティブを持たない。
 クールノー均衡の考え方に対しては、その妥当性が疑問視されたこともあったが、生誕150周年の今日においても、それよりベターな均衡概念がいまだに発明されていない。ゲーム理論で多様されるナッシュ均衡の考え方は、このクールノー均衡の延長線上にある。

(4) クールノーの分析は最も簡単な独占の場合から始まって、複占や寡占の場合へ進み、その極限の場合として「無制限の競争」、すなわち完全競争の場合を取り扱う。このような分析方法は、「はじめに完全競争ありき」とするワルラス流の一般均衡分析の行き方と対照的である。
 近年、ゲーム理論のコアの分析の発展と相まって、極限概念として完全競争を把握する考え方が優勢となりつつある。この点からみれば、クールノーの分析方法は、エッジワースの「再契約」にもとづく分析とともに、「極限アプローチ」の元祖である。

(5) クールノーは、極大値・極小値・弾力性など、限界概念を至るところで駆使している。学説史上、いわゆる「限界革命」はワルラス・メンガー・ジェヴォンズが活躍した1870年代に始まるとされているが、それより35年も以前に、このクールノーが限界概念をものの見事に駆使しているのである。

(6) クールノーのモデルは、数学的にしっかりしたモデル分析の最初である。ワルラスにみられるもたもたした数学的処理と比較してみて、クールノーの数式操縦術は抜群である。クールノーこそ、時代を超えた第1級の数理経済学者である。

(7) 以上の点を総合して、われわれはクールノーを現代経済学の開祖として位置づけることができる。しかも、シュンペーターが注意を喚起したように、真に開祖と呼べる経済学者の数はほんの少数なのである。

 かつてマーシャルは、「クールノーの天才はその手を通るほどの者に、新しい精神力を喚起せずにはやまぬ」と称賛した(『経済学原理』第1版「序」, 1878)20世紀もほとんど暮れなんとする現在においても、クールノーの原典を読むとき、ダ・ヴィンチの絵画やミケランジェロの彫刻や空海の書をみるときに感じるのと同じような、「生命の躍動」をそこに感じるのは筆者だけではないだろう。
(5〜7ページより抜粋。太字はyyasudaによる)
シュンペーターが選んだ4人目がいったい誰なのか?に関しては、アダム・スミス、メンガー、バヴェルク、ヴィクセル、シュンペーター自身(?)、、、と諸説あるようです。

クールノー均衡は、数量競争を(非協力)ゲームとして定式化した時のナッシュ均衡と対応しているため、クールノー=ナッシュ均衡と呼ばれたりもします。両者の関係や、ナッシュ均衡がもたらした産業組織論の革命に関しては、『現代の経済理論』の第一章「ゲーム理論による経済学の静かな革命」(神取道宏)が詳しいです。ゲーム理論の果たした役割やナッシュ均衡の性質を平易な言葉で解説するだけでなく、契約理論と繰り返しゲームとの類似性などの高度な視点も盛り込まれており、非常に読み応えのあるサーベイとなっています。ちなみにこの本は、(偶然ではありますが)冒頭で言及した根岸さん(当時東大教授)の退官記念論文集でもあります。



学部生時代に運よく古本屋で見つけて購入したクールノーの主著『富の理論の数学的原理に関する研究』(岩波文庫版)を先ほど改めてパラパラと眺めてみたのですが、訳者である中山伊知郎さんが冒頭で16ページにわたって「訳者小引」という解説を執筆されていることに気が付きました。邦語でまとまって書かれたクールノーの解説記事としては最も分量があるものかもしれません。関心のある方は図書館等でチェックしてみて下さい。