過去2回の記事(新生『経済セミナー(4・5月号)』イントロ)において、経済セミナー(4・5月号)に掲載された私と小島氏によるマッチングのサーベイ論文をご紹介させて頂きました。



実はこのサーベイには当初、マッチング理論の最近の理論的展開について整理した第4章があったのですが、字数(と中身の伝わりにくさ?)の関係でカットせざるを得ませんでした。今回は、その消えた4章をご紹介させて頂きたいと思います。ぜひ、経済セミナーに掲載された記事ともどもご参考頂ければ幸いです。(いずれ、この4章分のパートを含め、拡張バージョンを何らかの形で公開しようと思っております。お楽しみに!)


4.マッチングの理論的発展

 研修医マッチングの章を読んでおやっ、と思った読者がいるかもしれない。いままでのモデルでは経済学とりわけ労働市場の分析に必ずと言って良いほど登場する“あるもの”が存在していないからである。そう、労働者の賃金はどこに出てきたのだろうか? いままでのモデルでは賃金や勤務時間その他の労働条件はすでに外側から与えられており、これら諸々の条件に対する選好は、マッチする相手に対する選好の中に含められていると仮定されていた。しかし現実の労働市場では賃金や労働条件などはある程度はフレキシブルであろう。このような場合にもマッチング理論は拡張できるだろうか。

 労働市場のマッチングに賃金を導入した初期の貢献にはKelso and Crawford (1982)があり、その後の研究の重要な基礎となっている。ここではより一般的な、Hatfield and Milgrom (2005)で提案された契約つきマッチングモデル(Matching with Contracts)を説明する。いままでと同様に、マーケットには学生と病院がいるとする。各学生と病院について、彼らが結ぶことができる契約の集合が定められており、学生や病院は契約に対して選好を持つとしよう。たとえば契約の内容が賃金であれば、同じ学生と病院がマッチングするのであっても、労働者はより高賃金の契約を好み、病院はより低賃金の契約を好む、といった具合である。さらに、病院は契約のグループの集合に対して選好を持っており、個々の契約のランキングをそのまま足し合わせる必要はない。このモデルにおいてマッチングのStabilityは、「病院と学生たちがお互いにとって有益な契約を結んで現在のマッチングから逸脱するインセンティブを持たないこと」として定義される。Hatfield and Milgrom (2005)はKelso and Crawford (1982)で提唱された代替性の概念を契約つきマッチングモデルに拡張し、この代替性のもとでStable Matchingが必ず存在することを示した。その後、Hatfield and Kojima (2008, 2009)はHatfield and Milgrom (2005)の代替性はStable Matchingの存在のためには必ずしも必要ないことを示し、より一般的な新しい代替性の概念を提出し分析している。

 抽象的な契約を許したモデルは賃金や労働条件を内生的に扱うことができ、一見するとこれ以上一般的なモデルは必要ないようにも思える。しかしこれまでの議論では一貫して、マーケットには二種類のプレーヤー(学生と病院)がいる、つまりマーケットがTwo-Sidedであると仮定してきたことに注意が必要だ。現実には、Two-Sidedではないもっと複雑なマッチングマーケットが数多く存在する。いわゆるサプライチェーンなどはその代表的なものだろう。たとえばパンの市場を考えよう。この市場では農家が小麦を生産して製粉会社に売り、製粉会社が小麦粉を作りそれをパン工場に売る。それをパン工場がパンに加工し、販売会社に売るかもしれない。最終的な消費者にパンが渡るのはその後であろう。さらにパン工場は小麦だけではなくパンを焼く機械を購入するかもしれないし、製粉会社はパン工場だけではなく他の用途にも小麦粉を売るかもしれない。このように複雑に入り組んだ市場に果たしてStable Matchingは存在するのだろうか。Ostrovsky (2008)はこの問題に取り組んだ研究である。彼はHatfield and Milgrom (2005)のようにさまざまな契約を許したモデルを考え、彼らの仮定した代替性の条件をサプライチェーンに拡張して、その下でStable Matchingが存在することを始めて示した。Gale and Shapley (1962)以来、市場に二種類のプレーヤーしかいないことがマッチングモデルに不可欠であると信じられていたことを考えると、この研究は特筆に価する。

 このようにマッチングモデルは最近になって大きく守備範囲を広げてきたが、その基礎となるのはある日本人経済学者によって開発された革新的な数学モデルである。Adachi (2000)がそれである。彼はマッチングそのものを考えるのではなく、Pre-Matchingという数学的対象を考案することで、マッチングモデルが数学的に非常に整った性質を持っていることを明らかにした。詳しい説明は省かねばならないが、Pre-Matchingとは各プレーヤーがどの相手とマッチしている“つもり”であるかを指定した関数で、必ずしもその予想が正しいことを要求しない。たとえば学生1が病院Aにマッチするつもりでも、病院Aは学生2にマッチするつもりでいても良い。もし全てのプレーヤーの予想が一致すれば、そのようなPre-Matchingは本当のマッチングになる。Adachi (2000)はある関数Tが存在して

(1) Tの不動点の集合がStable Matchingの集合と一致し
(2) Pre-Matchingの空間に適切な順序関係を導入すると、Tはcomplete lattice上の増加関数になる

ことを証明した。Tarskiの不動点定理(Tarski, 1955)という数学の結果によれば、増加関数は不動点を持つことが知られているので、これによってAdachi (2000)はStable Matchingの存在をGale and Shapley (1962)とは異なる方法で示したことになる。さらにTarskiの不動点定理は数々の構造的な性質を導くことが知られており、Adachi (2000)の知見によって、50年近いマッチング研究の中で徐々に明らかにされてきたStable Matchingに関する結果の多くが、統一的な方法により得られることになったのである。彼の革新的なアイデアはその後多くの研究者によって拡張、発展させられている。たとえば上記のHatfield and Milgrom (2005)やOstrovsky (2008)の分析手法はAdachi (2000)の自然な発展となっている。他にもEchenique and Oviedo (2004, 2006), Echenique and Yenmez (2007), Fleiner (2003), Kojima (2007), Kojima, Pathak and Roth (2009)などはこの手法を様々な場面で活用している。またAdachi (2003)は類似の手法をサーチモデルの文脈に用いて、マッチングとサーチモデルの関係に関する研究を発展させている。

 Kandori, Kojima and Yasuda (2008)はこれらのアイデアをさらに発展させ、マッチングの理論と戦略的補完性の理論との関係を明らかにする研究を目下行っている。Adachi (2000)に端を発した理論的発展はマッチングの構造をTarskiの不動点定理という数学ツールによって統一的に理解することを可能にしたが、その一方で分析に登場する関数の経済学的な意味は必ずしも明らかではなかった。Kandori, Kojima and Yasuda (2008)はある種の非協力ゲームを考え、Adachi流の関数Tがこのゲームに登場するプレーヤーたちの最適反応関数と一致することを示した。これは以下のことを意味する。

(1) 関数Tが増加関数であるというのは、非協力ゲームが戦略的補完性を持っていることに対応する
(2) Tの不動点はこのゲームの純粋戦略ナッシュ均衡に対応する

これらの結果により、マッチングモデルにStable Matchingが存在するという現象は、戦略的補完性のあるゲームに純粋戦略ナッシュ均衡が存在するという、非協力ゲームでよく知られた事実の一例であることが明らかになったのである。他にも、学生(/病院)にとって最も望ましいStable Matchingと最小の(/最大の)純粋戦略ナッシュ均衡が一対一に対応することや、DAアルゴリズム(のある種のバージョン)が非協力ゲームの最適反応動学と見なせることなど、両者をつなぐ数々の数学的性質が明らかにされつつある。この研究はいまだ発展途上であり、協力ゲームの枠組みで分析されてきたマッチング理論に非協力ゲームの光を当てることで、マッチング理論のより深い理解が得られるのではないかと筆者たちは期待している。


参考文献
・Adachi (2000), “On a Characterization of Stable Matchings,” Economics Letters, 68: 43-49.
・Adachi (2003), “A Search Model of Two-Sided Matching under Nontransferable Utility,” Journal of Economic Theory, 113: 182-198.
・Echenique and Oviedo (2004), “Core Many-to-One Matchings by Fixed-Point Methods,” Journal of Economic Theory, 115: 358-376.
・Echenique and Oviedo (2006), “A Theory of Stability in Many-to-Many Matching Markets,” Theoretical Economics, 1: 233-273.
・Echenique and Yenmez (2007), “A Solution to Matching with Preferences over Colleagues,” Games and Economic Behavior, 59: 46-71.
・Fleiner (2003), “A Fixed-Point Approach to Stable Matchings and Some Applications,” Mathematical Operations Research, 28: 103-126.
・Gale and Shapley (1962), “College Admissions and the Stability of Marriage,” American Mathematical Monthly, 69: 9-15.
・Hatfield and Kojima (2008), “Matching and Contracts: Comment,” American Economic Review, 98: 1189- 1194.
・Hatfield and Kojima (2009), “Substitutes and Stability for Matching with Contracts,”unpublished manuscript.
・Hatfield and Milgrom (2005), “Matching with Contracts,” American Economic Review, 95: 913-935.
・Kandori, Kojima and Yasuda (2008), “Understanding Stable Matchings: A Non-Cooperative Approach,” unpublished manuscript.
・Kelso and Crawford (1982), “Job Matchings, Coalition Formation, and Gross Substitutes,” Econometrica, 50: 1483-1504.
・Kojima (2007), “Finding All Stable Matchings with Couples,” unpublished manuscript.
・Kojima, Pathak and Roth (2009), “Matching with Couples,” in progress.
・Ostrovsky (2008), “Stability in Supply Chain Networks,” American Economic Review, 98: 897-923.
・Tarski (1955), “A Lattice-Theoretical Fixpoint Theorem and its Applications,” Pacific Journal of Mathematics, 5: 285-310.