ついこの前、と思っていたゴールデンウィークからアっという間に2週間が経ってしまいました。例年よりも長めに休みを取ることのできた今年のゴールデンウィークでしたが、旅行によるリフレッシュ&溜まっていた仕事をゆったりこなすだけで終わってしまい、この半年ほどで加速度的に増加した「未読の蔵書の消化」という当初予定していたミッションをこなすことには見事に失敗(泣) ただ、以前気になって図書館から借りていた以下の名著をじっくりと堪能できたのは本当に大きな収穫でした!

『統計学と経済学のあいだ』竹内啓(1977年)


本書は、国内きっての統計学者である竹内啓先生が東京大学教授時代に執筆された経済学および統計学の啓蒙書です。竹内氏自身が経済誌へ寄稿した原稿等がベースとなっているのですが、驚くべきはその水準の高さです。当時はこういったプロの学者の文章が一般向けの雑誌に掲載されていた、ということ自体が私にとっては大きな驚きでした。ちなみに、竹内先生は、以前『職業化・専門化されない日本のエコノミスト』にてご紹介した佐和先生の師匠にあたります。佐和さん自身が著書『経済学への道』の中で以下のように恩師竹内先生について語られています。
驚くべき竹内先生の頭脳

 話は多少わき道にそれるが、私の師である竹内啓先生は、私など足元にも及ばないほどの優れた頭脳の持ち主である。当時から、竹内先生は数学者よりも数学をよく知っている人であるとの定評が高かったし、中学2年生のとき、高木貞治『解析概論』を読破されたと聞く。
 もともと数学者志望だった竹内先生は、高校3年生の夏休みに、なぜか志望先を東大理科1類から文科1類に変更されたそうである。高校2年生のときから、東大文化指導会の模擬試験で2年連続トップの記録保持者である竹内啓が志望変更したというのは、当時の受験生のあいだでのニュースとなり、「これで理1の定員が一人増えて、文1の定員が一人減った」といわれていたそうである。
 東京大学に入学されてのち、竹内先生は経済学部に進学され、マルクス経済学の現理論のゼミである鈴木鴻一郎ゼミに所属され、宇野派経済学の現理論の分野で異才を放ったそうである。竹内先生の知識の広さと深さには、まことに驚くべきものがあり、世界史、日本史、物理、化学、生物、哲学、古典等々、「竹内先生の知らないことはひとつとしてない」と言っても過言ではなかった。大学院進学にあたって、竹内先生は、宇野派経済学の原理論の世界から、統計学の世界へと転じられた。
(『経済学への道』67〜68ページ。)


さて、今回はこの天才竹内啓先生が執筆された本書『統計学と経済学のあいだ』の第1章「統計学と経済学」から印象に残った箇所をご紹介したいと思います。後日、他の章についても別途ご紹介させて頂く予定です。多少長めの引用となりますが、ぜひ名文をお楽しみ下さい。

経済学の「要素論」

 経済学は社会科学の中では、最も「科学的」であると思われているようである。「科学的」という言葉をより厳密に「近代科学的」という意味に解釈すれば、経済学の長所も短所もそれが「科学的」である、場合によっては「科学的」であろうとしすぎているところから生じているように思われている。
 「近代科学」の特徴として、「要素論」「形式的因果性の考え方」「数量関係の重視」等をあげることができるが、それはいずれも経済学の特徴をもよく表している。経済学は遺伝学を除く生物学の各分野や、あるいは地質学など一部の自然科学より一層「近代科学的」であるといってもよい。
 「要素論」というのは、複雑な現象を分析することによって、その背後にある基本的な「要素」を見出し、その性質を基準にして現象を説明する理論を作り出すという考え方である。すべての自然現象を量的にのみ異なる「物質」の運動に還元したガリレオの考え方が、その典型である。
 経済学は、19世紀の段階において、経済現象の基礎にあるものとして「ホモ・エコノミクス」の概念に達した。それはいわば「経済的利己心」の人格化のようなものであるが、経済社会は「ホモ・エコノミクス」の集団にほかならないとされ、経済現象はその行動の結果であるとされたのである。
 現代のいわゆる「近代経済学」の教科書においても、経済は「家計」と「企業」の集団からなるものとされているが、それは、それぞれが合理的に行動する「ホモ・エコノミクス」の二つの類型を表したもの以外のなにものでもない。経済学における「家計」は与えられた所得のもとで、効用を最大にするようにいろいろな「財貨やサービス」を購入し、かつ「労働サービス」も提供する、非人格的な合理的行動主体である。また「企業」は与えられた価格条件の下で、「労働」「資本」などの生産要素を組み合わし、利潤が最大になるように行動する「経済主体」とされている。
 私はこのような概念が、「非人間的」であるとか、あるいは家族や人間の組織対としての現実の生きた企業のありかたにして、非現実的であるというような非難には、必ずしも賛成できない。科学的分析は、多かれ少なかれ現実の複雑な条件を切り捨てて、簡単化された抽象概念から出発しなければならない。そういう意味で「要素論」は科学の不可欠の一部であるということもできる。しかし歴史派を除く、経済学の場合、「要素論」的性格が非常に強いのが特徴であり、強すぎるのではないかというのが疑問点である。
 マルクス経済学においても、この点は例外ではない。「資本論」第一巻の冒頭に「資本主義生産様式が支配する社会の富は、一つの膨大な商品の集積として現われる、個々の商品はその要素形態elementar Formである」という有名な文章があるが、「資本論」も商品、資本、というような要素概念にもとづいて組み立てられていること、そういう要素から出発して最後に「諸階級」に達しているということは「要素論」の一つの著しい形態ということができる。
 経済学の中で「要素論」的でない理論として、ケインズ経済学、あるいはケインズ的マクロ理論がある。ケインズの消費関数は本来集計量と集計量との関係であって、それを構成する個々の家計の消費行動まで立ち入ったものではない。しかしそれをマクロの消費理論と結びつけようとする試みが、ケインズ以後直ちになされたのみならず、それが消費理論によって基礎づけられなければ十分「科学的」ではないというような考え方が、経済学者の間で強いことは、「要素論」的な思考が経済学を支配していることを示している。

統計学者の感覚

 具体的な経済分析において、経済学者や計量経済学者と、私のような統計学者の間にはしばしば先にのべたような「指向」の違いが現われることがある。たとえばいくつかの経済量の間の関係がデータから知られた場合、経済学者は、そのような関係を説明する「理論モデル」、すなわち企業や家計の行動についての「公理」から出発して、観測された関係式を導き出すような数学的論理を作り出すことを目ざす。これに対して統計学者はそのような関係がどの程度安定的であるか、あるいはどの程度の範囲で成立するかについて、まず関心を持つ。経済学者の目から見れば、統計学者は「没理論的」な「悪しき経験主義者」のように見える。しかし他方統計学者にとっては、データの関係は客観的な現実を表すものであって、経済学者の頭の中だけにしかないような「無差別曲線」の理論で家計の行動が「説明」されたからといって、それは別に悪いことではないにしても、それだけ対象についての認識が深まったともいえないのではないかと思われるのである。
 しかし事実問題として、確かに「没理論的」であることは好ましいことではないけれども、経済学の「理論モデル」を現実にあてはめるのに必要な諸前提の検討をおろそかにして、早急な理論化を行うことは危険であることはいうまでもないし、またそういう理論化ができない限り、事実上存在する関係も無視するということが誤りであることも当然である。ケインズ以前の古典派経済学は「経済理論」の中に「非自発的失業」は存在しないという理由で、大不況のさなかにも、失業問題の存在を否定したのである。またもしこのときケインズが、マクロ消費関数を、一般均衡理論的に裏づけることができるまで先に進むことをしなかったならば、「ケインズ経済学」は生まれなかったであろう。
 経済学者と統計学者の相違は、単に理論の妥当性をどれだけ信じるか、という点にあるわけではない。より根本的な「ものの見方」の違いは、経済学者は「理論モデル」に到達することによって、「現象」の背後にある「本質」に到達したと感じるのに対して、統計学者にはそれは現実の関係が成立する一つの説明を与え、それによってその妥当性を相対的に高めるものとしか感じられないのである。この二つの態度は、互いに優劣を争うべきものではないであろう。それはそれぞれの学問の性格の問題である。
太字はyyasudaによる)


本書は今や絶版となって久しい東経選書(東洋経済新報社)の1冊です。私は学部生時代に、以下であげる3冊の東経選書を古本屋で購入しているのですが、これらはいずれも期待を裏切らない良質の入門・啓蒙書でした。今回ご紹介した竹内先生の本に代表されるように、昔はレベルが高く文章に趣のあるような新書/選書の名著が今と比べて圧倒的に多かったように思います。それにしても、こうした名著を世に送り出してきた東経選書がなくなってしまった(といっても、大昔の話ではありますが。笑)のは残念ですね〜。

『経済を見る眼―エコノミスト入門』金森久雄(1980年)


『マネタリズム―通貨と日本経済』西山千明(1976年)


『エネルギーとエントロピーの経済学』室田武(1979年)