先日発売された、話題の新刊経済書『「原因と結果」の経済学』を読了しました。お送り頂きどうもありがとうございました!改めてお礼申し上げます。とても楽しく拝読させて頂きました^^



著者は、30万部のベストセラー『「学力」の経済学』をおととし出版された中室牧子さんと、ご自身の医療経済学研究が、国内外メディアで大注目の津川友介さん【注1】。今もっとも旬な実証研究者のお二人がタッグを組んで、世に送り出した本書のテーマは「因果推論」(いんがすいろん)です。少しカタい言葉に聞こえるかもしれませんが、因果推論とはざっくり言うと「因果関係なのか、相関関係なのかを正しく見分けるための方法論」(10ページ)のことです。

「学力」の経済学
中室 牧子
ディスカヴァー・トゥエンティワン
2015-06-18


ビッグデータの整備や計算速度の向上でデータ処理がにわかに身近なものとなり、ビジネスや政策決定の現場で、データ分析を行うことが珍しくなくなってきました。プログラムの成果・効果を適切に評価するためには、データの利用はもはや欠かせません。エビデンスに基づいた議論の重要性もしばしば叫ばれています。こうした風潮を受けて、日本においても「しっかりとデータを見ることが大切」という意識はだいぶ浸透してきたように感じます。

しかし、「データを見ること」と「データから知見を得ること」との間には、実は大きなギャップがあります。データを観察することによって、異なる2つのことがらの間に何らかの関係性が見い出せることは少なくありません。その際に、片方が原因でもう一方がその結果である、つまり因果関係があると考えられるか、あるいはそういった原因と結果の関係が存在しない相関関係に過ぎないのか。この因果関係と相関関係をきちんと区別すること、つまり因果推論をきちんと行うことは、データから役に立つ知見を得るため、特に適切なプログラム評価を行うために決定的に重要なプロセスとなります。著者たちの言葉を借りれば、因果推論は、「データ氾濫時代に必須の教養」(13ページ)なのです。

本書は、データ分析に欠かせないこの因果推論を驚くほど分かりやすく解説・紹介した、現代の新教養の画期的な入門書と言える一冊です。類書と比べても、その分かりやすさは際立っているように感じました。この分かりやすさの背景には、少なくとも3つの理由が挙げられるのではないかと思います。以下、順にご紹介させて頂きます。

1つ目の理由は、文章が簡潔で図表などのイラストが豊富、そして何より興味をかき立てる実例が次から次に登場してくる、という点です。「メタボ診断を受けると長生きできるのか?」「子供がテレビを見ると学力が下がるのか?」といった身近な疑問に答えていくことで、因果推論や統計、経済学などの前提知識が全く無い読者の方でも、ぐいぐいと内容に引き込まれていくことでしょう【注2】。

2つ目には、全体の構成の見通しがとてもスッキリしている、という点が挙げられます。具体的に言うと、本書のイントロダクションにあたる第1章「根拠のない通説にだまされないために 「因果推論」の根底にある考え方」において、因果推論を行うために必要なたった一つのプロセスが掲げられているのです。それは、
・現実と反事実とを比較せよ!
というものです。反事実(potential outcome, counterfactual)とは、「仮に○○をしなかったらどうなっていたか」という、実際には起こらなかった「たら・れば」のシナリオ(36ページ)を指します。実際に起きていない以上、反事実そのものを観察することはそもそも不可能なわけですが、うまい方法で反事実に相当するデータを見つける・生み出すことができる場合もあります。

つまり、第1章で本書全体を通底する見通しをまず掲げて、第2章以降において、現実には存在しないこの反事実を“作る”ための様々なアプローチを紹介していく、という流れになっているわけです。著者たち自身も、この点を次のように強調しています。
因果関係を明らかにするための方法は1つではない。しかし、それらの方法に通底している目標は、「比較可能なグループを作り出し、反事実をもっともらしい値で置き換える」ということなのである。これから説明する方法のすべてが、この目標を達成しようとしているのだということを忘れずに読み進めてほしい。
(47〜48ページ)

最後に、3つ目の理由は構成上の工夫です。これは、2つ目に挙げた「クリアな見通し」とも関連しています。本書の構成は類書とはかなり異なり、以下のようになっています。
はじめに

第1章
根拠のない通説にだまされないために
「因果推論」の根底にある考えかた

第2章
メタボ健診を受けていれば長生きできるのか
因果推論の理想形「ランダム化比較試験」

第3章
男性医師は女性医師より優れているのか
たまたま起きた実験のような状況を利用する「自然実験」

第4章
認可保育所を増やせば母親は就業するのか
「トレンド」を取り除く「差の差分析」

第5章
テレビを見せると子どもの学力は下がるのか
第3の変数を利用する「操作変数法」

第6章
勉強ができる友人と付き合うと学力は上がるのか
「ジャンプ」に注目する「回帰不連続デザイン」

第7章
偏差値の高い大学に行けば収入は上がるのか
似た者同士の組み合わせを作る「マッチング法」

第8章
ありもののデータを分析しやすい「回帰分析」

因果推論の考え方や、第2〜7章で扱われている手法については、(最近の)計量経済学の教科書であればカバーしていることも少なくない印象です。ただし、「回帰分析」を軸に書かれている本が大半で、はじめに回帰分析の最もシンプルなベンチマークである「最小二乗法」を説明して、その後にそれを一般化・複雑化したいろいろな分析手法を紹介する、という流れが王道ではないかと思います。最小二乗法を説明する際に、確率統計や線形代数の初歩にかなりページ数を割く本も珍しくありません。こうした構成だと、本の最初の部分でこってりとした数学や小難しい話が出てきてしまうため、因果推論の考え方に馴染んで具体的な手法を身につける前に、挫折して投げ出す読者が続出してしまう恐れがあります。

これに対して本書では、回帰分析は終章である第8章まで出てきません。因果推論の具体的な手法として最初にじっくり解説されるのは、小難しい数学や理屈抜きでも簡単に理解できる「ランダム化比較試験」(Randomized Controlled Trial、略称「RCT」)というものです。因果推論の基本的な考え方について述べた第1章と、反事実を“作る”ための理想的な方法で、かつ直感的にも理解しやすい「ランダム化比較試験」を詳述した第2章を読むことによって、読者はまず因果推論の基本、土台をきちんと身につけることができる、という工夫がされているのです。

もちろん、本書で因果推論のイロハを学んだ後に、実際に自分で手を動かして実証分析を行うためには、計量経済学の教科書で登場するような数理的な手法について(少なくともある程度は)勉強する必要があります。その意味で、本書と標準的な教科書は「どちらか一方を使えば良い」という代替的な関係ではなく、お互いの強みや役割が異なる補完的な関係と言えるでしょう。

本書を読んで「因果推論」に関心を持たれた方は、巻末のブックガイドでも挙げられている以下の3冊のような、より専門的な書籍に進まれてみてはいかがでしょうか?


因果推論に焦点を当てた計量経済学の学部生向け教科書で、次の一冊として特にオススメです!


因果推論に関する、代表的な中〜上級レベル教科書です(難易度の評価については自信がありません。専門家の意見求む!)。因果推論の考え方、特に
・「反事実」をどう解釈するべきか
・「反事実」という概念を認めるべきか
といった点は、実は専門家でも論争があるようです【注3】。因果推論のパイオニアであるルービン教授自身によるこの洋書では、「反事実」の解釈や、関連する研究史も紹介されていて参考になります。たとえば、「反事実」とほぼ同じ発想は、ティンバーゲンやホーヴェルモといった(後にそれぞれノーベル経済学賞を受賞)計量経済学者たちの1930年代の著作、具体的には「同時方程式」の推定に関する記述の中に見られるものの、その後長きにわたって忽然と消えてしまったらしいです。


本書より少しレベルの高い洋書で、構成も似ています。英語に抵抗感の(あまり)ない方であれば、上で挙げた田中先生のテキストの代わりに、こちらを読まれても良いかもしれません。著者たちは世界的に有名なトップクラスの実証経済学者です。


【注1】海外メディアによる津川さんの研究に関する記事として、次のようなものが見つかります。
The Study That Said Female Doctors Are Better Than Male Doctors
Doctors Who Trained Abroad Are Better at Their Jobs, Study Says

【注2】(以下、ネタバレ注意!)
文中の2つの質問に対する著者たちの答えは「No」です。理由が気になる方は、ぜひ本書を購入してご自身の目で確認してみてください!

【注3】この点について先日(某イベントで久々にお会いした)、東京大学の市村英彦先生から詳しくお話を伺うことができました。素人同然の私に対して、分かりやすく因果推論の考え方と、計量経済学・統計学におけるその評価、などについてお話頂き非常に参考になりました。どうもありがとうございます!

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ご献本に改めて感謝!ありがとうございました^^