6月16日(金)発売の『一橋ビジネスレビュー』(ノーベル賞特集)に
・5つの「なぜ?」でわかるノーベル経済学賞
という(メッチャ面白い?はずの)記事を寄稿しました!

要約  ノーベル経済学賞は他の分野とかなり毛色の異なるノーベル賞である。本稿では、「経済学って本当にノーベル賞?」「受賞者はお年寄りばかり?」「受賞者はアメリカ人ばかり?」「経済学賞は権威に弱い?」「日本人は受賞できる?」という5つの疑問に答えながら、経済学賞の特徴を様々な角度から紹介する。さらに、ノーベル賞の選定に欠かせないであろう、新規性・無謬性・有用性という3つの基準が、どのように経済学賞の特徴に影響を与えているのかを分析する。また、筆者の大学院時代の恩師であるエリック・マスキン氏をはじめ、何名かの受賞者の業績についてはやや専門的な解説を加えている。期待の高まる日本人の初受賞に関しては、具体的な候補を挙げつつ近い将来の実現を予想する。

図1



以下では、第3節「受賞者はお年寄りばかり?」から、私自身の研究テーマに近い「メカニズムデザイン」分野に関連する箇所を抜粋してご紹介させて頂きます。ノーベル賞の中でも受賞理由が分かりにくいと悪評の高い(?)経済学賞、その中でも特に抽象度が高くて難解だと言われるメカニズムデザイン理論(2007年受賞)のエッセンスを、少しでも掴み取ってもらえると嬉しいです^^


経済学賞の歴代最年長受賞者はレオニード・ハーヴィッツで、「メカニズムデザインの理論の基礎を確立した功績」によって、2007年になんと90歳で受賞している[1]。ノーベル賞全分野を通じて、今のところ最高齢の受賞者であるハーヴィッツは、いったいどのような業績によって選ばれたのだろうか。彼の仕事を少し詳しく見てみよう。


インセンティブと制度設計

経済学は、市場を中心とした狭い意味での経済問題を越えて、今日では人々のインセンティブに関する様々な問題を扱っている。このインセンティブの重要性を、制度設計の文脈で初めてきちんと示したのがハーヴィッツなのである。彼は1972年の論文(Hurwicz, 1972)で、与えられた制度や環境において、人々が(全体ではなく)個々のインセンティブに従って行動することを保証する条件として「誘因整合性」(Incentive Compatibility)という考え方を提示した。この概念は、直感的には次のように説明することができる。

社会にとって望ましい制度や仕組みの設計を検討する際に、ひとりひとりのメンバーのインセンティブを無視してはならない。なぜなら、彼らが自らのインセンティブに従って行動した上で、同時に社会にとっても望ましい結果が得られるのでなければ意味がないからだ。現実を見ても、旧東欧社会主義国家による計画経済の失敗が物語るように、人々の行動を強制できる、思った通りに動かせる、という想定のもとで制度をナイーブに設計するのは危険を伴う。参加者のインセンティブを無視した制度というのは、絵に描いた餅に過ぎないのだ。

ハーヴィッツが生み出した誘因整合性は、制度設計者の思惑通りに各個人が意思決定を行うことが、当人にとっても最適となる、つまり社会の目的と個人のインセンティブが整合的であることを保証する条件である。これは社会におけるルール・仕組み作りを考える上で決定的に重要な概念であり、ハーヴィッツの貢献が土台となって、経済学における制度設計に関する研究が後に花開くことになった。制度設計に関する基礎理論を、経済学ではメカニズムデザインと呼んでいるが、彼こそがその生みの親なのである[2]。


リバース・エンジニアリング

ハーヴィッツと同時受賞したエリック・マスキン[3]とロジャー・マイヤーソンは、各人の誘因整合性を満たした上で、理論上達成できる社会の目的はどのようなものか、という問題に取り組み、メカニズムデザイン分野の射程を一気に広げた。与えられたメカニズムが誘因整合性を満たしたときにどんな社会目的を達成するのか、という「仕組み→結果」の流れを考えるのではなく、どんな社会目的であればそれを達成するメカニズムの存在が保証されるのか、という「結果→仕組み」の分析を行ったのがポイントである。成果物である製品からその製造方法や動作原理を探る作業は、工学ではリバース・エンジニアリングと呼ばれる。メカニズムデザインは、マスキンとマイヤーソンの貢献によって社会科学独自のリバース・エンジニアリングとして確立された、と言えるかもしれない。

やや専門的になるが、彼ら2人の具体的な業績についても言及しておきたい。マスキンは、ある社会目的が理論的にそもそも達成可能かどうかを判定することができる革新的な条件「単調性」を導出した[4]。これは、彼の名前をとって「マスキン単調性」とも呼ばれている。ある社会目的が単調性を満たさなければ、それを誘因性的な形で達成することができるメカニズムは絶対に存在しないこと、逆に社会目的が単調性さえ満たせば、その目的を達成することができるメカニズムを理論上は必ず作ることができることを示したのである。マスキン単調性を満たさないような社会目的は、人々のインセンティブを無視した実現不可能な目的、つまり絵に描いた餅なのである[5]。

一方のマイヤーソンは、具体的なメカニズムの分析を進める際に、膨大な選択肢の中から直接メカニズムという特定のメカニズムを調べるだけで十分であることを示した「顕示原理」(Revelation Principle)の発見者の一人である[6]。彼は、顕示原理をMyerson (1981)で入札の制度設計に応用して、オークション理論の金字塔である収入同値定理を導出した。これは、一定の条件のもとで、異なる入札ルールが完全に同額の期待収入を売り手にもたらすことを示した定理である。例えば、封印入札と競り上げ入札ではルールが異なるため、仮に同じ商品が売られていたとしても参加者たちの入札戦略に違いが生じるだろう。しかし、お互いに相手の入札戦略に対して最適に反応し合っている「ナッシュ均衡」[7]と呼ばれる理論予測に注目すると、両者で最終的に決定される落札価格は平均的には全く同じになるのである。マイヤーソンはさらに収入同値定理を土台にして、期待収入を最大化する入札ルールも同論文の中で導出している[8]。

制度設計を考える際に、(想像上のものを含めて)ありとあらゆるメカニズムを一つずつチェックしていくのは原理的に不可能だろう。マスキン単調性やマイヤーソンらの顕示原理は、参加者のインセンティブを考慮しながら社会目的を達成するメカニズムを見つけ出す作業を劇的に簡略化する、画期的な貢献だったのである。

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[1] 高齢のため、ハーヴィッツはスウェーデンで行われる授賞式には参加できなかった。

[2] ハーヴィッツはその先駆的な研究(Hurwicz, 1960)において、一見すると抽象的で捉えどころが無いように見える「制度」という対象を、参加者どうしの「コミュニケーション・システム」という具体的な形で定式化し、経済理論による制度分析の端緒を開いた。

[3] 完全に余談ではあるが、マスキンは筆者の大学院時代の指導教員でもある。彼が当時プリンストンで住んでいた家は、大物理学者アルベルト・アインシュタインのかつての住まいで、マスキン以前にここで暮らしていた物理学者フランク・ウィルチェックも2004年にノーベル物理学賞を受賞している。偶然にもノーベル賞受賞者が3人も住んだ「アインシュタインの家」の詳細については、米国版のwikipedia項目などをご参考頂きたい。

[4] この結果を示した論文は1977年に書かれ、長らく未刊行のワーキング・ペーパーであったが、最終的にMaskin (1999)として出版された。

[5] メカニズムデザインやマスキン単調性などについてより詳しく知りたい読者は、この分野の優れた専門書である坂井他 (2008)をぜひ参照して欲しい。

[6] Myerson (1979)は顕示原理に関する最初期の研究の一つである。

[7] ナッシュ均衡は、戦略的な状況を分析するゲーム理論における最も重要な概念である。その生みの親であるジョン・ナッシュは「非協力ゲームにおける均衡分析に関する理論の開拓」への貢献によって、ラインハルト・ゼルテン、ジョン・ハーサニと共に1994年にノーベル経済学賞を受賞している。筆者は、プリンストン大学留学時代に何度かナッシュの生の声に触れる機会があったが、自身の理論が入札設計という実務で役立てられていることへの意外性と重要性を強調されていたことが、強く印象に残っている。

[8] 標準的な仮定のもとで、収入最大化は「この価格以下では売らない」ことを約束する最低落札価格を適切に設定することで実現できる。オークション理論の知見は、ネットオークションや電波オークションなど、現実の様々な入札の制度設計に既に応用されている。関心のある読者は、数式を一切用いずに理論のエッセンスと豊富な実践例を解説したハバード・パーシュ (2017)をお勧めしたい。

<参考文献>
・坂井豊貴, 藤中裕二, 若山琢磨, メカニズムデザイン―資源配分制度の設計とインセンティブ, ミネルヴァ書房, 2008.
・ティモシー・P・ハバード, ハリー・J・パーシュ, 入門 オークション:市場をデザインする経済学, 2017.
・Hurwicz, Leonid. Optimality and informational efficiency in resource allocation processes. Stanford University Press, 1960.
・Hurwicz, Leonid. On informationally decentralized systems, in Radner and McGuire, Decision and Organization. North-Holland, Amsterdam, 1972.
・Maskin, Eric. Nash equilibrium and welfare optimality. Review of Economic Studies, 66.1: 23-38, 1999.
・Myerson, Roger B. "Incentive compatibility and the bargaining problem." Econometrica, 61-73, 1979.
・Myerson, Roger B. "Optimal auction design." Mathematics of Operations Research, 6.1: 58-73, 1981.



入門 オークション:市場をデザインする経済学
ティモシー・P・ハバード
エヌティティ出版
2017-04-17