2006年02月04日

大学は何をするところだっけ?

昔の自分のエントリにあったコメントに反応してみます。
さぼる人はともかく、一生懸命勉強をしてもついていけない人もいるのは事実です。真面目に学んで結果が悪く留年、中退は避けたいものです。せっかく入った大学で何度も落とされるというのは、入学試験体制に問題があるのかもしれません。大学に入学を許可したのなら最後まで面倒を見ろと思います。
親御さんの気持ちのこもった意見ですが、大学関係者としては、うなづくことはできない意見です。

最近のエントリのコメントも並べてみましょう。
講義の回数を指定するのは自分としては当然だと思いますけど。
その対価として学生は授業料払っているわけですから。
もちろん実質も伴っていないといけませんが。
学生(と言いつつ、多くの場合は、その親)が、支払う授業料は、講義の回数に対して支払われているものでしょうか?

フラスコの理想論からの答えはNO。

大学は「この学生は確かに、うちの教育を修めた優秀な学生である」ことを認定するためにお金をとるべきです。売りものは、卒業しましたという認定であり、それを保証するために、必修単位を認定しているわけです。
ですので、個別の売り物は「単位」になります。けっして、その段階に達するまでの手とり足とりな教育ではありません。
その証拠に大学教員は、教員免許もなければ、教育実習も受けていません。
教員が研究する姿を見せ、その一端を紹介し、あとは学生が這いずり登ってくればいいのです。

現状のように、大学教員が「教育」をしなければいけないのは、大学に入るほどの学力もなかったのに、大学が増えすぎた上に、競争相手が少なくなって、昔ならとっとと就職していた学力&やる気レベルの方々が入学してきているからです。
重ねて言いますが、これは理想論です。ですが、フラスコはこの建前を無視しません。

今の大学の現状、とくに学生の進学率は異常です。
勉強が好きでも得意でもないのに、大学に来るということが信じられません。
現実に来る人からの明確な反論は、あったりなかったり。
「なんとなく大学に来た」
「みんな進学するから」
「まだ就職したくないから」
「遊びたいから」
ここらへんまでの意見は切って捨てましょう。
少子化で労働力が少なくなるというのに、こんなのを4年間も大学に置いといても時間のムダです。いや、学問に目覚める人もいないわけじゃないし、こんな理由でもいいんじゃないか?とおっしゃる先生もいます。なるほど。でも、日本ってそんなに余裕のある国でしたっけ?その程度のボンヤリした理由で、遊んでいる学生とかボンクラ教員まで養っていけるんですっけ?フラスコは、そんな余裕がないから、貧乏人から税金を絞りとるよ、ってな話しか聞いてませんが。

他の反論は、こんなとこ。
「だって、学歴がなくちゃ出世できない」
「大学に出てなくちゃ就職先がない」
勉強が好きでも得意でもないけど、大学に来る理由はこれなんでしょうな。

実際のところ、学歴社会が続いてるのは知っています。
以前のエントリでこんな風に書きました。
学歴主義の崩壊とは

「いい大学に行けば、内容がボンクラでも、いい就職ができる」

という神話が、

「いい大学に行っても、内容がボンクラでは、いい就職ができない」

となっただけで、

「二流大学、三流大学でも、実力があればジャンジャン就職できる」

ようになったわけじゃないんですよね。

(中略)

もうそろそろ「そこらへんの大学卒業」なんて、以前のように就職のパスポートにはならないってことに気づきませんか?
二流大学の人間として認めるには辛い事実ですが、完全な現実です。資格のある医療系はともかく、文系の学生の苦闘ぶりを見ていると、彼らの4年間に意味があったのか?と考えたくなることもしばしばです。もっと言ってしまえば、大学で時間を無駄にしただろう、と言いたくなるわけです。そんなとこに就職するなら、高校でて、すぐ就職して、手に職つけた方が賢くなかったか?とか思ったりします。

が、世の中には、二流、三流大学をありがたがる企業がまだ多く、ダメ人間の受け皿として機能しています。二流大学の経営サイドとすれば、就職率を確保してくれて非常にありがたい話ですが、まあ、正味な話、バカじゃねーの、と。
うちの訓練されてない学生をとるぐらいなら、高卒を3年契約で安く雇って働きながら勉強させて、4年目に大卒より高い給料で雇用する、ってことにした方がよっぽどいい人材とれますよ。または、しばらく経験させた上で、大学に4年間いかせるという契約にしてもいいんじゃないですかね?ああ、妄想なんで、穴だらけの意見かもしれませんが、現状の大学の歪みは、大学だけでは直せないって話です。

大学は学問するところです。
本当は、そんなに需要はないはずです。
みんな、そんなに勉強好きじゃないんですから。
なのに、大学は多過ぎます。
その需要をつくっているのは、へんてこな人材でも雇っちゃう企業です。
一教員としてはありがたいですが、一国民としてはちょっと迷惑です。

大学があるべき姿に淘汰されるまで時間がかかると思いますので、教員として、うちの大学にきて、自分の講義を受けたら、ちょっと違う学生になってほしいと願っています。
「お、あの大学の学生いいじゃないか」と企業が評価してくれるなら、今の歪みも多少は我慢できるってもんです。

なので、大学に「うちの子をなんとかしてください」ってのは、本当はおかしなことなんですよ>ご父兄

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大学について、建設的に議論を発展させたいので、トラックバックしますが、書き上げてみるとあまり建設的な議論になっていないかも…と思ったり。
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[大学]諸君 私は学ぶという事が好きだ【北九州市立大学、ある学生のBlog】at 2009年11月07日 00:25
この記事へのコメント
このエントリの内容には完全に同意です

以前,某大手商社に勤めている友人に「採用に際して大学の成績もしっかり考慮して欲しい」といったところ「それには,まず,ほかの国のように,大学側が学生に厳しくしてくれないと」といわれました

ただ,いろいろな大学で非常勤講師をした経験からすると,入試偏差値は低くても,学生のケアを充実させつつ,大学は(学生も)学問をするところだ,という態度を(建前であっても)維持しているところはありますね。うちの大学はぎりぎりです

しかし,大学が研究者にとっても研究しにくい環境になったのはいつの頃からなんでしょうか
Posted by 隠れ愛読者 at 2006年02月04日 03:16
私は現在高2で大学を目指していますが、自分も学歴欲しさに必死です。
超一流の大学を目指せるほど根性はありませんが、それなりの学歴は「持っていても損はしない」とやはり思えるんですよね。

でも、大学に行くからには勉強(学問(´・ω・`;)?)したいです。
4年間という時間と、お金を払って手に入れたのが、「学歴」だけでは釣り合わない。
社会に出てからじゃ、忙しくて勉強したくても難しいでしょうし。

なんていってる自分は、中学時代さぼって現在底辺高校にいるわけですが。

「勉強好きじゃないし、地頭が良いわけでもないし、家にお金をいれたいから」といって就職しようとしている知人は素晴らしいと思いました。
現実でひどい大学進学者(公募推薦で実力もないのに運だけで受かったとか)を見ているので、フラスコさんが企業側に対し「バカじゃねーの」と思われるのも少しだけわかる気がします。
Posted by じおるす at 2006年02月04日 03:44
うちの父は家が貧しく、高専へ行くのが精一杯で、大学へは行きたくても行けずに、就職した人間です。大手に就職しましたが、やはり40代になった頃からは出世で東大京大などに遅れをとりはじめようです。
そのような父からは、学びたい人間だけが高校へ行け!さらに学びたい人間だけが大学へ行け!といわれて、そのようにして育てられました。高校生になって浮かれていましたら、勉強したくないならやめろ、と自主退学をするようにとまでいわれた日々です。そのスパルタのおかげで今日があるようなものですが。
にもかかわらず私は、塾でのアルバイトでドーピングにドーピングを施して、一人で勉強のできない子供を日々中学高校大学に送り込む毎日です。手を貸す私が悪いのか、勉強しない子供が悪いのか、塾に勉強をおしつける社会が悪いのか…フラスコさんのエントリをよみながら苦悩する日々です。
Posted by 現役大学生 at 2006年02月04日 09:47
私も自分のところでブツブツ書いたり書かなかったりしているテーマですが、以前のエントリからの流れを含めて、私の考えと一致する部分が多く、フラスコ先生のご意見に納得です。
職場が賃金格差の対価として従業員の学歴に何を求めているかということについて、学生や親御さんや、下手すると大学の経営陣まで、根本的に勘違いしている方々が多すぎます。

>訓練されてない学生をとるぐらいなら、高卒を3年契約で安く雇って働きながら勉強させて、4年目に大卒より高い給料で雇用
これは特に激しく同意。高卒だとどんなに有能でもいつまでも安月給でこき使われるばかりで、後から入ってきた大卒以上にあっという間に給料抜かれる職場を実際に知ってますから。
Posted by optical_activity at 2006年02月04日 13:27
結局のところ、どこの会社でも学歴が関係してくるんですよね・・。
本社採用で幹部候補として採用されている人たちは、国立大学院の人たちばかり。
大卒は、事務系へ採用。
・・・ということを兄の就職先のことをきいて思いました。
兄も国立大学院だったため、はじめの方で採用ですが、周りは有名国立大学院ばかりだそうです。

授業をサボるような学生は、たいていの場合、レポートが終わらないとか遊びに行くからとかバイトがあるからという理由。
私的には信じられない理由です。
サボることじたいが考えられません。
自分が損をするだけだと思うのです。

そんな学生を雇う会社も会社だと思います。
有名大学にいるから『良い学生』とは限らない。
有名大学に言っている学生ほど問題を起こしているような・・・どうでしょう??
Posted by nomu at 2006年02月04日 18:26
nomuさん、最後のところは訂正していただきたいです。同じ大学だからかばうつもりは毛頭ありませんし、彼らのした行為も立件されれば重大な犯罪です。しかし、大多数の京大生は善良な学生であり、勉学も研究もバイトもサークルも満喫しているだけです。授業にただ出席するだけのことがさほど評価されない土壌もありますが、大多数の学生は放課後は図書館にこもり、自学自習をしております。大学でカテゴライズし、非難することの誤りは、称賛することの誤りと同義であるように思われます。有名大学生の方が犯罪を起こしやすいのではなく、ニュースになりやすいだけです。
Posted by 現役大学生 at 2006年02月04日 19:24
フラスコさんは企業の人事に携わっていた事や、高校生を教えた事があられるんでしょうか?
もしあられないようでしたら、企業から見た大学生、高校生と比べた大学生を見ずに大学生を役立たずと言い切れる根拠はどこなんでしょうか?
Posted by ハーネス at 2006年02月04日 21:42
後、ここに書かれている大学生の大学へ進学する理由って、高校生にも当てはまるような気がします。
そんな理由で高校に進学した人達なら大学に進学する理由も一緒になっちゃうのかなぁ…と。
どこかでこの流れを切れないものでしょうかね…。
愚見・連続書き込み失礼しました。
Posted by ハーネス at 2006年02月04日 21:45
現役大学生さんへ

有名大学学生が事件を起こしやすいと言ったのは、TVだけの報道を見て述べたわけではありません。
普段の生活の中で色々な大学の学生と会います。その中で起きた出来事からも述べています。
TVや新聞でもどんな大学の学生の事件も取り扱っていると思います。
どんな大学でも真面目で善良な学生は、沢山います。

>授業にただ出席するだけのことがさほど評価されない土壌もありますが、大多数の学生は放課後は図書館にこもり、自学自習をしております

学生の一番の仕事は、バイトでもサークルに参加する事でもなく、勉強する事が一番の仕事なのですから、学生が勉強するというのは当たり前の事だと思います。


余談ですが、幾つかの某有名大学の講義を受けに行っていますが、その時の学生の態度に不満を持っています。

根拠のないことを述べているようで申し訳ございません。私の述べた事は、気にしないで下さい。

Posted by nomu at 2006年02月04日 23:23
横から突然失礼します。いくつかに分けて。長文すみません。

私も犯罪などでよく叩かれている都内の某私立大学に通うものですが、
現役大学生さんの意見には少なからず共感する部分があります。
叩かれている側からこういうことを言うのもなんですが、何人も在籍する学生のうちの数人が犯した行為、
これは確かに決して許されることのない愚かな行為で叩かれても仕方ありません。
しかしこういった人たちのために普通に学んでいる人間まで同じように、
○○大だ、としてバッシングされてしまうのは、正直やりきれません。

しかし、そうは言ってもやはり有名大の犯罪というのは近年目に余ります。
こういったこともフラスコさんの書く進学率の異常さと
関係あるのかもしれませんね。
Posted by abc at 2006年02月05日 00:15
それと同時に、大学に手取り足取りの教育を求める現代社会の風潮が、
「有名なのにこんな犯罪者を出した○○大学が悪い」といったような
単純なバッシングを、生む構造を作り上げているのかもしれません。

講義の態度について、ですが、これもまた確かにうちの大学でも
態度が不良な学生はそれなりにいます。しかし、そういった人間を
擁護するわけではないのですが、皆が皆生真面目に授業に臨むというのは
現状ではむしろ不自然な形と言えるのではないでしょうか。
大学というのは主体的に学ぶ場なのではないでしょうか。
極論ではありますが、中身のない講義を展開されても、皆で黙って
最初から最後までそれを必死に聞いてノートを取る、
それは学問ではなくただの“お勉強”だと思います。思考能力のない、受動的現代的優等生でしょう。
Posted by abc at 2006年02月05日 00:17
実際充実した講義では、大人数の講義であっても態度に問題はあまり見受けられません。
こういったところは、学生が悪い、というよりは、フラスコさんが以前書いていらっしゃった
教育面を軽視した教員採用を行う大学の現実に問題があると言えるのではないでしょうか。

ニュースに出る犯罪者、自分が知り合う他大生、受講したいくつかの講義、
これだけで膨大な人数の有名大生が事件を起こしやすいとしてしまうのは少し短絡的に過ぎるのでは、
と思います。ほんの一握りの統計で結果を導いても学問は成り立たないように。
勿論、nomuさんの言うように、有名大学にいるから『良い学生』とは限らない。
という事に関しては事実だと思います。
Posted by abc at 2006年02月05日 00:17
 大学進学と大学卒業についての本音や建前というのはたくさん語られますが、当人の事情という個人差があるので、私にはすんなりとは理解できません。学生の個人的な事情というのは様々で、複雑なこともあるのではないかと思います。答えは一つということではないと思います。
 たぶん、こういった議論も職業や経験から湧き出る情熱の一つではないかと思いました。
Posted by ヨシカワ at 2006年02月05日 00:19
>個別の売り物は「単位」になります。けっして、その段階に達するまでの手とり足とりな教育ではありません。

前半はその通りだと思います。単位を取れない学生に温情で単位を与えて卒業させるべきではないと思います。

でも後半はちょっと違うかな?私は化学系なんで、学部生が自分で研究できるようになる準備段階として実験の実習を教えています。ここで実験操作をちゃんと身につけていないと、最悪周囲にまで命の危険がおよびます。ということで、実習系の単位については話が別だと思います。単なる講義についてはフラスコさんに同感です。

>教員が研究する姿を見せ、その一端を紹介し、あとは学生が這いずり登ってくればいいのです。

大部分の学生はそういう発想にすら至らないのが現状でしょうね。何でも教員が教えてくれるものと思いこんでます。
Posted by Makkurikuri at 2006年02月05日 10:18
私が大学に入ったのは、同じ勉強が好きで議論できる友達に出会いたいと思ったからです。
もちろん、親が学歴主義なのも一理ありますが。

でも、大学にそんな議論ができる人は皆無です。
大学院に入ればいるかもしれないけど、勉強が好きで入ってきた人はいないでしょう。
でも、子供にはあまり責任はないと思います。
生まれたときから大学に入るように教育されてきたんだし、社会も大卒に求人をかけるんだから、仕方ありません。
しかも、高校では「大学に入ったら思う存分遊んでいいから、今は死ぬ気で勉強しろ!」という教師がいるのだから。
みんな、大学に入ったてまで勉強する余力はないのかもしれません。
Posted by アンパンマン at 2006年02月05日 13:57
有名大学生が事件を起こしやすいのではなく、有名大学生だからマスコミがおもしろがって大きく報道するだけじゃないでしょうか。
無名大学なら「○○県の大学生」と報道するのに対し、例えば東大なら「東大生」と報道し、見ている人にも印象に残りやすいと思います。

有名大学だから事件を起こしやすいというのは、2流3流の学生及びその出身者のねたみにしか聞こえません。

少なくとも「有名大は事件を起こしやすい」などと有名大学生及び出身者が言うはずありません。

モラルのない人間と学歴は全く関係ない事がわかるでしょう
Posted by 都内私立大学附属高校生 at 2006年02月06日 13:35
たくさんのコメントありがとうございます。
同意コメントについては、まとめてありがとうございます。
有名大学問題については、別にエントリにしようと思いますです。

で、コメントしないといけなさそうなとこにのみ返信します。
>ハーネスさん
>フラスコさんは企業の人事に携わっていた事や、高校生を教えた事があられるんでしょうか?

高校生は塾で教えていた経験があります。大学を卒業する学生が、高校生と大差ないことが多々あることを実感しています。
企業の話は、人事に関わる友人からの伝聞も含んでいます。企業から見た大学生が使えないという話ではなく、企業が大学の教育に期待していないということをきいてます。
Posted by フラスコ at 2006年02月06日 14:04
言いたい事はわからなくもないが,理想論を振りかざして自分のところでまともな学生をろくに育てられない言い訳にも聞こえる.父兄に間違っていると指摘するのは全く小気味いいことなんだが,淘汰されて残るのはそういう父兄を曲がりなりにも納得させることのできた大学と,ごく一部の真の精鋭をそろえた大学じゃないのかと思うわけですよ.モノの意味は時とともに変わるのだから,死んだ意味に囚われている存在は淘汰される.
Posted by 卒論締め切りだ… at 2006年02月06日 16:52

あと高校生の話をしていましたが,それは所謂金の卵銀の卵というやつじゃないでしょうか.確かに高度経済成長時代はそれでうまくいった.しかし企業がそういうことをする余力がなくなって,さらに高卒の早期離職者が増えていくにつれてそのやり方が維持できなくなり今のようになったのでは?
学歴は…どうでもいいや.学位が大学で得たものの証明になっているとは到底思えません.個人的には学位を抜きにしても年50万くらい払っただけのものは勝ち取ったと思っている.
Posted by 卒論締め切りだ… at 2006年02月06日 16:53
ごく一部の大学だけが残ればそれでいい。

無駄な大学と大学生が多すぎる。
Posted by q at 2006年02月06日 22:35
「大学は何をするところだっけ?」については学生さんだけでなく教官についてもいえると思います。ろくな研究、ろくな講義もできない教官達。「大学でなにやってんだ?」と私は言いたいです。まずその人たちをなんとかするのが、学生さんについてうんぬん語るより先のように思います。そして、その人たちをなんとかするのは少なくとも入学してくる学生さんではないハズです。

オレはやってるぞ!という教官にしても所詮は狭い世界の中。一歩社会にでればそんな教官でも使い物にならないケースがほとんどでは?と思います。外側から大学を見れば、学生さんも教官もおしなべて同じようなレベルだと思います。

つまるとろこ、教官だからといって、あまり学生さんばかり批判はできないのでは?と思うしだいです。
Posted by まつを at 2006年02月06日 22:44
 現在の大学事情について質問したいのですが。20年も30年も昔であれば、高卒者でも就職口はありました。しかし、今は高卒者以下は一生に渡って生活を保障できるだけの就職口はあるのでしょうか。また、学歴の上昇に伴って、ただの(偏差値が低い)4大卒は昔の高卒ぐらいの就職状況ではないでしょうか。4大にいくというのは高校を卒業するのと同じ感覚になってきたように思います。
 一部優秀な学生と優秀な大学教員が「大学なんか来るな」といっても、それに当てはまらない場合もあると思います。自分の優秀な経歴でものを言っていても、実際は偏差値の非常に低い大学も認可されていますし、そこに通う学生はたくさんいます。「高みに手が届く者しか与えない」という学問もいいのですが、「ついて来い」式の感覚では、学生またはその保護者のニーズには応えていないのではないでしょうか。現在の高校や塾は消費者のニーズというものをよく知っています。
Posted by ヨシカワ at 2006年02月07日 00:21
大学でもちょっとだけ教えたことがあります。立場が似ているだけあって,フラスコさんの意見に完全に同意します。(以下を見れば判る通り,私の方が攻撃的でしょうが...)

4年間,勉強をせずに友達と遊んで過ごし,そこから何かを得た,という意味で"充実した大学生活であった"と言う学生が多くいることは理解しますが,主張は全く同意しません。大学に所属せずに,無所属で遊べば良い。大学は学問のためにある所で,学ぶ気がない者は対象外です。そんなのは入学させるな。いや,前もって知るのは難しかろう。せめて,卒業させるな。

もっと言えば,義務教育レベルのことが出来ない人間が高校に入る時点でおかしい。分数の足し算ができない小学3〜4年生レベルの人間を入学させてしまうような高校/大学は,一度潰れるべきだと考えます。
Posted by 研究員A at 2006年02月07日 10:40
都内私立大学附属高校生さんへ

>無名大学なら「○○県の大学生」と報道する

大学名をだしている新聞やTVもあります。無名の場合、知ってる人は地元の人という場合が多いかもしれませんが。

>有名大学だから事件を起こしやすいというのは、2流3流の学生及びその出身者のねたみにしか聞こえません

私は、ココで言われている2流3流の大学に通っていると思いますが、「ねたみ」で言っていません。
私が考える有名大学というのは、スポーツで有名とか勉学優秀で有名、歴史のある大学として有名というような大学。

>「有名大は事件を起こしやすい」などと有名大学生及び出身者が言うはずありません

断言できないのでは?
色々な事で有名な大学の学生の友だちがいますが、「有名な大学って何かしら問題起こすし、迷惑だよ。有名大学に入っているという事を自慢そうにしている人ほど問題起こすし。」と言っていました。
Posted by nomu at 2006年02月07日 11:23
反論はトラックバックの方がありがたいなぁと思いつつ、コメントしますです。

>卒論締め切りだ…さん
>モノの意味は時とともに変わるのだから,死んだ意味に囚われている存在は淘汰される.
という一文は非常にかっこいいのですが、死んだ意味すら抱えてない大学がほとんどなのですが、いかがいたしましょう?
高卒の早期離職者が多いというのはごもっともですが、大学がその歯止めになっているでしょうか?きちんとしたデータがないので印象論になりますが、大学が早期離職者が減らしたということは考えづらいです。
企業の体力がなくて教育ができない問題は、エセ大卒であっても同様の問題をかかえると思われます。

>まつをさん
だから、そんな大学は潰れてしまえ、と思うわけです。
そんな教員に税金を費すのもムダです。
Posted by フラスコ at 2006年02月07日 14:02
>ヨシカワさん
申し訳ありませんが、一生を保証するような就職先は、日本のごく一部の企業ぐらいしか思いつきません。高卒だろうと、エセ大卒だろうと同じことです。
大企業だろうと、自分に実力があるから、職が保証されるのであって、三流大学という名はなんの保証にもなりません。だったら、若いうちになんらかの技術を身につける方が、大学よりは経済的に効率のいい方法だと思います。

レベルの低い大学が認可され、学力と言うよりはやる気とか習慣づけとかそういう問題でどうしようないレベルの学生が入ってきている事実は認めます。一生懸命学んでもついていけない、というのは「学ぶ」ということに素養がないということですし、それを教育できるすばらしい先生をそのレベルの大学に期待することに無理があります。
Posted by フラスコ at 2006年02月07日 14:32
で、保護者のニーズという話ですが、
「勉強できない子供を勉強できるようにしてくれ」
と言うことでしたら、
「うちの子をJリーガーにしてくれ」
と言うぐらいに困難な場合も多く、その原因は学習の習慣づけ、動機づけと言ったレベルの話になりまして、大学でなんとかするよりは、親が、小さいときからなんとかした方が効率のいいものです。
「知ることが楽しい」「我慢して頑張る」ということを親が教えていないのに、大学に期待されても無理難題です。

こういう風に、原因を親とか学校に分担するような議論はよろしくないとわかっていますが、大学になんとかしろ、と言われたら、そりゃ俺たちだけじゃムリだろ、と答えるしかありません。

保護者のニーズが「一生を保証する就職口を」ということならば、これまた無理難題です。高校や塾がニーズを満たせるのは、大学受験という単純な目標だからじゃないかと思いますが、いかがでしょう?
Posted by フラスコ at 2006年02月07日 14:38
トラバでなくて申し訳ない.
>死んだ意味すら
確かに死んだ意味すら抱えてなくて他に取り柄がないところは消える.ただ大学を学術の府としてではなく高校の延長として捉えていたとしても,ニーズをうまく酌んでやりくりする,所謂「経営」に成功した大学は生き残るようなシステムになっているんですよね多分.ここらへんは(『も』か…)俺のよく知るところではないのですが.

>大学がその歯止めに・・・
そのとおりだと思います.ただ言いたかったのはそういう高校生が大学に行かざるを得なかった(と思ってしまった)ので今の状況があるのではと.でも企業に体力がないのは仰るとおりで結果は言うに及ばずと.

まあ大学を出ただけで自分に必要なキャリアが出来上がるという認識は,学生としては捨てたほうがいいんでしょうな.少なくとも俺はそう思っていろいろやっているつもりなんですが.どうでしょうね.つうかマジこんなことしてる時間はない…
Posted by 卒論… at 2006年02月07日 14:44
あーいつの間にニーズの話が.
そうですね.だから口八丁手八丁の経営上手が生き残るのではと思ったりするんですが.教育・研究機関として正しいのかどうかはよくわかりません.
Posted by 卒論… at 2006年02月07日 14:47
 トラバできずに申し訳ありません。親の育て方が悪くできの悪い子を持ち、大学入学後もつまずきっぱなしの状態で卒業を目指す子が不憫でした。高校までは学校教師の親切な助言を頂き、未熟な子供が何とか成長したことに今更ながら感謝の気持ちが湧きます。また、大学の教育や研究という専門的な分野での公正な評価にをいただいたことで、本人も今後の自分自身を考えるよい経験になったと思います。今後は、社会に優秀な人材を輩出するという意味では中途半端な大学が消え去るかもしれませんが、その高いレベルを維持して頂きたいと思います。企業はかつてのような社員教育には力を入れることを止め即戦力のある学生を選ぶようですが、その人材使い捨てで企業モラルの質を落とすことなく、社会の質の向上に努めていただきたいと思います。トータルした素晴らしい社会になることを願って。
Posted by ヨシカワ at 2006年02月07日 15:53
よく言われる話だが、日本の大学は特に「大学校」ではないんだよな。高等教育機関ではないんだよ。モラトリアムを含めて、「人生」を学ぶところという認識する一派がある。確か糸井重里もそれを肯定する弁を述べていたような気がする。だましもサボりもここで学べ、という認識でその時期として4年間のコストを考えるという、日本独特の発想。

なぜかというとそれこそ他の国と同じようにはいかず、日本人はストリートや小中高とひたすら学問側面のみで幼児期〜青年期の人生形成をしている点が大きい。

大学というのはそういう意味で小さな社会の練習場。
人生の清濁を併せ持つ訓練場。いう考え。

フラスコさんには悪いが、それこそ、真の学問の徒に尽くしたいものの集う場、というのは私的だが正直大学ではなくて大学院や研究職、ポスドクに進む覚悟のあるものから先の領域、がその任をすでに担っているのではないかな?日本では。
Posted by 院中退 at 2006年02月07日 19:49
>院中退さん
モラトリアムとか、社会の余裕という考えもありますよね。
が、社会にそんな余裕はないんじゃね?という思いと、全然訓練なんかしてないじゃん、という一部の同僚に対する憤りがあります。
ルールが厳しいからこそ、だましやさぼりを覚えられるんだと思うんですけどね。

大学院からが学問だろうという現状認識には同意します。ぜんぜん悪くないです。
Posted by フラスコ at 2006年02月07日 23:44
「勉強の出来る、学問的なエリート以外は大学に来るな」って主旨でよろしいですか?
Posted by ありゅーしゃ at 2006年02月08日 03:46
「勉強以外にも各人の個性を生かせば、学歴なんか不問の社会を作りましょう。無駄に大学に行く事もないし、その方が社会の無駄も省けるんじゃないの?」という趣旨かなーと思います。

企業(旧東証指定銘柄)で働いた経験があるからあえて書きますが、先端の研究をするんじゃない限り高校の勉強をキッチリマスターしてれば大抵通用しますよ。

大卒でもマスターしてない人が多いですが。
Posted by Makkurikuri at 2006年02月08日 11:15
Makkurikuriさんに最上級の感謝を。
Posted by フラスコ at 2006年02月08日 14:04
「大学には学問を志す人だけが来ればいい。だけど、(学歴)社会がそれを許さないから困ったあな」という趣旨じゃないかと。
Posted by sin at 2006年02月08日 14:05
フラスコさんの意見に私は大賛成です。
Makkurikuriさん同様、私も某大手企業にいましたが、高学歴なんて何の意味もなく、それがどうした?って感じ。使えない人、多かったです。変に○○大学卒という肩書きを持ってると勘違いする人も多い。今の大学・大学院なんてモラトリアム。誰だって行ける時代ですから。頭がいいとかEliteだとか関係なく”目的”をきちんと持って大学に行くべきだと思います。何のために4年間あるいはそれ以上、お金かけてそこに居るのか・・・大事なのは学歴ではなく、その時間を意味あるものに出来るかどうかだと思います。
最後に”うちの子をなんとかしてください”っていう父兄・・・最悪だと思います。
きつい言い方をすれば、そんな親が多いから、なんでも人のせいにする学生が多いのかも知れませんね・・・




Posted by tenshinoringo at 2006年02月08日 16:18
>Makkurikuriさん, フラスコさん
「勉強以外にも各人の個性を生かせば、学歴なんか不問の社会を作りましょう。無駄に大学に行く事もないし、その方が社会の無駄も省けるんじゃないの?」

といっておきながら、試験の点数にゲタをはかせたりして、学歴をつくってあげてることに加担しているのは変ではないでしょうか?
Posted by まつを at 2006年02月08日 18:27
まつをさんのコメントについて、
フラスコさんが下駄を履かせてるかどうか、フラスコさんのブログをじっくり読んでないので分かりません。

で、Makkurikuriは下駄を履かせてます。私についてはご指摘通り、ヘンですね。痛いところをつかれました。

下駄を履かせる理由は色々あるんですが、それは置いといて、改善(?)を目指しましょう。
Posted by Makkurikuri at 2006年02月08日 18:56
なんだか久しぶりに盛り上がっていますね。
大学の実態の話題になるとコメントが多くつくというのは、やはり皆さんが今の大学とそれを取り巻く状況に違和感を抱いているからでしょうか。そんな私も昨年、ここである方と論争をしてしまいました。確かそのときも今の大学の実態に関するものだったとはっきり覚えています。
今の大学の内実に問題意識を持っている人々が上記の書き込みのようにいるにもかかわらず、当の大学や学生やその親が、はたまた社会の大学や学生に対する見方があまり変わっていないように見えるのはどうしてなんでしょうかね。問題意識を持っている人々というのは単なる取り巻きで中枢にいないということでしょうか。

P.S.
今回は前回と違ってフラスコ先生に許可をもらってここで論争したいものです・・・・
Posted by yusuke at 2006年02月08日 19:53
>まつをさん
変ですよ。でも、留年させようとすると、天から怒りがとびこんでくるのです。
ですので、せめて自分の講義では…、という一文になるわけです。

>yusukeさん
じゃ、許可。

しかし、はてぶにのったおかげで、いろんなとこに意見がかかれてます。

「さぼりてーために、こんなこと言ってんじゃねーよ」という意見が多くやや凹み。
フラスコは、まじめに教育してるんだよー、だよー、だよー(自信なくフェードアウト)
Posted by フラスコ at 2006年02月08日 23:52
私のコメントが取り上げられてますけれども。
なんか論点ずれまくってますね。

私のあのコメントの主旨は、学費をとって講義をする以上は、講義計画に基づいて所定の回数で所定の内容で行うのは当たり前のことだということです。

あなたはシラバス書いたりしませんか?講義計画は作らないのですか?学生には見せないのですか?

大学歴で講義日数が決まっている以上、その枠に応じた講義計画を立て、その通りに実行するのが本来の姿のはずですが(もっとも私は上手く行った試しがありませんが)。
Posted by とーりすがり at 2006年02月10日 09:36
あそこでも書きましたが、
>途中で内容が終わってしまうとか、余談ばかりになってしまうというのは、カリキュラムの設定も含めてそもそもの講義準備がなっていないからですよね。
>講義回数の指定を問題にするよりは、そういう教員側の懈怠を問題にすべきであるように思います。

ロースクールではこの点極めて厳格です。休講にはかならず補講が求められます。
最初は厳しいと感じましたが、考えてみるとむしろ当然なのかなと今では思っています。大変ですけど。
Posted by とーりすがり at 2006年02月10日 09:36
一点書き忘れ。

>で、怠け者の教員をどうにかするために、回数を指定してもムダよ、ということなんですが、それはご理解いただけます?

回数を指定「するだけでは」ムダよ、ということでしたら理解できます。
Posted by とーりすがり at 2006年02月10日 09:40
「学費をとって講義をする以上は」という主張の前提に、「学費=講義料」という考えがあるかと思うのですが、フラスコは「単位」が売り物という主張をさせてもらってますんで、「学費=認定料」であると思っています。

「この講義でこれだけのことを学んだことを保証します」ということが必要なのであって「これだけの回数の講義を保証します」というしばりはナンセンスであるという主張も変わりません。

回数とシラバスの話はコメント欄ではおさまりそうもないので、またエントリにしたいと思います。
Posted by フラスコ at 2006年02月10日 16:21
「学費=認定料」という言葉は、突き詰めると試験だけすればいいということになりますがそういう趣旨ですか?

「これだけのことを学んだ」の「これだけ」の設定の仕方を問題にしているのですが、伝わりませんか?
Posted by とーりすがり at 2006年02月10日 18:28
学生が自動的に「入ってくる」わけはなく、大学が許可して「入れている」という基本を忘れてませんか。
Posted by りまん at 2006年02月11日 02:46
>とーりすがりさん
ですので以前のエントリから、設定の仕方が問題であって、回数を指定することに意味はない、としています。
「試験だけすればいい」ということですが、理想論からすればYES、現実問題としてそこまで優秀で自学自習する学生は少ないので、なんらかの教育が必要になるわけですが、それが決まった回数の講義である必要はないと思っています。

>りまんさん
まったく忘れてませんよ。
Posted by フラスコ at 2006年02月11日 10:44
設定には当然講義回数も含まれるはずですが。というよりも講義回数を踏まえて講義内容を設定するべきではないのですか?回数は全学(あるいは学部)で共通のはずですから。

>「講義の回数」と「教育の内容」にはまったく関係がない
と言ってますが、そんなことはありません。回数に応じて内容を圧縮したり、あるいは関連分野まで広げたりするのが通例です。もっとも後者はほとんどないでしょうが。

ただ回数さえこなせばいいというわけではありません。回数に比して内容が不足するというのであれば、内容を充実させるべきでしょう。
Posted by とーりすがり at 2006年02月11日 15:22
では、入ってくる学生を批判しても仕方ないと思いますが。入試担当者を批判すべきでは?
Posted by りまん at 2006年02月11日 17:50
>とーりすがりさん、りまんさん

フラスコさんは、大学改革の旗ふり役ではないのです。「そんな大学は潰れてしまえ!」などとたまに過激なことをおっしゃったりしますが、しょせんは今の職場にしがみついて、たまにはゲタを履かせたりしている、どこにでもいる普通の大学教員なんです。

つまり、大学改革とかあるべき大学の姿なんて実は本気で考えてなく、ただ徒然にこのブログを楽しみで書かれているだけだと思います。よってこのあたりでこの話題は幕とするか、フラスコさんのおっしゃる通り、トラックバックにされるのが賢明かと思いますが、いかがでしょうか? 
Posted by まつを at 2006年02月12日 07:39
>りまんさん

なんででしょう?論理が想像もできませんが。
Posted by 研究員A at 2006年02月12日 11:40
お久しぶりです。
とても面白いエントリーですね。一連のコメントも興味深いです。
まつをさんのコメントは手厳しいですね。やはりそういう面もあるでしょうか。でも私にはフラスコさんは「本気で考えて」るように思えます。本気で考えてるからこそ、自分ができることを、すなわち教育・授業を精一杯やっていってるのだと思います。
僕は(ここに書かれていることが本当ならば?)フラスコさんほどしっかり大学教育をしようとしてる人には会ったことがありません。どこにでもいないです。
だからこそ、ブログで鬱憤をはらさずにはいられないのかな。とも思いますし、それですっきりして明日への活力になるのならば、是非とも鬱憤はらし続けて欲しいです(笑)
Posted by 生物系研究者 at 2006年02月13日 09:19
>とーりすがりさん
「内容重視」という点では一致してますが、改善方法の段階でおたがいゆずれないみたいですね(笑)
フラスコは、回数と内容にある相関は見た目上のものであって、回数を増やすこと(制限すること)は無意味であると思っていますし、そのことはまたいずれエントリにさせていただきます。

>りまんさん
入学させた人も責任はありますね。
入学しちゃう学生や、入学させちゃう親も責任はありますね。
そんな大学をつくった人、許可した人も責任はありますね。

>まつをさん
どこにでもいるなんて失礼な。
こんなに研究しない教員がそこかしこにいるなんて思われたら、他の大学の先生に失礼ですよ。
で、トラックバックは歓迎します。
Posted by フラスコ at 2006年02月13日 12:13
>研究員Aさん
それは想像力不足です。自分が否定した論理があるはずです。相手の仮定が自分とかけはなれていると思えば、いくらでも想像はできると思います。

>生物系研究者さん
ありがたい御言葉、心にしみまする。うっぷん晴らしになっていたとは気づきませんでした。はい。
Posted by フラスコ at 2006年02月13日 12:14
でも大学におられるんでしたら、大学の入試担当者が一番近くにいる責任者だし、一番変えられる可能性があるところですよね。本気で考えるならそこでしょう。大学教員って学生のせいにする人が多いですが、攻撃しやすいところを攻撃しているだけのように見えますよ。
Posted by りまん at 2006年02月13日 14:42
教授たちを変えれる可能性は、残念ながら皆無です。
普通の企業で、バカな上司を変えれる可能性がないのと同じだと思います。
自分は変われますが、他人を変えるのは困難です。

ちなみにこのエントリが主に攻撃している相手は、親御さんです。はい。

そして、とりあえず学生を攻撃して満足する癖は、このブログにはないと思うんですが、いかがでしょう?ためしに、2004年8〜9月あたりの昔の日記をごらんいただければ幸いです。
Posted by フラスコ at 2006年02月13日 22:57
 自分が学生の時は親に世話になったなあと漠然と思っていましたが、自分が親になってかなり苦しむことがあります。それだけ子育ては楽しく面白く苦しいものなんでしょう。そういう日々があっという間に過ぎていきましたが、それにしても大学の学費は高いです。私立の高さは何とかならないものでしょうか。
 大学の体質はそう簡単にはかわらないことも多いでしょう。しかし、改善や改革を諦めたり、また、単純に切り捨てていくような印象の言葉はがっかりします。先生は毎年学生や親を相手にしてうんざり気味のようですが、学生や親は一度っきりの大学との付き合いに期待しています。ですので、攻撃している相手は親御さんですとはっきり書かれても、、、このブログはフィクションということでしたね。
Posted by ヨシカワ at 2006年02月14日 08:55
>>研究員Aさん
>それは想像力不足です。自分が否定した論理があるはずです。相手の仮定が自分とかけはなれていると思えば、いくらでも想像はできると思います。

幾らでも想像はできるでしょうが,どれが正解かを選ぶ手がかりは全く不足しています。それは,”全くわからない”というのとどこが違うのでしょう?

人とコミュニケーションを取る上で,幾らでも想像できる状況を放置するのが誠実なやり方とは私には思えません。まあ,フラスコさんが不誠実でも私は別段困りませんので,これ以上は特に書きません。
Posted by 研究員A at 2006年02月14日 09:06
>ヨシカワさん
フラスコの大学に来ていただいて、フラスコの講義を受けていただければ、改善や改革はまったくあきらめていません。周囲の教員にも浸透しつつあります。
が、大学全体を見渡すと、上記のエントリになります。

教育する責任を放棄して押しつけてくる親にもうんざりしてるの若干事実ですが。

>研究員Aさん
>なんででしょう?論理が想像もできませんが。

という文面を率直に受けとったんですが、そういうネタはお嫌いだったみたいですね。すいません。
Posted by フラスコ at 2006年02月14日 11:22
AO入試やらスポーツ特待生もどきやら、早稲田や慶応のレベル低下がひどすぎる。
Posted by a at 2007年04月27日 23:49
とても類似した内容を「大学で何を学ぶか」(発行したのはたしか20年前?)という本で読んだ気がします。
たまたまでしょうか?ほとんどコピペに見えるのですが。
Posted by 大学生 at 2011年05月19日 00:48
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ナイキエアジョーダン11 Kobe http://cgi-games.com/~kazuaki/cgi/diarypro/data/nike.php?list=7
Posted by ナイキエアジョーダン11 Kobe at 2013年11月11日 04:33
たまたま大学教育についての調べ物をしていて、このエントリーを拝読しまして、思うところがありましたのでコメントいたします。
まず、私も貴殿の書かれている内容に全面的に同意いたします。
しかし、ここで批判されるべきは、当の学生や、学生の保護者ではない、と私は思います。
大学教育が現状のようになってしまった社会的背景、今後大学教育がどうあるべきか、そのためには社会の側がどうあるべきかを考えずに、大学が学問の府であることを無批判に称揚するのは、余りにナイーブではないかなと、少々疑問に思います。
大学を取り巻く現状については、大学教員を含む、大人全員の責任であって、若者の責任ではありません。だって彼ら/彼女らは、現状のルールに則って、ある意味では真面目に大学進学を選んで、通ってきているんですから。そこに、学生の選択の余地は、あまりないと思います。
その意味で私は、たとえ爛丱学生爐罵っても、『入学させてしまったのであれば、大学は最後まで面倒を見るべき』だと思います。
大学は学問をする場所であるというのは美しい理想で、私も大いに賛同します。そして、大学教員が満足な研究の時間も取れないこと等、非常に理不尽な状況におかれていることも存じ上げています。
しかし、大学は同時に、社会の一側面である(でしかない)のもまた事実です。
大学の教員も含めた大人の側が、さらに広い視野から大学と社会の関わりを見つめ直し、互いの身の振り方を考えるべきであるというのかま、大学を内側•外側の両方から見てきた大人である私の意見です。
通りすがりの者が偉そうに失礼しました。
Posted by 只野通りすがり at 2014年08月17日 23:59