2006年10月28日

わかったような気がします

質問にきた学生がこんなセリフを言ったなら、フラスコの気力と時間に余裕があるときは、こんな風に言ってみます。

「じゃ、もう一回、言葉で説明してみて。あ、ノートとか教科書見ないで」

すぐに不安になってしまう学生。
そりゃそうです。聞いたときは、わかったような気にはなりますが、このぐらいの時間でわかるわけがないのです。自分の脳味噌でインプットとアウトプットを繰り返さないと、自分のものはならんのです。
だてに大学の講義が、予習復習含めた時間で単位を出してるんじゃないのよ。

「身についた知識ってのは、自分の言葉で話せるもんよ。それができないってのは、自分の中にアヤフヤなところがあるんだよ。定義とか覚えるのも大事だけど、つまり、どういうことなんだろうってなことを言葉にできるようにしてみ。」

自分で言葉にできるようになったと思ったら、もう一つすすめておくこと。
「なんとなく、言葉になってきたなぁ。じゃ、他の教科書も2〜3冊眺めてみて、そこらへんをどんな風に説明してるか読んでみ。」

教科書の説明も十人十色なところがあります。自分の理解に間違いがなければ、「ああ、こんな説明もあるのか」「なるほど、こう整理した方がわかりやすいかも」と、いろいろと感じとれることがあるでしょう。理解が正しくない場合には「あれ?」「あれ?」となってしまうこともありますが。

で、そこで教科書以外の本はどうかというと、あまり簡単なものはおすすめしません。ちまたの「図解なんちゃら」「よくわかるなんちゃら」「マンガでわかるなんちゃら」のほとんどは、あくまで著者が「こんな説明だったらわかりやすそうだよね」と思う解説をならべたものです。正確な定義とか面倒なことはちょっと横においといて、頭の中にイメージをつくる手伝いにはなるかもしれません。
でも、正統派の教科書を何冊も見比べて得た自分なりのイメージには、かなわないわけです。根拠はないですが、同意してくれる人は多いんじゃないかと思います。ね、ね?

ということで、本日のまとめ。
「自分の言葉でまとめられないことは、わかっていないこと」
「わかっていることは、説明のしかたの違う教科書を読むことで、さらに確認できる」
おためしあれ

banner←たまには教育らしきこともしてみないと。

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この記事へのコメント
大学でそんなことやってるようじゃ、やばくないかと。
受験予備校で最もよく見られる話。特に予備校の講師という方々は、勉強
内容を用いたエンターティメントを提供するのに特化した方ばかりだから、
「面白かった」「分かったつもり」にさせるのが非常にうまい。
そこを見抜ける受験生は、予習をして意味不な部分を把握して、復習をして理解できてる状態でそのまま頭にインプットするという…

逆に言うと、プロフェッショナルな講義というのは、突き詰めると彼らのような形のものになるのかもしれない。こんな所にも、日本人の研究意欲の底の知れなさを感じる。
Posted by   at 2006年10月31日 03:10
大学の講義は予備校のプロとはちょっと違うのでは?
消化の悪そうなごつごつした素材を提示して、それから何をどんな筋道で考えるかの訓練ではないか、と。知識は自分で調べることが原則、と云いながら、教えてはいますけど・・・。
Posted by alchemist at 2006年11月19日 13:59