2008年01月12日

信じるものは救われる の対偶


忘年会での帰り道の話。
交差点にスピーカーつきの看板を持って立ってらっしゃる男の方がいらっしゃいました。
スピーカーから流れるお言葉は、神様を信じなければ救われないぞ、早くおまえも信じるのだ!という、無事でいたけりゃミカジメよこさんかい、という特殊な職業の方の言い分にも似た内容でした。

それをきいていた某先生が酔いに任せて一言。
「恥ずかしい」

それはいったいなぜ?
と、ふってしまったが最後、フラスコはその先生の宗教解釈をきくことに。
いわく、「信じる人は救われる」というが、それは信じる人が救われるということを保証するだけであり、「信じない人が必ず救われない」ということではない。
なるほど、信じる人は救われるの対偶は、救われなかった人は信じなかった人だというだけで、信じない人が救われないということは真ではないということですな。

「神を信じない者を一切救わないような狭量なものであると宣伝するなんて、本当に恥ずかしい限りです」

そうですね。自分の言うことをきかないと大変なことが起きるぞ、なんていう狭量な生き物は、大学の中だけで十分です。

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この記事へのコメント
フラスコ先生ともあろう人がネタ元の歌を明記しないのはいけませんね。
Posted by 西の年齢不詳 at 2008年01月12日 23:59
私はこういうケースでは、そこに歌の題名を書いていない良さを感じます。おそらくその歌を知っているからでしょう。
わざわざ言わなくても分かり合える良さというのは、日本人としてあっていいと思いませんか。
あるいはもし知らなくても「あぁ多分これは何かの抜粋だな」と分かる、思わせる節があればいい。
そこから自分で調べて、「あーこの曲の一部なんだなぁ」とか思えればいい、と。
まぁ「著作権」というとてつもなく境界の分からないグレーな観点からすると、とりあえず書いておいたほうが無難という考え方もありなんですが。
そんなことしてると切羽つまりすぎて、世の中がどんどんつまんなくなっていくと思うんですが。これも欧米化の波なのでしょうか。
全然本題と違う話で盛り上げてしまってごめんなさい。
ちなみに私の宗教観は、レットイットビー、です。
Posted by インディアン at 2008年01月13日 00:31
>西の年齢不詳さん
ブルーハーツは、一般教養ですよ(嘘)

>インディアンさん
弁護ありがとうございます。

が、完全にフラスコの負けです。

ブルーハーツの「青空」は、必聴科目なので、学生は全員受聴のこと。
(偽日本語がまじっています)
Posted by フラスコ at 2008年01月16日 16:26