生活

2009年06月18日



ついに日本を出発しました。
今、ブリーフィングを受けるためにコペンハーゲンに来ています。
明日の朝、ジュネーブへ移動します。

6年ぶりの欧州生活です。



「お祝い、お断り。」とかのたまっていた割りに、ここ2週間、本当に本当に思いがけずたくさんの人々からお祝いをいただいたり、あちらこちらで送別会を開いてもらったり。お花もたくさんもらったよ。心から感謝すると同時に、自分自身に問いかけ続けています。「わたしは、それだけの愛をみんなに返せているか?」持つべきものは友達と家族と親戚。これから、できるだけみんなにリターンできるよう、頑張ります。みんな、ありがとう!!!


全く予期していなかった不意打ちにより、思わず涙腺緩まったよ。
デザイナーの友からのカード。

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生活の新規一転に伴い、ブログも新規一転してみることにしました。
新しいブログはこちら→

これからもよろしくお願いいたします。

ではでは。
あや@コペンハーゲン

(15:17)

2009年06月05日



京都に数日行っていました。


ある日、ナムが「釣りに絶好のスポットがある、夕飯を釣りに行こう」と言い出しました。そこで、友達から借りているという釣竿をもって、自転車を漕ぐこと20分(ナムはバイク)、桂川へ。


桂川の土手沿いをずんずん進み、草むらをかき分けて中に入っていくと、川のほとりに釣堀のような水溜りができていて、釣り人数人が釣りを楽しんでいました。ちゃんと足場も作ってあります。


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いぇ〜〜い (o^∇^o)ノ

と意気込み、他の釣り人さんたちの邪魔をしないように反対岸の足場へ。

よしっ!と釣りを始めようとすると


・・・・釣り糸も針もついてない (´−д−;`)

・・・「忘れた・・・。」とナム


「ここから10分くらいのところに、釣り道具売ってる店、見たことがある!すぐ買ってくるから・・・許して。」


再びチャリとバイクで、釣り道具屋目指す。


しかし、なにせチャリとバイク、スピードも走れるルートも違います。

よって途中お互いを見失うこと2回。私の携帯はナムのバイクに乗っているため、連絡手段なし(汗)



それでも毎回、小さい頃に教えられた『迷子になったら、その場所を動かず、じっと待ってる』という教えをしっかり守り、なんとかお互いを発見。

そんなこんなでやっと着いた釣り道具屋で、たくさんの釣り道具に目を輝かせるナムのお尻を叩いて釣り糸セットと餌を買い、改めていざ出陣

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そして本日の収穫。ちっちゃくてごめん。ちゃんと全部フライになって、夕飯のおかずに並びましたとさ。ちゃんちゃん。

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(09:33)

2009年05月22日



大変ご無沙汰しています。
本日は2つご報告がありまして。といっても、既に知っている方もちらほら。


(1) 数日前の大安の日に、籍を入れました。

ほとんどの方がご存知のとおりの、7年目の正直です(笑)。やっと!
これまで色々ありましたが、最終的にhappy ending ?ということで、無事。
いや、むしろ今まさにスタート地点に立ったところですので、これからも末永くご支援賜りたく、よろしくお願いいたします。いや〜、長かったね。これでめでたく、半分ベトナム人!になりました?(* ̄∇ ̄*)エヘヘ

ちなみに、式とかしません。そのうち、どこかで写真取るくらいで。
ハネムーンもしません。これまでの7年に、あちらこちらに行ってるし。
名前も変わりません。ベトナムは夫婦別姓なので。
そんなわけで、あまり実感も沸かず、戸籍が変わったくらいで、婚姻届を出す前と後で変わったことといえば、ほっとしたっていう安堵感と、ナムのお金をこれから公式に自由に使えるという権利、くらいでしょうか。はっはっは。って、これまでも、財布はほとんど一緒だったけどね( ´∀`)つ


(2) 6月中旬から、ジュネーブ(スイス)に赴任します。

赴任日はまだ確定していないのですが、6月中旬を目指して人事処理が動いている、ということで、そのあたりにジュネーブに赴任することになりました。
とりあえず2年間で、その後はどこへ行くことやら。Life is adventureです
ちなみに、ベースはあちらですが、担当プロジェクトはアジアなので、頻繁にアジア地区に訪れる予定(希望)です。相変わらず熱帯地域の寄生虫やら衛生やらです。あちらこちらで、誰かに会えたらいいなぁ。





そんなわけで、今後ともよろしくお願いいたします。ぺこぺこ。 

それから・・・自分から言うのもなんですが、どうかどうか、お祝いとかしないでください。ほんとに。お祝いとか考えそうになってくださっているそこのあなた、今、ほんとになんにもいらないんで、その代わりにどうか近々スイスまで遊びに来て、私に構ってください!それが、私にとって何よりの贈り物です!なにせ、照れますし、ただいま赴任用の引越し荷造りに奔放し、いかに身軽に移動できる人間になるか、という指名を胸に持ち物をどんどん削減中だったりもするもんで・・・v( ̄∇ ̄)v

ではでは〜。

(23:33)

2009年04月17日



【はじめに】

カオマンガイは、私の大好物なタイ料理です。シンガポールでは海南鶏飯(ハイナンチーファン)と呼ぶそうです。鶏を煮込んだスープでお米をたき、ご飯の上にゆでた鶏肉を乗っけて、辛いソースをつけて召し上がる屋台料理です。

【目的と方法】

これを自宅で作成すべく、時々研究をしているのですが、ちょうど昨日、友が「炊飯器を使った海南鶏飯の作り方」という画期的な日記を載せているのを見て、どうしてもカオマンガイが食べたくなり、今夜まねしてみました
要は、炊飯器でお米も鶏肉も一緒に炊き込んでしまう、ということです。


【結果】

じゃじゃん。

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【考察】

炊飯器を使うと、「お米を炊く前に鶏肉を煮込む」という手間が省けるので、調理時間が半分になってうれしいです

しかし、炊飯器でお米と一緒に鶏を炊く、ということは、どうしても鶏を炊きすぎることになってしまうらしく、お肉が若干硬くなってしまいました いや、もしかしたら、調理してる時点でお腹減ってたもんで、炊飯器を「高速炊飯」にしちゃったからかなぁ・・・。


【結論】

そんなわけで今回の調査では、どちらの手法も一長一短であると結論づけられました。


【備考】

ちなみに、友はソースに、コチュジャンと味噌を足していましたが、私は残念ながらコチュジャンがなかったので、味噌にタイスキソースやニョクマム、ジンジャー、摩り下ろしたニンニクなどを混ぜ混ぜし、さらにレモンがなかったので、ポン酢を使ってみました。そんなソースも十分美味しかったけれど、コチュジャンを使って粘土を上げたほうが美味しかったかな、という感想です。

ついでに、友の偉いところは、ちゃんとタイ米を使っている所。私は日本米を使ったので、どうしてもぺっちゃりします。


まだまだ研究の余地ありありです。

(00:01)

2009年04月12日



5月下旬?あたりから新天地へ赴任となりそうな気配が見えてきたので、赴任開始までの間繋がせていただこうと思っていたポスドクのポストを辞退させていただきました。
さいなら。。。ポスドク生活&研究費。。。(号泣)
ポストがポストなだけに、すぐに辞める(すなわち、成果を出せない)って分かってて給料&研究費頂く訳にはいかないもんにゃ。

で、赴任までの日々は赴任準備もろもろに当てるため、公式にぷー太郎となりました。あはは。今月もしも事故って死んだりしたら「東京都無職」って出ます


そんな卒業式の後のぷー太郎生活の備忘録。


1.高校同窓会

高校時代の同級生でアメリカ在住のずんこちゃん一時帰国につき、大急ぎで集められる子を集めてミニ同窓会を開きました。急な誘いにも関わらず集まってくれた総数12人。ちなみに我が高校は1学年3クラスしかなかったもんで、これで既に全同窓生の10%です

みんな素敵な美女になって、輝いていました。子供が小学校に入ったので大学院に進学した子、子供が生まれた子、婚約報告を持ってきた子、海外から帰ってきた子、海外へ出て行く子、実家の病院を背負う将来を考えている子、起業する子・・・10数年前はみんな似たような女子高生で一緒に受験勉強に励んだり、体育祭に燃えたりしてたのに、それからそれぞれに人生のドラマを歩んできて、こうやって今輝いているんだなぁ。みんなと会うたびにワクワクします。また喜んで幹事やります


2.鳥取帰省

ご先祖様方のお墓参り&そうじ、そしてじいちゃんばあちゃん孝行のため、母と二人、父母の実家である鳥取へ久々に帰省しました。

母方の祖母と親戚たくさんが住む町は、流し雛の里として有名で、ちょうど帰省日が旧暦の桃の節句に当たっていたので、町中あげての村おこし的流し雛イベントが行われていました。町の家という家が、たくさんのお雛様を飾り、観光客の方々にも立ち寄ってもらえるようにしています。
街中においてあるヤンマーのトラクター?までお雛様を着ていました。

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お店のおばちゃん手作りのキティちゃん雛・・・ちょっと怖い

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3.京都に寄り道

ちょうどナムが新居に引っ越す予定となっていたので、それに合わせて京都に寄りました。

引越し代をケチって、バイクで10回くらい往復して引越しを終えました。冷蔵庫を撤去するため、たまたま耳にした廃品回収車の宣伝を追っかけたり(ちゃんと捕まえましたよ、私)。途中でベトナム人の友がバイクの後ろにコタツを積んで帰るのを見て、ベトナムのXe Om(バイクタクシー)かと一瞬見まがいました・・・。

ちなみに新居は、まるで昭和のドラマか小説にでも出てくるような下宿でありまして。ちょっと面白い感じです。引き戸を開けると、下駄箱があって、靴がたくさん置いてあるような。隣の部屋の男性は、恐らく京大山岳部メンバーだろうと勝手に妄想しています(廊下にかなり本格的な山登り道具がたくさんおいてある。)。駅から近いので嬉しいです。


4.新年度スタート

ぷー太郎ではありますが、未だ研究室にたくさんの荷物を置いたままでありまして、教授も「行くまではずっといていいぞー」って言ってくださっているので、東京にいるときは研究室に通っています。だって、研究室大好きなんだもん

でも、毎日少しずつ荷物を整理しております。去る前に論文も書かなくちゃね・・・


5.那須に帰省(?)

なかなか那須に来るチャンスがないもんで、この週末を利用して数ヶ月ぶりに那須に来ています(父母が住んでます)。しかも、今回は親友ベトナム人とそのお嬢ちゃん(1ヶ月訪日中)を連れてきています。明日は那須ハイランドパークやらアルパカ牧場へドライブします




そんなぷー太郎生活はまだまだ続きます。

(00:16)

2009年03月24日



昨日、卒業しました。


卒業式、別に出なくていっかなぁ、とか思いつつ、一応出てみると、やっぱり出てみるもんでした。

気が引き締まります。あぁ、終わったんだなぁ、という実感と、春から新しいことやるぞーという喜び。特に今年はちょうど専攻主任である指導教官から、学位記を一枚一枚渡されて、大好きな先生への感謝の意がこみ上げるのでした。

ガウンは着ませんでした。修士の時に着たからいっか、と。女性は袴じゃなくて、着物(振袖みたいな)の子が多かったのが意外でした。そういう時代なのかしら。着物、いいね。色んな着物を鑑賞するのが、楽しかったです。


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先生からの言葉。


「学位なんてものは、実はたいしたもんじゃない。

もっと重要なのは、この専攻を出たことによって築き上げられたネットワーク。うちの専攻には環境経済や森林、社会学、水産、獣医学等等色んな分野の人がいる。異分野の人たちと日頃から付き合っている君たちは、環境中のどんな問題でも、ミクロにもマクロにも、また色んな角度にも焦点を自由自在に変えて見る力を養っている。それから、例えば私自身は水産学でドクターを取っているけれど、水産学にも海洋科学から分子生物学、微生物学、化学、物理、社会学などなど、色んなフィールドがあるわけで、自分にできることなんて高々限られている。そんな中で、社会に出たときに一番重要なことは、学位を持っていることではなく、『この問題なら、あの人に聞いてみよう』というネットワークを持っていることなんだ。」

で、だから同窓会に加入してください、という話に続くわけなんですが(笑)

たしかに、学位なんてたいしたもんじゃない。それよりもネットワーク。これからもどんどんネットワークを広げていこう。








ちょうど父母弟が東京に帰宅中で、かつナムも東京出張中だったため、夜はナムも含めた5人で我が家で手巻き寿司パーティでした。

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色んなことがゆっくりと、しかし着実に前に進みつつあります。

(08:55)

2009年03月14日



今週は毎日朝から晩まで研修を受けていました。
どんな研修かと言うと、2009年度に外務省からAssociate Expert (Junior Professional Officer) として世界各地のUNオフィスへ送られる、その審査に受かった人が今年は37人いるのですが(うち男性5人)、そんなみんなでUNにまつわる様々なことを学びます。


UN組織の仕組みや働き方から始まり、勝てるプロポーザルの書き方、プロポーザル審査の仕方、面接特訓、プロジェクト管理、果てはWriting skillsまで。


とにかくインテンシブで、朝から晩まで8時間以上ぶっちぎりで講義を聞き続けるなんてことは、久々に、というか、もしや初めてなのではないか、というくらいなのですが、講義をしてくださる先生方(主にUNの重役レベルで現在活躍されている方々)は、みなそれぞれにカリスマ性を持っておられて、プレゼンも上手く、とにかく毎時間引き込まれました。一度も寝ていません(笑)だって、突然指されたりするんだも〜ん

毎講義、目から鱗のお話ばっかりで、学ぶことが山ほどあります。

そして、そんな大先輩方も、もとのもとは私たちと同じJPOだった人たちばかり。気が引き締まります。なんてったって、JPOというのは、一番下っ端の下っ端に送り込まれる立場なわけですから。それを心して行くことがとても大事。そして、自分たちが日本から派遣されていくことの意義と責任の大きさを認識することも同様に大事。



同期みんなともすぐに打ち解けて、すごく良い連帯感を築けています。

みんなほぼ同年代(ほぼ全員30〜32歳)、要は似たもの同士の集まりです。これまで海外で色々な経験を積んできた人ばかり。中には、イラクにずっと駐在していた女性がいたり。毎日拳銃を携えて生活し、普段は流れ弾がバチバチ屋根に上がるので、絶対に建物の2階以上では生活しないとか、ネット接続が3分10ドルで、誰かが写真でも送ってこようものなら、それをダウンロードするだけで数十ドルが飛んでしまうとか・・・。すごいな〜。みんな優秀なもんで、講義中のディスカッションでは毎回関心&刺激され続けていました。まだまだたくさん勉強しなくちゃなぁ。

そんなみんなも、すぐに世界各地に散らばってしまう訳で。特に今年の同期には紛争地希望の子が多いので、寂しいです。スーダンとかコンゴとかアフガニスタンとか。


昨夜はみんなでとことん飲み、この同期ネットワークを大切にしていこう!と心に誓って、みんなと別れたのでした。





そんな中、博士論文最終版の提出期限もありまして・・・

毎日研修後には大学に戻り作業し、おとといに至っては終電まで大急ぎで印刷し続けてなんとか最終版を提出することができました。


おわった〜〜〜


最後の印刷は本当に大急ぎだったので、製本後にエラーが発覚する可能性大なのですが、もうしゃーない。


今週末は久々にゆっくりしています







(17:15)

2009年02月24日



10年前に、友と2人、中国シルクロードの旅をした。

中国西部のウルムチから上海まで2週間。当時2人とも英語はほとんどしゃべれず、ひたすら筆談で生き延び、とにかく、中国のすべてが新鮮だった若かりし頃

2つのちょっとした怖い事件を除いては、とにかくたくさん暖かな中国人の方々に最初から最後まで助けられて、素敵な思い出ばかり。中国万歳。


ちなみに、その2つの事件とは・・・

 |羚餽馥眄飛行機の恐怖

それは、上海から西安までの国内線。
まず、機内は自由席でした。「好きな席に座れ」っちゅうことでした。
そして、全席のシートの背が前に倒れていました。それを「よっこいしょ」と持ち上げて座ります。
機内食の時間、テーブルがどんなに頑張っても、出てきませんでした。
スチュワーデスさんに訴えると、かるぅく、「他の席へ移れ」とあしらわれました。
そして席を移りましたが、出てきたテーブルは斜めに傾いていました。
そして、飛行機が乱気流らしきものにぶつかり、遊園地のあの、ひゅーっと座席が落ちるアトラクションみたいに、数百メートル一気に下降し、内臓と足がふわっと宙に浮き、恐怖を紛らわすために無理矢理していたトランプが舞いました。そして、本気で泣きました。
後ろの席の赤ちゃんも泣いていました。
無事に飛行機が目的地に着陸すると、乗客全員が拍手しました。

それ以来、飛行機やちょっとやそっとでは落ちない、という信念を抱きました。

しかし、いまだに飛行機、嫌いです。



◆.Ε襯爛舛離曠謄訖写襪凌入者

そのホテルは、ロシア商人ご用達のホテルというだけあって、超社会主義的なホテルでありまして。すなわち、宿泊客は部屋の鍵をもてません。各階に「鍵娘」が座っていて、その娘がその階の前部屋の鍵を握っていて、部屋に入るときは、その娘に頼んで部屋の鍵を開けてもらいます。

その夜、私と友は2人部屋で寝ていました。

深夜、突然誰かが私たちの部屋の鍵穴に鍵を差し込む音がして、目が覚めました。

耳を澄ましていると、明らかに男性らしき声がドアの外に聞こえ、何者かが私たちの部屋のドアに、いくつかの鍵を順々に入れては、ドアを開けようと試みていました。
友も起きているかどうかは分かりませんでした。

不思議とそれほど恐怖は感じず、むしろ、誰かが入ってきた時にいかに対処するか、を冷静に考え、鍵穴を凝視するわたしがいました。


そして!




ついに鍵穴がガチャリと開きました。





しかし、幸運にもドアのチェーンをかけていたので、部屋のドアは開かず、外のなぞの男たちはそのまま諦めて去っていきました。

そのまま確認のため、私はドアまで歩いていき、チェーンを確かめ、外の様子を確かめてから、眠りにつきました。
急降下する飛行機には割りと平気だった友は、今回はびびりきっていました。

わたし、飛行機のように、自分の力ではどうにもならないものには、恐ろしく恐怖を感じるのですが、自分の力でなんとかしようのあるものには、意外と恐怖を感じないようです。


あはは。人生、いろいろあるよねぇ。

ホテルのチェーンは大事だよ。




その旅で出会った牛肉麺というラーメンがあって(蘭州が発祥の地)。

いろんな町に着くたびに、憑かれたようにこの牛肉麺を食べては味比べをしていた、というくらい惹かれた思い出の麺でありまして。


日本帰国後あの味を探し続けて10年!暇さえあれば、ネットで「牛肉麺」を検索し(やや誇張あり)。

ついに友が見つけた「手打ち牛肉麺」という触れ込みに騙されてもいい!と行ってみました


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佳佳(ヨシヨシ)
東京都港区赤坂1-1-16 細川ビル1F


当時の本場ものは、端切れのようなかすのような牛肉の破片が少々に、若干の香草が乗っかって、ラー油で赤く染まった麺だったのですが

上述写真の麺にラー油をたっぷりのせると・・・・ちかいっ!!!

このお店、メニューもとても豊富で、本場な雰囲気漂いまくり、いいかもですよ。
場所の割りに価格もリーズナブル


当時の思い出話に花が咲き。

そんな友はもうすぐママに。それでもいつかまた2人で冒険しよう、と心に誓うのでした。



(09:42)

2009年02月17日



ベンチャー企業先駆けとして、「論理思考」(ロジカル・シンキング)を小学生に教える、という一風変わった塾を経営している古い友と大学前の蕎麦屋でランチ。

彼が10年通い続けているというお店で、あたくし、唐辛子入れをぶちまけるという痛い粗相をやっちまいました

「あやちゃんよー、10年通ってるけど、粗相は初めてだよ・・・」

と苦笑され、蕎麦屋のおばちゃんからは

「唐辛子、ふーって目の前でしたろかー。ははは」

とかっ飛ばされ、反省・・・ 大変失礼いたしました・・・。


それにしても、一見高田純次よろしく「日本一いい加減でやる気のない男」の風体を取ろうとしながらも、裏では常に新しいこと、面白いことを考え続け、さりげなく行動に移し続ける友。

その正体、裏の努力、あたしは知ってる。頭あがりません






○●○●○●○●○

夜は、前の会社同期のご招待を受け、

バッハ《ゴルトベルク変奏曲》ピアノコンサート by Isidro BARRIO 
@すみだトリフォニーホール(錦糸町)へ。


音楽については恥ずかしい程に無知でして、バッハとモーツアルトの違いすら危ういわけでして(苦笑)、仕事中にClassic FMを聴きながすくらいの私ですが、ピアノ演奏を聴くの、実は大好きです


小学生の頃、回りの友達はみーんなピアノを習っていて、しかしなぜか私だけは習わせてもらえず(剣道+水泳のみ・・・体育会系な子)、しかしピアノに興味深々だったため、しばしば友達のピアノ教室について行っては、ピアノの横に座らせてもらって飽きずに見てました。

そしてバイトを始めた10年ほど前、初めて近所の「ピアノ教室」と看板のかかったお家のドアをたたき「初心者ですけど、ピアノ習いたいんです」とお願いし、快諾いただき、毎月バイト代から月謝払って、大好きな坂本龍一の「戦場のメリークリスマス」をひたすら練習させてもらって1年後、結局渡英することになり、辞めることになった思い出があります。

在英時代には、坂本龍一のピアノコンサートへも行きました。


そして今日もピアノコンサート!わいわい。





《ゴルトベルク変奏曲》、聴いてみるとしばしばラジオで耳にする曲で、スペイン人ピアニストさんの情熱的で、時に迫力すらある演奏に、心奪われました。

鍵盤をものすごいパワーとスピードで叩き続ける様子を見ながら

「10本の指をバラバラに、しかもあのパワーであのスピードで動かし続けるなんて・・・彼の脳みその回路は今、どんなことになってるんじゃろー」

とただただ感動。たぶん私は、あの指の高速動かしにより音楽が奏でられる不思議に、小さい頃から見惚れているんだなぁ。自分にはない、未知の宇宙とでもいうか。


給料出たら、また電子ピアノを買いたいなぁ。三十路の手習い。

それにしても、時にはこんな贅沢な時間、いいね。心をリセット。素敵な時間をくれた友に大感謝です。



(23:44)

2009年02月15日



今日はAIT同窓会。


このたびは、結婚するメンバーがいて。

とにかくハッピーなムードに包まれたまま、笑って笑って、最高のディナーとなりました。

集まってくれたみんな、本当にどうもありがとう。
ものすごく楽しくて、最高の気分転換になりました。


友の幸せは、みんなを幸せにする。




結婚のお祝いの花束を購入するために、久々に訪れたお花屋さん。

綺麗な花たちに囲まれた一時、なんだか花々から精気をもらったように、すかーっとモリモリ気持ちよくなりました。不思議だなぁ。あ〜。おうちに洒落たお花なんか飾れちゃうような余裕のある生活をしたいっす。

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ちなみにお店にいたFloweristの半分以上が男の方。華のあるお花たちをぱぱっと選んで作品を作ってくれちゃう姿、素敵でありました。世は常にチェンジしている模様です。


そして集まったみんなのために、手作りクッキーを用意してくれていたedenちゃん。
そんな粋な心遣いのできる女性になりたい、と心から思いました



ほのぼの。

(23:33)