水曜は癖になる

矢島玖美子の川柳と短文

ご訪問ありがとうございます。気まぐれに更新します。

1%

年末に通販で洗剤のまとめ買いをした。
家で待っているよりは、歩いて1分のコンビニエンスストアに取りに行こうと、
受け取り先を指定した。
年が明けて、荷物が届いたとメールで連絡が来たので、
リュックを持って店に行き、端末に番号を打ち込む。
すると画面に「〇〇町〇丁目店では受け取れません」という文字。
は?
はっ。
その店ができる前に使っていた、歩いて15分の店を指定してしまったらしい。
しかたなく、後日、出先からそっちを回って帰ることにした。
用事が済んで駅に着き、携帯電話を取り出して必要な番号が書いてある画面を呼び出すと、
バッテリーがあと1%しかない。おお。
こんな時、電話がかかってきたりするんだよな、という考えが頭をかすめた。
その日はなんとなく実家の親から電話がきそうな気がしていた。
今かかってきたりして。今はやめて。
急いで店に入り、端末に数字を打ち込もうとしたその時。携帯電話が振動した。
画面から数字が消えて、めったにかけてこない友人の名前が出ている。
おーまーえーかー。


重箱をふせて今年の水を切る   久保田 紺
    (kon575@ http://kon575.jugem.jp/)

働くということ

また、風邪である。
2年間ひかなかったのに、今年の10月には3回もひいた。
もう大丈夫だろうと思ったのに。
引っ越した方角が悪かったのか。それとも年齢のせいか。
とにかく週末のうちに治さなくてはならない。
約束を二つキャンセルして病院に向かったが、なんと先生が体調不良で休みだった。
以前もらっていた抗生物質を飲んだことを電話で告げ、漢方薬は切らしていることを伝える。
やはり、今の症状には思っていたもので合っているようだったので、薬局に買いに行く。
が、1軒目では取扱いがないと言われ、そこからまた電車に乗って別の支店に行く。
病院用の特別な薬なので、箱単位でしか売れないという。
長期間もつというし、思ったほど高価ではなかったので買う。
人生初の漢方薬箱買い。

日曜日は買い物以外は家にいて休んだが、月曜の朝になってもまだすっきりしない。
しかし、仕事には行かなくてはならない。
場合によっては途中で病院に行こう。

いつもより早く出社して、メールを確認すると、ある人から
「今週はばたばたしそうなので、週末のうちに済ませました」
と、火曜日にもらうはずの書類が添付されていた。

昼休みに食事に出ようとして、その人とエレベーターで一緒になった。
「週末大変だったね」という話から、お互いの状況について少し話す。
彼女はわたしの体調と、社内に一人しかいない職種だということを気遣ってくれ、
わたしは、彼女がいつも夜遅くまで仕事をしている様子なのに、
年末とはいえ休日に家でまで働いていることを心配した。
「まあ、今はしょうがないよね」
というところで話は落ち着いて、別れた。

みんな大変なのだ。自分だけではない。
それでも、今の仕事に、会社に魅力があるから、
多少無理をしてやっている。

気づいたら、朝少し残っていた風邪の残りかすが消えていた。


たすけてくださいと自分を呼びにゆく   佐藤みさ子
         (2007年あざみエージェント刊「呼びにゆく」所収)

12月の風景

昼休み、ご飯を食べ終えて、信号が変わるのを待っていた。
午後はまずあれをやって、その次にあれを片付けて。
今日中にどこまでできるだろうか。

ふと顔を上げると、道路の向こう側の街路樹から、
金色の木の葉がゆっくりと落ちてゆく。
はらはらはら、と、スローモーションみたいに。

ずっと見ていたい。
でも、仕事に戻らなきゃ。

会社に戻る途中の生垣には電飾が巻きつけてある。
もうすぐクリスマスか。

週末、本を返しに行った図書館のクリスマスツリーに、
七夕の短冊みたいな文字の書いてある紙が吊るしてあった。

「短冊におすすめの本の書名、著者名を書いて、クリスマスツリーをかざりましょう」

なるほど。短冊が靴下の形になっていてかわいい。
子どもの文字でいろいろな本の名前が書いてある中に一枚、
「おとうさんありがとう」
と書いてある。そういう本、あるの?
あるかもしれないけど、なんだか泣けてくるじゃないか。
わたしはおとうさんじゃないけど。

もしかして、「おとうさん、クリスマスプレゼントよろしくね」
っていう意味だったりして。

去る人に残る人にと日が当たる   峯 裕見子
             (「川柳びわこ」2013年12月号)

電車を降りて

仕事帰りに乗っていた電車が、人身事故の影響で
ひとつ手前の駅で止まってしまった。
しばらく動かないというので、歩いてみることにした。
ところが、引っ越し以来初めてのことだから道がわからない。
駅の窓口が混んでいたので、忘れ物の案内所を覗き、
訊いてみると「そこの出口を出てまっすぐです」
と説明されたので出てみたが、左右どちらに歩いたらいいのかわからない。
なんとなく勘で左へ歩いてみるとバス停があって、
バスは1時間に1本しかないが、方向は間違っていないことがわかった。
ずんずん歩く。右手には大きな月が出ていて、まるで付き添ってくれているみたいだ。
ほどなく、数か月前に一度入ったことのあるレストランを発見。
よし、ここから15分で家に着く。

と、道沿いに真新しいスーパーがある。
しかも大型で、これまで住んでいた地域にはなかった店だ。
うーん。おなかが空いているから早く家に帰りたいけれど、入ってみたい。
改めて家から来るにはちょっと遠いな。しょうがない。ちょっと覗いてみよう。

1階はクリーニング屋になっていて、売り場は2階のようだ。
エスカレーターで上がると目の前が青果売り場で、
みかんが安い。買っちゃえ。
売り場は広いけれど、うちの近くの店より見やすいな。
値段は大体同じかちょっと安め。
そしてパン売り場とお総菜売り場が充実している。
今夜のごはんは、キーマカレーと野菜ぎょうざと小松菜のおひたしに決まり。
キケンだ。また来てしまいそうだ。

店から出て、最寄駅にさしかかると、わらわらと人が出てきた。
動いたのか電車。
でも面白かったからまあいいか。


 弟が出るまでがちゃぽんを回す  芳賀博子
 (芳賀博子の川柳模様 今月の十句

半分の法則

仕事場から引きずってきてしまった、もやもやした気分が、
お風呂に入ると半分くらいになっていることに、ある日気がついた。
疲れて帰ってきて、それほど汗をかいていないときなど、
このまま眠ってしまおうかと思っても、お風呂から上がると
少し気分が軽くなって次に向かうことができるのだ。

「もやもや」を通り越して、「怒り」を持ち帰ってきてしまった日に、
ストレッチをしながら深呼吸してみたら、その怒りが半分くらいになったこともある。
では、この二つを組み合わせたら四分の一になるかというと、そうはいかない。

以前、「一晩眠るとたいていのことは半分の軽さになる」と教えてくれた人がいた。
最近、やけにそのことを思い出す。

全部なくならなくても、半分になるならいいじゃないか。


  ハンガーから落ちてゆっくりと眠る   久保田 紺
            (「川柳 びわこ」2013年11月号)

203号室

用事があって、以前住んでいた町に行った。
去年まで毎日歩いていた道は、懐かしいのに新鮮だ。

一年もたたないうちに、いろいろ変化している。
スーパーマーケットはリニューアルしていた。
カフェが2軒閉店して、そのうち1軒は新しい店になっている。
いくつかの建物が取り壊されて、マンションが建設中だ。
角を曲がるところにあった桜の木は跡形もなく消えていた。

住んでいたアパートの横を通りかかった。
かつての我が家の窓を見上げると、男の人の洗濯物が干してある。
次の人が決まったらしい。よかった。

古くて駅から遠いけれど、その分静かで家賃が安いですよね。
南向きの窓は、お月見に最適です。
少し歩けば手作りのお総菜屋さんや、川沿いの散歩道もあります。
家主さんも、とてもいい方なので安心です。

部屋のどこかから前の住人のへんな忘れ物が出てきたら、捨てておいてください。


  逢いたくはなくても待っている木陰   重森恒雄
  (「川柳びわこ」2012年12月号)

雪の日に

引っ越し以来、「なにもない町」という印象がぬぐえなかった
新居の近所に、くつろげそうなカフェがあることを知った。
すぐ行きたい。明日行こう。

なのに、朝起きたら道産子もびっくりの雪景色。
でも行きたい。
雪の中、地図を片手に住宅街を歩いていると、部活帰りの中学生が
「もー歩きにくい! 靴履いてるのやだ!」
とぼやいている。
差している傘が雪でどんどん重くなっていくのには驚く。

ほどなく、インターネットで見たとおりの「えっ、こんなところに?」
というすてきなお店が。
広くてゆったりとしたつくりの店内の客は、まだわたし一人だけだ。
家具も、置いてある本も北欧風味で、
お店の女性はムーミンに出てくるミムラ姉さんみたいなヘアスタイルだった。

食事もデザートもとってもおいしい。
普段コーヒーは飲まないのだが、
「コーヒーは注文があってから豆を挽き、ネルで抽出しますのでまろやかです」と
書いてあったので、試しに飲んでみたらほんとうにやさしい味がした。

小さな窓から降る雪を眺めながら、今ここにいることを不思議に思う。


  正解が見つけられずに雪となる   加藤まん
       (川柳「びわこ」2013年1月号)

音にさわる

生まれて初めて、車の運転席に座った。
免許を取ったわけではない。動いていない車である。
Viewt OTTAVA (ビュート・オッターヴァ)試聴会」でのことだ。

クラシック音楽専門のインターネットラジオ局・OTTAVAと光岡自動車が
一緒に作った特別仕様車で、「走るコンサートホール」という触れ込みである。
「ほーら、こんなにいい音が車の中で聴けるんですよー」
と番組を通して言われ続けるうちに、その音を聴いてみたくなった。
車を買う予定がなくても、参加できるという。
おまけに好きな曲を聴かせてくれるのだから、応募しない手はない。

車には縁のない生活だった。
家族のうち車の運転をするのは妹の夫だけだ。
まさか音楽がきっかけで、運転席に座ることになるとは思わなかった。

実はオーディオに関しても無知である。
パソコンは小さなスピーカーにつないであるが、
配置にこだわっているわけでもなく、ヘッドホンも安いものだ。
音のよしあしなんてわかるだろうか。

2人1組で乗せてもらって、まず後部座席でピアノ曲を聴いたあと、
運転席に移動して、好きなオーケストラ曲をかけてもらった。
ディーリアスの「歌劇コアンガよりラ・カリンダ」。
オペラの結婚式の場面で使われるという、軽やかな曲だ。

弦楽器の短いイントロに続いて、オーボエの主旋律が始まる。
音に「奥」がある。楽器が扇形に並んでいるイメージが、ふわっと立ち上がる。
目を閉じるとコンサートホール。いやそれ以上かもしれない。
家に帰ってからもずっと、あのときの感覚をどう言い表したらいいのかと
考えていた。

そうだ。「音にさわった」ような感じだ。
形のないものに、たしかに触れたという感覚。

試聴会の次の週に、その曲が番組で流れた。
違う。あのときの音じゃない。
大好きなものがそこにあるのに、触れられないもどかしさ。
罪な車だ。

   フルートを吹くうつくしいひだり足   佐藤みさ子
          (2012年9月刊「川柳 杜人」235号)

パワースポット

会社の先輩から、ある神社で買ってきたという酒饅頭をもらった。
神社の酒饅頭? と尋ねると、
わたしのいない時間に会社に来たお客さんから、
その神社が東京周辺では一番のパワースポットで、
行くと運気が上がると聞いて行ってみたそうだ。

霊感が強いというそのお客さんは、
その場にいた社員たちの運気を見てくれたらしい。
誰それは男運がないだとか、
誰それは魂がスケルトンだとか(どういうことだ)。
そこにいなかったある社員の写真を見せたら、
悪いものがいろいろついていて大変だと言ったそうだ。
彼女は子どもを産んだあとに離婚して、
最近一流企業の勤め人と再婚したのだが、
とある事情で夫が失業してしまった。
それまでもトラブルが絶えなかった人なのだが、
いわゆる「不幸話」を面白おかしく話すので、
みんなも面白がって、「やっぱり!」と盛り上がったらしい。ひどい。

自分はその場にいなくてよかった、と思った。
この類の話は信じないほうだが、
悪いことを言われたらやはり気になってしまう。

わたしの上司は、少々のことがあってもはねつけるパワーを
持っているのだという。そして会社の隣の寺にはいい「気」があるそうだ。
ならばとりあえず会社は大丈夫だろう。
いいことは信じることにしよう。

で、その神社の場所が、
友人の家から近いことに気がついた。
ここのところちょっと元気をなくしているようだから、
教えてあげたら喜ぶかもしれない。酒饅頭も好きそうだし。

メールをしてみたら返事が来た。
「そこ、去年一緒に行ったよ!」
そうだった。近くでコンサートがあったとき、話の種にと寄ったのだった。
すっかり忘れていた。
彼女はもう一度パワーを注入しに、わたしは物忘れを食い止めるために、
また行ったほうがいいかもしれない。


   意地悪なこころがあって元気です   山口亜都子
             (「川柳 びわこ」2012年11月号)

急いでいる

昼休みに入ったビルのトイレの個室に、財布が置かれていた。
ど、どうしよう。
忘れた人がすぐ戻ってくるかもしれないから、隣を使おうか。
いや、もしよからぬ考えの持ち主が入ってきたら大変だ。
すぐに警備室に届けるべきだろう。
どこだ警備室。まず受付か。あ、あった。でも人がいない。
内線電話で事情を話して警備室の位置を教わり、担当の人に渡した。

いや、他人の財布を持っていた数分間の落ち着かなかったこと。
財布が手を離れたとたんほっとして、ぼんやりしてしまった。
そうだ。トイレトイレ。
今度は何かを捜している様子の人がいないか気になる。

トイレでの忘れものについては、苦い思い出がある。
20代のころアルバイトをしていた会社の仕事で
写真屋から受け取ったばかりの写真を持って、
近くのファンションビルのトイレに入った。
そして、個室にその写真を忘れて出てしまったのだ。
すぐに戻ったけれど、すでに写真はなかった。
それは、会社にある程度の損害を与える写真だった。
そのビルに掛け合って、ごみの中を捜させてもらったり、
駅前で捜索のビラを配ったり、新聞広告を出したりしたが、
戻ってこなかった。

アルバイト代で弁償できるものではない。
広告費の半分を負担させてもらい、辞めさせてほしいと申し出た。
社長は引き留めてくれた。どう言われたのかは覚えていないが、
結局甘えるかたちになった。

それからしばらくして、その会社は組織変更されることになり、
社長を含め、社員もアルバイトもほとんどが辞めることになった。
「こちらが引き留めたのにこんなことになって申し訳ない」と
社長は言った。そしてもうひとつ、
「何をするにも急がないでゆっくりやったほうがいいよ」
というのが、はなむけの言葉だった。

今も、その言葉はちっとも守れていない。
時折思い出しては、
「自分はまだ急いでいるな。なぜだろう」
と考えている。

  この秋も生きねばならぬ帽子買う   小林勝一
           (「川柳 びわこ」2012年11月号)

合唱祭

高校の合唱祭のときのことである。
曲は、手塚治虫のアニメーション「ジャングル大帝」の、
オープニングとエンディングの曲に決まっていた。
決まらなかったのが、伴奏をどうするかだった。
指揮者の男子から「ピアノでなんとか」と頼まれたけれど、
「無理!」と逃げ回っていた。楽譜もないのである。
そしてもうひとつ、なぜか自分の中に
「引き受けないことがかっこいい」という気持ちがあった。

でも、結局は断りきれず、借りたシングルレコードと
小さなレコードプレーヤーを、ピアノのある部屋に持ち込み、
夜遅くまで音をとって録音したり、
譜面を書いたりする毎日が始まった。
なぜわたしがこんなことを、と思う一方で、
だんだんとのめりこんでいく自分に気づいてもいた。

途中、指揮者の発案で、打楽器を入れることになった。
そのおかげで、本番までにはなんとか格好がついた。
わたしは合唱のパート分けにタッチした記憶がないので、
歌の編曲は指揮者がやったのだろう。
彼はたしか吹奏楽部だったはずだ。
なかなかセンスのある人だった。

本番当日。
親友のクラスが、ムード歌謡の「ラブユー東京」を、
踊りながら楽しそうに歌っているのを見て、
どうしてそんなふうに素直に楽しめなかったのだろうと思った。

自分たちの演奏が終わったあと、指揮者がわたしを見て
「おつかれさん」と言った声と表情を、
今でも思い出すことがある。
もう少し早くとりかかっていれば、
もっといいものになったかもしれない。
うっすらとした後悔が残っている。


  錯覚と気付いてからも捨てられぬ  泉 明日香
            (「川柳 びわこ」2012年9月号)

朝の出来事

朝、一人で仕事をしていたら、ドアが開く気配がした。
「おはようございます」と言いかけると、
いつも早めに出勤してくる青年が、タオルで顔を押さえながら、
「救急箱どこにありますか?」と言う。
鼻血でも出たのかと思いながら救急箱を取り出す。
様子がおかしい。
「転んじゃって・・・・・・」
足が何かに引っかかって駅の階段から踊り場まで落ち、
頭から倒れたというのだ。
えーーーーーっ!

見ると、おでこやら手首やら、あちこちから流血しているではないか。
「な、何が必要?」
「消毒薬と絆創膏と、綿棒・・・・・・あ、これ使えそう」
とガーゼを手に取る。消毒薬はない。
「病院に行ったほうがいいよ!」
「行ったほうがいいですかね・・・・・・とりあえず傷口洗ってきます」
完全に本人よりわたしのほうが慌てている。

ええと、どこかにお年賀にもらったタオルなかったかな。あった。
あと紙タオル。その二つを持って男子トイレの外から声をかける。
「タオル使う?」
「あ、お願いします。今誰もいないから入っても大丈夫です」
青年は傷口を水で洗っているが、
それではいつまでも血が止まらないと教えられたことがある。
ある程度清潔になったら傷口を押さえるように言って、
同じビルの中にある内科に行かせた。
以前ちょっとした怪我をしたとき、自宅から一番近い小児科で
傷の手当をしてもらったからだ。

数分後、戻ってくると、内科で処置するには深い傷があるので、
近所の外科を紹介されたという。
一時間ほどしてあちこちに包帯を巻かれて帰社し、
急ぎの仕事だけをして早退していった。やれやれ。

その日の午後、それまで1週間続いていた体調不良が
消えていることに気がついた。
ありがとう、青年。
きみが痛い思いをしたのに、こっちが治っちゃってごめん。
お大事に。

  秋になるつっかい棒も傾いて  重森恒雄
        (「川柳 びわこ」2012年10月号)

いつでも会える

会議のために職場の近くに来ていた幼馴染と食事をした。
彼女とは、小学校の入学式の写真に一緒に写っている。
でも、親しくなったのは高学年になって
合唱と器楽アンサンブルのクラブ活動が始まってからだ。
クラブのない日も、何が楽しかったのか毎日のように居残りをして
いっしょに先生に怒られていた。よく喧嘩もした。

中学は別々で、高校でまた一緒になって、
その高校にはなかったリコーダー部を作った。
夏休みにも学校に行って、コンクールのための練習をした。
休憩のお供は決まって、コーラとポテトチップス。
練習よりもおしゃべりの時間の方が長かったかもしれない。

食事をした日は、偶然わたしの誕生日だった。
彼女は一足先にひとつ年を重ねている。
最近、ピアノを再開したと話すと、驚いた様子もなく、
「そのうちやると思っていたよ」
と言った。

社会人になってからは年に数えるほどしか会わないし、
頻繁にメールのやりとりをするわけでもないので、
たいていのことはお互い事後報告だ。
職場から病院に担ぎ込まれたことも、離婚も、子どもとの別れも、再婚も。
これらはすべて彼女のことだ。
わたしから何を報告したかは覚えていない。

いつもは会わないが、いつでも会える。
そう思わせていてほしい。


  生きようと手を繋いだり離したり   添田星人
(広瀬ちえみ編「天空 添田星人遺句集」2012年3月11日川柳杜人社発行)

腕の記憶

会社を出て、急いで歯医者に向かっている途中、
地下道への階段を下りようとして足を滑らせて、
右ひざを思いきり打ってしまった。
しばらく立ち上がれなくて、うずくまり、やっと起きられるかというとき、
わたしの左腕をそっと支えて、助けてくれた人がいた。
見ると、小柄な外国人の男性が、にこにこして両手の親指を立て、
しきりに何か伝えようとしている。
たぶん「大丈夫?」と言ってくれていたのだろう。
わたしはただただ頭を下げて、
「ありがとうございます」
と言うのが精一杯だった。
どこの国の人かわからないけれど、
「サンキュー」
ぐらい言えたらよかったと後から思った。
もう二度と会うことのないその人の手の感触が、
まだ左腕に残っている。


  九月にはやさしい腕に戻ります 北村幸子
         (「川柳 びわこ」2012年10月号)

ゆるやかな再開

放っておきすぎた体のメンテナンスのため、
整体に通い始めた。
姿勢の矯正や肩こり腰痛対策のほか、
自然治癒力を上げることで、春以来悪化気味だった
アレルギーの症状がよくなればいいな、というのは
遠い将来への期待だった。
ところが、案外早い時期に改善の兆候が見られた。

先生に
「アトピーが治ったら何をしたいですか」
と訊かれて、口をついて出たのは
「手の荒れが治ったら、ピアノを再開したいです」
という言葉だった。へえ、そんなこと思ってたんだ、わたし。

誰かと握手をする時に謝りたくなるような、
ひび割れだらけの手のうちは、ピアノなんてとても無理。
それに楽器も時間も楽譜もないし。
そう思っていたのに、ちょっと皮膚に変化が見られたことで
スイッチが入ったのか、気がつけば練習室を検索し、
自宅近くに安い料金でピアノを弾ける施設を見つけていた。
実家から子どものころ使っていた楽譜を送ってもらい、
ここひと月ほど週末ごとに弾いている。

懐かしい楽譜の数々。
当然のことながら、そのほとんどの曲がもう悲しいほど
弾けなくなっていて、しかも週に一度の練習では
たいした進歩もないのだが、なんだか楽しい。
特にバッハの曲は、たとえ初級者向けの曲集をゆっくり弾くだけでも
心が落ち着いてきて、なぜか飽きない。
写経しているときってこんな気持ち? したことないけど。

タイムマシンが発明されて、バッハに会うことができたら伝えたい。
「きみ天才だね!」


  傷だらけの両手楽しくなってくる  加藤久子
          (川柳杜人 2012夏 234号)

父の日

実家の父から、また商品券が送られてきた。
前回は、たしかゴルフ大会の賞品で、「優勝!」とうれしそうに書いてあった。
正社員ではなかった時代に、ちゃんと生活できているのかと
心配をかけた名残りだろうか。電話をして、
「今度商品券をもらったら、お母さんに何か買ってあげなよ」
とは言わず、
「ありがとう」
ともらってしまった。

その時、父と話していて、ちょっとだけ言葉が出てくるのが遅いように
感じた。そんなことは初めてで、少しうろたえたわたしは、
自分よりは父と会う機会の多い妹に電話をしてみた。
すると妹も、父と外で食事をしたとき、
父が注文を間違えたことが気になっていたと言うのだ。
定年退職したあとも、なんだかんだと仕事を続け、
いつまでも元気だと思っていた父も気がつけばもうすぐ80歳。
いつ何が起こってもおかしくない年齢だ。

毎年父の日にはちょっとしたものを、妹と一緒に送っているのだが、
男の人が喜ぶものを選ぶのは難しい。
結局父の好きな蕎麦と焼酎を交互に送ることになってしまう。
ほかに何かいいものはないだろうかと思いながら、
今年は永平寺の蕎麦と胡麻豆腐のセットを送った。
お父さん、来年も再来年も、父の日のプレゼントで悩ませてください。


となりにいてね家族のふりをしてね   久保田 紺(kon575@)

勤しむ者たち

友人が面白いウェブサイトを教えてくれた。
「職業病だよ!全員集合!」
http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2012/0430/503682.htm?o=0&p=1
「これって職業病?」という話が書き込まれている。
これが面白くて、読み始めたらやめられなくなってしまった。
たとえば、健康ランドで自分の子どもが走ってきたのを見て
「はい、そこー走るなー」
と大声で注意してしまう水泳指導員。
老人を見ると、要介護度を心の中で診断してしまう介護福祉士 。
娘の結婚式で「本日はお忙しいところ皆様ご来店ありがとうございます」
と言ってしまったデパート勤務の父。などなど。

それにしても、世の中にはいろいろな職業があるものだ。
医療関係者は人と別れるときについ「お大事に!」と言ってしまう。
看護師は人の腕を見るたびに血管を探す。
ピアノ教師はピアノの音が聞こえてくると、入ってレッスンしたくなる。
合唱指導者は瞬時に人の声のパートを判断し、珍しい声域の人に
出会うとスカウトしたくなる。
翻訳者は常に脳内で翻訳をし、校正者は人のメモにも赤を入れたくなる。
経理の人は常に計算機を持っていないと落ち着かない。
販売員はつい商品をきちんと並べたり畳んだりしたくなる。
鉄道関係者は常に指さし確認を怠らない。
和太鼓屋で育った人は、丸いものを見た瞬間に寸法がわかり、
元万引きGメンは、今でも不審な行動をしている人をつい見てしまう。
職業ではないけれど、レジで5キロの米を抱えて待っているとき、
子どもを寝つかせるように体をゆらゆらと揺らしていて、
家族に注意された母親の書き込みもあった。
みなさんおつかれさまです。

最後に元書籍編集者の書き込みを引用する。
<何でも「これ書籍企画にならんかなー」と常に気にする癖が退職しても直りません。
実は「色んな職業病をまとめる。笑えるのから深刻なのまで」
という企画も私のネタ帳に書いてありました。ここのレスをまとめて、
各職業の方々にきちんと裏を取って構成すれば1冊できそうだなあ、
などと思っています(笑)>

みんな一所懸命生きている。
そんな見ず知らずの人々が愛おしい。

   光輪や勤しむ者の朝の九時   中筋雅子
(1996年朝日新聞社刊 時実新子「魔術師たち 川柳新子座‘95」所収)

新しい五月

会社が移転して二週間が過ぎた。
広く新しくなった職場は、明るくて働きやすい。
でも、一歩外へ出ると、無機質な風景が広がっている。
以前いた街は猥雑だったけれど、生活感があった。
同じ区内なのに、表情がまったく違う。公園の緑もなんだか人工的だ。

そしてなにより大きな問題がひとつ。
お気に入りのランチの店が見つからないのだ。
ああ、おいしかったあの店この店が恋しい。
いっそ、電車に乗って舞い戻ってしまおうか。
いやいや。新しい、スタイリッシュな環境に慣れなくては。

ふと、「新しい五月」という言葉が思い浮かんだ。
そよ風に誘われて、街を歩く。
立ち止まり、振り返りながらも前に進んでいく。
五月はそんな季節だ。

  ただすっと立ってる君が新しい   峯 裕見子
            (「川柳びわこ」2012年5月号)

泣かせてしまった

人を泣かせてしまった。
残念ながら、相手は男性ではない。
若い女子。場所は職場。
そこそこ長い社会人生活の中で、
遠い昔に職場で涙が出てしまったことはあっても、
自分が仕事のことで相手を泣かせるなんて、思ってもみなかった。
最低限必要な確認を怠った彼女に、
なぜそれではだめかをわかってもらうために、話している最中のことだった。
あー、やってしまった。
わたしは彼女の席の横に立ち、彼女の顔はパソコンの画面に向いていたので
気づいていないふりが自然にできたのは幸いだった。

話は納得してもらえたようで、その後、気まずくもなっていないので、
話したことは間違っていなかったとは思う。
でもなにかもやもやしている。

「もう少しほかの言い方があったんじゃないか」
「どこか勢いで話していたところはなかったか」
「話しながら自分の言葉に酔っている部分はなかったか」
という反省。
「言っただけのこと、いやそれ以上のことを、
今後自分がやっていかなくてはならない」
という、「あとにはひけない」感。

季節は遅れてやってくる。

  泣きながらゴジラは家を踏んでゆく   峯 裕見子
             (「川柳びわこ」2012年4月号)

桜甘酒八重桜

東京の桜が散ってしまったころ、友人から小さな荷物が届いた。
傾けると、液体の音がする。
「ん?」
箱から出てきたのは「桜あま酒」。
きれいなピンク色の甘酒だ。

甘酒といっても酒粕で作るものではなくて、
お米を麹で発酵させた、アルコール分ゼロのもの。
砂糖が入っていなくても甘い、わたしの大好物だ。
普段飲んでいるのは玄米から作ったクリーム色の甘酒。
ピンク色の正体は「紅麹」と書いてある。

偶然見つけて、わたしのことを思い出して送ってくれたらしい。
まるで、桜を惜しむようなタイミングでやってきた桜色の甘酒。
数日眺めて、春の余韻を楽しんだ。
さて、いつ飲もう。

一週間後、近所の公園を通りかかると、
今年も濃いピンクの八重桜が、今を盛りと咲き誇っていた。
重そうに、たわわに。

よし、今日だ。
帰って封を切った。白い器にピンク色が映えてきれい。
おいしかった。
ありがとう。

気がつけば5月が目の前だ。
もう少し、春のままでいて。

  
  一瞬の桜にすがる車窓かな   芳賀博子
     (2003年 編集工房 円 刊「移動遊園地」所収)


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