Yajirobeのつぶや記

 Yajirobe(ヤジロベー)とは、不安定そうに見えながら結構安定している、そんなイメージで命名しました。 身体について、仕事について、私にはいろんな場面でヤジロベーのイメージが浮かんできます。ヤジロベーが気がついたこと、思っていること、仕事についてのあれこれ等、日常を綴ったブログです。以後、お見知りおきを!

2006年11月

足柄道

01cd7664.JPG 13日の月曜日、自転車を車で目的地まで運ぶカーサイクリングを楽しんできました。山北から足柄峠を越え、金時山のふもとを走り、仙石原に出て、長尾峠を上り御殿場そして山北に戻るという、ごく普通のツーリングです。
 今流行のサイクルコンピュータも高度計も何もないので、何キロ走ったか、何メートル上ったか何にも情報がありません。まぁ、昔盛んにやっていた頃はそれが当たり前だったので、別にどうと言うこともないのですが。

 自転車を復活させて早7ヶ月、整備も終わり毎日10キロの走りも欠かさずしてきました。10月にヤビツ峠をやり、今回が復活2回目のランでしたが、坂道のつらさを実感しましたが、少しづつ往年の感覚が戻ってきている気もしました。
 20年以上の年季の入っている自転車も再塗装、分解整備を行った結果、何とか走れるようになりました。

 コースは上ったり下ったりの平坦なところがないものでしたが、始終富士山の勇姿を見ながらの走りは、苦しい中にも心落ち着くものがありました。長尾峠からの大涌谷の景色はなんともいえないものでした。

タロウの生き様(3)・・・・・・死

 昼に水を飲ませたときには、それほど変わりはありませんでした。家内が夕方に水をあげたときも・・・。でもその後えさをあげると途中で飲み込みが悪くなり、急にむせるようになり、それが止まらなくなりました。
 7時頃、「お父さん、ちょっとタロウがおかしい」と家内が呼びます。胸を触ると、心臓の鼓動が非常に不規則、更に呼吸もかなり長い時間止まり、思い出したようにはじまる、の繰り返し。それでも15分くらい手を当てていると、鼓動も呼吸も落ち着いてきました。ちょっと安心し、夕食を済ませパソコンをしていると、また家内が「お父さん、タロウ死んでるみたい」と言います。
 たぶん9時頃だったのではないでしょうか。身体を触ってもまだ暖かく、開いていた目も何とか閉じることが出来ました。死の直前まで水を飲み、えさを食べたことは私たちが思ってもみなかったことでした。みんなからは、1週間前くらいから食べること飲むことが出来なくなると聞いていたからです。

 2年前の4月に最初の脳卒中様の症状が起こり、数週間で少し歩き方が変だが、何とか同じコースを歩けるようになり、今年の4月に散歩の途中で歩けなくなるまで元気に過ごしました。また4月から9月までは、まともに歩けないもののうるさいくらいよく吼えて、それなりに元気でした。
 9月10日に突然痙攣を起こし、2度目の発作が起こってからは完全に寝たきりになりました。それでも食欲は落ちずに過ごしていました。同時に片方に床ずれが起き、片面しか下に出来なくなりましたが、不思議なことに下にした面は床ずれが起きませんでした。
 寝たきりになって2ヶ月、それなりに介護も出来、後悔はありません。あとは明日火葬場に行き、荼毘にふすだけです。タロウ、17年間ありがとうございました。
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