2006年06月05日
旧回効散ビル・内部見学会
今日は、午前中に「旧回効散ビル」を現オーナー「喜久屋」社長、柴田さんのご好意でサン・クリエートの皆さんと内部見学しました。地上5階地下1階。昭和3年落成なので、いたるところに痛みが目立ちますが、今では、珍しい部分などが、たくさん有りました。それにしても、この古いビルを愛情を持って保存し使ってくださる柴田さん一族には感謝でいっぱいです。取り壊しは、夏頃で正確な時期は未定とのこと。雨漏りが酷く梅雨や台風の雨が怖いと、仰られていました。柴田さんのお父上がこのビルを購入された30年前には、2年ほど廃墟状態で手入れが大変だったそうです。外壁ネットは、20年前から。「ampm」の看板で隠れていた1階の装飾入り口は東京大学が保存したいとの、お話しも有るそうです。又、見学希望者も、時々有るとか。龍角散に確認したところ、回効散を販売する予定は無いとの事。このビルの取り壊しで森田製薬、回効散も名実共に消滅です。池袋「ナムコ・ナンジャタウン」の薬局ショウウィンドウ内の回効散の見本もいつまであるやら。ともあれ、取壊しの時は、建物の一片でもくださいと、柴田社長にお願いして、「旧回効散ビル」を後にしました。柴田社長、「喜久屋」さん、「サン・クリエート」の皆さん、ありがとうございました。

yakiba0985 at 16:56│TrackBack(0)│
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この記事へのコメント
1. Posted by ちぴまろ 2006年06月05日 17:32
記事を拝見致しました。本日はせっかくのご好意でしたのに行けなくて本当に残念です・・・。愚問でしょうがもう見学会はないですよね?ワタクシも1Fタイルの1部だけでも良いので記念にいただけないでしょうか。。いくらなんでも図々しいですね。こちらこそ今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
2. Posted by シントミ真之介 2006年06月14日 01:53
ヒーリングタイムさん、先日は手土産まで頂戴し恐縮です。おかげさまで私も初めてあのクラシックなビルの内部見学ができて有意義でした。屋上から富士山が見えたなんて聞くと、あらためてここ30年ほどの東京の変貌(高層ビルの乱立)に思いを馳せざるをえませんね。地獄耳(情報通)のY姉御の話では、建て替え後のビルの設計プランがもう地元で流れているとか。口にチャック(ジッパー?)でまだ教えてくれないのですが、品格のあるビルが出来てほしいですね。
ところで昭和20年代の地図を見ると、あのビルは「海運ビル」となっているのですが、本社を移したのがいつ頃かご存知ですか? 回効散ビルー海運ビルー石油会館ー喜久屋さんと、昨年喜寿(77才)を迎えるまでに大きな節目が3度あり傘寿を迎える前に退場するわけですが、取壊し前にぜひあの屋上でお別れのビアパーティでも?
ところで昭和20年代の地図を見ると、あのビルは「海運ビル」となっているのですが、本社を移したのがいつ頃かご存知ですか? 回効散ビルー海運ビルー石油会館ー喜久屋さんと、昨年喜寿(77才)を迎えるまでに大きな節目が3度あり傘寿を迎える前に退場するわけですが、取壊し前にぜひあの屋上でお別れのビアパーティでも?