3年前くらいから、いろんなセミナーに行き始めて

知らない世界が沢山広がって、色んな分野の沢山の人たちに出会った。

自分の務めている会社という「社会」しか知らなかったら、出会えなかっただろう人達と繋がることができた。

時々そんな動きをする自分に戸惑いつつも、
自分と外界の間にある見えないギャップに心地の悪さを感じる時もありつつ、
楽しい方にやりたい方に、見えない力に背中を押されて、ここまで歩んできた。

そうしていく間に、頭の中で、ずっと囁かれる言葉・・・
「それで、わたし、一体、何がやりたいんだろう(何になりたいんだろう)?」
「普通のOLなのに、こんなことしちゃっていいの?」

一方で、
(普通のOLなのに、こんな人たちと関われて、こんなことしちゃってる優越感)
(会社のみんなとは違うのよっていう特別感)

「遠慮」「言い訳」「優越感」「劣等感」
マインドによって自分の目の中に映るクルクルと変わる景色の中で、
色んな世界を行ったり来たりのダンス。。。

そのダンスに、終止符うちます。

私は私。
どこの、どんな私も私なんです。

認めたくない、嫌な私、があっても私は私です。

何をしていても、何にも遠慮することもないし、
何をしていても、私は特別なことはなにもない。

外の世界からみたら
OLの私、
娘の私、
同級生の私、
コミュニティの中の私、
生徒の私、
ファシリテーターの私、
沢山いるかもしれない。
それはそれで当然のこと。

ただ、私は人との繋がりの中で生かされているだけ。

例えば、
小学校に行って、インプロをするにしたって
その時の私のお役目がそれであって
特にエライわけでもなく、職業がOLだからって遠慮してやることでもない。

それに意味づけをしたい自分や、
自分の外の世界の価値観の中で自分を成り立たせたかったり、
本来の自分でないように感じて遠慮して、そこから逃げたい自分がいるだけのこと。

それは、どちらも本当の自分でない。

本当に自分は、ただ人との繋がりの中で生かされているだけのこと。
必要とされることをやり、自分がやりたいことをする。

会社の中の自分が、自分でないように感じることもあるけれど、
そこに私が生かされているといこうとは、そこにはきちんと自分のお役目(役割でなく)があり、それを感じにくいということは職場を通じて「感謝の気持ち」の大切さを自分に訴えているのではないかと思う。

だから、これからは

自分の作り出した自分の枠に遠慮することもないし、
何かをしたからって自分が特別エライわけでもないので
失敗したり、できないことを恐れる必要ない。

自信がないから動けないっていうのもナンセンス。

今の自分はこうだ・・・って、こんな自分だけど、何ができるかわからないし、どう人の役に立てるかも分からない自分だけど
だけど、自分が好きなことは何か知ってる、どんな自分でありたいかもなんとなくわかってる
等身大以上の自分を見上げるつま先を休めて、
今のこれだけの自分を大切にして、
こんな自分だけど、伝えたいことがある、上手くなりたいことがある、やってみたいことがある、少しでもいいものができれば、誰かのために・・・
そういう気持ちを大事にして、
恐れずに魂の喜ぶ方向に正直に、自分を成長させていきたい。

そんな私が、また人と繋がれることによって、お互いが生かされて、生きることの幸せに繋がればとても素敵なことだと思うのです。