巨人優勝中継の有無に“格差社会”の現実をのぞいた感じがする


巨人優勝、地上波ほしいファンへの配慮
http://www.sanspo.com/top/am200710/am1004.html

「なぜ巨人戦を中継しないのか」「バラエティーより巨人の胴上げだろう」。日本テレビ宣伝部によると、そんな要望や苦情の電話、メールが2日朝から一昼夜の間に、約1000件も同局に寄せられたという。巨人が5年ぶりのセ・リーグ制覇を決めた同夜のヤクルト戦(東京ドーム)は、同局地上波での中継がなかったからだ。

BS日テレとCSのG+(ジータス)では完全生中継されたが、地上波では午後7時から『踊る踊る踊る!さんま御殿…』というバラエティーの特番が鎮座して、巨人の出る幕はなかった。9時12分に優勝を決めた直後、同番組内でテロップを流し、画面左下で胴上げを申し訳程度に映した程度だった。

巨人戦の視聴率低下で、日テレは昨年の63試合から今年は一気に42試合まで中継を減らした。優勝争いが激化した9月は平均9.3%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と、なんとか右肩下がりは止めたが、低迷ぶりは相変わらず。巨人を押しのけた『さんま御殿』は、手堅く13.7%(同)をマークしている。

巨人戦はNHKBS1も中継した。BSは既に視聴可能世帯が3000万世帯に達したといわれ、見たい人はそちらで見たろう。それでも“地上波派”から約1000件もの要望、苦情があったことは無視できまい。「特に、若い人からのものが多かったのが意外だった」と宣伝部の担当者はいう。

経済的な事情でBSを見られず、不満をぶつけた若い人が多かったのか。ここにも“格差社会”の現実がのぞいた感じがする。視聴率もわかるが、放映権を持つ局として、せめて優勝のかかった試合ぐらいはファンが公平に見られるように配慮すべきだろう。(サンケイスポーツ・今村忠)



日テレは読売グループとして野球文化を支える使命があったはずだ


5年ぶり巨人セ優勝、日テレ生放送せず 前代未聞、秋の特番優先
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2007100490073109.html

 プロ野球セ・リーグで巨人が五年ぶりの優勝を決めた二日、“身内”の日本テレビは地上波での中継をしなかった。巨人の本拠地での胴上げ試合が中継されなかったのは前代未聞の出来事。視聴率低迷を映して中継数が激減した今季を象徴するような「胴上げ」となった。 (宮崎美紀子)

 二日の東京ドーム「巨人×ヤクルト」を中継したのは、NHK衛星(1)と、BS日テレ、日テレのCS「日テレG+」。日テレは午後七時から、秋の特番「踊る踊る踊る!さんま御殿!!トーク秋場所!超豪華どすこいSP!」を放送した。

 日テレは優勝が決まった直後の午後九時十二分、ニュース速報で巨人優勝を伝え、同十四分からは画面左下の小画面で優勝が決まる瞬間の様子と、胴上げシーンを流したが、音声は特番のまま。さんまと沢村一樹の「巨人」ならぬ「巨乳」についての“下品トーク”が延々と続いていた。


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なぜ優勝を中継しないのか


【断 中村文則】なぜ優勝を中継しないのか
http://sankei.jp.msn.com/culture/academic/071004/acd0710040420002-n1.htm

 巨人が5年振りにリーグ優勝したが、その瞬間をテレビ局は地上波で放送しなかった。放映権や番組編成の都合らしいが、元々、あまり中継の意志がなかったのだろう。

 優勝時は、バラエティー番組の放送中に速報スーパーを出し、約1分後、録画した優勝シーンを縮小画面で流したという。スポーツの醍醐(だいご)味も、屈指の激戦だったリーグの締め括(くく)りもへったくれもない。これで2年連続、地上波はセ・リーグの優勝を放送していない。去年は中日だった。地元の愛知でも放送されない異常事態で、テレビ局に苦情が殺到した。

 僕は巨人ファンだが、野球自体のファンだからどのチームの優勝の瞬間も見たい。野球ファンならわかると思うが、優勝の瞬間には独特の魅力がある。去年はラジオ、今年は慌てて東京ドームのチケットを取った。

 視聴率低迷といっても、せめて優勝のかかった試合くらい中継すればいいじゃないか。たとえば視聴率10%といっても、すごく単純に計算すれば1000万人の固定ファンがいるのだ。最も観(み)たい試合を中継しないというのは、彼ら固定ファンの気持ちを考えなかったのか。放送したバラエティーが録画だったなら、それはいつでも観られるじゃないか。大体、野球に関心がない視聴者にとっても、縮小画面が出てきたら気が散るだろう。

 僕もついに負け、来年CS放送に加入する。観たければお金を払って−というTV側の意志に、僕は屈服することになる。だが、経済的に難しい野球ファンはどうなるのだろうか。去年の中日の例を挙げれば、これは巨人ファンだけの問題ではない。

 東京ドームの盛り上がりは凄(すさ)まじかった。あの興奮をリアルタイムで観られなかったファンが大勢いたことは、本当に悔しい。(作家)




2007年09月16日

報道の偏り…、胸くそが悪い


「テレビが作る“民意”って何?大衆が誘導される今の時代」「報道の偏り…、胸くそが悪い」星野仙一氏が語る
http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1031058.html

 民意、民意というけれど、今の日本の「民意」というのはメディア、特にテレビが作っているものじゃあないのか。10年ちょっと前に民放の報道局長が「政局はわれわれテレビ局の人間が作っている」というような発言をしてクビになったことがあるけれど、テレビが繰り返して流すものによって無定見な大衆が誘動されるという今の時代。民意というものはなんなのかと、いつもそう思ってテレビのニュースを見ている。

 民意というなら訊いてもらいたいと思う。なにひとつ落ち度や欠点のない精廉潔白な人に大臣や首相をやってもらえばいいのか。それとも多少の失敗やキズ、弱点があってもきちんと結果を出してくれるような有能な人、職責に身命を賭けて努力してくれる人がいいのか。普通の大人なら、政治家にだって精廉潔白な人なんて滅多にいないことを知っている。誰しも一個の人生を築いて、それなりの力を発揮するところまで行く過程の中でなんの波風もない、ひとつの過ちや落ち度も犯さないような人間なんて、まずひとりもいないことを、普通の大人なら知っている。出てくれば自分たちで持ち上げて、押し出しておきながら、すぐにマイナス面、うまくいっていない面ばかり強調して、叩いて潰していくという最近の政界人事の繰り返しに、大きな失望感を味わっている。

 若い安倍総理もあれだけ期待され、国民にも支持されながら、1年足らずのうちに、今度は決断力がないとか、人を見る目がないとか坊ちゃん気質だとか、ひとりで全責任を負った上バカ者扱いをされて、あっという間にボロボロになって辞めさせられていく。自分から辞めたという形ではあるけれど、心身ともに余程追いつめられていたのだろう。タイミングが悪い、無責任だというが、本人は命懸けでやっていただろうと思う。この間まで日本人の「武士道」や日本人の「品格」についての本がベストセラーになって、多少は武士の情けや人間の品位を問い直す風潮が出てくるのかなと、淡い期待ながらそんな思いでいたのだが、寄ってたかって魔女狩りみたいな、弱い者いじめの世界ばかり見せられている。

 「出る杭は打たれる」は昔のことで、今は「出る杭は抜かれる」時代だ。倒れた者になおのしかかって、パンチを浴びせ、ひねりワザまでかけるようなマスコミの報道の偏りに、世間の態度に、わたしもテレビに出ている人間だが胸くそが悪くてたまらない。

 正体がすぐに揺れ動く、すぐに風向きが変わる民意とやらを、テレビが一斉に拡大し強調して、そうして世の中が動いていくのだとすると、日本は「勝手主義」の時代になったとしかいうほかない。