2009年03月31日
それでも私は彼が好きだから
金曜の夜。 突然予定が空いた。彼氏からの急なキャンセルのメールに私は一人、都会の夜のバーカウンターで週末を過ごすことになった。
昔一度だけ男友達に連れてこられた店はまだ時間が少し早いのか、くたびれたサラリーマンに年配のカップルでぽつぽつと席が埋まっているだけだった。
一部上場の総合商社に勤める彼氏とは、最近明らかに週末を共に過ごす時間が減った。突然のキャンセルが増えたのだ。 大きなプロジェクトのメンバーとなり仕事が急激に増えた。彼氏の言葉だ。でもそれはどこまで本当なのかは私にはわからない。 3年間付き合ってきたけど、こんなことは今までなかった。
ひょっとしたら、私に飽きたのかもしれない。他の女性と会っているのかもしれない。
そしてたまに会うときは、決まって私たちは体を重ねる。
続けざまに3杯のカクテルを飲みほした。お酒は弱くはない。だけど金曜の夜の寂しいひとりの時間には、体が酔いにわざと包まれたがっているかのように簡単に世界が歪む。そんな時、見知らぬ男性が突然隣に座った。
「彼女と同じお酒を」
バーテンにそう告げる。 甘い香水の香りを漂わせながら、彼は足を組む。こちらを見て微笑む。
私は微笑み返す。
酔っていたのかもしれない。
彼の名は耕平。私よりも5つ年上の31歳。28のときに勤めていた広告代理店を飛び出し、フリーのライターとなった。
耕平は落ち着いた低い声で私にそう語った。
「おひとりなんですか?」
耕平は、自分の顎に手をあて私に聞いた。
「ええ。今日はひとり」
わたしが煙草を手にとると、すっと耕平がライターを差し出す。
「週末の晩に、あなたのような美しい女性がひとりだなんて何かありましたか?」
「特に。いつもと変わらない週末よ」
「信じられないです。あなたが週末にひとりだなんて」
「あなたこそ、おひとりなんですか?」
今日はスリットの入ったミニのスカートだった。私は足を組みかえる。
「家に帰れば女房も子供もいます」
私は何故か気が楽になった。
「知ってますか?セックスの高揚感と愛の深さは反比例するんですよ」
どれくらい飲んだであろうか。
突然、耕平が言う。いつの間にか、ふたり肩が触れ合うぐらいに体を寄せていた。彼が私の手を握る。私は彼の指先を爪で弄ぶ。
「どういうこと?」
「セックスが義務になってしまった時点で、 ぞくぞくするような胸の高まりはなくなる。つまり長く付き合ったり結婚したりすると、セックスはつまらないものになる」
確かにそうだ。3年付き合った彼氏に抱かれていても、その瞬間は性的な快感に包まれ、彼氏のことを愛おしいとは思うものの、付き合い始めた頃の胸の高鳴りはない。
その間、私も何度か勢いでワンナイトラブは経験した。確かに胸の高鳴りはあった。そのときは。
「愛が深くなるにつれ、セックスは義務になるんだ。だから、愛のないセックスほど最高の快楽はないんだよ」
耕平は、ロックグラスの氷を指で回しながら、私を見つめた。
彼氏だってそうなのかもしれない。月に数回の私とのセックスはもはや義務。いや、習慣であり、ふたり始まった頃の激しい高鳴りや快感は失せてしまっているのかもしれない。私がそうであるように。
「セックスで愛を感じる。それもいいことだと思う。でもね、女性ならいつまでも高鳴りを大切にしなくちゃ」
指が絡む。
息が絡む。
視線が互いに絡んでいく。
「今の僕達の関係は、ひょっとしたら一番いいんじゃない?愛のしがらみなんて何もなくってさ」
「うん。そうかもね」
私は一言そう言うと、ジンライムをそっと彼の頭から掛けた。
「でもね、あなたじゃだめ」
私は席を立ち、コートを羽織る。
なぜだろうその時僕は、その光景をとても美しいと思った。
※登場人物紹介
くたびれたサラリーマン:性教のヤマベ
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