山遊びではないのだが、突然美味しい蕎麦を食べたくなってふらっと温海方面へ、天気も雨模様で良くないし山遊びの決行判断が鈍っている。
目当ての蕎麦屋に辿り着き、堪能後にふらっと道を外れる。
日本海がすぐそこまで迫っているのだが、何故かそこは山に囲まれている。路傍の看板に誘われて急遽立ち寄る。過去に一度だけ訪れたことはあるにしろ何年経ったろうか…
暖冬が幸いし雪は全然無い。すぐに相方と急登にとりつく。
ゼイゼイと息を荒げ、正月太りで肉塊と化した巨体を無理矢理引きずり上げる。これがまた実に辛いのだが、久々に野外を歩くことがそれにも増して嬉しい。荒い呼吸とは裏腹に不思議と笑顔を自覚する。やがて眼前に巨木が姿を現した。
「山五十川の玉杉」
樹齢は1500年、幹廻りは10mを優に超す。実に勇壮な景観だ。登り口にその縁起があったので記す。
大同元年(806年)5月3日、都から藤原経季が実俣村仲村の地に住みつき、紀州那智の熊野権現を歓請し、村の東南の小高い丘にあった1本の巨木(当時樹齢300年余り)をご神木と定めてお祀りした。
昭和26年文化財保護法により、国の天然記念物として指定。
木という生き物は、一度根を張るとそこから自分では移動出来ない。1500年もの長きにわたり鎮座し続ける事自体奇跡に近い。まさに神木たる所以であろう。もののふの如きその立ち姿は威厳に充ち満ちている。それと比べる事自体間違ったことではあるが、我が立ち姿の何と哀れなことよ。深い自戒の念に圧倒される。
・目通幹囲 11.4m
・根元囲 22.4m
・枝張樹冠 600㎡
・枝張(東西) 30.9m
・枝張(南北) 36.2m
とのことです。
傍らに佇む熊野の社に柏手を打ち、再訪を誓い真新しい石段を駆け下る。麓の民家の軒先には、番をするかのように佇む猫たちの姿が…













地図を見ると玉杉は藤倉山と温海岳の中間にあるんだね。
ニャンコペア、微笑ましい!
こっちは12日・18日、長靴でスタコラサーと定番の鎧ヶ峰に。
2日間とも定番の顔ぶれ3~4人と合いました。
ブルマンで1時間、鳥海山がとても綺麗でした。
(母狩山へはカンジキが必要みたいで止めました)