はじめに
 実家に帰ってよせばいいのにぼーっとテレビ見ていたら…

立川志らく、「アンパンチ」で幼児が暴力的になるという論争浮上に「親がおかしくなってる」

落語家の立川志らく(55)は「アンパンマンを暴力的だと思い込んでいる親の教育からやり直した方がいいくらいですよ」と心配する親をダメ出し。「そこでバーンってやったらダメだよって教えるのが教育なのに、子どもを無菌状態にしてろくな子どもにならないですよ。バイキンマンみたいに悪い事をすると、ひどい目にあうんだよって教えればいいだけのこと」と続けた。

「それを何でも感でもクレームをつけて。親がおかしくなってるって事ですよ、今の時代。何を見たってクレーマーになっちゃうでしょ、何を見たって批判する。そういう事を言う親はアンパンチですよ、それこそ」とオチをつけたが、スタジオの微妙な空気に「ちょっとスベった…」と苦笑していた。

 悪かったなコメンテーターおかしい親で(笑)。テレビコメンテーターに洞察や良識や他者への思いやりを求めるほど愚かではないが、だいたい子育てはしんどすぎる(笑)。お風呂に入るためにおもちゃ遊びを中断させて取り上げただけで、アンパンチを10分以上耐え続ける、追い詰められる親の気持ちなどわからないだろう。ほんと、アンパンマンコンツェルンにクレームの一つも入れたくなる。

 うちの子はアンパンマンで暴力的になった。自分では教えていないから、保育園でアンパンマンを覚えてきたのだろうけど、「アーン、パーンチ」って連打で殴ってきた。もちろんアンパンマンが存在しなかったとしても、きっと他の方法で暴れるだろうから、アンパンマンが暴力に訴えることを教えているのではなく、暴力のなかで、どういう形で暴力を表現するかという方法を教えているのだろうが…。と、考えると、少なくともアンパンマンが暴力の一つの形を教え敷居を低くし助長しているのは紛れもない事実。

アンパンマンレーダー
 しかも、スーパーに行ったら、アンパンマンレーダーが作動して、どんな売り場でもいきなりアラートで困る。「この前は、こちらの通路にアンパンがあったからと、別の通路を通ろうと避けても…。」「アンパン、アンパン」叫んでる。「ハァー…アンパンある。」。
 アンパンマンの載っている商品を欲しがって、ほんと迷惑。アンパンマンのせいでホント迷惑してる。しかもどこに潜んでいるかわからない。
 アンパンマンの載ったもの以外、着ない食べない飲まない、乗らない使わないっていうアンパンマン生活ってなんとか暮らせそう出来そうなくらいいろんなものがある。飲み物、食べ物、おもちゃ、文房具はもちろん、着るもの、おまる(トイレ)、椅子や机、自転車や車(バス)もあるし、アンパンマン印品だけでも暮らせそう。それくらいアンパンマンに侵されている。
 そんなことはさておき。閑話休題

アンパンマンの暴力
 さて、アンパンマンはどうしてバイキンマンを一時的に目の前から追い払う程度の暴力をふるうのか。アンパンチでバイキンマンを追いやったら、一時はしのげても、またバイキンマンはやってくるので、みんなの困りごと、悩み事の種になり続ける。それならばどうしてアンパンマンはバイキンマンをその場で完全にやっつけて後顧の憂いがないようにしないのだろうか。わたしはふしぎでもなんでもない。

アンパンマンは策士
 アンパンマンは悪人ではないが善人ではない。アンパンマンは知能犯、バイキンマンは粗暴犯であろうか。アンパンマンが正義とか、正しいことは正しいと単純に信じるとか、能力が高いほうが通用すると考える輩ならば、下流確定だろう。世の中は、道徳的に優れたもの、強いものがより通用するのではなく、都合のいいもの適者が生存するのである。頭の中はあんこでも、3Kな正論が好きな諸君のようには甘くないリアリスト。何を言っているのかわからない人は、『紅の豚』のポルコを考えるべし…。

紅の豚
 冒頭シーンで、空賊のマンマユート団が船を襲撃する。ポルコは、そのマンマユートを撃破しながら、なぜか、盗んだ金貨の半分をくれてやる。
 その後、塗装代まではでなかったがローンで飛行艇を修理できたマンマユートは、また空賊稼業に精を出す。ローンで修理するということはローンを払い終えるまで、空賊稼業はやめられないということだから、ポルコの用心棒としての仕事は存在し続ける。このように、ポルコが空賊を一時追い払うだけなのはポルコに働くインセンティブを考えれば当然である。空賊の構成員を次々に撃ち殺したり、飛行艇を完全破壊したり、活動資金を枯渇させたりして、完全に空賊の息の根を止めてしまったら、そのあとは、ポルコの仕事がなくなり金欠そして「飛べない豚」ただの豚、確定となる。
 ポルコは自分の存在意義を確保しながら、まさに空賊とも「持ちつ持たれつ」いく。アンパンマンにとってのバイキンマンとは、つまりマンマユートのような側面を持つ。だから、アンパンマンは、バイキンマンを一時追い払いはしても、バイキンマンのアジトを襲撃して破壊したり、再起不能になるまで撃破したり、バイキンマンを抹殺したりしない。バイキンマンがやって来ないことは、アンパンマンにとっては用心棒稼業ができない悪夢である。

愛と勇気だけが友達
 さらに悲しいのが、アンパンマンの心根である。ジャムおじさんやバタコさん、チーズ、そのほか…。たくさん友達がいるはずなのに、「愛と勇気だけが友達さ♪」という、信じられないほどの刹那的な世界観をもつアンパンマン。きっと、自分と他人を役割や機能のつながりでしか感じられないあんパンなのだろう。自分の有用感に対する自信がなく、みんなが同じで仲良しで、ただそこにいるだけでいいという帰属意識や安心感覚がもてないのだろう。
 「飛べないアンパンはタダのアンパン」などと揶揄される悪夢にいつもうなされ続けているに違いない。そして「バイキンマンが改心してしまったら、どうしよう」と気に病んでいるはずである。だから、わざとらしく「やめるんだバイキンマン」などと言って戦い負けるフリをし、最後は圧倒的な力で遠くへ追いやる。絶えず、みんなのために自分が役立つ、自分はすごいを見せびらかして、自分の役立つ価値をアピールをするしかない。

改心型バイキンマン
 また、バイキンマンがやって来ない以上に、バイキンマンがみんなの中に友だちとして受け入れられることはさらなる悩ましい悪夢である。なぜなら、バイキンマンとアンパンマンの能力を比べたら、どうみても、改心したバイキンマンのほうがアンパンマンよりも絶対に皆の役に立つからだ。「バイキンマン、こんなロボット作ってよ。」なんて頼まれ「ハヒフヘホ(^^♪」のバイキンマン。高いロボット製造能力や器用さで皆の暮らしをよくすることができる改心型バイキンマンに比べ、飛べるだけのアンパンマンは「アンパンの宅急便」でもするしかない。
 だが、飛んだって所詮アンパン。頭は鳥につつかれて…ボロボロで力が出ないよ…、豪雨の中を飛べば…フニャフニャで力が出ないよ…と、飛行場所も天気も選ぶ。宅急便の癖に、「虫や鳥が多いところはたかられるから通れません。行けません。」とか「雨で元気が出ないから、運べませんでした。」「湿気が多いので休みます。」とか言えば、「ぬるいこと言ってんじゃねー仕事だろ。」とか、荷主に怒られ、さらには失注。ニートに。そして、ひきこもりになるのも時間の問題か。
 「落ち込むことばかりだけど、わたし元気です。」なんてことになりかねない。

毒アンパン
 だからこそ、アンパンマンは、バイキンマンを再起不能になるまでやっつけるでもなく、バイキンマンがみんなに受け入れられて、みんなの中で暮らせるようにしてやるわけでもなく、殴って一時的に追い払い、バイキンマンの出現をコントロールするという均衡を生むことにしてしまった。本当は恐ろしいアンパンなのである。バイキンマンはアンパンマンの掌の上の存在である。周囲から見れば、獅子身中の虫、独饅頭ならぬ毒アンパンと言ってもいい。

汝自身を知れ
 このように、アンパンマンは、所詮脳みそはアンコだが、バイキンマンと比較して明らかに怜悧なリアリストである。それを支えるのは優れたメタ認知力だ。バイキンマンと自分を比較して、自分を最大限高く売ることができる才能を持っている。自分の長所短所をしっかりと見て、バイキンマンと比較している。自分の持ちうる能力と制約をよく理解している。

アンパンマンシンドローム
 相手にしてもらう方法がちょっかいをかけることしかできないバイキンマンと、それを見抜き、用心棒としての役立ち感を高め、そうすればするほど孤独を深めるしかないアダルトチルドレンアンパンマン。そしてそれを取り巻くその他の人々。この相関関係を、アンパンマンシンドロームというのだろうか。
 このアンパンマンシンドロームの枠組みを癒すために、バイキンマンにソーシャルスキルトレーニングを、アンパンマンにカウンセリングを…周りにはアンパンマンのマッチョぶりを褒めるのではなくアンパンマンの苦しさを察して孤独を癒して…と願ってやみません。

おわりに
 アンパンマンはインセンティブの勉強になる。どうやって自分を高く売るか、どうやって生きていくか、適者生存、プリンシパルエージェント問題、「歯医者さんが考えた歯ブラシ」とはどんなものか、テレビのコメンテーターの程度など、こんなことを子どもには教えてあげたい。
 親は、おかしくなっているといっても、それは追い詰められているからなのではないだろうか?
 こんなテレビやそんなコメンテーターに煩わされることなく…、子育てをしている人、ともに悩み、ともに何とか日々を切り抜けていこう。きっとアンパンチに耐え続けた日々はいずれ懐かしくなるはず…。