セクシーポエマー信じろー ~わたしはふしぎでたまらない~

時事・政治・教育のネタを中心に、婚活のネタ も交え 書いていきます。 独自の視点で切り込めたら…いいな、と思っています。

2016年08月

自殺をすること

はじめに
 9月1日に新学期が始まる。毎年のように、学校に行きたくない子どもの中には自殺する子どももいるわけだが、もし自殺をしようとしている人がいるのなら…考えてからにしてほしい。確かに自殺をすること自体は犯罪ではない。道徳的に悪いことでもないかもしれない。だが、少しばかり考えてほしい。 

ちくってはいけない
 ちくるのは卑怯だと、と言われることがあるが、そう言われるのは確かだろう。理由は簡単だ。1人の生徒が30人をいじめるということはおそらくないだろう。少人数が大人数をいじめることは難しいからだ。自分がいじめっ子ならば、当然ちくるのは卑怯だと言うだろう。大人が関与したら、それだけいじめが難しくなってしまう。それは、ちょうど誘拐犯が「警察に連絡するな」と言うのと同じことだろう。警察に連絡されてしまえば、弱いはずの被害者の側に味方が増えて、犯罪の成就が難しくなる。

いじめるやつが悪いに決まっている。だから…
 原則としては、いじめるやつがいじめをやめるべきだろう。その通りだ…。反対するものはおそらくいまい。だが現実の問題として考えてほしい。悪い奴であればあるほど、そいつがいじめをやめる可能性があるだろうか?本当に考えてほしい。いじめるやつが悪いといえば言うほど、悪ければ悪いほど、いじめるやつがいじめをやめるという可能性は低くなり、否定されていくのが自然なことだろう。
 さて、いじめっ子と戦うべきだろうか。戦い続けるべきだろうか?本当に、貴重な学生時代をそんなものにつぎ込んでいいのだろうか?いじめっ子がどうかではなく、自分の利益、あなたの利益として考えてほしい。しかも自分の利益とは、たった今の自分の利益ではない。自分の全人生・生涯の中での利益である。例えば、いじめっ子に勝ったと仮定したとき、あなたの利益は何だろうか?想像してほしい。人生ベースで考えてみてほしい。仮想するだけならば、タダでもできるし、現実にかかわらずできる。何を得るだろうか?
 ただ、現実に戦うとなると、勝っても負けてもいじめっ子と戦ってボロボロになったとしたら、高校入試や大学入試で加点されるだろうか、就職に有利になるだろうか?自分の人生にプラスになるだろうか。さて、自分の利益とはなんだろうか。それを考えてみよう。
 いじめるやつは確かに悪い。本当に悪い奴が更生するまであなたは辛抱強く待つのか?その間に時は待ってくれるのだろうか、そのあとに自分は何を得て、何を失うのだろうか。

韓信の股くぐり
 昔の中国に、韓信という人がいた。韓信は前漢の建国に功績の高かった国士無双(並ぶもののない駿傑)と呼ばれた知勇兼備の名将である。韓信という名は知らなくても、背水の陣という言葉は知っていることだろう。その故事で有名な人だ。
 韓信は若かりし貧乏人の頃、町の不良少年に提げている太刀をからかわれた。度胸があるならば太刀で不良に斬りつけるか、度胸がないならば股をくぐれと挑発されたのだ。韓信はそのとき、冷静にその不良の股下をくぐったのだった。人々は笑いものにしたが、韓信から見れば、くだらない不良を斬り捨てて勇気を示したとしても、それはつまらない勇気(匹夫の勇)でしかない、自分の人生の利益を考えれば、罪人になるほうがもったいないのだった。戦うべき奴と戦うべき時に戦う。毀誉褒貶は他人のものだろう。
 さて、あなたが勝つべき戦うべき相手は、いじめっ子だろうか?どうだろうか?

戦術と戦略
 人生の主戦場をどこに置くのか?平均余命は何歳だろうか?学齢期の学校生活に限定して大丈夫だろうか。相手にするべき相手は、いじめっ子だろうか。
 ここでは、戦略というのは、いつ、どこで、誰と、何を争って戦うのかを選ぶこと、戦術というのは、時も場所も相手も決まっていてどう戦うのかを選ぶこと、ということだろうか。
 例えば、勉強で考えると、戦術的には成功しても戦略的に失敗するというのは、ちょっと勉強ができて東大に行き、大学院博士課程まで進んだが、そのまま就職できずに、ワーキングプアとして非常勤講師と予備校教師をしてにっちもさっちも行かないということだろう。ちょっと勉強ができるという面で戦術的にはすぐれていてそのまま突き進んだが、勉強ができるという能力の使い時と場所を誤るという戦略的には失敗した例だろうか。他方で、戦術的にはまずまずだが、戦略的に成功するというのは、まあまあ勉強ができたから普通に地方大学に進み、自分の分というものを知り公務員試験にでも受かって地元で安定的に暮らすというのは戦術的にはまずまずで戦略的には成功なのかもしれない。
 さて、今の学齢期に、学校で、いじめっ子や無理解な先生やクラスメートと…戦って何が得られるのだろうか。確かに、人生全般にわたる、自分の尊厳がなくなることが確かなのであれば、戦った方がいいだろうが、勝ったとしても何が得られるだろうか。あなたの人生の目的はそもそもなんだろうか?


何事も一生懸命
 小学生や中学生のときはそんなスローガンがあった。いつ戦うか、誰と戦うか、どこで戦うかという場所を間違ったら、そこで力戦して何になるだろうか?自分が消耗するばかりで成果が上がらないではないか。方法を間違ったら、それを一生懸命やったとして何ができるというのだろうか?だが、こんなものを信じているから学校の教師くらいにしかなれないんだと言ったら言い過ぎだろうか。

選択肢を挙げよ
 自殺をするという選択は、どういう選択肢の中から選んだものだろうか?自殺以外の選択肢をいくつも書き出せるだろうか。是非書き出してみてほしい。書けないのならば、判断力が既になくなっているのだから、すぐに思考を止めて助けを求め病院に行くべきだ。既に思考力が失われいてる。一時的にでも他者に自分の判断を委ねるほうがいい。

時間軸で考える
 思考力が残っているならば、数直線を書いてみてほしい。左側に0(歳)、そして右側に100、その間に10、20、30の順で数を振っていこう。0を出生、100を死とでもしておこうか。現在は12~18くらいだろうか。死ぬということは、わかりやすく言うと、死期を早めることだろうか。生きとし生けるものは必ず一度死ぬのだから、その死ぬという最期の時点を前倒しすることだろう。生きるということは、わかりやすくいうとその死期までの期間だろうか。その中で、いじめられているのは何年間だろうか?5年?10年だろうか?一生だろうか?

空間軸で考える
 いまの自分をいじめている人間の数はどれくらいだろうか。書き出してみよう。みんながいじめていると感じているのだろうが、本当は20だろうか?、30だろうか?ではそれ以外の人間は、この世に存在しないだろうか?あなたの住んでいる市の人口は何人だろうか?県の人口は何人だろうか?日本の人口は何人だろうか?あなたは本当にみんなにいじめられているのか?あなたの居場所はこの世にないのだろうか?

学校の価値
 一昔前、『ドラゴン桜』という漫画が流行ったことがあった。その中で、今の学校は「時代遅れのおんぼろ遊園地だ」というようなことを言っていた。このことに筆者は大きくうなずかざるを得ないのだ。学校は、友達との交流を除けば、これといって特筆すべきものはないのではないか。勉強の内容で見たら、塾や通信添削やネットの方が数段上だろうし、部活は、クラブチームの方が充実しているだろう。また、修学旅行や遠足は、昔からの安物旅行と大して変わらず宿舎もボロければ飯もまずい。そして、自分の都合の良いように観光できるわけではない。だが、それらを特別にするものが一つあるとするならばそれは、あくまでも人と人の交流ではないか?と考えると、その人と人の交流が悪いならば、学校に行く価値などないのではないだろうか?つまり、学校の価値とは、友達付き合いや教師との付き合いではなだろうか?それがなくなったら学校に行く価値などないのではないだろうか。いじめっ子にその場を譲ったとして何か人生で困るだろうか?

「塞翁が馬」という言葉
 また、「しゃべり場」というNHKの教育番組を偶然見たことがあった。そこで不登校の子どもが、学校で集団に順応したり、社会の理不尽の中で生活しているのは、負けているというようなことを堂々と話していて驚いた。そこから離れるのは”逃げ”とも言っていた。その子によると、逃げとは負けであり、悪いことなのだそうだ。だが、現実はどうだろうか?逃げることは敗北で突き進むことこそが勝利なのだろうか。
 「塞翁が馬」という言葉を是非調べてほしい。これも中国の故事だ。日本にも同じ言葉がある、「禍福は糾える縄の如し」と言うものだ。あるときはいいこと、いいものであっても、別の時にはそのことが悪いこと、悪いものになってしまうということも含まれる。
 現代では、Intelという会社を聞いたことがあるだろう。あなたの持っているパソコンにはintelのシールが貼ってあるのではないだろうか。intelは現在、コンピューターのmpuで大きなシェアを持っている世界でも有数の会社である。だが30年ほど前、DRAMというコンピューターのメモリ事業で劣勢になり蛮勇をふるって撤退した。DRAMはintelが世界で初めて実用化し、思い入れも大きかったのにもかかわらず、飛ぶ鳥を落とす勢いの日本企業に対して劣勢になったため大胆に撤退したのだった。そして、mpu事業に大きく注力したために今日の成功がある。他方でintelを打ち負かしたはずの日本企業はその後、韓国勢の猛追などもあり事業自体が立ち行かなくなり、もはやその面影はない。

攻勢のある守勢
 戦場を選ぶということは大切だ。今のほんの一瞬の人生にあなたの今後の人生を心中させていいのだろうか。まだ20にもなっていないだろう。あなたの人生の主戦場は学校だろうか。たった数年の人生のこと…一生涯の主敵はいじめっ子で、目標は学校だろうか。一生、中学生をするつもりだろうか、それとも高校生を一生やり続けるつもりだろうか。誇りをもって撤退し他に進撃せよ。韓信がそうであったように、今は恥を忍んで股をくぐってみよ。そして将来に備えよ。命の使い時を誤っていはいけない。

ひきこもって勉強しろ
 そして、ちょっといい大きな大学に行ったほうがいい。そこには、ホント、いろんなやつがいる。バカなやつもおもしろい奴も、暗い奴も…とにかく変な個性的な奴も…いろんなやつがしかも少なからずいる。どんな個性の持ち主であっても、群れるだけに十分な数がいる。世の中にはいろんなやつがいる。そこまで雌伏して待て。
 君は大人じゃない。大人だったら、働いているならば職場で意地悪されてもいじめられても、転職先を見つけるまでは辞めることができないだろう。だが、子どもは違う。辞められる。学校に行くのを辞めたらいい。それは今だけの特権だ。特に、高校までは出なくても代わりのコースが用意されている。

さいごに
 死ぬくらいなら学校に行くな。生命と天秤にかけるほどの価値が学校にあるのか。どうして学校と自分の命が同列に扱えようか。家で通信添削でもやってそして将来への飛躍に備えろ。そして、将来花開け。感じ方もまた成長する。いまの成長途上にある感じ方をすべてにして、自分を縛ってはいけない。
 人生に期待しすぎかもしれない、少し休んで人生は「鶏肋」のようなものだと感じられればまた、再起を図れるだろうか。ぼちぼち進め。

天皇生前退位が憲法改正の道を拓く

はじめに
 平成天皇がビデオ会見で生前退位の意思をほのめかした。しかも、国民のためになるのだと恩まで売ってくださった。ありがとうと感謝をすべきなのだろうか。現行憲法では、明らかに想定外の事態である。直接的な要求はしなかったが、ほのめかすだけでも十分な政治的効果があるだろう。同時に、天皇がどれくらい憲法を大切にしているのかが明らかとなった。つまり、憲法とは、せいぜい天皇制の利益を超えない範囲の大切さなのだ。あくまでも憲法よりも天皇制が大切だというわけだ。擁護義務はあっても罰則規定がないのだから、憲法もそして国民もバカにされたものだ。
 意思を表した以上、それに反するにしても、沿うにしても、いずれにしても天皇の考え方を全く抜きにはできない。それは、有力者が、明確に命令せず要求せずとも気持ちをほのめかすだけで、その影響下にある者は十分に忖度せざるを得ないのと同様のことである。例えば、ヤクザの頭目が「こんなやつと同じ天の下に生きていることに我慢がならない」という心情を吐露するだけでも、部下はそれを忖度して行動を起こすだろう。直接的な表現で、殺せとあえて命令する必要など全くないのに似ている。もしくは、疑問と反語の表現が同じであることを利用して、強く質問をしたり、聞き直したりするだけでも、影響力を行使することができるだろう。後で問題が起きたら、質問しただけだとでも言い逃れればいい。こんなことは極めて簡単なことである。極めて重大な前例を作ってしまった。これは、一天皇の退位に留まる問題ではない。今後もこういったことに煩わされることになるだろう。

憲法改正
 さて、天皇が生前に退位するようになると、天皇の権威が下がると言って復古主義の守旧派には痛手だ、という向きもあるが、どうだろうか。安倍首相は、これを奇貨として、憲法改正を早めるのではないか。天皇を元首と定め、天皇の憲法擁護義務を外し、天皇が”自由に”発言したり意思を表明したりできるようにするとともに、不敬罪を入れる形で言論を制限をするのではないか。もちろん、これらは天皇の生前退位を可能とする条文を憲法に盛り込むこととセットにして国民に信を問う形にするのだ。こうすることで、反対するものに対しては、虚弱な一老人の願いを聞き入れない反人権と訴えるのもいいし、至尊の存在に対する朝敵逆族とでも批判してもいい。これらを巧みに使うことで、容易に憲法改正を実現できる。
 現行憲法は、天皇を憲法という枠内にとどめるという意味で、良い意味でも悪い意味でも大きな価値があったが、今回、天皇が自らその枠組を破って見せた。この結果はどうなるだろうか?

天皇の深謀遠慮

 やはり、天皇は自分の意思は明らかに示したのに、表現としては明確に示さないという形で責任を逃れた。一番上手なやり方だ。ちょうど先代の天皇が前の大戦の開戦前に、和歌を効果的に使って、戦争で勝っても負けても、自らの責任を回避できるように布石を打ったことに似ている。いずれにしても、この最終的な責任をつけまわされるのは国民であることだけは確かだろう。この事実の重みがわかるものがどれだけいるのだろうか。わたしはふしぎでたまらない。
 ”自由に”…とは政権の都合に沿うように…という意味
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