July 23, 2006

マスコミの影響を真に受けるようでしゃくではあるけれど、世の中いろんな「嫌なこと」がおきている。

不可解な殺人、軽んじられる「被害者」、増え続ける自殺者・・・

世の中の一人一人のちょっとした「いらいら」が、どこかに積み重なって、大きな黒い影になって、人の心を蝕んでいるような気持ち。

それなりに幸せには生きていても、頭をもたげる重たい現実の数々が、心を蝕んで行く。

幸せだからそうやって悩めるんだ。

暇だからそんなこと考えるんだ。

そんな価値観だってもちろんある。それは否めない。


でも、高層階のレストランで商談をしながら、フルコースを堪能する人も、

コンビニのそぼろ弁当をビールで流し込む人も、

ビールを買えずに、水道水で流し込む人も、

毛並みの乱れた、眼光鋭い野良猫も、

みんな同じ土の上で生きている。


ひとつ空の下で。

僕はクーラーの利いた部屋で、大きな画面のパソコンに向かってこの文章を書いている。

クーラーを切ったとしても、パソコンをとじて、先の丸まった鉛筆で何かを書こうとしても、

きっと同じことを書くだろう。

何も考えず、


ただただ目の前に広がる光景をただ受け入れて、


今の自分を肯定も否定もせず、

無機質に生きる毎日を呪う訳でもなく、ただ享受して・・。




「動いて後悔したほうが、動かずに後悔したよりずっといい。その失敗と苦しみを持って成長したほうが、ずっと魅力的になれるから」



子供を殺した女の後悔が、成長への糧になりえるだろうか。


命へのレクイエムなんて、本当の意味で存在しうるだろうか。


けれど。


恋した気持ちを、伝えぬまま終わるより、伝えたほうがいい。


敗れた恋愛へのレクイエム。


彼はその敗れた恋愛の気持ちをいつか成就させて、そこに命が生まれる。


同列で論じることは出来ない。


出来ないけれど。

どうしてこんなに、悲劇と始まりが、紙一重でうごめいているんだろう。

もっと、人は楽しく、幸せに生きられないだろうか。


回線なんてなくても、パソコンなんてなくてもいいから、もっと一人一人が等身大で笑いながら、目の前の人の幸せのために、自分の力を尽くす、どうしてそのやり方を忘れていってしまうのだろう。


あなたは、何のために生きてますか?


自分のため?


なんだかわからなくて?


愛する人のため?


夢のため?


週末の、余暇のため?




私は、なんだかわかりません。




コンセントとチューナーがあれば、悲しいニュースばかり伝える愚鈍なブラウン管のハコを目の前にしながら、


生きていることへの感謝を同時に感じながらも、



いったい自分が何者なのかわからずに居る。


人を不幸にしたくないから、人前で曇った顔は見せたくない。

楽しいことは、楽しく、楽しむ。


けれども、幹のない人間は、かくも脆く。


脆すぎて。


(22:15)

July 02, 2006

だらだらと長文を書く気分でもないので、格闘技2大イベントに関してはさっくりまとめようw観戦後新宿のルノアールでトーストかじりながら語りつくしたことだしwwPRIDEみたあとにチャモアペットやサムゴーやランバー、レナード・ババルやボーウィー・チョーワイクンの話してるのは俺たちくらいだろうww

【K-1 MAX】

輝くアンディの再来が見れたのが嬉しかった。魔裟斗はやはり日本のトップ。本物の華と実力と努力、最高の3つをもってる選手と再確認。そして、日本においてほんとの意味で本気になったタイ人には誰も勝てないということ。



でも本当に魔裟斗はすごいと思う。努力でココまで上がってきた人。きゃーきゃー騒ぐのが好きなだけのニワカのオネーチャンは分かってるのか知らないが、この人はホントに努力して上がってきた人だと、プロの人たちの話を聞いて強く思う。


だいたい魔裟斗を悪く言う男子は格闘技を表面でしか見てない人間が多く、彼の派手な言動とちゃらちゃら感に拒否反応を示すのだが、彼の試合に取り組む姿勢とプロ意識を一度目にすれば、その思いは砕かれてしまうのである。

でもやっぱり私はSB贔屓になってしまいアンディ・サワーをMVPに挙げてしまうのだけれどw
(地味に第一試合に西脇が出てたのが笑った。あんなレベルの低い選手をK-1に出すとは・・・)

【PRIDE 無差別GP 2nd】

ジョシュに尽きた。これが総合格闘技だという試合を見せ付けた。こんな痛快なオタクはいない。




ジョシュ、ミルコ、ミノタウロ、そしてシウバ。実力も、ファンの感情も入った最高の4選手が残った。

ここはW杯ではない。無駄なナショナリズムなどいらない。

在るのはPRIDEへの愛だけでいい。

矢野武氏の実況と、TKの解説。盛り上がりには欠けるにせよ、無駄をそぎ落とした映像。

悪くない、むしろ、とてもいい。

俺たちは純粋に、MMAが見たかったんだ。いまさら気付いた。

そこにフジテレビは居ない。居なくていい。

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あっと言う間に7月になってしまった。

バーゲンの季節だと世間は浮かれているが、当方が欲しいのは浴衣とTシャツくらいのもので、オシャレして出かける機会(意中の女子とマジデート等)もないので、別に服を買いに人ごみにまぎれようとも思わない。そもそも本気になるような出会いはない。

寂しさに駆られて誰かと寝ること、むやみな時間をすごすことのむなしさは、モテないくせに知っている。

それよりも、一人で過ごす時間や格闘技会場で興奮する時間、友達とだべる時間のほうが楽しいと思うから、いまはそうしたい。服に金をかけるなら、まず身体を鍛えなおすのが先だとも思っている。


なんだかいろいろ書いてたら長くなってきたのでやめようw


(ちなみにライブドアもごたごたしてるし、このブログはもうすぐ完全放置状態になりますwwミクシでは毎日日記更新しているので、私の知り合いのかたはコメント残していただくか、携帯にメールくださーい)


(21:33)

April 30, 2006

5d5da912.jpg
「私は被害妄想気味で、いつもひとりと思って生きてきた」

「みんな私の横を通り過ぎていくとずっと思っていた。でも私が前を向き過ぎていて、横に並んでくれてたひとたちに気付かなかった。」

これはMCでの安藤裕子の言葉です。

情緒不安定そうなその表情と、時折泣きながら歌う姿。孤独をむせぶことを生きる手段として自分の世界を築いて来た人間にしか織り成せない確固たる世界。

ねえやん(安藤裕子)のライブにいくことは、彼女の歌にはじめてあったときに感じた感銘なのかシンパシイなのかわからないものを確認するための作業だったのかもしれません。

冒頭の言葉「自分は一人。」

私を直接知っている人は私とであって話して感じるかも知れませんが、私は対外的には「明るくよく話す人」を保っています。ですが、内面では常に他人への恐怖におののいています。文章は精神世界を語る手段であり、私が空白を恐れるために発するただの言葉は、ただの言葉でしかありません。

人の中で人として生きながら、一人ではないことを常に感じながらやはり一人を貧り、恐怖からそこに行き着く。

それとまったく同じ匂いを、安藤裕子という歌手から感じました。

無論舞台で自らの世界をうたにのせ人々を魅了するねえやんと、ただ一円にもならない文章をネットのはしくれに書きなぐる私とでは、論ずる両列にもなりえない。

そんなことを前以てわかりながら、目を潤ませて歌う彼女を見ていて、形容のしがたい力をもらった気がしたのでした。

色々な事を突き詰めて考えると、普遍はくだらないものと感じてしまう。マクロなそのものよりも指先や足先や行為の間隔や息遣いばかりに意識がとらわれてしまう。

でもそんな世界から放たれた歌で、箱に入って舞台から歌う声を聴いているだけで、細かいロジックなんていらない満たされた感覚を味わえる。

またひとつ、新しい価値観を、感覚を手に入れられた気がします。

次のなにかを探るのではなく、この感覚を与えてくれた歌姫がもっと僕等の前で歌っていてくれるように。
そのために彼女のファンで居よう、と強く思いました。

彼女にはそのPowerがある。

彼女は紛れも無くPower Girlだとおもった。

明日は大分に帰る日です。ねえやんの歌しか聞こえないイヤホンで、手に入れた感覚を忘れないように夜を過ごせたらと思います。

★☆★

ライブのチケットは定価4500なのですが、当日券は5000らしいです。自分の運で招待を引き当てたので、浮いたお金でミニアルバム「サリー」(音源のみ所持だった)と、先日でたばかりのPV集DVDを買いました。

ちなみにねえやんのバンドメンバーは「チームアンディ」らしいです。テーマソングが可愛かった。

チームアンディと聞いて「サワー?」と思ってしまったのは会場で私くらいなんでしょうね(笑)

最高のライブだったなあ。



(02:36)

April 03, 2006

今日は雨がガン降りなうえに強風でしたね。

洗濯物を出しておいたものの、屋根もすこしあるし片付けるのもめんどくさいと傘を開いて固定しておいたら無事でした。

五味が負けたのは前述ですが、近藤も「ベスト体重」なんていいながら秒殺負けを喫し・・・

和雄もがんばっていたけど、判定負け(アレはせめてスプリットのドローでは?と思ったが、ダメージはダンが取ってたか)。

今日パワーをもらったのはヨアキムとアライケンジと石田君(なんか君づけしたくなる石田君)ぐらいのものかな。

アライケンジは井上克也との試合から買っていましたが(その次の試合で井上がキラービー菊池に秒殺され、パンのレベルの凋落をまた体感しましたが・・)、イマナーの「代役」どころか、実にすばらしい試合をしました。


今日のDDTでケロちゃんが出て、「プロレスを舐めるな」アングルで三四郎と抗争開戦したのも興味深いですけどね。どこまでがアングルかわからんけど。ある意味ギリギリだよなあ。
限りなくガチに近いアングルですよね。

正直DDTには「こいつ学プロか?」って思わせるような選手がいてしまうことも事実。映像が受けて、アングル(ストーリー)に客が食いついている間はいいけど・・・ということになる。歴史というのは繰り返しますから。食傷になったら終り。
受身もロクに取れなさそうな選手がいるのも事実。

でも「プロレス」の「本気具合」って、もう見る側が決めることになってしまってますからね。DDTは客を集めて喜ばせている時点で「勝ち」なのだし。反面、新日本は・・・。ユークスがてこ入れ(金銭面)してなかったら、とっくにつぶれていたでしょう。

だって、「4000万の資本金しかないくせに10億の借金を抱えている会社」の株式を2億で買い取ったんですよ?たしかどっかでよんだけど、償却期間20年とのことだから、一年に確実に5000万づつのプラスをだしていかなきゃ元が取れない。ユークスは8億円、いやそれ以上の「付加価値」を新日本に見出したということなのだから。まあ、無謀ですよ・・・


前にも書いたとは思うけど、新日本みたいな「勝負論」プロレスを支えていたのは、ファンが想像していた選手の持つ「非常時のためのナイフ」と、どこか現実離れしたエピソードだったんですから。

でもPRIDEは試合前の映像で、その試合、その選手の定義づけを丁寧に行って、試合に意味を持たせる(その意味では、WWEのスキット、DDTの映像も同じ)。

見る側が行間を読むに値するソフトを提供できなくなった新日本に、「自発的な読書行為」なんてしようとおもいませんよ。

むしろ、新日本のプランナーおよびブッカーは、三四郎やマッスル坂井や、DSEと絡んでるライターに土下座してても、興行の盛り上げ方学んだほうがいいんじゃないですか?といいたい。

ロックアップだとかレッスルランドなんていってますが、あんなもんじゃ新木場すら埋められんでしょ。観客を舐めすぎてる。

同じ金払えば、マジ真剣勝負のキックや、競技性の高いMMAを見てもお釣りが来る。もちろんプロレスだからのよさってのはあるし、武藤なんかは、考えてなさそうで本当によく考えてる。全日首都圏の興行で、ハコの大小関わらず、ここ3年で閑古鳥鳴いたとこはないでしょう。むしろ満員御礼。

この双方向性選択の時代に、哲学も何もない、プロの体使って頭使わずアマチュアリズムみせつけるような興行なんぞに、ファンは財布を開かないんですよ。

新日が業界から消えるというダイナミズムは、巨人軍がどっかに買収される、くらいのものはあるんでしょう。内実は別として。

でも、このままならもう消したほうがいい。

新日から「格闘技ファン」になった一人としては強くそう思います。

(00:46)

February 06, 2006

こないだのK-1MAXの佐藤の戦い方には、立ち技格闘技ファンとして思うところがありました。

あくまでファンの戯れ言であり、競技者の視点から見たら違う話しかも知れません。

でも僕はあの戦い方、というか作品として「NO」です。

佐藤は「強さを見せればいい」といいました。

K-1はマスリングなのです。

佐藤は、首相撲を撤廃し、組を廃したムエタイの美しい足技で、ザンビディスに何もさせず、かつ観客を魅了したブアカーオの戦い方を学ぶ必要があると思います。

あれこそがマスリングが求める「強さ」なのです。

ブアカーオのような表現者がいるのに、佐藤があんな作品しか作れないなら、K-1は佐藤の首相撲をプロテクトしてまで優勝させたことは大きな間違いです。


佐藤の試合についてはいろんな人がいろんなことを考えています。

首相撲をまたアリにしろだとか、クリンチを排してしまえとか。

確かに首相撲からの膝を一発までにしたせいで、みんな組まれても何もされないことがわかるため、やたらと抱き付き合う試合が増えました。

伊藤さんも「K-1はボクシングキックなんだよ」と言っていました。

確かに佐藤は強いのです。実力者なのです。

でも、見る側に器を求める時点で、それは大衆娯楽ではなくなる。

命を懸けて闘う選手たちが、その代償に少しでもふさわしいお金を手にするためには、K-1はマスリングであり続けなければならない。

佐藤の試合は、いちげんさんが「もうちょっと見てみよう」とおもうギリギリのレッドラインにあるのです。

ヒョードルは訳が違います。

誤解を恐れずに言えば、彼はプロレスをしている、と私は思います。

ノゲイラ兄もそうです。

受けて、受けて、返す。

必殺技で、大逆転。不屈の精神。

ミルコの左ストレートを顔面で受け続けたヒョードルに、サップの猛攻を受け続けたノゲイラに、

プロレスを見るのです。

格闘技のカタルシスも、プロレスに少なからず通ずる部分があるのです。

プロレスは、ケツ(結果)を決めて、そのプロセスを表現者に委ねる。

見る側にも想像力を要求するのです。それはつまり、観客に触るということ。インタラクティブ性を持つと言うこと。このバランスが絶妙だからこそ、プロレスは金曜8時の栄華をもったのです。一般人に「必要以上の想像力」を求めない、「行間を読む体験の快感」を頒布したのです。

PRIDEは、試合前に映像でドラマを見せることで試合にアングルを打ち込む。

その試合が単なるVTのワンマッチでなくさせてしまう。

選手の一挙手一投足に、観客は「行間」を感じる。

一試合をそこまで昇華させて、初めて「商業娯楽としての格闘技」が成り立つのだと私は思います。PRIDEは、観客に「行間」を読ませるだけ熱中させた。総合格闘技という複雑ではあるが体系だった技術体系が、見る側の「行間を読む快感」を刺激したのです。

ガードポジションを知っていても、膝を脇にさしながらパスする方法は知らない。

そんなことより「ガードポジション」や「オモプラータ」という言葉を知る快感が大事なのです。

シュートボクシングや連盟系のキックボクシングを、自ら後楽園に見に行く私のような人間はやはりまだ奇特であり、私のような人間は、売り手側が作ったPR文や、ブロードキャスティングとしての「ドラマ」を見ずとも、自ら競技に没頭し、行間を「読もうとする」のです。複雑な文章の関連性を読み解き、楽しむのです。

大衆娯楽格闘技の「行間体験」と、立ち技マニアック格闘技の「読書努力」。

私が言いたいのは、K-1MAXという「ベストセラーの話題本」が、濃厚なトピックで、読書体験の少ない読者に「抑揚のない確かな真理」を読ませようとしている、その「挑戦」ではなく、やや無謀かつ尚早ともおもえる行動に危惧しているのです。

立ち技という、見る側としての広がりにはいささか限界がある(拳だけの拳闘が、いまなおK-1的な存在感を得られないのは、コミッションなどの制限以上の何かを禁じえません)ジャンルにおいて、一般の読者を作品鑑賞において育てるには無理がある。

その逆に、ディスアドバンテージとして、PRIDEは凄惨性という大きな足かせを持ちます。創造性に大幅に耐えうるがゆえの、凄惨性です。


(22:46)

February 01, 2006

「夜中のスキャット」編集版です。

風邪がしんどいです。

ニンテンドーDS Liteが欲しいです。

このままライブドアがどうにかなって、このブログも自然消滅すれば好都合なのですが。

もう誰も読んでないですよね。

まあそもそもこのブログを書かなくなったのは、会社でも頭の悪いと言うか、人の気持ちが分からないジャンルの人間が、影であれこれいったり、ひとづてにそういうのを聴いたからです。

じゃあ読まなきゃいいじゃんと思います。

別に私はこれで金をもらってるわけじゃないし、個人名を挙げて中傷してるわけでもないです。

今日あえてアップするのは、そういう人間が到底考え付かないような繊細な思考の存在を見せ付けるためとでも言いましょうか。

まあただの自己満ですけど。

まあ私は人の痛みがわからない人間は嫌いだと言うか、関わりたくないと言うことです。

はき捨てるような書き方だなあwだから嫌われるのか。

では。





★☆★(原案 2006.1.27)

今「星々の舟」読み終わりました。

愛したり、愛されたり、求めたり、拒絶したり、公園を歩いたり、部屋で縮こまっていたり。

幸福とは言い切れない幸せの存在を、人の肉体と肉体、心と心の形なきからこそ猥雑とも思える交わりあい。

人間が暮らしの中でそうしたものを手に入れるには、他でもない「自由」が不可欠であること…

皮肉にも「自由」を突き詰めたその先に「孤独」が待っていること。

否応なく、考えさせられる作品でした。

(作者の書き下ろしのあとがきが読めてお得でした。)


私のここのところの休日は、雨が降って身動きが取れなかったり、風邪でダウンしたり、なんかしか独り自分の身体と向かい合って話すことを強いられます。

物事が全て必然ならば、こうして独り考える時間をつくらされている…いや、与えてもらっている事にも、何かの意味があるのかも知れません。

寂しさに身をつまされ、自分自身の弱さを噛み締め、今自分に何が足りないのか、悟ることを諭されているのかも知れませんね。

寂しいなら、誰かに側にいてほしい。

でもその「側にいてほしい」を、僕は照れや、自分への卑下を盾に、かわして生きて来た気がします。

キズツクノガ、コワイカラ
キョヒサレルキシカ、シナイカラ

ジブンナンテ、ジブンナンテ、ジブンナンテ…

稚拙でくだらない自己完結に甘えて、本質から目を逸らす。

自分を心から愛してくれる人などいない、と悲しくもないのにおまけのような涙に載せてうそぶく。

そうして、相手に誰かに愛されることばかり望んで、逃げてきたのかも知れません。

いや、きっとそうなんだと思う。

誰かを好きになることは、その人と時間を共にするということは、素敵で、輝かしくて、胸がときめきます。

でもそれは同時に、その誰かという潮流に、自らのせせらぎとも覚束ない激情をぶつけ、まじりあって、ときにけたたましく悲鳴すらあげて、また新しい河口へと向かう轍をひた走る道程なのかも知れません。

愛は瞬間冷凍してガラスケースにかざれば一見美しいかもしれないけれど、誰かを愛することはそれだけじゃない。

その陰の部分や、血の繋がらない人と人のぶつかり合いが醸し出す擦り音や焼けた臭いの対価として、大切な誰かと二人で孤独を放り投げること。

今の自分に足りないその「覚悟」を、痛む喉やだるい体を布団にしのばせながら、ふと考えたのでした。

(21:31)

January 02, 2006

パッション野良風です。

とりあえず男祭りもダイナマイトもすべて中尾さんが持っていってしまったということで。怖くて口にはできませんが。

K-1のKはKissのKだったのか・・・奥深杉・・・


あいかわらずココは更新する気力ゼロワンマックスって感じです。

まあ2ヶ月に1回という、末期のリングスの興行ペースみたいな周期で更新していきます。

ここでかいたことを会社で会った人間が「ネガティブだどうの」とか抜かすので、そういうやつは一人残らず顎を砕く勢いです。

俺が笑っていたら心の中では殺してると思ってください。

俺がネガティブなんじゃなくて、お前らが無神経で低能で感受性0なんだとかいってやりたい気持ちを抑えるのがいやなので、更新はあまりしませーん。

がたがた言うなら読むな。と言う感じ。

おっと俺勘違いしてるナァ。

まあ24歳になったんでそろそろ大人になりますわ。

次の更新は3月かなー!

てかもうやめろやって話かw

(15:49)

December 15, 2005

昼間、偏頭痛がひどかった。

こないだは資料作ってたらめまいしたし…

パソコンワークスタイル社会は、確実に人間の心身を蝕んでいると思う。

EAP(就労者の精神疾患を予防するために企業が用意するカウンセリングプログラム、または受講パッケージの総称)などは、脳内、メンタルバッファを余分に、寧ろ過剰に要求される現代社会を鏡に映すような福利厚生のひとつだろう(今や家族ぐるみのカウンセリングや、夫婦間カウンセリングまであるという)。

一昔前なら「まあいいか、なんとなく」で済んでいたものひとつひとつが、枝葉末節まで説き明かされていく。

人間関係や、些細な出来事にすら、頭をもたげる莫大な情報のなかから「あるべき姿」が引き出され、僕等の前に虚像が立ち塞がる。
別に不幸せじゃない。

でも胃が痛い。頭もいたい。食欲がない。

アンビバレントというやつは辛い。

こういうときに誰かが側にいてくれたらと思うけれど…。

独りでいることに変わりはない。

辛いときに、近くで静かに話を聞いてくれて、ありきたりでもいいから気持ちのことばで抱きしめてくれる人がいたらいいのに、と思う。

独りってのは自由だ。

なんだって、いつだって。
でもどうしたってさびしい。

独りで居たいわけじゃないのに、誰かと一緒にいられなくなったのは、なんでだろう。

いつも誰かに必要とされる人がうらやましいから、自分の醜さを呪うから。

ああ、まだ頭痛が取れない。

昨日煮込んだ鍋に白菜を加えて、肉の代わりのお豆腐を切り入れ、ココアを飲みながら顔を伏せたら、頭痛はとれますか?

一人しか居ない寒い部屋が、少しは悪くないと思えるだろうか。


(23:10)

November 28, 2005

5a51e962.JPG持ち直すでしょうか。

(16:39)
cbd1ad7e.jpg生きる元気たくさんもらいました。

音楽という言葉とか、いのちがどうとか、細かい理屈を越えたとこに声が歌が飛び込んで来て、明日からがんばらなきゃと思えるなんかをがっちりと埋め込まれた気がします。

会社勤めとか、家で過ごす時間とか、音楽を聞くこととか、ライブに行くこととか、恋愛とか、一個一個の構成要素はときに悩ましく、普遍的過ぎて気にもとめなかったり、くだらないと笑い飛ばしたりする。

でもひとつひとつのちっぽけが、冷めて捉らえていたそれが、物凄く大事なことに気がつく。

出会いの数だけ別れは増える。

欲望の数だけ失望は増える。

それでも明日に胸は震える。

Mr.Childrenという普遍が僕に気付かせてくれたあたりまえのちっぽけな、でも大切なものの数々。

五万人の観客に希望を与えることも、たった一人の人を幸せにすることも出来ないかもしれないけれど、夢を胸に抱いて生きてこうとすることは痛くも恥ずかしくもない。

自分を貫いて生きていきたい。

前を見て。

このライブが、この日が素晴らしき分岐点に、わくわくする未来に繋がる十字路になっていく、そんな気がした。

生きていこう、自分を愛するために。そんな自分をいつか愛してくれるであろう誰かのために。

【追記】

あとからみたらこっぱずかしい文章だが、ほんと勢いでがーっとかいちゃうくらい、すごく感動したんです。

ほんと素敵だったわ・・・

(01:22)

November 27, 2005

行ってきました。

しばらく生きたいなって思えますね。ほんと。ファンクラブはいろうかないまさらw

(23:49)

November 14, 2005

ffc8c4cb.jpgいつも懲りずにのぞいてくださる皆さん、ありがとう。

まだ生きてますよ。


エディゲレロの死に愕然とへこんだり

ゆかいでまじめなトーキョー・ガイジンGeorge&そのJapanese奥さんとおいしいお酒を飲んだり

仕事の事務的ルーティンとつまらないのに責任とプレッシャーだけ重いその感じにいらいらしたり

でもひとつ目標を見つけて、今の仕事はノルマ程度(書類作業ののるまなんてくそだるいが)これを達成して、他人から一気にブレイクスルーしてやろうともくろんだり

あいかわらず恋はしなかったり出会いもなくモテもせず

あいかわらずジムにバカクソデブがいて、100キンで包丁買おうかなとか思ったり

ピアノを習ってみたいなあとおもったり

巣鴨のおいしいケーキ屋さんのメロンショートをはやく食べてみたいと思ったり

PRIDE男祭りって定着してるけど、下手したら2丁目方向のにおいがするタイトルだと思ってみたり

乾パンがおいしくてしょうがなかったり

あしたも会社だと欝だったり

いろんな本を読んでると、ダークなヴァイブスばかりだしてやなこと考えて後ろ向きにマイナスになってるのって人生の時間の無駄だよなそんな時間があったらうまいもん食ったり映画観たりいい女とSEXしたりしたほうがいいよなとは思うんだけど

そんなふうにうまくはいかなかったり。




そんな日々です。


こんな僕ですが、誰にも必要とされない人間では在りますが

いちおうこうやって日々地球の酸素をむさぼってます。



(23:33)

October 09, 2005

ますますひどい。ほんとに重病だったら・・・

レントゲン取り直しが必要だろうな。病院も変えよう。だめだあの病院。

すべては会社の責任である。

人のせいにするな?じゃあ俺に成り代わって体験するがいい。

入社当初からいい加減な配属、当初のマニュフェストと180度違う待遇。

タダ飯食らう腐った育成。

別にサイボーグでも作ってプログラムしてやらせろよとでも思う、インタラクティブ性もクソもない仕事。

そのせいで、俺はこんな身体的にしんどい思いをし、笑顔すら忘れてため息をつき続ける羽目になった。


いやなことを我慢せずに逃げてたらくせになる?

石の上にも三年?

なんだじゃあ石の上に三年いてきづいたら石化して死んでましたでほめられるのか。

こうしている間も苦しい。

別に誰かのせいにしたいわけではないが、

こんな私に誰がした、とは、うちの会社のことをいったものだ。間違いないだろう。

俺程度の人材は、ノタレ死ぬ運命なのか。

俺は能力がないのか。できるやつがどこいってもできるというなら、俺はできないやつなのか。

仕事って何だ。生きさらばえるための十字架か。
なら俺はもう死んだほうがいい。

とっくに自分は殺している。昼間の俺は俺ではない。

もうどこにも怒りのぶつけようがない。痛みに耐えるだけ。

こうして腐ったサラリーマンが量産されて、そうあることがこの世の常識みたいに語られるのだろう。

おかしいことに気づいたやつは、哀れな青い鳥。

渇きを潤す水などどこにも湧いてはいない。


なあ、仕事って何だ?

どこが限界なんだ?死んだらそれが限界か?

なんだ我慢って。テメエの人生の限りある時間をハナクソみたいな小銭で切り売りして、それが我慢なのか。

もうわからん。

どんどん頭の中が白くなっていく。そうやって思考能力を奪って、洗脳していくことが企業戦士たる所以なのだろうな。

そこに俺はいない。

あるのはタダの記号だ。

キーボード一回たたけば消せる、タダの記号だ。

(21:32)

October 02, 2005

まあ一応生活は営んでいます。

お金は全くなく心に余裕もこれまた0ですが。

何がいやって、仕事です。それだけ。ここまで「私」という人間の特性…会話での機知?だとか場をまとめて盛り上げる力?だとか会社以外(つまり私がそういった場所でしか自分を出せない)での評価を生かせないにもほどがある場所でやってんのかと。

働いて金もらうってのは生半可なことじゃない。でもホントにこれ、俺が頑張るべき仕事か?と唸るわけです。もうその時点で給料泥棒。そういった自意識がさらに自分を責めるわけです。

鬱が進行をやめませーん。

死んだら会社のせいです。
嘘八百並べて、元気な若者をここまで追い込んだ会社がわるい。

あーこんなのが人生なんて嫌だ。



(20:35)

September 25, 2005

また明日から仕事か。

心が枯れるな。

向き不向きってのを絶大に感じるわ。



やる気が出ない。あーだるい。


なんかどうせこんななら、閑職でも何でもいいから5時半に帰らせてくれ。

練習したいから。そんだけ。


仕事って、こんなに義務感に駆られてやるもんなのかな。

(23:41)

September 19, 2005

f6766757.JPG中秋の名月が、十五夜の白山の、いつもの夜を見下ろしていた。

いいちこをコーラで割るような、子供じみたグラスを傾けながら、一瞬思いに耽る自分に気がつく。

寂しい。

東京では、私は一人。


誰かに愛されたい。でも、愛されるような自分ではないと、自分を押さえつける。

自転車で見つけた、素敵なカフェに、好きになるであろう誰かを連れて行きたい自分。

思いついた料理を、ほくほく顔でその誰かに食べてほしい自分。

日曜2人で自転車で、皇居外苑から神宮をぷらぷらして、青山の国道沿いのカフェでおいしいランチでも食べれたらな、って思う自分。

今日道に迷ってたどり着いた北池袋のドンキで、コスプレ&エロおもちゃコーナーをみて、こんなとこにバカ言い合いながらぶらぶらできる人と会えたらな、なんて思う自分。


やっぱり俺、寂しいんじゃん。

恋したくて、しょうがないはずなのに。



肩書きも、お金も、イケメンでもない男に、いまさらこの「選民都市東京」でレンアイする余地なんて、あるのでしょうか。

十五夜の満たされた月を見ながら思う。

明日、欠け行く月を見る自分。

そして、満月の前の「14番目の月」を心待ちにする自分。


「次の夜から欠ける満月より、14番目の月が一番好き」(『14番目の月』荒井由実)

満たされることのない月は、煌々と光を放つ。

月見団子を作るお金もない男の、背中を照らしながら。



独りでいることにもう十分飽きたのに。


月は満たされることなく、泪に暮れる私の背中で、刻々と季節を刻む。

兎の眼の私を、まるでなかったことのように。



(01:15)

September 11, 2005

ここの定期更新をやめてから久しい。

まあコメントも大して付かない(もう片方はかなりつくので)し、確実にプレビューも減っているしこのまま適当に放置してそのまま閉鎖しようかな、と考えている。

今の私からは膿しか出ない。

自分が死ぬときは金無くて物が食えず飢え死にか、病んで自殺かどちらかと思っていたが、あながち後者は現実的だ。

これ以上自分を保つ場所も消え、日常を嘘と欺瞞と不適合と圧迫で固めていたら、限界はそう遠くはないだろう。

どれだけポジティブシンキングを自らに植え付けようと、来たる現実に相違はない。

邪魔なものを払いのける力も無く諦めて自ら姿を消す。

私ごときの「持たざる」人間など、所詮生まれ持ってそうした運命だったのだろう。

もう、どうでもいい。

一抹の光明も、私には嘘に見える。

誰も怨めない。ただ私が、この世界に必要の無い人間なだけだ。

ただ、それだけのことだ。



(22:55)
c6723f7d.jpg今の心境を一言で言うと

「お前ら全員殴らせろ、ああもうめんどくさい」

誰も何もしらんところで、自分のままに生きたいです。あーめんどくさい。

さて、こんなものが。


ほっとけない 世界のまずしさ

ほっとけない 世界のまずしさ って、ほっとけない?

あなたはどっちを信じますか?

(16:34)

September 04, 2005

更新してないのにプレビュー数は50を刻む。

ありがとうございます。

もうちょいしたら更新再開します。

なんか欝になることが多すぎて、自分の状況がもがいてももがいても全く好転せず、げんなりしていて、感情をまとめてアウトプットする余裕がありません。

正直しんどいというかもう無理というか、そんな感じです。

でも逃げ場すらも侵されて、心の開放のしようがない。

邪魔者は消せ、という気分です。そのために犯罪を犯す人の気持ちが、少しだけ分かった気がしました。

自分の場所はどこだろう。安住の地はどこだろう。

いまだに見つかりません。こんなことが毎日頭をめぐるから、しんどくて仕方ない。

誰も助けちゃくれない。

あー、しんどい。死んで楽になろうとする人の気持ちが判る気がする。

でも自分にはそんな度胸もない。

ずるずると生き延びるしかないのです。

書いてもこんなことしかかけないんじゃ、見てる人も仕方ないでしょう?

自己嫌悪と憔悴。焦燥感と、辟易。終末感。

俺は何のために生きてて、どこに向かってるんだろうか。

みんな、生きてくにはしんどい時代ですけど、俺特にしんどい自信ありますわ。

明日も朝日は昇る。

太陽を浴びても、朝ごはんを食べて身体を奮い立たせても、俺は笑えないなあ。

今の俺は、そんな感じです。

(21:54)

August 31, 2005

くらーいブログになってしまいましたが^^;ちゃんとちまちま更新します。

まあ

 .ぅ鵐拭璽優奪罰荵は怖いという勉強

◆(僂平佑砲牢悗錣蕕覆い箸いΕ好織鵐垢慮把

を軸に、

あくまで「俺メディア」として更新します。

あー汚点ついちゃったなあ。もー。

(00:04)