日本の桜草と美術

桜草の栽培と美術鑑賞

彦根城博物館ー商家のうつわ

 せっかく愛知郡まで来たので彦根まで行ってもらう。

   彦根城博物館

     『 商 家 の う つ わ 』

 江戸中期以後日本では焼物のうつわ作りが盛んとなる。オランダ貿易での高級磁器の生産が日本向けにも販路を広げだしたのであろうか。それとも日本の経済発展があってのことか。
 長く日本のうつわは漆器(木器が中心であった)。焼物は水瓶、水指、すり鉢など限られていた。それが多様な鉢・皿が焼物で造られるようになった。そこには陶器もあるが、漆器に対抗できるような高級品も生みだされるようになった。それらは上層階層のハレの儀式で饗応に用いられたのである。
 今回、湖東地区の有力な近江商人の屋敷に蓄えられた「うつわ」が展示される。超高級というわけではないが、そこそこ程度の高い「うつわ」が使われていたことがわかる。

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〈常設展示〉
  鎧・刀剣など
  能楽関係…能面・衣装など
  井伊直弼の茶の湯
  湖東焼
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  雅楽器
  絵画・文書
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  その他 鉱物・化石等標本
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  館内を飾る生け花
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藤居本家ー鉄道風景画

 近江愛知郡の蔵元である藤居本家の「欅の大広間」で絵画展があるというので、家人と出かける。

    鉄道風景画家 松本忠作品展

       『滋賀県と日本の鉄道抒情』

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 日本各地のローカル鉄道にまつわる風景を細密に写し取った小型の絵が並ぶ。展示の中心は、ジグレーと呼ばれる美術印刷したもの。近江鉄道にかかわるものも数点出ている。
 絵は写真とも違う郷愁を呼び起こす。
 展示場となっている会場の建物は総欅造りで、「すごい!」の一言。
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実生ー双葉の展開⑵

 双葉の展開が進む。フードパックは蓋が出来るのだが、それをすると中が蒸れてしまうので、空気が流れるように少し蓋を開けてある。種子も苗も小さいので、水は噴霧器で吹きかけている。
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実生ー双葉の展開

 何とか双葉が展開し始めた。

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京都国立近代美術館ー大観展

   京都国立近代美術館

       生誕150年 『 横 山 大 観 展 』

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 記念の年ということで東京と京都で大規模な回顧展が催されている。早く行かねばと思っていたのだが、知人から招待券をいただいたので、前期の終わる間際に間に合った。
 入場者が多いと聞いていたので、泉屋博古館のあと午后に出向くと、梅雨の曇り空で、意外とスムーズに入場出来た。会場内も混雑しているというほどでもなかった。

 [第1章 「明治」の大観]
  「村童観猿翁」…美術学校の卒業制作
  「瀑布」…琳派そのもの

 [第2章 「大正」の大観]
  「山茶花と栗鼠」…栗鼠が山茶花の実を食べている。青い実として描かれているが如何。
  「洛中洛外雨十題」…雨の風情や良し
  「瀟湘八景」…日本の風景としての「八景図」

 [第3章 「昭和」の大観]
  「夕顔」…ゆったりした花とその背景の繊細な竹の対比   
  「飛泉」…思い切った構図
  「夜桜」…これの琳派そのもの
  「海に因む十題」「山に因む十題」
  「或る日の太平洋」

 *皇室に納められた巨大な「屏風朝暘◯◯」を拝見したかったが、それはなし。
 *人物の姿形が何となく笑いを誘う。
 *戦争協力も、画題が「富士」など直接戦争と関連がなかったので追求されることは少なかったよ
  うである。それに較べ藤田嗣治など戦場そのものを描いたので、戦争協力者のレッテルを貼られ
  てしまい、それが日本脱出へと繋がったといわれている。
 *彼の生活を支えた「富士の図」は余程たくさん描かれたのであろうが、あまり来ていない。
 *私にはどうしても竹内栖鳳と比較してしまうくせがある。そして京都に軍配を挙げる。

泉屋博古館ー筆ぐせ腕くらべ

 梅雨の京都は観光客もまばら、バスも待つことなし。若い女性の着物姿も夏の装い。ばすは平安神宮を過ぎると乗客もまばら。

  泉屋博古館 住友コレクション近代日本画

     『 絵 描 き の 筆 ぐ せ 腕 く ら べ 』

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 さまざまの近代日本画家の描き方の違いを比較しようという企画。こんなことが出来るのは多様な作品のコレクションがあるからであろう。ほかでは京都市立美術館でも可能かもしれない。
 
[第一章 「日本画」前夜が面白いー幕末明治の筆ネイティヴ]
  日本画という範籌ができる前は、四条派・岸派といった区分であった。それが派を超えた個人の
  絵として展開していく。
 
  菊池容斎「桜図」…巨大な桜だけの構図は近代の先取りか。
  中村耕石「桃花流水図」…中国人も同じような山水を描くが、日本の方が展開が早い。

[第二章 大阪画壇 古くて新しい筆ぐせの発明]
  そもそも「大阪画壇」なるものの存在を私は不明にし知らなかった。だから知らない画家の名前
  ばかり。
  姫島竹外「竹溪暁齋図」…雨にけぶる竹林や良し。それに較べ。中国は奚岡の「修竹遠山図」は
              やはり前近代的。
  深田直城「春秋花鳥の図」…八重桜の葉は、織田瑟瑟の桜に似る。
  上島鳳山「六月青簾(十二ヶ月美人)」…この九頭身は上村松園や北野恒富と同様。
  山田秋坪「柘榴花白鸚鵡図」…まことに濃密な色合い。

[第三章 京都画壇ー古法と新法の衝突と融合]
  富岡鉄斎「古柯頑石図」…何もかも突き抜けた存在性

[第四章 東京画壇 筆ぐせをなくせ]
  山口蓬春「如月」
  小林古径「人形」
  東山魁夷「スオミ」…塗重ね描法のはじまり
  尾竹国観「黄石公張良の図」…足の裏を描いた最初か。


  *近くのカフェで軽い昼食

滋賀の文化財講座ー打出のコヅチ

 平成30年度の滋賀の文化財講座、「花湖さんの打出のコヅチ」が始まった。
 「打出のコヅチ」の前に「花湖さんの」が冠せられことになった。これは、雄琴温泉の旅館「びわこ花街道」の名を使うことで何がしの見返りを貰うということのようである。

     第1回 日野馬見岡綿向神社の巨大絵馬

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 この主題は、昨年の県指定文化財を受けたことを記念してのものである。

   絵馬の名前…馬見岡綿向神社祭礼渡御図絵馬
   法量…縦206センチ 横422センチ
   製作年代…江戸後期 文化九年奉納
   絵師…谷田輔長(高田敬輔の外孫)
   奉納…日野商人中井家

 製作・奉納の経緯…日野町一帯は宝暦の大火で地域の半分が焼失してしまう。その復興のなかで、綿向神社の整備も進められた。その折、町興しの一環として日野のお祭が取り上げられ、その由緒を絵馬に描き残そう考えられたものであったという。曳山の屋台もこの頃に建てられたようである。
 ここで特別ゲストとして綿向神社の宮司さん登場…200年前に描かれ奉納されてから一度も下ろされたこともない。宮司さんが子どもの頃(50年ほど前)には剥落も少なく、足の指の爪まで見えていたという。

 後日、家人を誘って実物の絵馬にあいに日野まで出かける。小雨が降っていたので、境内は誰もいず、深遠としたたたずまいを見せていた。以下はその時の写真である。
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 〈絵馬堂〉          他の絵馬
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 どの神社の絵馬もそうであるが、雨数に打たれないまでも、外気に曝されたままでは傷んでしまう。早晩このままでは絵具が剥がれて何が描かれているかわからなくなってしまうだろう。早く手を打つ必要がある。
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