殿上人をden-jyou-bitoと読んでいることに驚いたのだが、これがどうもあちこちに広がっているらしい。
 「肥後六花選」の肥後花菖蒲、肥後朝顔にも「殿上人」という品種がある。ともにden-jyou-bitoと読ませているようである。
 「でんじょうびと」で検索をかけたら、ゴロゴロ出てくる。
 これは困った。古人の常識が覆されつつあるのか。それにしても熊本の学校の古文の授業ではどう教えているのだろうか。den-でもかまわないというのか。大学などの入試問題で「殿上人」の振仮名をden-とすれば間違いなく×になるはずだが。
 あるいはその世界の権威者がden-と読んだので、みんながそれに追随しているだけなのか。
 さらには標準的な発音に収束されて行く日本語の動きなのか。
 これは、常識が常識として通用しなくなりつつある現象なのかもしれない。伝統はひっくり返されて新しい世界を生み出して行くともいわれる。みんながden-と読み出したら、これが常識となってしまうかもしれない。
 世の中の変化は案外こんなところから始まるのかも。