品名異聞6ー色分け花図鑑の部⑶

[金葉集]…当初からの「錦葉集」という漢字名を「金葉集」に改められた。その説明はない。推察するに、錦と金は同じ「きん」の発音なのでどちらでもいいと判断されたのは、「金葉集」つまり「金葉和歌集」と関連付けたいがためのようである。固有の名前を自己の思いつきだけで変えてしまう、空恐ろしい行為である。
 これはさくらそう会だけのことであるが、会員の皆さんはよくも何もいわれずに従っておられることではある。
 本来の「錦葉集」という言葉は幕末に版行された『草木錦葉集』に因っているか、それとも綾錦のもみじ葉を想定してのものだろう。


[玉光梅]…「名は花形による」とされるが、それでは丸弁の梅の花容の説明だけで、「玉光」についてはどうなのであろうか。これはすでに中村長次郎氏よって「梅の品種名「玉光梅」(美しい紅色)から採られた」と早くに紹介されている。

『神代冠』…「古代の頭に頂く冠」では説明にならない。鈴鹿冬三さんの「神代冠(ジンダイカン)という冠の種類があるのみ」の説が定説となっているので、読みだけでなくその意味も言及すべきであろう。
 どうも鳥居氏は関西の先達に言及するのを好まれないようである。

[寿]…漢字の字面からの見立とするのは、私とも同様の意見だが、略字の「寿」ではなく、本字の「壽」からのものであろう。

[江天鳴鶴]…[「紅天」でないと意味をなさない]とはよくいったものである。
 江戸時代の一般常識では「紅天」と言う文字はない、今もない。ただ桜草の世界に居座らせているのみ。
 ここは中国の四字成句の「江天暮雪」と「九皐鳴鶴」をまとめて新しい成句にしたもの。新しい熟語を作るのではなく、既存の言葉の組み合わせで新しい世界を生みだした先人に脱帽。別項参照。