品名異聞9−色分け花図鑑の部⑹

 またまた漢字を変更される事例である。

[大内飾]…「〈大内錦〉として伝承され、記録も同様であるが、花色が納得できずにいたところ、明治の記録のなかに〈大内飾〉を発見し、これを正確な名称として認定した」と鳥居氏は言う。
 この説明を我々は納得できるであろうか。「大内飾」とすればなぜ正確なのか、理解し難い。
 「大内飾」とは「内裏飾」「雛飾り」であろうが、こんな言葉が普通に使われていたのだろうか。
 一方「大内錦」と言えば錦織、名物裂れの一つである。
 「大内桐金襴」…花色の朱子地に五七桐の文様を織った金襴で、周防の戦国大名大内義隆が明に注文して織らせたともいわれる。
 「大内菱金襴」…赤茶色の入子菱の地紋に金糸で牡丹あるいは牡丹唐草を織り出した金襴。
 明治に入って茶事が広まるなかで、裂れ地の知識も知られるようになったと考えられる。
 また信頼できる多くの銘鑑(常春園、塚萬、萬花園など)には「大内錦」とあり、訳の分からない一つの記録だけを便りに「大内錦」を否定してもいいものだろうか。その明治の記録とやらを提示すればけりがつくのに、彼はそれをしない。
 さらに言えば「錦」と「飾」の文字を行書や草書で書けば大変よく似た字様となる。原稿を活字に起す時に見間違えた可能性もなくはないのである。
 とにかく自分の思い込みだけをもとに、確たる証拠もなく、今までの名前を否定するやり方はいただけない。これは「錦葉集」を「金葉集」に変えたことと同じである。