品名異聞13−色分け花図鑑の部⑽

[東鑑]…「丸い花容を円鑑に見立てたもの」と。その通りであるが、なぜ「東」がついているのかが問題である。私は「東」は、東国を指し、関東産の下らない地元の鑑を意味しているものと解している。

[一念力]…「〜名前とともに江戸時代の桜草の姿をよく残している」と。
 江戸時代の桜草の姿とはどんなものか説明してもらわないと、この解説の意味がない。
 なお「一念力」の初出は柴田正富の『桜草比競』(明治11)のようで、江戸期のどんな資料に載っているのであろうか。

[糸桜]…「特に門外不出とされた一品であったのではと思う」と。
 この品種は『桜草作伝法』にはなく『桜草名寄控』に初出することから、染植重で生みだされたと考えられる。業者の手元にあったので、それはすぐさま各地へ分譲され、名古屋での『桜草見立相撲』にも記載されている。なぜ門外不出と思われたのであろうか。

[月の宴]…この品種は、染植重・常春園の『桜草銘鑑拾遺』(明治32)に初めて顔をだしたもので、同園の最初の『桜草銘鑑』(明治21)には載っていない。これが世に出るや染井の業者仲間にも分け、また宇治朝顔園にも送っている。その朝顔園月報6号(明治37年)に「表白裏桃色白斑絞り狂咲大輪」とあり、同園の『桜草写生』(明治37年)にも絵が残されている。これら以前には記録されていないようである。 
 鳥居氏はどんな史料に依られたのであろうか、花茎が55ミリもある巨大輪が江戸期にすでに生まれていたとは信じ難い。