日本の桜草と美術

桜草の栽培と美術鑑賞

2008年12月

2008 私の美術鑑賞総括

 何よりも大きな衝撃であったのは琵琶湖文化館の休館である。公立の博物館が休館するな

ど今まで聞いたことがない。何でもありの今日のご時世で驚いてはいられないが、将来の見

通しもないままの措置で、政治・行政の責任者の見識が問われる。経済不況が悪化するなか

で、どうなっていくことやら。私も傍観者としてこんなことを言うだけではすまないと思っ

ているのだが、私に出来ることは何か?

 ・近現代の回顧展で良いものがいくつもあった。

  「玉村方久斗展」…京都国立近代美術館

  「秋野不矩展」…京都国立近代美術館と東大阪市民美術センター

      東大阪が遙邨展も含めて良い企画展を展開してくれた。しかしここも指定管理

      者制度に移るそうで、こんな企画展はもう出来ないかもしれない。

  「河鍋暁斎展」…京都国立博物館

      国立ならではの大規模な回顧展で、見応え十分。

  「下村良之介展」…京都国立近代美術館

  「池田遙邨展」…東大阪市民美術センター

  「田中一村展」…万葉文化館

      一村を奈良で見られるとは思いもよらなかった。

  「佐伯祐三展」…大阪市立美術館

 ・近世絵画

  「蕪村と呉春」…逸翁美術館

  「蕪村展」…MIHO MUSEUM

      今年は蕪村の当たり年であったかもしれない

  「梅逸と金谷」…大津市歴史博物館

  「葛飾北斎展」…滋賀県立近代美術館

  「富嶽三十六景と富嶽百景ー北斎富士を描く」…佐川美術館

      富嶽百景の良い摺のものを全葉見ることが出来たのはまことに幸い

 ・外国

  「モジリアーニ展」…姫路市立美術館と国立国際美術館

      「モジリアーニとジャンヌ」展も含めて一挙に名品を鑑賞できた。

  「崇高なる山水ー李郭系山水の系譜」…大和文華館

      久し振りに重厚な重厚な山水画を堪能できた。

 ・工芸

  「月山貞一展」…大阪歴史博物館

  「japan蒔絵展」…京都国立博物館

 ・文化財

  「国宝三井寺展」…大阪市立美術館

      いくつもの秘仏を美術館で拝観できるのは希有のことであろう 


 今年は、去年の奈良国立博物館の「美麗展」のように突出したものはなかったものの、レ

ベルの高いものがたくさんあったように思う。 

培養土の調整ーパーライトの使用

 桜草栽培のブログ等の記事を見ていると、植替えときの古土が泥土化しているというもの

に出会うことが有る。赤玉土と腐葉土の混合の場合に見られるという。

 赤玉土も土である以上、何ヶ月か使っていると風化して細粒化することは止むをえない。

また腐葉土は良く腐熟したものが良いといわれるのだが、これもしばらくすると土になって

しまう。そしてこの培養土は捨てられるという。

 この培養土はしだいに水排けが悪くなることもあって、鉢底に大粒の石か土を入れるなけ

ればならない。

 私はこの鉢底石の取扱をここ数年止めている。鉢あけとともにこの石を取出し、水洗い等

の手を加えてまた次ぎに使う、これが大変面倒なのである。

 そこで鉢底石を使わなくてもいいように、水排の良い培養土を作っている。もともと関西

地方の培養土の基本は、庭土、腐葉土、川砂の等量混合したもので、水排のごく良いもので

ある。

 私はこれを今日風に改めて、赤玉土、バーク堆肥、黒曜石パーライトの混合として使って

いる。土はやはり粒状の赤玉が優れている。真土(まさつちー花崗岩の風化したもの)は庭

土としては良いのだが、鉢植には細か過ぎる。腐葉土も、葉の形が有る程度残った広葉樹の

ものはなかなか手に入らないので、バーク等(樹皮)はほとんど使っていないであろうが、

組織の崩れの少ないバーク堆肥を選んでいる。パーライトは黒曜石を焼成した丸い粒で、土

に隙間を作り易く、何よりも軽い、鉢の移動に楽である。

 この培養土は、少し水を含ませてもパラパラの状態である。これで桜草を植えて8・9ヶ月

の後、鉢明けをしてみても、その姿はあまり変わっていない。赤玉の細粒は出来ているが目

立たない。泥化することはない。当然鉢底石は必要ないことになる。

 新芽を捌く場合も、根からの土放れは良く、指で弾いて落とせる。

 それに何よりも、この培養土は再生が出来る。私はここ30年ばかり古土を使っていて支障

はほとんどない。古土と行っても10ヶ月以上寝かせると、有機物の分解は進み、2ミリの篩

を通して微塵を抜くと、あとに残るのはほとんどが赤玉土とパーライトだけとなる。これに

新たに赤玉土(新しい土の場合は微塵を抜かなくてもいい)とバーク堆肥を追加して新しい

培養土を作るのである。

 そもそも鉢植えとは、その植物を自生地とは全く違う条件の下に置くことである。そこに

自生地の土を持って来てもうまくいかない。鉢は通気性も通水性も極めて乏しい。そこで鉢

用の土の要件は、水排の善し悪しなのである。そして水持ちとの調和ということになる。

 人工的な環境には人工的な土を以てするしかない。「日陰に太陽の光をあてることはでき

ないが、日向に日陰を作ることが出来る」に同じで、すでに植物の植わっている鉢の土の排

水を良くすることは出来ない。

 私がバーク堆肥のことを何度も紹介するものだから、ボチボチ使う人が増えている。しか

しパーライトにまで及んでいる人はいないようで、もっと普及させたいものである。

 といって桜草作りでは、土作りだけで十全の花が咲き、良い芽が出来るというわけにはい

かない。長期間にわたる管理の善し悪しが問われる。           (山原茂)

滋賀の文化財講座・打出のコヅチ6

 今回でこの講座も最終回。

    『近世絵画のいろいろ』

       ー琵琶湖文化館収蔵品からー

             滋賀県立琵琶湖文化館 学芸員 上野良信

 日本の近世までの絵画の流れをかいつまんで紹介。仏教絵画から始まって、世俗画の山水

や肖像画へ。雪舟の時代より作者がわかるようになる。そして狩野派が誕生して日本絵画の

大きな潮流を形成する。それに対抗するように民間の絵師、南宋画家が活躍してより豊かな

絵画の世界を生み出したと。 


 [絵画鑑賞ースライド]

   館蔵品のなかから主だったもの10数点を上映。これらは全て琵琶湖文化館で見たこと

がある名物である。

 「山法師強訴図屏風」…大変珍しい主題の絵。歴史資料としても良く使われているという

 「楼閣山水図」曾我蕭白 近江神宮…近年とみに注目を集める蕭白の屏風。見た事もない

     山水を描くと行って、これほど奇怪なものは他の人にはない。こんな時代に個性

     溢れるものを描くのは大変だったと想像される。それでも注文する人がいたとい

     うことである。

      この館からの貸し出し機会の最も多い作品という。最近複製が作られ、正月開

     けにも神社の方でお披露目がなされるという。

 「金谷上人御一代記」横井金谷…自分で自分を上人と称し、自分の一代記を記したもの。

     この一代記は、この春にあった大津市歴史博物館の『楳亭・金谷』展に出展され

     ていた。進取の気性に富んでいた人で、その落款に、ローマ字で“KIN KOK”と彫

     ったものがある。

 「五老図」紀楳亭…通称近江蕪村とも呼ばれた。九老と称す。

 「柳汀双禽図」宋紫石…沈南蘋の孫弟子にあたる。新しい中国風の写生の匂いがする。

 「狗子図」円山応挙…狗子は特異の画題であり、人からも求められたのであろう、たくさ

     ん描いている。さすがに写生を徹底した人である、手を差し伸べてかわいがりた

     くなる。これを真似たものがどれほどあることか。

 「長春孔雀図」張月樵…やはり中国のものを学んだので、薔薇が描き添えられている。

 「武陵桃源図」広瀬柏園

 「楽山楽水図」塩川文麟

   その他省略


 文化館にはこんなにも良い作品が蔵されているというメッセージを送られているようであ

る。ただ今回の出席者はほとんどがご老体ばかりであった。

彦根城博物館ー新収蔵の資料

 久し振りに彦根を訪れる。昨年は彦根城築城400年ということで大がかりな催しが行わ

れ、大勢の観光客を集めたことであった。ことしは「井伊直弼と開国150年祭」として、

1858年の日米修好通商条約による実質的な開国を記念した展示が開国記念館で行われて

いる。今日の日本の命運を決めた年ということなので、それを主導した井伊直弼を見直そう

というものである。これを彦根でやるのはいいのだが、日本全体としても、開国とその後の

日本の有り様を考える善い機会であるのだが、そんな機運がどこにもなかったのは甚だ奇異

と思われるのだが如何。

 さてそれでは博物館へ。

    『新収蔵の資料ー受贈・購入作品からー』

 この博物館の収蔵品は、旧藩主の井伊家からのものが中心であるが、この彦根に特化した

特色ある内容となっている。今回もその大半は彦根ゆかりの家からの寄贈である。

 「慶雲院屋敷図」…慶雲院は四代目藩主の娘(1699〜1784)で、家臣の木下守嘉に嫁

     し、その住まいの見取り図である。木下家の表屋敷と慶雲院の住居とが色分けさ

     れて区別されていて、後者の方が広い。藩主の娘をもらうというのは大変なこと

     であったことがわかる。

    これに係わって、お城もさることながら大名屋敷もほとんど残っていない。大名屋

    敷は個人の家であるとともに政治行政の場でもあったために、維新後その大きな屋

    敷を維持できないと取り壊されてしまったのであろう、残念なことである。この博

    物館は藩主の屋敷の一部が復元されていて、そのよすがを垣間みることが出来る。

    しかし冬は寒かったろうと想像される。

 「岡本宣就書状」…1620年代のもの。藩主の命を承けた家老が担当者に申し送った手紙で

     ある。翻刻文が示されているので、写し取って来た。

      辻岡助兵衛方へ手代両人抱申すべきの由 仰せ付けられ候に付て 林喜左衛門

      西脇清左衛門両人召置候 弐人扶持拾石づつの御切米に御定成され候 右両当

      月中旬に召置候 同廿一日より御扶持方御渡し成さるべく候 拙者御取次にて

      仰付られ候条 証人として書付進らせ候 以上

        寅閏卯月廿八日
                         岡本半助花押

      大鳥居玄蕃殿


     生々しい浪人を雇い入れる状況が出ている。

 「米切手」…彦根藩のもの。13×25センチほどの大きさ。私は初見。

 「和歌短冊手鑑」…後柏原院、後陽成院、前二条殿、近衛殿、九条殿、妙法院殿、雲護院

     殿のものが見える。公家一統が書の名手として生き残ることになる証しか。

 「大田垣蓮月書状」…彼女の夫は彦根藩士であったという。西村有年にあてたもの。

      御請 幸便とうけたまわりて

      春秋にあらぬものから 玉つさをかけてうれしき 夏の雁かね
 
          (略)

      いぬのとしよりことしまでも 世の中いとさまざまにて 御ことしけくいらせ

      られ候所〜


    このあいだ富岡鉄斎の伝記を読んでいたら、若い頃に彼女の世話になっていたとい

    うことを知ったばかり。

  日下部鳴鶴「梅画賛」…彼が亡くなる一年前の84才の作。

 「青木秀好写真」…戊辰戦争の参加した藩士の写真。子孫からの提供なので名前までわか

     る。ガラス乾板写真で鮮明な画像。


 [平常展示]

 ・刀剣…関東大震災で東京にあったものは全部ダメになったというが、彦根にもたくさん

     蔵されている。
 
   「青貝微塵塗鞘大小拵」…蚫のからを細かく砕き、それを蒔いた上に透き漆をかけて

      研ぎ出したもの。コジリは大刀が角形、脇差が丸形と知る。

    その他省略。

 ・能面

 ・能装束…まことに豪華絢爛だが、大正から昭和にかけてのものも多い。

  「黄土地幸菱文様厚板」…9つの花菱を色替リー黄・紅・黄土・萌黄ーで繰返したも

      の。まことに地味。

  「浅葱地無紋水衣」…緯糸を波状に寄せた透き通る涼しげな美しい色の一領。

  「白地ウロコ文様摺箔」…三角形の互の目の箔で、近代のものなので鮮やか。

 ・茶道具

  「姥口尾垂釜」…井伊直弼が作らせたもので、その釜表に文字が鋳出されている。それ

      は彼の参禅の師清涼寺の仙英の選した“茶の十徳”である。

      助所業、解諸病、離人我、払世塵、楽不足、消魔碍、捨慢心、入仙境

      叶聖教、保長寿。


 ・書

  「近江八景和歌」…公家八人による書。彼らの収入源であったのであろう。

  日下部鳴鶴「正気の歌」…南宋文天祥の詩。

 ・その他

   直弼の23回忌には彦根で盛大に行事が執り行われ、その1つに能が演ぜられた。そ

   のなかの狂言の出演者に茂山千五郎の名があった。九代目が直弼に見出され、彦根藩

   お抱えとなったことによるらしい。


 なかなかに見応えのある博物館・展示であった。

今年の植替え−7

 鉢明けをほぼ終える、あとは落ち穂拾い。一部のポットは芽分けと植付けを同時に行うの

でそのまま置いておく。

 いまは1品種1鉢なので、鉢数を勘定すると自分の実生も含めて約400を数える。毎年い

くつか枯らす一方、新しい品種をいただくので、微増しているようである。

 私のところでは各品種複数の鉢で栽培している。おおかたは2鉢で、好きな品種はそれ以

上も作る。これらは同じ場所に置いてあるので、一方が具合が悪いともう一方も同じように

こけてしまう。

 大事な品種では小芽をポットでも育てている。捨てるのが惜しいということもあるのだ

が、鉢の方がうまくいかなくても、こちらの方で何とか補いをつけられるときがある。これ

でどれだけ助かったか。危険分散をしておく必要がある。

 これ以外に展示会用の4芽植ポットを数十作る。これは行ったきり戻ってこない。

 さてこれで冬籠りの準備ができた。このあとは培養土の調整が待っている。使用済みの古

土は土嚢袋に入れて湿ったまま積んである。これで根の切れ端や有機物は分解してしまう。

これを2ミリ目の篩にかけて、風化して砕けた赤玉やその他の微塵を抜く。残るのは粒の赤

玉とパーライトのみとなる。これにバーク堆肥、燻炭、新しい赤玉を混ぜる。これでパラパ

ラのザックリした培養土となる。そしてこれに油かすを混ぜて湿らせる。今年は早めに仕込

んで十分醗酵させようとおもう。

今年の植替え−6

 このところ毎日のように、数十鉢の鉢明けをしている。朝は少し暖かくなってから、夕方

は4時くらいになると冷えてくるので早めに切り上げる。

 この間ひたすら鉢を開け、根茎を取出し、古茎を外し、土を落とす。これが2・30鉢まと

まると、今度は小芽外しと芽揃えである。そしてもとの鉢に戻して土をかぶせる。

 同じことの繰返しで、坦々とした作業が続くが、それほど億劫ではない。手際良くを心が

けている。

 幸いなことに鉢明けといっても、大量生産の流れ作業をしているわけではない。品種毎

に、これが同じ桜草かと思うほどにそれぞれの根茎は違った形・色をしていて、飽きること

がない。

 これで咲くのかと思うほどにか細い芽があるかと思えば、その何倍もありそうなゴツいも

のもある。大きい芽の根は、それに相応しく、太くがっちりとしている、小さい芽にはやは

り繊細な根が付いている。ただ芽の大きい品種に必ずしも大きい花が付くというわけではな

い。

 その根の長さもいろいろ。5センチに満たないものから、10センチを超える長大なものま

である。長細く素直な根は触っていても気持ちがいい、大力無双などそうである。大和神風

は4倍体特有のぎこちない姿で折れ易い。 

 芽の色は普通は白色だが、花の色に会わせるように、薄赤紫色のものもあり、一息気分転

換となる。

 芽の形もいろいろ。細長く尖ったもの、筆のようなもの、そして先の丸いものもある。太

くて丸いものは小さなコケシのようで可愛い。

 このように一品種ずつ違う根茎を確かめながら鉢明けは進む。

 これは自動車の組立流れ作業でも同じである。同じ車種が続くことはない。常に違う車に

対応することによって、繰返しの慣れをを防ぎ、緊張を持続するのである。

 さああと何日かかるか、もう先は見えているが。

今年の植替え−5

 暖かい日には特急で鉢明けを続けている。今回は出来の良さそうな所で行う。出来が良さそ

うとは、夏場でも日陰が多く乾きの遅い所に置いてあるものである。

 やはりこれも予想通りだいたい良く出来ている。しっかりと根鉢が出来ているものが多く、

子もよく付いている。線虫の被害も少ない。

 ところが、土を捌いてみると、一番芽で芽先が欠けて、新しい芽が出来つつあるものがあ

る。虫にでもかじられたものか、同じ鉢に被害が集中している。新しい芽が再生するとき、2

つ3つと芽先が複数となるものがある。仕方がないので1つを残して他を欠く。

 私のところの鉢は地面に直接置いてある。湿度が大変高いためか、鉢底に5ミリ前後の細長い

巻貝の殻が付いている場合がある。別に悪さをする風にも見えないが、目に見難い生物ならと

もかく、これくらいの大きさのものがこんな所を生活の場にしているのは意外である。

 なお鉢明けは続く。 

美術館「えき」KYOTOーエリック・カール展

 エリック・カールの絵本は全世界で大変好まれているようである。日本もその大きな市場

であるのだろう。絵本の原画その他を展示する催しは数年前にもあって、見た記憶がある。

今回も楽しいエリック・カールワールドを見せてくれる。

 エリック自身が出演するVTRが上映されている。「はらペコあおむし」の製作の様子であ

る。彼の絵は、まず素早いデッサンから始まる。これが見事なのだ。動物や人物の本質を簡

潔な形・線で表現する。鳥獣戯画や北斎漫画に通ずるものがあるのかもしれない。そして

様々に色付けされたティッシュ(色毎に分けて引き出しに整理されてある)を選んで、安全

剃刀の刄でデッサンにそって切っていく。それを台紙に張る。色紙選びも、微妙に変化を持

たせる。形が出来ると、クレヨンなどで補足する。何と簡単に作ってしまうことか。映像で

作っていたものも展示されている。あおむし、くま、ぞう、ライオンが生き生きしている。

 彼はこのコラージュに使った紙の切れ端も残しておき、絵本の具象とは違って、抽象的な

インディペンデントアートも作っている。色の変化や、またふあっと織り上げたり、人物の

顔を作ったりと、これをアッサンブラージュというのだそうである。同じ素材で別世界に遊

んでいる。

 最後には、世界で出版されている絵本が並べられていた。

 近年彼の美術館がアメリカで出来たそうである、さぞ楽しいものであろう。(12.11)

上方浮世絵館ー広貞特集

 幕末、水野忠邦の天保の改革(1840〜43)による奢侈禁令で、人気を誇った歌舞伎もその槍玉に挙が

り、それに付随して役者絵も刷られなくなる。それが改革の終了で、浮世絵も生きを吹き返す。その折

に、上方で活躍した絵師が五粽亭広貞である。今回はその特集。絵の大きさは、それまでの大判から中判

(26×19)にかわる。

 今回はせっかくなので全部の配役と役者名を挙げておこう。

 〈組物ー忠孝五人男〉 ※各中判一枚で、首絵(ブロマイド)
   ・ごくもん庄兵衛ー嵐璃かく
   ・ぬれ髪長五郎ー片岡我童
   ・白ふじ源太ー実川延三郎   
 〈組物ー忠孝武勇伝〉 ※各中判一枚、首絵
   ・松かえ鉄之助ー嵐璃寛
   ・仁木弾正ー片岡我童
   ・熊坂長範ー三枡大五郎
   ・源うし若丸ー中村玉七    
 〈四谷怪談〉    ※中判二枚組……組物は舞台全体を写す
    神谷伊右衛門ー市川海老蔵
    小佛小三ー実川延三郎     
 〈棹歌木津川八景〉 ※中判三枚組
    渡守三十郎ー片岡市蔵
    木津勘助ー実川延三郎
    堀口万右衛門ー市川海老蔵
 〈日蓮上人御法海〉 ※中判二枚組
    日蓮上人ー実川延三郎
    東條判官ー坂東八五郎   
 〈双蝶々曲輪日記〉 五蝶亭貞升
    放駒蝶吉ー尾上多見蔵
 〈染模様妹背門松〉
    お作ー中村玉七
       はつ霜や 飛きわのたつ 鶴の雛
 〈忠孝奇人伝〉 
   須磨の都源平躑躅  ※大判
     熊谷次郎直実ー中村芝翫
 〈六歌仙〉  ※二枚組
   小野小町ー中村歌右衛門
   僧正遍昭ー市川海老蔵
   在原業平ー実川延三郎
   喜撰法師ー尾上多見蔵
 〈傾城清舟諷〉 ※三枚組
   深見勝五郎ー中村歌右衛門
   姫おつゆー中山南枝
   小西弥十郎ー三枡大五郎
 〈勢州阿漕浦〉 ※三枚組
   次郎蔵ー片岡市蔵
   平次ー片岡我童
   おはるー沢村其容 
 〈菅原伝授手習鑑〉 ※二枚組
   兵衛ー嵐冠十郎
   立田の前ー尾上芙雀
   直弥太郎ー実川延三郎
 〈仮名手本忠臣蔵〉 ※二枚組
   一文字屋お花ー藤川友吉
   母おかやー実川勇次郎
   肝煎源六ー中村雀右衛門 
 〈ひらかな盛衰記〉 ※一枚もの
   こしもと千鳥ー中山南枝
 〈花相撲蝶々紋日〉 ※三枚組
   濡髪長五郎ー中村歌右衛門
   放駒長吉ー実川延三郎
   幻竹右衛門ー三枡大五郎
 〈義経千本桜〉 ※二枚組
   しつかー中山南枝
   狐忠信ー嵐璃かく  
 〈須磨都咲分躑躅〉 ※二枚組
   熊谷次郎直実ー尾上多見蔵
   無宰大夫敦盛ー実川延三郎
 〈花魁莟八総〉 ※二枚組
   犬塚信乃ー片岡我童
   犬塚伴作ー三枡大五郎
 〈遠江潟恋賊〉 ※二枚組
   おさゐー藤川友吉
   唐銅屋幸介ー嵐璃かく
 〈客狭出人湊〉 ※一枚もの
   奴の小まんー嵐璃寛
 〈伽羅千代萩〉 ※三枚組 背景は格子模様のみ
   細川勝元ー実川延三郎
   外記左衛門ー中村雀右衛門
   仁木弾正ー嵐吉三郎
 〈敵討優曇華亀山〉 宗広作 ※二枚組
   中の藤兵衛ー尾上多見蔵
   赤堀水右衛門ー嵐吉三郎
 〈ひらかな盛衰記〉 ※三枚組
   こしもと千鳥ー嵐徳三郎
   梶原源太ー市川米蔵
   梶原平次ー片岡我童
 〈神霊矢口渡〉 ※二枚組
   おふねー市川左団次
   頓兵衛ー中村雀右衛門
 〈競伊勢物語〉 ※四枚組
   春日野小よしー市川海老蔵
   紀ノ有常ー三枡大五郎
   娘しのぶー中山南枝
   磯上豆四郎ー実川延三郎

 →今回はよくまとまった展示になっていて,楽しめた。      (12.11)

大阪市立美術館ー三井寺展と常設展

 展示替えがあるので再び天王寺の大阪市立美術館に向かう。

 二度目に眼についたものを記しておく。


 [三井寺展]

 文書資料は全く歯が立たない。これが国宝かという程度。そのなかに、国宝「唐人送別詩

并尺牘」がある。円珍が中国から帰って来た時、福岡の鴻臚館での送別の宴で中国人から贈

られた詩を卷子に仕立てたもの。彼らの自筆であろう。なかの一詩。

     昨日鴻臚北館門楼遊行一絶七言

    奉上  上人 

             高奉

     鴻臚門楼掩海生  四隣観望散人情

     偶然聖梨遊上嬉  一盃仙薬奉雲青


 さてこれをどう読むか。

 国宝「伝船中湧現観音像」…まことに精緻な截金が衣の全面を覆う。しかしこの泳ぐよう

     な姿態は如何、本当に観音さんか。

 円空「善女龍王立像七躯」…天井の裏に置かれていたので、なお彫跡の生々しい状態が見

     られる。

 秘仏国宝「不動明王像(黄不動尊)」…不動明王像のなかで最も著名なもの。しかし国宝

     といっても、この絵は平安初期に描かれた代表作として歴史的な意味が強い。多

     分おもな絵具は剥落しているようである。

 国宝秘仏「智証大師坐像(御骨大師)」…薄く開けた眼、通った鼻筋、すっきりした口、

     全体に優しく、静けさに満ちている。

 国宝秘仏「新羅明神坐像」…特異な顔立ち(垂れ目)が強烈な印象を与える。作られた時

     のままなのであろうか、色が大変良く残っている。


 [常設展]

 大半は前期と同じである。ただカザールコレクションで、印籠の展示では数が少なく疎ら

にしか置かれていなかったのは奇異な感を受けた。

 《中国書画の名品 後期》

 たいがいは目にしているものであるが、名品が揃う。

 毛奇齢、王キ、八大山人、李蝉、金農、銭杜などの作が並ぶ。

 華ガク「秋声賦意図」…欧陽脩の“秋声賦”を絵画化したもの。文人画の最たるものか。蕪

     村や鉄齋も見たらどういうであろうか。

 高鳳翰「山水花卉図册」…梅花図、牡丹図、桃源図、枯木竹石図。晩年リュウマチを患

     い、これらは指墨で描いたという(指頭画)。深い味わい。

 「名賢宝絵図」…南宋の院体画。湖畔出居図(夏圭作かと言われる)、観瀑図、古松楼閣

     図、牧牛図。当時はこのようなものがたくさん描かれたと考えられ、手慣れた感

     がする。それでも品格は高い。

 そしてこの館の名物が並ぶ。

 伝王維「伏生授経図」

 宮素然「明妃出塞図」 

 蘇軾「行書李白仙詩」…悠揚迫らず、堂々としている。


 →この中国書画を見るだけでも来た甲斐があったというもの。なのに三井寺展に来た人の

たいていは、これを見過ごしている。文化財を鑑賞するのは疲れるのかもしれない。

Archives
TagCloud
livedoor × FLO:Q
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ