日本の桜草と美術

桜草の栽培と美術鑑賞

2009年09月

秋の桜草の発芽と実生苗の生長

 9月に入って、いくつかの鉢の中に葉が出だした。休眠期であるはずなのに葉が伸び

るのは尋常ではない。葉といっても春のように大きく伸び上がるわけではなく、小さい

ままである。ということは下の芽そのものも小さいということになる。

 これは残念ながら、鉢の中で出来つつあった芽先が何らかの事故で欠けたため、その

刺激で腋芽が生まれ、しかも春の気候と似ることもあって、葉が伸び出したと考えられ

る。これらの芽は大きく育つことはなく、花芽とはならない。

 一方、夏からずっと葉を保ったままの芽がある。これは不休眠芽で、芽も根も成長を

続けていて巨大芽となっている。その不休眠の条件が何なのか、いまのところ見当もつ

かないのだが、やはりジベレリンを使うべきなのだろうか。

 8月にポット上げした実生苗に明暗が分かれる。最初に植え替えたものの成長が思わ

しくない。初期の管理が悪かったか、天候の加減か、小さく縮かんでいる。一旦成長が

鈍るともう取り返せない、肥料もきかない。遅れて中下旬に植替えたものの方が大きく

伸びてきている。あと1ヶ月が勝負。

大丸ミュージアム京都ー橋本関雪展(再)

 黎明教会資料研修館からバスで京都駅に向かう途中、ふと思いついて四条高倉で降り

る。大丸で橋本関雪展が行われているのを思い出したのだ。この展覧会は先に姫路で鑑

賞していたのだが、せっかく京都に来たのでもう一度見ておくことにした。


    『橋本関雪展』

 百貨店の展示場なので、展示点数は少し減っている。また窮屈そうにならんでもい

る。

 「静御前」…弱冠13歳でこんなしっかりした本格的な絵が描けるのである、恐るべ

     し。

 「涼蔭」…芭蕉の林の下で憩う士人と婦人二人。淡墨の太い線描が伸びやかで、

     ゆったりした雰囲気を伝える。

 「片岡山のほとり」六曲一双…姫路にも出ていなかった作品。淡い色合いでしっと

     りしている。動物(馬)の描写は卓越している。人物の顔は類型的。28才

     の作。

 「南国」六曲一双…中国旅行で見た港の風景を派手で力強く表現。右隻は四角、左

     隻は三角の構図。

 「練丹」…これも鮮やかな色合い。中国的派手な色彩で。

 「蓬莱春暁図」「巴水行旅図」「春龍出蟄図」…鉄齋風南画も自在にこなす。

 「漁樵問答図」六曲一双…中国人の理想の世界観を詩情豊かに描く。

 「鉄拐先生」…水墨淡彩。

 「羅浮僊図」…女性像はどうしても形式的類型的になる。

 「樹上孔雀図」…四条派流の孔雀とは一味違う。羽毛の豊かさ。

 「緋桃白鵞図」…桃色と白が対比し、華やかな色気がある。

 「訪隠図」…華岳のような雰囲気。

 「寒山拾得図」六曲一双…水墨淡彩。これが代表作のような気がする。


 残念ながら「唐犬図」「進貢図」は見られない。

 橋本関雪は漢詩漢文を善くしたことから、その詩情を理想を写す。しかしその一方

で優れた写生術をも生かす。本当に多様な形式を飽くなく追求した人であると実感す

る。

黎明教会資料研修館

 清水三年坂美術館に黎明教会資料研修館のパンフレットがあり、行く気になった。

バスで銀閣寺へ、そこから歩いて、吉田山の麓にある。

 この資料研修館の存在についてはついこの間知ったばかり。「美術品に接すること

で宗教生活の向上に資す」ということらしい。これは世界救世教の流れをくむ宗教団

体に共通で、世界救世教のMOA美術館や、神慈秀明会のMIHO MUSEUMがある。と

もに資金が潤沢で美術品を集めに集めている。この黎明教会資料研修館は主に琳派を

中心に据えていて、いわば細見美術館のライバル館と行ったところかもしれない。た

だ無料というのがうれしい。


     『開館5周年記念 リクエスト展』


 [特別室]教主岡田茂吉の書画

 [第1室]

   尾形光琳「燕子花桔梗図屏風」六曲一双…金地濃彩

   伝本阿弥光悦「春日山螺鈿蒔絵手箱」…“天の原ふりさけみれば春日なる〜”の

       文字が散らしてある。

   伝尾形光琳「鹿蒔絵小箱」「蜻蛉螺鈿蒔絵重香合」「色絵蔦図香合」

   光琳筆乾山作「銹絵山水図角皿」

   野々村仁清「色絵芥子図徳利」

 [第2室] 

   俵屋宗達「源氏物語図・若葉」…屏風の一部。顔が精細。

       「連池白鷺図」…国宝「蓮池水禽図」と同工。

       「蓮花図」

       「富士図」…烏丸光広の手で“曙の詠めぞまさる白雪の

                    かすみたちそふ富士の高根は”

 [第3室]

   尾形光琳「梅鼠図」「朝顔図」「雲龍図」「鶴図」

         すべてあっさりとした墨絵。

 [第4室]

   尾形光琳「扇面白菊・紅菊」…銀砂子地に花は盛上で、葉は平面的。

       「団扇仏桑華」「梅図」

 [第5室]

   尾形光琳「梅図」…64才の作。“かぎりなきはるにもあるかなかきまより

              花さきそめしみよしの野の山”

   本阿弥光悦「和歌巻断簡」

     西行 “をしなへて物をおもはぬ人にさへ心をつくる秋の初風”

     持統天皇 “春すぎて夏来にけらし白妙の衣ほすてふ天香山”

   尾形光琳「薊図風炉先屏風」…素早い筆致がこころよい。

       「林和靖」「大小君図」

 [第6室]

   古美術

 [第7室]

   拓本 

 [第8室]

   酒井抱一「光琳百図」…ここには版木があり、それから直接刷った物が展示さ

      れる。

 [第9室]

   教会関係資料


 閑静な住宅地にあリ、一見住宅のように見える建物。近くに銀閣寺があるのだが、

観光客はここまでは来ない。観覧者は私一人であった。名高い「燕子花桔梗図屏風」

はここが所蔵していたのだ。その他初見の宗達、光琳がたくさんあり、楽しめた。 

清水三年坂美術館ー明治の牙彫・木彫

 京都市美術館から清水三年坂美術館に向かう。この界隈は相変わらず観光客や修学

旅行生が群れている。しかしこの美術館に足を踏み入れる人はほとんどいない。私が

入館したときには二三人居たが、彼らが帰ると私一人の独占場となった。


     『超絶技巧の明治の牙彫・木彫』

 私は少し前に高村光雲の『幕末維新懐古談』(岩波文庫)を読んだばかり。社会の

転変は仏像彫刻の不振となる一方、象牙彫が輸出向けに活況を呈していたことなどを

知った。それが今日、そこに記された実物と出会えることとなった。

 石川光明 「木彫 元禄美人」…40センチほど。

      「牙彫 蓮根に蛙」…恐ろしいまでの生き写し

      「寒山拾得図手箱」「仔犬図硯箱」

      その他 煙管、香合、短冊(浅彫)

 高村光雲 「江口の遊君」丸額…舟を象に、江口を普賢菩薩に見立てる。

      「木彫 西王母」…80才の作

      「木彫 鍾馗、翁舞、白狐、西行法師、法師狸、太子像、寿老人など」

 金江寿明 「牙彫 老人花売」

 菊池互道 「牙彫 初秋、灯明を持つ女」

 吉田道楽 「牙彫 花売り娘」

 朝日光道 「牙彫 三童の木橋渡り」

 山崎和沾 「牙彫 鴫猟」

  その他無銘の牙彫の人物像多数、輸出用か。

 山崎朝雲 「木彫 童と犬、鍾馗、亥」

 森田藻己 「木彫 阿呼詠像」…道真の幼名

 根岸量雲 「木彫 延年寿、老婆童子」

 山崎南海 「自在蝦」

 穐山竹林齋 「自在虯龍」

 宮本理三郎 「木に蜥蜴」

 安藤緑山 「野菜、果物…剥きかけの林檎、柿、柘榴、茄子、栗、貝づくし」

 旭玉山  「家鴨図手箱」…石や貝、色板で造形し、貼付けたもの

      「銀◯鳩図手箱」…  同上

          54回美術展覧会一等賞金牌受賞


 それこそ超絶技巧の堪能する。ただ技巧だけか、それを一歩抜けたものかが、価値

の分かれ目。

京都市美術館ールーヴル展(再)

 私は多分パリに行くことはないので、もう一度見ておこうと思ったが、最終日に

なってしまった。大型連休も済み、京都駅周辺の混雑も緩和されている。しかし美術

館につくと、すでに入館待ち65分となっている。迷ったが、取り敢えず並ぶことにす

る。列は動いているので何とかなると高をくくっていたら、建物の北側まで来てびっ

くり、30メートルほどの列がつづら折り、五重になっている。やっと玄関から中に

入ったと思ったら、ここでも列が何重にも重なっていて、結局65分かかってしまっ

た。入場制限しているとはいえ、中は人でいっぱい、ゆっくり見ていられないので、

めぼしいものだけ駆け足で見て歩く。

 レンブラント「自画像」1633…私はついこの間、デューラーの「自伝」と「ネー

     デルラント旅日記」(ともに岩波文庫)を読んだのだが、そこにある挿絵

     の凄さからすれば、レンブラントはいかにも生温い感が否めない。

 フランス・プルビュス「マリー・ド・メレディスの肖像」1610…マリーはイタリ

     アの名門メディチ家の出で、フランス王アンリー四世に嫁いだ女性。夫の

     死後摂政として政治の世界に手を染める。この絵はその頃、彼女が37才の

     女盛りの肖像。まことに豪華な衣装ー大きな真珠が全体につけられてい

     るーにを身にまとっている。

 ヨハネス・フェルメール「レース編みの女」…みんなこれがお目当てなのか、人だ

     かりで近づけない。ただ遠くからでもその可愛らしさ、繊細さが見て取れ

     る。

 ヤン・ブリューゲル「火」…ヨーロッパのおどろしい世界を細密で垣間見せてくれ

     る。

 ジョルジュ・ド・ラトゥール「大工ヨセフ」…蝋燭の火の当り具合を、少し誇張が

     あるようだが微妙に捉える。光の意味を考えさせられる。

 その他17世紀のヨーロッパ絵画というものはこんなものだということを知らしめて

くれる。一体に大画面が多いのだが、どこに飾ったのだろうか、王侯貴族の館であろ

うか。


 結局私が美術館の中にいたのは10分足らず。群衆に圧倒されてほうほうの体で退

場。

 かっての「ミロのヴィーナス像」以来、ルーヴル美術館と聞けば、猫も杓子も押し

掛ける。社会現象になってしまっているのだろうか。この何十分の一の鑑賞者でも他

の美術館に回ればと思わずにはいられない。多分同じ建物で催されている「コレク

ション展」は閑散としているに違いない。

丹波古陶館・能楽資料館

 丹波篠山市河原町通りの中に「丹波古陶館」がある。名前は夙に聞こえていたのだ

が、訪れる機会はなかった。今回は図らずも来ることが出来た。

 当然ながら丹波焼きの壷がたくさん並ぶ。古くは平安時代のものから鎌倉・室町と続

く。鎌倉以降は肩のところに釉がしっかり載っている。焼成中の灰が自然にかかったと

いうよりも、意図的にたっぷりと灰を載せて焼いたように見える。しかも大半の壷で釉

が今なお輝いている。つい本当に数百年前のものかと思案してしまう。

 江戸期に入ると「赤土部釉」が現れる。実物展示は少ないが、赤い肌色が何ともなま

めいている。「山椒壷」がある。円筒・六角筒などいろいろ。がっしりとして自然釉

がかかり見所多し。この前後から茶道具も作られるようになる、水指・花入れなど。

 ところが江戸時代も後期になると近江の湖東焼のように、ここでも磁器の制作が始

まる、「王地山焼」という。やはりや焼物の中でも高級品を作りたくなるのであろ

う。染付、青磁、赤絵などだが、やはり無理があったか短期間で終わる。

 一方磁器とまで行かなくとも、手軽で多様な焼物がつくられていく。「色絵薊文蝋

燭徳利」がある。乳白色の化粧土を被せた上に、鮮やかな手で薊が描かれている。

 ただ今日では、茶道具の生産に集約されているようである。かってはよく見られた

丹波鉢もほとんど見かけなくなって残念である。

 丹波古陶館の直ぐ近くに「能楽資料館」がある。能楽は武家の式楽として盛んに行

われたが、その伝統がこの地に息づいているようである。篠山には春日神社能楽殿が

あり、毎年能会が催されるという。

 この資料館は丹波古陶館の二代目館長によって創設されたもので、多くの能面、楽

器、装束などが蔵されている。

 篠山からの帰途は高速道をを使う。少し遠回りになるが時間的には随分と早かっ

た。 

丹波篠山ーまちなみアートフェスティバル

 私にとって兵庫の丹波は、桜草に使っている植木鉢の生産地・立杭としてある。その

丹波篠山は古い城下町として知られ、一度訪ねてみたいと思っていたところ、家人に篠

山行を誘われた。新聞に、町家での催し物の記事が出ていたのだ。

 行きは一般道を使い、しかもナビゲーションがおかしな道を指示したので時間がかか

り、昼過ぎにやっと到着。

 篠山市河原町通りは古い妻入商店がかってそのままに軒を連ねている。例によって間

口が狭く、奥行きの深い鰻の寝床式の家屋である。しっかりした建家で桟瓦葺き鴉ル

ト、江戸時代ではなく、明治に入ってからのものであろう。ただ天井が低く、細長い家

は、今日の住宅としては住みにくいようである、空き家となっているところもある。

 この古い町並みを利用した、町おこしのアートフェスティバルである。現在も住ん

でおられるところ、空き家のところも含めて、20数軒で展示が行われた。なかなかの

規模である。

 私が見て面白かったものをいくつか挙げておく。

    あさうみまさみ   陶芸   女の顔2点

   ◎柴田雅章      陶芸   スリップウェア

   ◯ピーター・ハーエン 陶芸   白磁・香炉ほか

     ※彼は着物袴姿の白人男性、日本語ぺらぺら。

    藤木朗皓      絵画   フレスコ画

 その他省略


 これからこの町はどうなるか。商店街としては衰退していくのみだろう。観光とし

てもこの古い町家をこれからも維持していけるかどうか。建物としてもちょっと地味

で、使い勝手が悪そうである。 

琵琶湖文化館ー打出のコヅチ4

 「滋賀の文化財講座」打出のコヅチ4は

    『滋賀に根づいたモダン建築の魅力』

        教育委員会文化財保護課 課長補佐  池野 保

 滋賀と言えば文化財建造物の多さでも知られている。国指定のものは全国3位の数

と言う。一方近代に入ってからは、大都会のビル建築に眼が行きがちであるが、地方

にも近代の息吹を伝える建築物がたくさん残されている。滋賀には名高いヴォーリズ

の遺産だけでなくその他にも貴重なものがある。

 さて日本の開国とともに、外国人居留地には洋風の建物が建てられるようになる。

それを真似て、日本の大工の棟梁が洋風建築(疑洋風建築)を建て始める。伝統的な

工法の上に洋風の意匠を取り入れたものである。新しい時代の息吹を伝えるべき学校

や役場など行われた。

 本格的な西洋建築は、若いイギリス人ジョサイア・コンドルの招聘により、工部大

学校での建築の講座開設に始まる。彼は鹿鳴館の設計者でもあるが、その指導を受け

た俊秀の卒業とともに西洋建築が日本に根付いていく。このコンドルは日本文化に心

酔し、河鍋暁斎の弟子でもあった人でもある。

 滋賀では、本格的に洋風建築を学んだ建築家が活躍することになる。田中松三郎・

亀太郎親子により、多数の公共建築物がものされた。その後裔はなお田中建築事務所

として現在も続いている。

 ウィリアム・メレル・ヴォーリズが宣教のため滋賀にやって来たが、八幡商業学校

での英語教師の継続を許されなかったため、生活のため建築事務所を構えることにな

る。その規模は大きくなり、彼のもとで1500件もの建物が建てられたという。大阪

などではビルの設計なども手掛けているが、個人住宅から教会、銀行、郵便局、学

校、大学と幅広い。

 とくにヴォーリズの家屋は、住む人の生活に根ざした優しさが基調となっていると

言われ、多くの住宅が今日でも住まわれ使われている。多くの近代建築の中で、何ら

かの文化財指定を受けたものに、ヴォーリズを冠したものが飛び抜けて多いという。

  参考書 

    石田潤一郎・吉見静子・池野保

      『故国のモダン建築』 京都新聞出版センター ¥1470



 ※豊郷町立豊郷小学校旧校舎が建替えのため壊されかけた時、住民などによる反対

運動,裁判訴訟によって保存されることになったのは記憶に新しい。それは公共の用

に供されるようになったが、もう教室として使われることはない。古くても豊かな情

操を育むであろう場は失われた。

 来月3日から11月3日まで、『ヴォーリズ展 in 近江八幡』が開かれる。ヴォー

リズ顕彰の大きな機会なのだが、建築は外部のみならず内部空間を知らねば彼の意図

を知ることは難しかろう。どこまで肉薄できるか。

京都国立近代美術館ーコレクションギャラリー

 [日本画モノクロームの世界]

 下保昭「寒霞幽深一〜五」2003…墨の濃淡と滲みで山水を、今日でもこんな絵が

     描かれているのだ。

 加山又造「黄山霖雨・黄山湧雲」…かって加山又造展でも見たもの。いろんな主

     題・方法に挑戦した人だが、墨だけでも自らの世界を構築している。

 三木翠山「月」…手長猿を描いたもの。

 小松均「白糸の滝」…濃い墨のみで版画風。

 伊藤彬「帰林鳥語」1989…これも近年の墨画作品

 山口八九子「山の湯」「月夜」1931…山中での温泉入浴を描いたもの。こんな時

     分にこんなのんびりした南画が描かれていたとは。


 [写真 記録の試み 動への試み]

 初期の写真作品が出ている。戦前すでに「アニマル・ロコモーション」が生まれて

いる。ダゲレオタイプ肖像写真も出ている。

 [池田遙邨 関東大震災の記録]

 池田遙邨は関東大震災があってすぐに現地に入り、その現状をつぶさに写生して

回った。衣食住のままならない時に、たくさんのスケッチブックを抱えて被災地を駆

け回るのは変人と見られたことであろう。このエネルギーは何であったのであろう

か。


 [京都の洋画家たちを中心に]

 前回も見たものだが、

 安井曾太郎「ポーズをせるモデル」…つい先日三重県立美術館で彼の「裸婦」を見

     たばかり。乳白色の肌に少し青緑の入る独特の色合いが魅力か。

 神坂松濤「裸体写生男・女」…まことに生々しい写生。



 ※美術館前のバス停では長い列が出来ている。そこで東山通まで歩きそこでバスを

捕まえた。ところが乗ったはいいが、渋滞の渦中に入りなかなか動かない。仕方がな

いので窓の外を観察。新型プリウスのタクシーが走っている。一澤信三郎帆布店では

行列が20メートルにもなっている、等々。

 連休中、京都は観光客が押し寄せるということはわかっているのだが、他府県ナン

バーの車がかなり目に着く。ためにバスの運行は無茶苦茶で、公共交通で足の確保が

出来難い状況となってしまった。休み中動くのは避けるべきであった。

京都国立近代美術館ーウィリアム・ケントリッジ展

 細見美術館に行ったところで、帰宅するつもりで美術館前のバス停にいたのだが、

なかなかバスが来ない、いくら待ってもこない。それならとお向かいの国立近代美術館

に行くことにする。何かよく判らない人の展覧会なのだが、私はここの友の会員なので

券を買わずに入れる。やはりここも市立美術館とは大違いで空いている。


   『ウィリアム・ケントリッジー歩きながら歴史を考える』

           そしてドローイングは動き始めた

 入って早々一つの大きな部屋で、五つもの映像が同時に写し出されている。各自イ

ヤホーンが貸し出されて、それぞれの映像に会わせた音楽が聞こえてくる。

 白黒の素朴なアニメーション。何かあまり分からないのだが、彼が南アフリカの人と

いうことで、南アの経済構造、アパルトヘイトなどを問題にしているらしいと、おぼろ

げながら印象ずけられた。ただ、広い空間で座る椅子の用意もなく、たいていの人は床

に腰を下ろして鑑賞している。素描などどうということなし。円筒鏡で動く映像を見

せるのも2点。

 他の映像作品では様々な試みがなされている。実写とアニメの組合せ、時間の逆転

などなど…意表をつく方法が展開するが、美しいとか楽しいというものではない。個

人の趣味としては面白いが、これを美術館で難しい顔をして眺めるものかわ、と思っ

てしまう。

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