日本の桜草と美術

桜草の栽培と美術鑑賞

2010年03月

兵庫県立美術館ー小倉遊亀展

 小倉遊亀は滋賀が故郷で、その縁で滋賀県立近代美術館にはかなりの作品が寄贈されている。そこ

には常設の展示コーナーがあり、期間毎に展示替えされているので、私はおおよその作品は知ってい

る。今回は没後10年ということで、まとまった回顧展がもたれたのである。


   『小倉遊亀展』


 今まで見たことのないもの、好きな作品を挙げておく。

 「ゼラニウム」…ごく初期の作品。落着いた渋い色合い。

 「雨後」…あじさいの葉を墨の垂らし込みで。

 「苺」…苺畑とそこに働く女性。苺の葉の色の微妙な変化が面白い。

 「静思」…日本髪の女性像だが、いわゆる美人画ではない。

 「晴日」…犬の寝そべる庭の風景。初夏の爽やかな風が吹く。


[新しい日本画を求めて]

 たくさんの人物画が集められている。女性像は長く美人画が主流を占めていたが、洋画の個性的な

表現が日本画でもようやく実現する。島成園、梶原緋沙子、秋野不矩とともに小倉遊亀は一歩抜きん

出た様々な人物画を作り出したといえようか。そこでは素直な写実から、誇張された形まで様々に試

みられてある。

 「美しき朝」…若々しい女性像で、少しモディリアーニの雰囲気が見られるか。

 薬師寺のために制作された3部作「思いの玉」「大津皇子」「天武天皇」は金地に墨で線描きのみ

の特異な作品。線が生きる。


[いのちを見つめて]

 花や果物など静物を描いたものも多い。特に晩年になってからも、梅や椿を好んで描いている。

 「半夏生」…95歳の作品

 「盛花」…鉢に椿。105歳で亡くなる年の作品。80歳頃からも絵の質は衰えず。


[多彩な活動]

 谷崎潤一郎の『少将幹の母』の挿絵…生きた線。

 谷崎潤一郎の『細雪』の挿絵

 『ほととぎす』『婦人の友』『週刊朝日』『オール読み物』の表紙絵原画および雑誌

 薬師寺「散華」原画

 「壽字壷」唐津焼(十三代中里太郎衛門作)

 彼女の作品は安心して見ていられる。

神戸市立博物館ートリノ・エジプト展

 雨が降るかも知れないというので、出かけることにする。

   『トリノ・エジプト展』

     ーイタリアが愛した美の遺産ー

 古代エジプトを紹介する展覧会は日本でよく開かれる。人気があるのであろう。古代エジプトの遺

物と言えば、エジプト以外では、大英博物館・ルーヴル博物館なのだが、イタリアのトリノにも大き

なコレクションがあることは日本ではあまり知られていなかった。それが初めての日本お目見えであ

る。

 イギリスやフランスは200年も前からエジプトをめぐっての植民地獲得競争を繰り広げていた。ナ

ポレオンのエジプト遠征があったものの、結局イギリスの支配に入ることになる。この間中近東はイ

スラム教地域として偶像崇拝を否定していることによるのか、大量の考古学遺物がエジプトから英仏

に持ち去られたのである。といってもピラミッド.スフィンクスなどは運べなかったし、ツタンカー

メンの遺宝など膨大な遺品がエジプトには残されているが。

 ローマの遺宝が豊かなイタリアは、イタリアとして統一される前から、ギリシャ・ローマ文化の源

流としてのエジプトに目を向けていたようである。それがトリノのコレクションとなったのである。

特に戦後のイタリア隊によるディール・アル=マディーナの発掘(墓作り職人集団の居住地)によっ

て古代エジプトの別の面が明らかにされた。


 入館してのホールに「オシリス神をかたどった王の巨像頭部」が飾られている。長い帽子をかぶっ

た青年の顔立ちで、正面を見据えている。写実的。


 [第1章 トリノ・エジプト博物館]

 ディール・アル=マディーナの出土品が並ぶ。初めて見るものが多い。平らな石灰岩に動物や神像

を描いたオストラコン(パピルスが高価だったので石が使われたと説明されているが、材料が手近に

手に入り加工の容易なパピルスが高価であったろうか)、また多くの道具類が目を惹いた。「鑿(青

銅)」「彫刻家の鑿(青銅ー5ミリ巾)」「木槌」「ピンセット」などなど。※体毛は不浄だという

ので髪を刈るか、剃って、カツラを使ったという。

 「ヒエログリフ習作」に目のつり上がったモンゴル系の顔が描かれていた。


 [第2章 彫刻ギャラリー]

 今回の展示の圧巻、巨大な石製品が運ばれて来ている。

 「アメン神とツタンカーメン王の像」…パンフレット表紙に取り上げられているもの。小さい王の

     手が神の背中に廻されている。王名は改変されているが「ツタンカーメン王」に間違いな

     いという。

 「ライオン頭のセクメト女神立像」…セクメトは復讐の神だと言う。

 「ライオン頭のセクメト女神坐像」…セクメト神はテーベのアメン神の妻ヘと転身する。

 「牡羊の頭」…牡羊はアメン神の聖獣。巨大。

 「人型石棺の蓋」


 [第3章 祈りの軌跡]

 「アヴィフウのステラ」…ステラとは奉納板のこと。ここには捧げものの動植物の浮彫りが見事ー

     鴨。羊足、牛の頭、鹿、野菜〜

 「青銅の猫の小像」…ライオンに替わって牝猫が、多産と母性の象徴とされるようになる。


 [第4章 死者の旅立ち]

 人型棺が幾つも来ている。美しく彩色されている。これを見ていつも思うのだが、青銅の道具しか

なかったのに、木材を見事に加工しているのに感心する。

 「捕虜の図を描いたミイラの足の裏」…足の裏といっても、足の裏に付けておくもの。エジプトの

     敵を足の下に踏むという寓意。


 [第5章 再生への扉]

 「ハルワの棺とミイラ」…棺とミイラが一体となって展示される。ミイラの作り方も図で解説され

     てある。

 その他首飾りなど。



 人間が作り上げた神々の世界は壮大である。それに人はひれ伏し奉仕する。いかに想像を絶するエ

ネルギーが使われたことか。世界の美術品の大半は神を荘厳するためのものである。
         

雪の朝

 今朝の庭はうっすらと雪化粧。昨夕より雪がちらちらしていたが、3月も終りという時期の雪には

びっくり。

 今年は2月が例年になく暖かく、桜の開花もかなり早まっているようである。桜草も早く咲くであろ

うと予想していたのであるが、3月中旬からの寒の戻りで、いつもの時期になりそうである。葉が出て

からの寒さで葉が縮かんでいる。4芽揃いで今年も期待している「大和神風」の葉が霜焼けをおこし、

葉の一部が茶色に変色している。回復してくれるかどうか。 

    ※「大和神風」は「大和神風」という名前でなければならない。決して「神風」ではない。

     かってな名前の変更は許されない。

 3月は雨の多い月だが、植替え後すぐの水やり以外、今年は如雨露をとることもない。水肥が出来な

いと予想して、油かす(半量の骨粉を混ぜる)を各鉢に施しておいた。ただ芽出し肥としては効いてい

ないので、葉もまだ小さい。やはり植替え時の元肥が必要なのかも知れない。

雑誌の終刊

 私が長年購読していた雑誌が二つ、この3月で終刊となった。

 NHKの「おしゃれ工房」で、「趣味の園芸」や「きょうの料理」それに「暮しの手帖」ととも結婚前

後から30数年間欠かさず買って来た。「おしゃれ工房」から分かれて新たな雑誌が発行されたことで、

その役割を終えたと判断されたようである。

 これについて思うことは、琵琶湖文化館のことである。ここから「近代美術館」「琵琶湖博物館」

「安土城考古博物館」が分化して巣立っていった。しかし「おしゃれ工房」のように廃館されてはた

まったものではない。文化館の役割は終るどころかますます重要になって来ているのだが。

 「銀花」も161号で終刊となった。これも20年ほど購読を続けただろうか。小粋な趣味の雑誌で、大

上段に振りかぶらない身近な工芸・美術が特集され、生活を豊かに楽しむヒントが満載されていたもの

である。何年も前の号でも開けてみると新鮮な驚きを見て取れる。学術雑誌以外で捨ててはならない雑

誌の代表といえよう。

 自身が親炙していたものが身近からなくなるのは先細りの人生を象徴しているようで悲しい。

愛荘町立びんてまりの館ールリエール展

 珍しい製本の展覧会があるというので家人に連れて行ってもらう。

   びんてまりの館企画展

       『藤井敬子の美しい本展』

           ルリエールとエッチング

 藤井敬子さんは版画を学ぶ中でルリエールに出会い、それを仕事とされた方である。

 ルリエールは一品制作の本の装幀のことである。日本では馴染みは薄いが、ヨーロッパではその伝統

があり、仮綴じ本として出版された本を購入した人が自分の好みによって製本してもらうのである。装

幀だけは世界に一つというちょっと贅沢な本好きの楽しみなのである。

 立派に仕立て、長持ちさせるためにたいていのものは革装となっている。市販本を新たに装幀し直し

たもの、中でも文庫本が幾つも並ぶ。さらに藤井さん自らのエッチング作品をさまざまな形式で本にし

たものもある。また西本願寺三十六人集(伊勢集・臨書本)を綴葉装にしたものまである。圧巻はエス

トニア国際製本・カリグラフィ展で最高賞「金の本」を受賞した2冊の本「Days of Grace」「If I

Must be At All」でカーフ革の上に丸い模様がモザイクされている。

 日本でも前近代の巻物や書籍をきらびやかに飾る伝統はあった。平家納経などその最高の例であろ

う。

 大変目の保養になった。

大阪歴史博物館ーチベット

 日本では珍しいチベットの文物が大阪にやって来た。国立国際美術館からこちらに回る。冷たい雨

がなお続く。


 特別展ーポタラ宮と天空の至宝

     『聖地チベット』


 [序章 吐蕃王国のチベット統一]

 「ソンツェンガンポ坐像」国家第一級文物

 「ガルトンツェン立像」   同上   …統一の立役者の像。

 「魔女仰臥図」…大地を女体に見立て、魔女の動きを封ずるため、各地(身体の各部)に寺院を配

     した図。

 [第1章 仏教文化の受容と発展]

 大きく立派な経典類(貝葉型)がやってきている。カンギュール=経典、テンギュル=論典。イン

ドの密教がチベットに伝わり、経典類が正確にチベット語に翻訳された。本家のインドで仏教が滅び

たため、チベット語で仏典が伝えられたのである。

 「弥勒菩薩立像」一級文物…東北インドで作られたものという。平安時代後期の作。身体造形はと

     もかく、顔に手が加わっている。チベットでは顔に手を加えたものが多い。

 「釈迦如来坐像・立像」…カシミールでの銅造品(8・7C.)。石造品ならともかく銅製品がカシ

     ミールで出来ていたとは。

 「釈迦如来坐像」…北魏(473年)銅製。

 「蓮曼荼羅」…立体曼荼羅で、蓮のなかに明妃(ミョウヒ)を抱くチャクサラン・ヴァラを置く。

      ※明妃(ミンヒ)と読むと中国の貴妃をさす。

 「マチク・ラブドゥンマ坐像タンカ」…自らの身体を切り刻んで悪鬼に布施し、執着を断ち切る行

     法をした聖人を現す軸物。

 祖師坐像が並ぶ、「ナイラートミャー坐像(女性形)、「ヴィルーパ坐像」「ダマルパ坐像」「ア

ヴァドゥーティパ坐像」「タクパギャルツェン坐像」…ともに銅板を打ち出したもの、等身大に近

く、かなり写実的。興福寺の祖師像ほどではないがなかなかのもの。


 [第2章 チベット宗教の精華]

 「十一面千手千眼観音菩薩立像」…本当に千本ありそうなぐらいものすごい数の手が出ている。

 「緑ターラー立像」…観音の救いから漏れた人を助け上げるという、チベットで観音菩薩より人気

     のある仏さん(女体形)

 「カーラチャクラ父母仏立像」…父母の抱き合う姿。方便(慈悲)の父と智慧(般若)の母の結

     合。

 「不動明王像タンカ」…青不動で日本と変らず。

 「ヤマーンタカ父母仏立像」…9つの顔、34の手、16の足を持ち、父は牛面双角牙をむく。

 「マハーカーラ立像」…マハーは大きい、カラは黒いで大黒さん。

 その他チベットの仏像はまことに想像豊かな形態をしてござる。チベット仏教の中身が解ればいい

のだが、何かおどろおどろしい。


 [第3章 元・明・清との往来]

 モンゴルはチベット仏教であるラマ経を受け入れる。明もモンゴルを手なずけることで彼らの宗教

を公認する。清ではモンゴルおよびチベットを支配して、北京にラマ寺院を設けたし、経典の印刷も

行っている。中国からチベットに送られた文物が並べられる。

 [第4章 チベットの暮し]

 「四部医典タンカ」が数点掛る。チベットでは特異的に医学が発達したという。


 チベットの歴史的な世界を宗教という面から見させてもらった。たいした文物が来ていたように思

う。

         

国立国際美術館ー絵画の庭

 現代絵画のとっつきの悪さー自己主張の強さに辟易して敬遠していたが、新しい流れを知らねばと

遅ればせながら中之島に出かける。


   国立国際美術館新築移転5周年記念

      『絵画の庭』

         ゼロ年代日本の地平から


 今日の美術では素材・表現方法など囚われのない何でもありの世界が展開している。しかしその中

でも、絵画にこだわっているーつまり二次元の世界で活動していていま旬と言われる画家達の展覧会

である。  

 私の感覚に合うものを紹介する。

 奈良美智「The Little Judge」…パンフレットの表紙にも取り上げられている作品。筆を持ち、ギ

     ラリと前方を睨む少女。衝撃的である。ただこのような特異な形態は繰返しがきかない。

     これからどう展開するのだろうか。

 町田久美「夜の出来事」…和紙の素地そのままに強く太い輪郭線が緊張をはらむ、息が抜けない。

 合田誠「あぜ道」…思いつきをそのままに。左右に髪を分けた女性との後ろ姿。その分け目の先に

          あぜ道が向うに続く。

    「ジューサーミキサー」…透明な容器に無数の裸女が詰め込まれている。まことに意表をつ

          く。

 はまぐちさくらこ「ぼくはこのまちをうむ きみのほねをたべて」…少女マンガの主人公のような

     女の子が自由に遊ぶ。

 栗田咲子…明るく平明な具象なのだが、異次元の世界に誘う。

 厚地朋子…“平筆でフラットな色面で構成”とある通り、これも平明ながら新しい人物表現となって

     いる。

 加藤泉…宇宙人のような色・形の誇張。これも異次元の世界である。

 森千裕「九品仏」…クルミの殻のなかに仏らしきものがいます。

    彼の作品の一つ一つが主題や方法を変えている。ひらめきの豊かさに誰しもうらやむだろ

    う。

 花咲武夫「ゴールドベルク」…東洋画の雰囲気が漂う。細部へのこだわり。

 中山玲佳…具体的な物を組み合わせて異質な世界を作り出す。

 青木陵子…ベニヤの切れ端・木片が立てかけてある。壁面に小さな色紙が貼ってある。一方雑多な

     紙に微細な形・模様が。何かわけが判らないが不思議な世界を醸し出している。

 小沢さかえ「魔法」…川の向うに大木が茂る。違うレンズを通して見た世界の図。


 さまざまな個性が溢れ出ている感じがする。やはり具象を基本に置いた絵は見る人にさまざまなイ

メージを豊かに与えることが出来ると思うのだが。女性の画家の活躍が目立っているように感じる。

 なお大部な図録が?1600で買えて、お得。
         

MIHO MUSEUMー春季特別展

 冷たい雨が降り続いている、菜種梅雨である。如何ともし難いので、こんな時こそと家人に信楽に

連れて行ってもらう。


  創立者生誕百年記念特別展

    『MIHO GRANDAMA

           Arte della Luce』

               ※ミホの偉大なる女性 光の芸術


 今年はMIHO MUSEUMの創立者小山美秀子氏の生誕百年に当り、それを記念する展示会で、主に

彼女が収集した日本美術を中心に選りすぐりが並べられている。

 展示場に入ると、緑青の吹いた「王子形水瓶」、法隆寺伝来の「百万塔」、そして「宝塔文軒丸

瓦」が広い間隔をあけて置かれている。軒丸瓦では宝塔の前に坐仏がいる形式で、初めて見るもので

ある。とその横に、この美術館全体を設計したI.M.ペイ氏を信楽に迎えた時のしつらえが再現されて

いる。興福寺伝来の「飛天」を掲げ、手前に白侘助を生けた「香水杓」がある。簡素でしかも静か。

 壷が二つ、「古瀬戸灰釉瓶子」「信楽檜垣文壷」ともに欠損のない正形を保っていて貴重。

 「麗花集断簡(香紙切)…藤原公任筆。〈うしろめた すゑのまつやま いかならむ まかきのし

     まを こゆるふちなみ〉

 重文「紫檀螺鈿宝相華鳳凰文平故簇」…矢を入れる道具。あの堅い紫檀に細工が施され、螺鈿で仕

     上げられている。工芸の粋といってもいい。

 重文「持国天立像」…興福寺伝来のものということだが、四天王は4躰揃ってのものだから、なぜ

     ここにと思わずにはいられない。他の三躰と一緒にさせてあげたいものである。きっぱり

     と興福寺に返還されるといいのだが。

 重文「地蔵菩薩立像」…小振りながら鎌倉時代の作ということで、生き生きとして品のよい顔立

     ち。衣には截金が全体に施されている。

 「五髻文殊像」…これも鎌倉時代の作で、繊細な絵。

 「男神坐像二躯」…小さな像だが均整がとれている。一方は丸坊主、もう一方は十一面観音の頭を

     している。

 「亀形香炉」…中国漢代の金属工芸のすばらしさは夙に知られているが、この亀の姿・顔は秀抜。

 「赤茶碗」…本阿弥光悦作。ゆったりした風姿。

 重文「曜変天目茶碗」…桃や青の点が怪しくひかる。青貝の小さな破片を使った螺鈿を見るよう。

 「井戸茶碗 銘金森」「粉引茶碗 銘塞翁」…ともに小汚い茶碗であるが、その釉の変化は、それ

     はもう抽象の模様そのもの。日本の茶人は西洋よりも何百年早く抽象の美を知っていたの

     であろう。

 「山水図屏風」…与謝蕪村。銀地に水墨で描く。銀が酸化せず輝いている。墨がうまく乗ってい

     て、しかも丁寧な仕事で上々作と見た。

 「瀧龍図」…狩野尚信筆、尾形光琳加筆という。著名な画家の絵に加筆するというのはよほどのこ

     とと思うのだが、図録を買わなかったのでわからない。

 「伊万里鉄釉染付鷺文皿」…鷺は白磁の地色に染付けで、その周りを茶色の鉄釉で塗り込めてあ

     る。磁色と藍と茶のめずらしい取合わせ。

 今回は若冲の「象と鯨図屏風」や「閻魔天像」は出ていない。あまりにも間隔を空けて展示してあ

るので、それなら展示変えせずに全部見せてくれたらいいのに、と思わずにはいられなかった。もう

一度足を運ばねばならない。
 

 《常設展示》永遠の幸福を求めてーアジアの楽園イメージ

 〈東西の楽園〉

  「石搨囲屏門闕」…何度もここで拝見しているもの。さまざまな民俗の混交した姿を表す浮彫り

     は、美術的にも大変優れているとともに、歴史的にも北朝の有り様を想像せしめる遺品で

     ある。これは後漢の画像石とガンダーラなどでの仏伝レリーフを受けたものであろうか。

     重文級と思うのだが如何。

 〈龍と虎と鳳凰と〉

  「虎鎮」の精巧な金銀の象嵌技術の高さは全く古さを感じさせない。

 〈天馬とシルクロードのはじまり〉

  「金馬」…小さいながら金無垢の馬。

 〈理想郷の融合〉

 〈イラン文化の東漸〉

 〈唐の国際文化〉

 〈イスラムに受け継がれたもの〉

結婚式・披露宴の記

 私の担任クラスの生徒で看護師をしているA.Mさんの招きで、高槻であった結婚式・披露宴に出席す

る。彼女はすでに同居・入籍している。こんなのが最近ふえている。

 結婚式は当今流行の教会式、この時だけにわかキリスト信者となる。この方式では披露宴にでる人は

式にも出席するので、4・5時間拘束されることになる。

 彼女は北摂M校の30期生。3年9組の一員であった。このクラスは最後の9組で、その掉尾を飾るに

ふさわしい活躍を見せてくれた。彼らは学校行事となると俄然やる気を出したのである。体育祭では9

組の活躍で総合優勝。そして文化祭ではクラスで取り組んだ演劇やその宣伝板が金賞に輝く。彼女は文

化祭での立役者であった。企画・台本・大道具・小道具に力を入れ、夏休み返上で作業。宣伝板(ベニ

ヤ1枚)は彼女一人で請け負い、家に持って帰って仕上げるという離れ業も。

 彼女を含めて9組の連中はこのように青春を精一杯生きた。その思いは今に彼らの心の糧となってい

るいるにちがいない。

 彼女は看護師になったが、職場で思わぬ縁を生んだ。上司のN.Aさんが私の知り合いでもあったのだ。

私はN,Aさんのご主人C.Aさんの担任をし、さらに二人の頼まれ仲人をしたのであった。私を通してつな

がっていた二人が同じ職場にいたのである。

 式には彼女の高校の仲間5人がやって来た。一人は遠く東京からも。既婚は1人だけ、なかなか出会

いがないらしい。式の後駅前の喫茶店でもう少しおしゃべり。若い女性が側に居ると華やかでいいが、

こちらが年を痛感させられるのはつらい。

 あと何回結婚式に出させてもらえるやら、お祝いの品は手元に用意してあるのだが。

桜草銘鑑の追記

 さる方から銘鑑に未記載の品種のあることを指摘された。そこで手元の資料を調べて見ると、3点の

見落としが見つかったので、以下に記録しておく。

  伊都桜(いとざくら)桃色 桜弁平咲 

  京の舞妓(きょうのまいこ)表白裏青紫 切弁平咲

  京の都鳥(きょうのみやこどり)表白裏桃色 桜弁

ともに徳永雅明氏の昭和50年代後半の作出新花で、会誌に本人による解説が載っていたのである。
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