日本の桜草と美術

桜草の栽培と美術鑑賞

2010年04月

花友との交歓

 長野の小池さんがはるばる訪ねて見えられた。現在我家の桜草は満開だが,桜草関係者が来られるの

は少ない。不便なところでもあるし,当方一ヶ所ではなかなか腰が上がらないようである。

 ちょうど栗東の大石さんも見えられて,しばし歓談。小池氏は早くからの浪華の会員で、しばしば柴

田さんや事務局の田中さんを訪問されていたよし。その縁で柴田氏の作出花を捜していると。また私の

作った「風の音」を覚えておられた。子ども時分には身近に桜草の自生地があったという。

 これから奈良の高鴨神社に行かれるとのこと、おみやげに「桜草見立相撲」の原寸複製を差し上げ

る。

 このあと現事務局の廣田さん夫婦が来られる。毎年この時期に我家の桜草を撮影されている。今年は

長雨で葉の徒長しているものが多く、雛壇に飾っている状態の良いもの十数鉢だけにしてもらう。

  ※写真はブログ日本桜草守の独り言参照。

 廣田さんが大石さんの所に寄られるというので、彼の自動車に便乗して連れていってもらう。大石さ

んは栽培歴十数年ながら、早くから実生に取り組まれ、数世代の継続実生でようよう思うような花を生

み出しえたと言われる。その実生花を拝見したが、どれも味のある巨大輪花で、大変レベルが高いもの

であった。早晩多くの方に作られるものになるに間違いない。どんな花なのかそのときまでのお楽しみ

である。
 他の方の作品を見るのはほんとに楽しい。

大和神風は大和神風ー改名してはならない

 桜草関係のホームページやブログを見る機会が多い。そのなかで「大和神風」を「神風」と変えて

いる例にときどきお目にかかる。東京のさくらそう会に属されているとは思えない人でもそうであ

る。これは『色分け花図鑑』の影響であるらしい。あくまでの東京のさくらそう会の決めた事柄なの

だが、書物という形で述べられると,あたかも定説の如く,さくらそう会の範囲を超えて受け取られ

てしまっている。またさくらそう会という伝統と権威のある団体の決めたことと鵜呑みにしてしまう

のである。

 この件については先に浪華さくらそう会誌41号(平成19年8月刊)に「品種名を変えてはいけな

い」という論考を載せたのだが、これは会員に配布しただけなので、ここで再びこの問題を展開して

おこうと思う。

 ものの名前というのは一旦名付けられれば変えないというのが世の不文律で、名と実が一致してこ

の世界が成り立っているからである。実生家が自ら生み出した花に私的に名前をつけても、それを世

に送り出せば,その名は公的に存在するものとなる。そうなると実生家自身と言えども自己の都合で

それを変えるわけにはいかない。この原則は誰も曲げられない。

 ところが東京のさくらそう会はこの原則に反旗を翻したのである。かって「南京絞」を「無礼講」

と改名した前歴がある。これについては浪華の中村長次郎氏が異議を唱えたが、なしのつぶて、ほう

かむりして知らぬ顔の半兵衛をきめこんだ。「南京絞」はそのまま通用しており同品異名がまかり通

る混乱を生んでいる。東京のさくらそう会は改名を特段のことと思っていないらしく今回また同じこ

とをしでかしたわけである。

 天下のさくらそう会のことである、「神風」への改名にそれなりの納得しうる理由があるのだろう

か。『図巻』では、“「神風」と名付けられ、のち「大和神風」となったが,原名に戻して認定し

た”と述べられているだけである。最初に「神風」と名付けられたという証拠はどこにもない。明治

22年の文献に「神風」という名が出てくるが,これが「大和神風」かどうか定かでない。「大和神

風」の名は昭和5年の『実際園芸』誌上の於いて初めて現れる。その後の『実際園芸』誌上の品種解

説では「神風」と「大和神風」が区別されている。戦前にはこの二つは別品種として栽培家には認識

されていたのである。

 結局「大和神風」が「神風」であるというのは単なる思い込みに過ぎず、「神風」の方がふさわし

いとする好悪の問題なのである。

 桜草の品種名は栽培家が生み出して来た桜草界全体の文化遺産といってもいい。東京のさくらそう

会は栽培家の一部の団体に過ぎない,全体を統轄するものではない。そんな団体が桜草全体に関わる

ことに自分たちの好みを反映させようと目論むのは越権行為である。東京のさくらそう会は全国の栽

培家を指導することが出来ると思い上がっているのであろうか。

 とにかく作者の塚万は原名云々はどうあれ「大和神風」として世に出したのである。これが彼の意

思であることは間違いない。それを今になって作者の意向を覆す根拠などどこにもない。

 東京のさくらそう会は伝統と権威を誇る優れた団体で斯界に貢献されてきた。それが改名という憑

き物に囚われて汚点を後世に残すのを私は惜しむものである。桜草界のためにもさくらそう会のため

にも速やかに元に戻されることを願うものである。

 人によってはこんなことをつつくのは大人気ないと非難するかも知れない。名前の一つや二つ変っ

たところでどうということもないと思われる向きもあろう。私はさくらそう会の会員でもないので品

種名を変える筋合いもないのだけれど、改名の内実を別の面から見ればこれだけのことが内に潜んで

いるのである。あだやおろそかに出来ない桜草界全体の問題なのである。

咲くやこの花館ー桜草花壇の修正

 浪華の事務局の廣田さんと待ち合わせて鶴見緑地の咲くやこの花館に行く。1週間前に、先に運んで

おいてもらっていた花を何とか飾ったが、その後どうなっているか心配なので訪れた。

 やはり部屋の中に置いてあるので葉の徒長が見られる。そこで予備に持ち込んでいるものの中から良

いものを選んで差し替えることにする。数鉢変えることでちょっとは見られるようになった。しかし会

期末までのあと2週間は保たないであろう。桜草を室内で鑑賞するという事自体無理なのだが、やむを

得ない。

 この時の写真は「桜草守の独り言」に出ている。

大阪市立美術館ー扇展

 鶴見緑地に行く前に足を伸ばして天王寺公園に寄る。

   特別展

     鴻池コレクション『扇絵名品展』

 数千本と言われる扇の鴻池コレクション,そのうちに代表的な300本近くが公開されている。約80

年振りだそうである。

 扇というのは小さいながらも小宇宙の世界を現している。身近な存在ながら侮れない存在感を持

つ。こんな扇を美術館で見ることがあるが、扇だけの展覧会などほとんどない。一度東大阪市民美術

センターで「貿易扇」の展示があっただけである。


 [1、江戸琳派]

 会場に入ってすぐ目についたのが、

 池田弧邨「紅葉」で,紅葉の葉を全面にびっしりと描いてあるのだが,一つ一つ品種の特徴を描き

     分けてある。

 立林某「水仙」…素性の解らない画家。絵は中村芳中にそっくり。

 俵屋宗理の作は当然琳派そのもの。

 酒井抱一のものがたくさん出ている。小さい画面ながら凝縮している感あり。

  「風神」「雷神」…彼は宗達のものを本画として写しているが,こんなミニアチュア版も作って

       いる。

  「蔦の細道」…蔦の葉は見事な滲み出し。

  「月」…‘月白屋清 此良夜如何’字もよい。

  「秋草」…大画面の絵を見ているような迫力。

 鈴木其一のものもたくさん出ている。

  「柳」…酒井抱一の賛に‘傾城の賢なるはこのやなぎかな’と。

  「十二ヶ月図扇」…2月の彼岸桜,10月の桜花返り咲、11月雪中鴉がよい。


 [2、浮世絵]

 浮世絵作者による肉筆画で、これほどたくさんあるとは思いもよらないことであった。

 歌川豊国「三代目沢村宗十郎」「四代目瀬川路考」…繊細な描線。

 歌川国貞がたくさん出ている。現実から少し離れた美しい風俗を作り出したというべきか。

 葛飾北斎「物想う美人」…これも小さな画面ながら大画面の大きさを思わせる力あり。

     「猪口とほおずき」…彼一流の判じ物かもしれない。


 [3、英派]

 観嵩月「難波の梅」…絵の他に69顆の印が模様のように捺されてある。

 高嵩溪「菊花」…菊の品種が6種描き分けてある。


 [4、狩野派・土佐派]

 狩野尚信「三酸・虎・獅子図三幅対」…小さいながらのさすがの作品。


 [5、文人画]

 池玉瀾「秋景山水」…優しい風景画

    「竹」…‘すなをなる友とみとりのちよかけて 色そかわらぬゆとのくれ竹’

 紀楳亭「山水」…なつかしき湖南九老

 その他、谷文晁などなど


 [6、四条派]

 応挙およびその一門が並ぶ。

 松村景文「桜花・春草」…小さいが精密な桜。


 [7、大阪ゆかりの絵師たち]

 森狙仙の猿がいる、耳鳥齋、流光斎もある。 

 中村芳中「鶴」…芳中にはたくさんの扇面作品があるのだが,ここには前後期あわせて2扇しか出

     ていないのは残念。

 [8、多士済々]

 分類されないものがここに集められる。

 河鍋暁斎がある,司馬江漢のローマ字入のものも。原羊遊齋、柴田是真など蒔絵師のものもある。

 伊藤若冲「梅に鶏」

 広瀬花穏「桜花」


 [幸方と扇]

 扇を集めるだけでなく,扇を主題にした焼物も永楽家に作らせている。



 何せ広く浅く集めたものらしい。ただ、国貞のものは一括して手に入れたものか。これだけあれば

全てを網羅してあるよに見えるのだが、文人最高峰の富岡鉄齋のものがないのはどうしたことだろう

か。

 扇は日常品として軽く考えられがちであるが、どうしてどうして美術品であり芸術品である。たい

したコレクションを拝見することが出来た。後期展示も見たいものである。



 《常設展》

 [屏風絵の世界]

 狩野宗秀「四季花鳥図屏風」…永楽の弟の作で、やはり豪華。

 雲谷等益「山水図屏風」…模様のように単純化した絵柄が新鮮。

 [肖像ー人のすがた・かたち]

 重文の名だたる肖像画が並んでいる。

 「多賀高忠像」

 「石田正継」…石田三成の法体の父親像

 「小早川秀秋像」…歴史に翻弄された物憂がなすがた。

 「夢窓疎石像」「無関普門像」「沢庵宗彭像」…ともに図版でよくみるもの。

 「白隠自画像賛」

 [中国近代の書画]

 張熊「蒲塘秋艶図」…蓮に葦。1880年作ながら近代的。

 胡璋「木蘭従軍図」…橋本関雪の同じ「木蘭詩」がある。

   「煙寺聞鐘図」 

 康有為の書「開張天岸馬 奇逸人中龍」

 呉昌碩「梅花図」「山水図」「珊瑚珠図」「レイシ図」 

 鄭孝胥「墨松図」

 王震「桃花新燕図」「天保九如図」「琵琶図」

 [扇の世界]

 こんな所に芳中があった「蓮図扇面」…彼一流のたらし込み。

花探訪ー利久梅

 安土の佐々木神社で「利久梅」が咲いているとの新聞記事。徒然に自転車を走らせる。梅よりはだい

ぶ大きい、白い清楚な花が木に全面に咲いている。

 ここの「ナンジャモンジャの木(ヒトツバタゴ)」には何度か逢いにいっている。これは今芽がでた

ところ。

 ここにはたくさんの花木が植えられてある。今咲いているのでは、桜・鬱金、一葉、関山、山吹では

一重・八重・斑入り葉あり、白花万作・白王花万作、蘇芳、いかりそう…

 この後風土記の丘に行く。山桜の並木はさすがにもう終りである。一方ここには里桜がある。名札が

ついてないので残念ながら品種が解らない。まだこれからのものでは「御衣黄」それに「兼六園菊桜」

がある。もう1週間もすれば満開になるだろう。

 長居でもここでもそうだが、里桜のなかには小さくいじけた木がある。せっかくの桜も植えっぱなし

で夏場の水やりを怠ったせいであろう。

雛壇飾り始め

 私のところの桜草の咲き具合はまだ5・6分といったところ。例年より少し遅れているようである。植

付けてから雨が多く、水やりの心配がなく楽なのだが、葉が大きくなり茎も高くなっている。降るとな

ると一日中降るので花の色が抜けてしまうものもでるいる。

 また仕立て鉢では、4芽植えたはずなのに3芽しか伸びて来ないもの,花茎の欠けたもの、さらに4

芽揃っても茎の高さが揃わなかったりと、今年の出来はもう一つというところか。

 小屋を立てたので雛壇の飾り付けを始める。盛り少し前の鉢を選ぶ、鉢を洗う(当方では土の上に置

いているので)、花茎の歪みを直す(ときに竹ヒゴを使う)、棚に並べるー白系を中心に、花色・花形

が上下左右に重ならないように市松に配する。かなり余裕を持って一段には7鉢置き、8鉢では窮屈に

見える。

 一応ましな鉢を持ち込んだが、まだ空きがある。雛壇の完成は何時になることやら。

花の調査と記録

 誰もがすることだが、私も各品種につき詳しい記録を残している。ただ花は毎年同じように咲くとは

限らないので,よく咲いたとと思った時には再調査しておく。

 私のこの記録の主な部分は『桜草総銘鑑』として公表しているものである。最近調べた基礎調査記録

をここに載せてみよう。これもまた楽しい仕事である。


   名前ー匂う宮 振り仮名ーにおうみや

   色ー表白裏桃色 咲き方ー鑼弁掴み少垂咲き

   柱状ー長  花径ー57ミリ  茎高ー110ミリ

   花数−12・8・8・8花 作出者ー中村宏

   その他ー新実生。柔らかい風情で漁火を大きくした様

       弁間離れる



   名前ー三原台 振り仮名ーみはらだい

   色ー赤紫底ぼかし 咲き方ー桜弁抱車咲き

   柱状ー短  花径−35ミリ  茎高ー165ミリ

   花数ー19+7、18+7、15+5、14 ※2本立て

   作出者ー中村理行

   その他ー新実生。葉は小さく,花は葉上高く咲く。

       花は並で赤化するが,花数の多さが魅力

       苗は作者からいただく


桜草栽培講習

 いつものように長居での展示会の最終日に栽培講習をおこなっている。未だ桜草を作ったことのない

人もいるので、どのレベルの合わせてしゃべればいいのかいつも悩むところである。

 栽培の歴史を簡単に述べた後、花の美しさのよって来たるところ、桜草の花の見所から鑑賞法へ。そ

して栽培方法ー培養土・植替・栽培管理と続く。最後にスライドを上映する。古花でよく出来たもの,

最近の新花,植替の手順など。

 これでもう20年ほども続けているので,ええかげんマンネリである。もう少し深い話がしたいのだ

が、初心者相手ではそれも出来ず、何となく中途半端に終ってしまう。

 これで6日間の浪華さくらそう会の大行事は終了。

高島屋大阪店ー三岸節子展

 大丸から南に下って高島屋へ。三岸節子については何度か作品はみているのだが、今回はまとまって

見られるというのでやって来た。

   没後10年記念

     『三岸節子展』

       心の旅路〜満開のさくらのもとに


 [1、初期〜壮年期 19〜63歳]

    画家・苦難の人生への出発

 「自画像」…19歳(1924)ザックリしたタッチの作品。少し横に、

   三岸好太郎「赤い肩掛けの婦人像」…結婚したての若い節子を写したもの。劉生の影響があるよ

     うな気がするが。

 「円舞」…31歳。踊る線に大らかな色使い。

 「室内」…円卓に向かう娘と本。

 「静物」…茶一色の上に赤いポット、葡萄と皿。


 [2、渡仏・円熟期 63〜84]

    新境地を求めて

 息子黄太郎の遊学していたフランスに渡る。

 「群がる鳥」…日本画的雰囲気

 「海際の家」…かろうじて具象というほどの形。

 「小運河にて」…画面を4等分して色合わせ。

 「ブルゴーニュの麦畑」…青い空と黄色の麦畑、そして家。色だけの表現。


 [3、最晩年 84〜94]

    日本への帰国ー広野の1本の大木のように

 [4、花]

 溢れる色の力。少しく小倉遊亀を思う。


 さすがに安心して見ていられる現代絵画の最高レベルのものであろうか。

大丸心斎橋店ー花博記念日本画展

 花の万博20周年を記念して、万博で催された「花と緑・日本画美術館」出展作が展覧されている。私

も当時花の万博に出向いてこれらを見たはずなのだが、20年もたつとほとんど記憶にない。50人の画家

による50作品は万博が終わって後に佐藤美術館に寄贈されたものである。

 今回改めて見ることが出来て、気に入ったものをいくつか挙げておこうと思う。

  小倉遊亀「紅梅と古鉢」  上村松篁「桃春」   秋野不矩「讃草」

  片岡球子「富士に献花」  高山辰夫「椿」    郷倉和子「春律」

  森田曠平「くろ髪」    工藤工人「花中安居」 小泉淳作「春を待つ山」

  石本正「遊花」      平川敏夫「仙境楓韻」 松尾敏男「春苑」

  上村淳之「池」      堀文子「流れ行く山の季節」

  田渕俊夫「緑詩」     牧進「浅き春」    大野俶嵩「燦迦羅華」

    ※堀文子の作品には桜草が描かれている。
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