日本の桜草と美術

桜草の栽培と美術鑑賞

2010年05月

我家の桜草あれこれー銘品の要件は変異にあり

 自然のなかには美しい花を咲かせるものがある。人はそれに注目し、取出して栽培し、さらに美しい

姿形・色の園芸植物を作り上げてきた。それらが選抜育種されるに際し、それぞれに固有の選抜規準が

あるようである。

 花菖蒲では、三英・6英の花弁がなだらかに垂れる一方、雌蘂立ち上がるというように、最初から立体

的な姿を持っている。そこで肥後花菖蒲では富士の山容を思わせるような形を典型花としている。だか

らこれに外れるような変異ー花弁の切れや小さい蘂などは排除される。

 イギリスで改良の進んだ水仙も、中央に盃状の副花冠があり、立体的な形をとる。そのため6枚の花

被片と副花冠の均整のとれた姿が理想とされる。

 それでは桜草の場合はどうであろうか。花冠列片(花びら)は同じ大きさの5列片に分かれて平開す

るだけの単純で平面的な構造である。ここには典型とか均整といった概念を使う必要がない。そんな桜

草で育種はどんな風に進んだのか。

 列片の形ー桜弁以外に、切弁・鑼弁、そしてフリル状・波状が現れている。

 咲き方ー平咲からさらに立体的な咲方がが見出されていく。列片の中がくぼむ形で、梅咲・抱咲・

     掴咲・玉咲などである。

 つまりこれらは典型的な形を求めるのではなく、様々に生まれ来った変異を取り上げて鑑賞の対象

としたものであった。かって、淡い色合いで掴み垂れ咲きのものを良しとする言説もあったが、これ

は好みの問題であって、桜草はとにかく変異を楽しむ花ということが出来る。

 ただしどんな変異でも良いということではない。どの花の改良でも同じであるが、より豊かな花容

が求められる。桜草では細弁や弁間の離れたものなどは好ましくない。

 さらに桜草では、それぞれの品種の特性を愛でるだけでなく、花壇という形で多くの品種を比較し

て総合的に楽しむという独特の鑑賞法が生まれている。これも変異を取り上げたからこそということ

が出来る。

 ※変異を極端に追求したものに変化朝顔がある。奇形と言ってもいいようなものを競って見つけ出

  したのである。ここでも変異を比較して楽しむということはなされない。

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「花筏」 中村宏氏の作出花 白・赤・緑の三色花である。緑はウィルスのせいだと考えられてい

て、ときどき悪さをして奇形花となることがある。桜草の中でも変異の大きなユニークな存在であ

る。もう少し輪形が大きければいいのだが。

5月末の桜草

 このところ薄ら寒い日々が続いて、桜草にとっては過ごしやすそうである。桜草の葉は50〜60日で更

新するようで、古い葉が枯れていき、葉の数が減りつつある。放置していた花茎を、種取り用を残し

て、折取る。

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 ほとんどの鉢を覗き見ているのだが、新芽の飛び出しは見られない。たとえ深植したとしても新芽は

地表近くを匍匐して形成されるので、出てきてもよさそうなのに、その気配はない。桜草栽培家のほと

んどが行っているという増土は一体何のためにするのか。伝統に縛られた増土をしなければという既成

概念を一度疑ってみてほしいものである。

 花が終った段階で、花茎の上で櫓芽ができることがある。せっかくなので、根が出るように処置をす

る予定。マンナンライフ蒟蒻畑のミニカップを利用するとよい。

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近江商人博物館ー三輪晃久展

 毎年この博物館では著名な日本画家の作品展が開かれている。

   平成22年度春季企画展

      『三輪晃久日本画展』

 日展などの出展作15点、その小下絵、カレンダーが展示されている。

 展覧会用に描かれたものなので2メートルを越えるものもある。これだけ大きいと多分売れないだろう

から、画家の手元に置かれているものが来ているようである。彼は堂本印象に師事したというが、雄大

な自然を描いたものが多く、その表現方法は油絵のように絵具の質感を生かした厚塗である。

 「八幡平」…全体に青の色調で統一されている。

 「慈光」…初夏の生き生きとした森・林が麗しい。

 「紅輝」…紅葉の赤が抽象のように表現される。

 「天地」…雲のなかにきらめきが走る。雄大。

  ※小下絵には縦横に線が引かれている

能登川博物館ー野口謙蔵展

 野口謙蔵の絵画展が能登川で開催されていると新聞に報じていたので、家人とともに久し振りに彼の

絵に逢いにいく。彼の絵については何年か前に、八日市文化会館での展覧会を見たことがあるし、県立

近代美術館でもときどき常設展に出ているのをみることがある。また彼の桜川のアトリエもサイクリン

グをかねて訪れたことがある。

 今回なぜ能登川でと思ったのだが、同じ東近江市ということで実現したのであろうか。

 彼は東京美術学校を卒業しても外遊せず故郷の桜川に戻り、地元の風景を描き続けた。帝展を舞台に

活躍し何度も特選を得ている。不幸病気により43歳で死去する。


    蒲生野を描き続けた洋画家

       『野口謙蔵』


 彼の絵は筆致に特徴がある。太い線でグイグイと絵具を乗せていく。落着いた色合いで、主題によっ

て色の傾向を違える。「木立」では赤の変奏で成り立つ。「青田」「朝日」は緑系、「泉水」は青系と

なっている。静かで落着いた雰囲気だが、なかに魂の叫びが込められているように見えるのが魅力なの

だろうか。

 一時日本画も学び、水墨の軸も出ている。また日記や手紙の類もある。

 前後期と分かれて展示される。後期が楽しみである。

 彼の代表作をご覧あれ。

奈良県立美術館ー現代中国の美術

 現代中国の美術を見る機会は少ない。昨春国立国際美術館で『アヴァンギャルドチャイナ』展があ

り、中国当代美術を驚きの目で見たのを覚えている(このブログ2009,3,5の記事参照)。その伝で中

国の美術もどれほど多様な姿を見せてくれるのかと楽しみであった。しかし少しく期待とは違った。自

由な経済発展の中で社会主義リアリズムなど乗り越えたと思ったのだが、公的にはなおそれを突き詰め

た姿が求められているようである。

  平城遷都1300年祭特別展

    中国第11回全国美術展受賞優秀作品による

        『現代中国の美術』

◯44忻東旺「納涼」油彩…古本屋・玉突の屋台に群がる人達。写真の如き姿はその猥雑さまで伝え 

     る。

 36張湘渓「帰宅」…ソニーのTVボックスのなかにに2階建ての居住空間を作ってある。小さなテ

     レビも映されている。

 37柳青「ハイチーズ!」…記念写真のためにポーズする等身大の人形14体。これも生き人形のよ

     うな生々しさ。

◯56劉泉義「貴州山嶺の朝霧」中国画…民俗服の娘7人。爽やかだが古風。

 29袁玲玲「似水流1・3」中国画…二組の男女の若者風俗。

◎30王仁華「中国の記憶」中国画…現代最先端風俗の女性5人が京劇の人形を操る。黒の滲み出しを

     利用。

 41楊国舫「父・母」漆画…漆画というものがかなり出展されていた。様々な金属粒が蒔かれている

     ようであった。

◯17高雲「私達のことを覚えていますか」中国画…3人の女兵士。軍服の生地(麻か綿)の質感まで

     精細に。

 13裴天林「日は東から昇る」版画…毛沢東・周恩来・朱徳などの群像。建国の英雄はなお人気が高

     いらしい。

◯18李暁林「光を掘り起こす人」水彩画…5人の工夫。顔が抜群によい。

 19何軍「瞳孔」油彩…顔を拡大して写真のように描いてある。得体の知れない生き物のよう。

◯7楊臨江「いにしえ」漆画…鉄骨の構造物(具象)、真ん中に錆びた鉄板(抽象)。

 71趙慶峰・劉金「早春記」漆画…雪の表現に卵殻が使われている。大変な手間がかかっていよう。

◯66張玉新「冬の松花江」水彩画…河に浮かぶ船を水彩の凄い描写力で。

 その他省略。


 今年の新春に国立国際美術館で「絵画の庭」展があり、日本の現代絵画の最先端を見せられると、

以下に凄い写実と言えど、もう一歩突き破ってもらいたいと思わずにはいられない。面白かったが、

得るところはどれほどあったろうか。

奈良国立博物館ー大遣唐使展

 遷都1300年記念で賑わう奈良である。その奈良が都であった最も華やかなりしころを象徴するの

が遣唐使の事象である。その大きな影響の全貌に迫ろうという試みである。今回は新館・本館すべて

を使った展示になっている。と、おまけ写真。


  平城遷都1300年記念

       『 大 遣 唐 使 展 』


 [第一部 波濤を越えた日中交流]

 国宝薬師寺「聖観音菩薩立像」

 ペンシルバニア大学博物館「観音菩薩立像」

  二つの大きな菩薩が並べてある。片や金銅仏、もう一方が石仏。「聖観音」は均整のとれた造形

  が際立ち完成度が高い。石造の方は少し頭が大きいようであるし、瑶珞などは精巧だが、胸脇な

  ど荒削りのままである。右手は臂から先は欠けている。石仏は唐代の作、金銅仏はそれらを参考

  に日本で鋳造されたもの。

 「和同開珎」…中国西安の何家村で出土した銀銭。遣唐使が齎した物であろうと。

 「井真成墓誌」…先年発見されてすぐに日本に請来されて拝見している。36歳の若さで異郷の地で

  亡くなった日本人。彼我に全く記録のない人物で、遣唐使といっても記録に残るのは一握りの人

  だけで、他は全く知られず、時の流れに埋没してしまっている。

 「吉備大臣入唐絵巻」…ボストン美術館からの里帰りの名物。達者な線描きで、顔の表情などわず

  かな筆の点・撥ねで表している。入唐した吉備が、唐の役人の意地悪を、仲麻呂の鬼とともに打

  ち破る痛快物語。

 国宝「諸尊仏龕」…小さいものながら25体の尊像が彫り出されている。超絶技巧という。

 「住吉神坐像」…鶴岡八幡宮蔵。海の守護神住吉神の大きな像で、やはり例に漏れず一木作りであ

  る。

◎「琉璃堂人物図」伝周文矩筆・メトロポリタン美術館蔵。南宋画の逸品。繊細優美。まことに細い

  線がよどみなく引かれている。

◎「照夜白図」韓幹筆・メトロポリタン美術館蔵。躍動感のある駿馬図。玄宗の愛馬であったとい

  う。唐代の絵など残っているとは考え難いのだが、廻りに無数に捺された蔵印が、いかにこの絵

  が貴重視されてきたかを物語る。


 [第二部 国際都市長安と唐代宮廷文化]

 「仕女調鳥図」…李邕墓

 「仕女図」…節愍太子墓

   ともに伸び伸びした線描きで、唐のゆったりした気分が現れている。こんなのが中国にはごろ

   ごろあることを考えると、高松塚やキトラ古墳の壁画など霞んでしまう。

 「五重宝函」…法門寺の宝物がかってやってきた時に、見た記憶がある。

 「龍門石窟・如来頭部」…内に秘めた力があふれる作品。大阪市立美術館蔵。

 石碑の拓本の名物が並ぶ。武則天の「昇仙太子碑」では、頭部の大文字が著名な飛白になってい

る。玄宗の隷書も見事だが、本当に皇帝の書いたものなのか。その他唐代の書の名手の宋拓名物が並

ぶ。


 [第三部 ドキュメント遣唐使7世紀]

 [第四部 ドキュメント遣唐使8世紀]

 [第五部 正倉院の時代 宝物の源流と奈良期の工芸品]

 白鶴美術館の「花鳥文八曲長杯」「龍池鴛鴦双魚文銀洗」「花鳥獣文銀杯」も何度目かの拝見であ

  るが、驚きの精巧な彫である。高級貴族の愛玩品であったろう。

 その他省略。遣唐使の時代の全貌を表現するのは難しい。何をどう削るか、今回は鑑真関係は全く

出ていない。仏教関係もかなり省かれているようである。それでも盛りだくさんで堪能する。しかも

岩波新書で『遣唐使』、『鑑真』や『玄奘三蔵、シルクロードを行く』が出ていて参考になる。


 さてさて、博物館から退出して通りに出たところで、人が金網越しに庭を覗き込んでいる。普段な

ら横目で見て通り過ぎるところだが、私も覗いて見る気になった。とそこには、生まれたばかりの子

鹿が母鹿と居たのである。まだ毛が濡れていて、しきりに母鹿が舐めていた。人のよく通る側での出

産は驚きであった。
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同窓会ー生野高校15期

 高校の同窓会が昨年の5月23日にあるはずだったが、インフルエンザ騒ぎで延期になってしまい、

一年を経て開催の運びとなった。前回は還暦の年に開かれたので5年振りである。高校に入学してから

50年が経ち、全員65歳を過ぎた。450人の内すでに30数名が物故者となっている。出席者は70数名、

全国から集まり、一時帰国中の海外組も混じる。学者や芸術家として名を馳せた者もいる。

 元気だから参加できるのだが、おつむは少々寂しくとも背筋は伸びて若々しい。

 大学の友達とはつながりは続いているが、高校時代の級友とはほとんど付き合いはない。それなのに

なぜ出席したのか、せっかくの幹事のお世話・準備である、来たくとも来れない人のことを考えれば、

出席できる者は出席すべきかなとの思いからであった。

 顔見知りとの旧交を暖めることは出来たが、相手のことをほとんど知らないでは会話の弾みようもな

い。通り一遍の世間話が関の山。

 最後に校歌を全員で斉唱したが、この時だけは心の高揚を覚えた。

 さして楽しくも面白くもない、といって行かなければよかったということでもない、何か義務を果た

したようなそんな気分である。それはこの出会いが明日につながらないからであった。

花の後始末

 花が終って後、よい天気になれば極薄い水肥をやるぐらいで、鉢はそのままにしてあった。あまりに

も見映えが悪いので、花柄取りをやりだした。今まで上からざっと眺めるだけだったが、一鉢一鉢手を

添えて鉢の様子をじっくり観察するのは本当に楽しい。

 〈青虫〉に齧られた葉があちこちで見られる。葉の裏を返して虫を捜す。薬をかけるより手でとるの

   が一番いい。

 〈二番花〉準備された花が咲いた後、小さな二番花が上がってくることがある。今年は肥料の関係か

   らか、これが多い。秋に蕾の原基が出来、花茎の伸びるころにそれが蕾に成長する、その時に肥

   料が効いていると蕾の数が多くなる。花が咲いた後でも肥料が十分だと残っている原基がさらに

   花芽に変るらしい。ということは最初の段階で原基のすべてが蕾・花になってくれればいいのだ

   が……

 〈櫓芽〉変った櫓芽が出来ていた。花茎が伸びず、ほんの3・4センチでイビツで花梗のない花が咲い

   たと思ったら、そこに根茎のかたまりがあった。こんなのが3・4点見つかっている。小さなビ

   ニールポットの底を抜き、それを被せて土を入れ、様子を見ることにした。

 〈種子〉今春はトラマルハナバチの来訪が多く、かなり種子が出来ているようである。しかしそれ

   を全部蒔くわけにはいかないので、期待している花の子房だけ残し、並花のものは折とってい

   く。

 〈葉の繰り出し〉なお新しい葉が出てきている株がある一方、花茎とともに出てきた大葉で終って

   いるものもある。後者では来年の芽は期待できない。「大和神風」はその典型で、花の咲いた

   芽は花疲れして小芽に逆戻りである。ただ増殖中の「大和神風」の芽は例年になく元気いっぱ

   い。

 〈増土〉芽の根元を点検しているが、新芽の飛出しは皆無で、増土をする必要はなし。桜草といえ

   ば増土と言われるのだが、よほどの浅植でない限り何もしなくても大丈夫。

野生種の栽培はこれ以上よそう

 野生種の桜草への関心が高まっているようである。園芸種に加えて野生種も展示場を飾っている。商

品としてもかなりの地方の物が出回っている。

 私のところにも数種ある。これは集めたというより集まったというところ。私はやはり人々が営々と

創りだしてきた園芸品種の方をより大事にしたい。

 現在、自然の生態系を護ろうという運動が盛んである。人間も生態系の一部であってみれば、それを

ないがしろにすることは、人間の存在そのものをも危うくすることに他ならないということである。

 人間が文明を生んでから多くの生物種を絶滅に追い込んだ。それは自然の生々流転の動きをはるかに

越えた人為のなせるものである。すでに人間は文明のなかでしか生きられない以上、自然破壊を出来る

だけ少なくするよう努力するのが生物種としての人間の責任であろう。

 これ以上野生系の桜草を収集して楽しむことは、自然破壊に手を貸すことになる。自生地が新たに発

見されたと報ぜられても、その場所は秘匿される。公表されれば一瞬にして自生地から桜草は消えて

なくなる。珍しいものを手に入れたいという欲望はきりがない。自分で手を下さなくても、その意を

体した人を通して買ったとしても、自然破壊に手を貸したと同じである。

 自生地から切離された桜草は、産地名称を付されているとはいえ、それはもう野生種ではない栽培

種である。自生地での姿は望むべくもないし、自生地に返されることもない。栽培家のもとで幾年か

生きて、いつか消滅していく。これは遠くアフリカの稀少な動物たちーゴリラやチンパンジーーを日

本で飼育するようなものである。彼らは飼い殺しである。アフリカに戻されることはない。人間のも

とで生存が許されるのみである。これは人間の勝手である。これに対して家畜や家禽は人とともに生

きてきて今の姿や生き方がある。野生の動物とは共同生活は出来ないが、犬や猫は共同生活者であ

る。これを同じように考えてはならない。野生は野生として取扱ってやらねばならない。

 野生系の桜草の単純で楚々とした風情はいいものである。そのよさは私も解っている。だから古く

から流通している数種を持っているのだが、そのような風趣は園芸品種でも楽しめる。野生に近いに

おいを持った品種もたくさんあるのである。さらに言えば、実生して先祖返りした物を選抜すればい

いのだ。

 桜草が全国至る所に豊富にあれば何もいうことはないのだが、希少価値故に収集し栽培するという

ことだけは止めようではないか。


京都大丸店ー森田りえ子展

 艶やかな舞妓姿のパンフレットに魅せられて大丸に行く。よほどの人気作家なのであろう、会場入

口にはずらっとお祝いの鉢花が並ぶ。


   パリ帰国記念

      『東方彩夢 森田りえ子展』


 私が会場にいた折、背の高い中年過ぎの着物の女性がいた。それが森田りえ子さんだった。絵も美

しいが、画家その人もそれに負けず劣らずの美形である。天は二物を与えたもうた。

 私の知る、美術館でよく出会う日本画は時代色を帯びて少しくすんだ色合いが多いのだが、今回の

日本画は目も覚めるような艶やかな姿をしている。日本画の顔料も本来はまことに鮮やかな色合いを

持っていたのである。滋賀の金剛輪寺で先頃復元された「八十一尊曼荼羅」はそれはもう鮮やかな色

彩に溢れている。元々の日本画はこれなのだ。森田さんはこの画材の特色を十二分に生かしているよ

うに見える。これは山本太郎氏についても言えるか。

 入場して目の前に「竜宮」がある。京都は「輪違屋」の傘の間で、太夫が浦島の図様の打掛を羽

織って舞う後ろ姿を写したもの。こんな華やかな日本画にお目にかかったのは初めて。油絵の絹谷幸

二氏を想う。

 「粧 1・2・3」…舞妓さんの着付け姿を真正面から写す。   

    1…腰巻だけの姿  3…襦袢姿  2…正装姿

 「春朧朧」屏風…藤の古木をやわらかく。

 「秋蒼穹」屏風…大菊の盆養仕立ての図。厚物を添えに、管物の細い弁を優雅に流れるように描

     く。実物より少し大きめなので迫力十分、細い花弁が生きる。この管物は人気があるのか

     たくさん描かれているようだ。

◯「紫陽花」屏風…私にはこれが一番よかった。実物と画家の想像の中間点のバランスのうえにある

     ような。

 「牡丹」屏風…一般的な画題であるが、赤黒い牡丹の花がよい。白は多くの人が描いていて難し

     い。

 「花菖蒲」屏風…花が実物より大きいので圧倒される。それに較べ葉は???

 「柊野五色椿」屏風…これも原寸大の大きさ。装飾の極みで、代表作か。華厳の世界。

 「光の入江」屏風…香港の夜景。左端に中国服(大菊の刺繍)を着た本人と思しき女性が座る。


 〈金閣・鹿苑寺方丈〉

  「杉戸絵」…方丈の解体修理にあわせて、杉戸絵が新しく描き直されることになり、森田りえ子

     さんに白羽の矢がたった。この杉戸は800年は経とうかという秋田杉である。

          春=牡丹 夏=花菖蒲 秋=大菊 冬=椿

 後半は人物像が続く。

 「SPHINX]…半裸の寝そべる娘。

 「バリの踊り子」…三人娘

 「TORICOLORE」 

 「KAWAII1・2・3」…現代のティーンズファションそのままに写し出す。

 「カトレア」

  どうも人物は類型的な顔立ちで、私にはなじめなかった。


 それにしても絢爛豪華な世界ではある。

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