日本の桜草と美術

桜草の栽培と美術鑑賞

2010年08月

実生苗の植え替え

桜草の種を蒔いてから2カ月、やっと本葉が2〜3枚出て植え替えである。

培養土は、種蒔に使ったサカタのスーパーミックスに赤玉土、それにバーミキュライト

を等量混合して使う。

 苗を根を切らないように丁寧に取り出し、6センチのポットに植え替える。土は双葉

の下まで入れる。

 小さな苗が大きく育つことはないので、大きいもののみ取り扱う。ただ芽生えの少な

いものは小さくても残しておく。

 今年の特色は、根が小さく特に不定根の生えていない苗が多いことである。

 9月6日に終了。

葬儀―通夜式

 縁あって通夜式に出席する機会があった。会場は花いっぱいに飾られ、その前の御棺

にはすでに遺体が納められている。時が来て式が始まった。導師の入場と読経、次いで

参会者の焼香、最後に親族からの挨拶と進み、全く告別式と同じであった。

 どうも葬式が、前日の夜の部と当日の昼の部の二部制になっているようである。

 私の知っているお通夜というのは、葬儀の前に遺体を一晩お守りすることであった。

お坊さんによる枕経があり、弔問者も三々五々取敢えずという態でやってきたものであ

る。

 それがいつしか弔問の時間が設定されるようになって式の形式が始まる。特に葬儀が

家でなく葬儀場で執り行われることが一般すると、そこではかってのようなお通夜は難

しい、遺体はお棺に入れられて飾られる。そして弔問者が式服で参加する。とこれはも

う儀式となってしまう。

 とお通夜に伺うことと告別式に参加することはわかるのだが、お通夜が通夜式になっ

て、同じような儀式に両方に出席する人が増えつつあるようなのである。どちらか都合

のよい方に出ればいいことと思うのだが……

国立国際美術館―束芋 TABAIMO

 現代アートの最先端を行く展覧会。映像インスタレーションという表現形式―アニメ

ーションを床・天井・壁に映す手法。そして映像は具体的な物の動きで表わされる。

「束芋」のイメージの世界が次々と展開する。ただし何を言っているのかあまりよくわか

らない、作者の思い込みが先行する。

 1、団地層

 2、団断…三面構成の部屋を上からの視点で見る。部屋の様子が次々と展開する。

 3、悪人…新聞小説の挿絵原画。線画。絵巻のように展開する奇怪な絵、具体的な物

     の変化変形が異常な世界を作り上げる。二次元の想像力だが心地よいもので

     はない。

 4、油断髪…簾のような髪の毛が揺れる中、走馬灯のように意味ありげな動きが展開

     する。

 5、ちぎれちぎれ

 6、BLOW

 これらの映像インスタレーションは、手間のかかるアニメーション、大仕掛けな装置

と場面を必要としている。それだけの資金を必然とする表現内容なのだろうかと思って

しまう。資金はどうして回収するのだろうか。そして作者にとってこうでなければとい

う方法論があるのだろうか。

国立国際美術館―横尾忠則全ポスター

 横尾忠則の画業の中心はポスターといわれる。そのポスターのほぼ全て800点以上が

展示される壮大な試みである。

 入館してすぐ1960年代の最も著名な作品が並ぶ。何度か見たものである。

 「切断された小指に捧げるバラード」1966

 「腰巻お仙」(状況劇場)1966

 「ジョン・シルバー(状況劇場)」1967

 「大山デブコの犯罪(天井桟敷)」1968

 「能・繭の会」1969


 <現代の寵児に>

 「お蝶夫人」…揚羽蝶の紋を使った簡潔なデザイン

 「こうもり」も同様

 「椿説弓張月」…北斎の絵を利用して、それに色をつけてエネルギッシュに迫ってく

     る。

 「劇団民芸・初恋」…あっさりとした線描。


 《原画・色指定紙・アイディアスケッチも展示あり》


 ポスターというのは依頼があって作られるものなので「世界真光教団」のものまであ

る。


 <1980年代画家目覚め>

 NYでのピカソ展に影響を受けたという。絵をそのままにポスターに使うことが行われ

る。

 「三宅一生をデザインする」1985

 「中村メイコ一人芝居―鷺娘―芸能生活50周年記念」

    原案…山口洋子

    脚本…滝大作、神津カンナ

    演出…滝大作

    美術…岡本太郎

    音楽…日野皓正

    和楽…堅田啓輝

    写真…秋山庄太郎

    デザイン…横尾忠則

    製作…野村等      ※まことに豪華メンバー

 「横尾忠則ポスター展」1980…周りに文字、真ん中は銀色のみ。

 「JOBODI TENDAIJI」2002

     岩手県浄法寺町の寂聴さんを主題にしたもの。

 「岩手県浄法寺町」2003…漆をかきとった木の姿。


 最後に最初への回帰

 「西高祭ポスター」1953

 「七福相互銀行の7枚」1958…簡潔で良し。

 「中山ツヤ洋裁教室生徒募集」1959

  ※初期のものは上記以外はごく普通のポスター。

徳川美術館―大名古屋城展

 東海道本線を米原―大垣―名古屋へ、そして中央本線と乗り継いで大曾根で下車。米原

から大垣までは本数が少なく時間がかかる。滋賀からは新幹線に乗せたいのだろうか。

 徳川美術館はいつもの落ち着いたたたずまい。しかし酷暑のなか美術館に足を運ぶ人

は少ない。


   名古屋城開府400年、徳川美術館・蓬左文庫開館75周年記念特別展

         『大名古屋城展』


 私は大阪に生まれ育ったので、江戸時代が平和で豊かな時代であり、その礎を徳川家

が築いたことは頭では分かっているが、徳川家の歴史にはあまり関心は持てない。ただ

し美術品は別であるが。

 『大名古屋城展』なのだが、不幸にして名古屋空襲で落城してしまっていて今はな

い。

 14代徳川慶勝撮影の城の写真がたくさん残っている。姫路城にせよ他の城にせよかっ

ての城の全体が残されているものはない。それがこの写真では各建物の様子が分かる。

ただし建物の外観だけで、内部の写真はない。暗くて写せなかったのだろうか。

 名古屋城の遺品は、空襲を前に一部疎開させたものが残っている。


 <四 保管された品々>

 家康は東照神君である。特別な創業者としてその遺品は大切に扱われてきたという。

 「熊毛植黒糸威具足」…家康所用。400年もたてば毛が抜け色も褪せる。

 重要文化財「太刀・光忠」…秀吉→秀頼→義直へ

   ※尾張徳川家には600点以上の刀剣類が伝わっているという。

 『御清御長持』…家康関係の遺品が特別に保管された長持。彼の衣類が120点以上も

     残されている。

  「葵紋付楓重文辻が花染小袖」…葵紋が繊細で優美に残る。

  「白革足袋」…ついこの前和歌山県立博物館で家康の革沓や小袴を見てきたばかり。

  「朱―箱共二百五拾五匁」

  「上々朱―箱共八百三八匁」…見事に美しい朱色。

  その他省略


 ≪平常展≫

 <第1展示室・武家のシンボル―武具・刀剣ー>

  「銀溜白糸威具足」…初代義直所用という。大変保存が良い。

  国宝「太刀・長光」…信長→秀吉→利長→綱吉所持

  重文「刀・一文字」…秀頼→家康→義直所持

      ※刀だが太刀を磨上げられたもの。

      ※江戸時代よりこの美術館の刀剣は一度も研ぎをしていないという。

 <第2展示室・大名の数寄―茶の湯ー>

 肅山陳佑筆「満畝生意図」(明)…畝全体に草木が生い茂っている意―大根・白菜・青菜

     など。

 「青磁鯱耳花生」…堂々とした大きさで、「万声」に並ぶか。

 「唐物茶壷」…義政→信長→秀吉→家康→、大した壺とも見えないのだが。

 <第3展示室・大名の室礼―書院飾りー>

 大名の公的場所の飾りと飾り方。成り上がりの大名のあこがれは雅の文化を体現した

 武家の棟梁足利氏の姿だったのであろう。しかし姿だけを整えて中身のないもののよ

 うに思える。

 <第4展示室・武家の式楽-能−>

 能舞台が再現されているが、場所を塞いでもったいない。彦根城博物館にも舞台が再

現されていて、そこでは実際に演能が行われている。 

 能面や装束もたくたくさん保存されているようだが、全体像を見せてもらいたいもの

である。

 <第5展示室・大名の雅ー奥道具ー>

 「純金葵紋散蜀江文硯箱」…家光の娘千代姫が尾張二代光友に腰入れした折持参したも

     の。

 「菊折枝蒔絵乗物・茶弁当など」…十一代斉温夫人福姫の調度。近衛家出身で葵紋と抱

     牡丹が付けられている。

 <蓬左文庫展示室>

 「長烏帽子形兜」…加藤清正所用のもの。紀州徳川家に伝来したが、戦後売り立てに出

     て、尾張家が買い入れたもの。

 その他省略。
 
 

和歌山県立博物館―企画展

 美術館に来たついでに寄っていく。

  夏休み子供向企画展

     『江戸時代のくらしと活躍した人々』

 徳川家康関連の品々

  家康所用の皮沓・子袴

  重要文化財・太刀「安綱」…家康の遺産分けで紀伊に、初代頼宣により東照宮に奉納されたもの。

 その他省略。

和歌山県立近代美術館―コレクション展

  『コレクション展2010-夏秋』

 <大正初期の油絵表現―「月映」の作家を中心に>

 藤森静雄「眠る少女」

 久本信男「和服婦人」…原色を使ったフォーヴそのもの

 高須光治「自画像」…細密画で、劉生の影響か。

 岸田劉生「黒き帽子の自画像」…劉生の作品を見る機会が多いが、麗子像より自画像のほうがいいようにおもうが。

 保田龍門「自画像」…これも劉生の影響があるか。


 <アメリカの日本人画家>

 和歌山からは多くの人が出稼ぎや移民としてアメリカに渡った。なかに画家になった人もいたのである。

 石垣栄太郎「拳闘」…白人対黒人の対戦。1925年で人種差別の時代にあってこのような主題を描くとは。

      「キューバ島の反乱」「人民戦線の人々」…彼は左翼の画家だったのだろうか。

 浜地清松「裸婦」…腰掛ける裸婦の斜め後ろ姿。肩から尻にかけての線・色が艶めかしい。

 国吉康雄「乳しぼり」…名前がなくともそれとわかる彼独特の色合い。


 <フランスの風俗―佐伯祐三を中心に>

 佐伯の作品が6点も出ている。時間が足りないような生き急ぐような筆致。

  「リュ・デュ・シャトーの歩道」…青灰色の壁の家。歩む人3人。

  「カフェレストラン」…建物が歪んで見える。狂気の様も。


 <日本画>


 大亦観風「神苑待御」

 野長瀬晩花「秋の頃屏風」

 狩野光雅「草刈の笛」…全体を覆う濃い緑色が清清しい。

 井上永悠「南京」二幅…野菜の南京、日本画でこれほどの細密画を見たことがない。

 <〇マルいかたち>

 手塚愛子「縫う絵」…刺繍だが、半分は表、残り半分は裏を見せる。

 <学校で習ったことがあるかも>

 川口軌外「少女と貝殻」

 ピカソ「貧しき食事」エッチング…このころのピカソはいい。

 石垣栄太郎「ボーナス・マーチ」

 森村泰昌「美術史の娘、王女A」

 稗田一穂「幻想那智」…細かい部分も丁寧に

  
  その他省略

和歌山県立近代美術館―彫刻の森

 和歌山はなかなかに遠い。大阪から直通の快速があるが、都合二時間半の電車の旅となる。

   開館40周年記念展

      『ようこそ彫刻の森へ』

 和歌山にかかわりの深い建畠大夢・覚造、保田龍門・春彦を中心に据えた展覧会。


 <大夢と龍門>

 建畠大夢「若き日の北村西望」…小品だがなかなかによい。

     「お湯のつかれ」…湯につかりすぎてぐったりする少女を写実的に。

 保田龍門「少女」…ギリシャアルカイック風の顔と日本人的な身体。


 <ヨーロッパの彫刻>

 マイヨール…小品でもふくよか。

 ロダン「永遠のアイドル」…ロダンのは何にせよ表情豊か。

 ブールデル…小さいものでも力が漲る。

 ムァの小品もよし。

 レジエ…ブロンズでも絵と同じ雰囲気が。


 <戦後の彫刻>

 抽象彫刻は三次元の世界をどう構築するかであるのだが、大変難しく成功した例をあまりみない。

 清水九兵衛の作も出ているが、よくもまあ同じパターンを繰り返せるものと思ってしまう。

 三木富雄の「耳」も3点出ているが、これもまあ飽きもせず同じものを作り続けるものかわ。

 一方で柳原義達の「道標鴉・鳩」もよく似たものをたくさん見るが、それぞれ個性がありってこれはよし。



 面白かった作品

 福岡道雄「アップル」…甲殻類の頭が5つ、リンゴに這い上がら追うとしている姿。

 戸谷成雄「森化?」…長い木を彫りこんで凹凸を出したもの。建物の装飾に使うとおもしろかろう。

 奈良美智「どんまいQちゃん」…絵と同じ表情。

 薮内佐斗司「笑門長者」…なんとなくこの世のものでないような表情。

打出のコヅチ第4回―梵鐘

 滋賀の文化財講座 打出のコヅチの第4回目


   『近江の梵鐘―その文化史ー』

         教育委員会文化財保護課   古川史隆さん


 滋賀県教育委員会文化財保護課では昨年から24年までの期間で、「滋賀県内の梵音具資料調査」が行われている。

 その中間報告としての発表である。

 梵音具とは仏具の一つで、梵鐘・鰐口・磬・雲板・銅鑼・鉦鼓などのことである。


 <時代別近江の梵鐘>

 奈良時代のもの(日本全体で16口)…全体として大きい

  園城寺(高さ197,3、口径122,4)

 平安時代のもの

  石山寺、善徳寺

 鎌倉・南北朝時代のもの…乳は4×4

  日吉神社(高月)、蓮華寺(番場)、願乗寺(米原)

 室町時代のもの

  正休寺、松尾寺(地下からの出土)

 桃山時代のもの…乳が全体で108に(15×4+2×4)

  園城寺…200センチを超える巨大なもの。

 江戸時代のもの…装飾が多くなる

  晴岸寺、安明寺

 ※戦争での供出…近代以後のもので、全国で45000鐘が集められた。


 この後調査中の写真、また新しくわかった古い鐘の写真も見せられた。


 ※私の耳に聞こえてきた出席者の声

    鐘だけでなく個人の家の金属(銅の火鉢や香炉)、また貴金属も半強制で供出させられた。これでは戦争に負

    けると思ったと。

大阪市立美術館―平常展

 京都国立博物館の新館が建て替え中なのでそこでの平常展が見られない。高い水準の平常展があるのは大阪市なの

で時々でかける。


 <中国の石像彫刻>

 ここの山口コレクションは見事といってよい。中国北朝の石像がこれほど揃っているところはない。北朝の石像の

顔つきは細面のいわゆるアルカイックスマイルが特徴といわれるのだが、ここのコレクションにはそのような典型的

なものから、それから外れた地方色を見せるものまで変化に富んでいる。

 「石造如来坐像・天安元年(466)」…丸々と張りのある顔・姿、刻明な着衣はまことに丁寧。ちょっと見には隋や唐

     に下るものと思ってしまうものである。この時代の台座には中央に博山炉、左右に礼拝者と獅子がいる。

 「石造如来三尊龕」…丸い球状の頭部、衣の襞も渦巻状。珍重された白玉と呼ばれた白大理石製。極彩色が施された

     跡が残る。高級材を使いながらそれを塗りこめるとは。

 「龍門遺跡」の仏像頭部もいくつもある。石の上の漆喰を載せ、さらに彩色が施された跡が残る。これらもなぜ日本

     にあるのかと思ってしまう。高価に売れるということで遺跡からはぎ取られて海外に流出したものであろ

     うが。

 とりあえず重要文化財の作品がゴロゴロしている。


 <日本の金工>

 滋賀神照寺の国宝「華籠」がここにもある。琵琶湖文化館寄託のものはいま九州にあるはずで、一体この国宝は何面

あるのかしらん。


 <日本の焼物>

 近世後期の焼物。仁阿弥道八(土瓶)、青木木米(水注)、奥田頴川(火入)、永楽保全(火入)

         尾形乾山(百合角皿、火入)、

         野々村仁清「雌鶏鈕付桐文香炉」…仁清の作品はどれをとっても品のある瀟洒な姿をしていて時代

                        を一歩抜いている。


 <南蛮漆器>

 <沈没船引揚品>

 アジアから西洋に向けた貿易船のうち、かって嵐に沈没したものも多かった。それが近年各地で引き上げ事業が行

われ、沈んだままそっくりに引揚げられ市場に出回っている。それが展示される。

   「ホイアン・カーゴ」ヴェトナム

   「ヴんタオ・カーゴ」ヴェトナム…長33,5、幅10メートルの船。48288点引揚

  「カマウ・カーゴ」ヴェトナム…13万点

  「ダイアナ・カーゴ」マラッカ

  「テキシン・カーゴ」南シナ

   ※優品は博物館に収まっているが、その他のものはクリスティ―ズなどで競売に付され世界に散っている。

    出展作品を見ると大半は染付である。よさそうなものもあるが並品が多い。

  ヴンタオ・カーゴの「青染花卉文人物碗托」…お茶用の茶わんだが、持ち手のない初期のもの。薄手作りで高級

     品の部類であろう。
 
 <近代日本洋画>

 百武兼行「壺を持つ女」明治14年

 岡田三郎助「白衣の女」明治34年

      「後ろ向きの裸婦」昭和10年。繊細で生々しい後ろ姿。

 青木繁「女の顔」

 岸田劉生「S氏の肖像」

 椿貞雄「武者小路実篤像」

 中川一政「自画像」

 山口愚遷「海景」など


 <日本の工芸>

 「邸内遊楽図屏風」17世紀…非常に丁寧な作品で状態が良い。10数センチの人物が数十人、全部違う着物に描き分

     けてある。刀の鞘も全部違う。

 「煙管入」…今回は網代製のものが並ぶ。

 「印籠」…いつ見ても大したコレクションだが、照明が暗くて十分に観賞できないのが恨めしい。

 <怪あやかし>

 世は妖怪ブームである。こきでも所蔵の中から関係するものが集めて展示される。

 原在中「百鬼夜行絵巻」…大徳寺真珠庵の重文の写し。一時になったものではないとはいえ、その造形力の豊かさ

     は驚くべきもの。水木しげるのルーツであろうか。


 ※京博で「上田秋成展」が行われている。それにちなんで怪奇物語の「雨月物語」を読み始めた。その明晰な文章

  にびっくり。見慣れない単語も多いが、論旨明快でよくわかる。内容もさることながら、文章の良さが光る。

  大した本である。
   
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